■ Second kiss...
















 ザァザァと聞こえてくる水音を気にしながら、リビングのテーブルでコーヒーを飲むふたつの影。
 こそこそと、聞こえるはずがないと解っていても思わず小声で会話をしているのは、西の探偵こと服部平次と怪盗キッドこと黒羽快斗だ。
 なんとも奇妙な組合わせだが、彼らは至って真剣だった。
 服部に話を聞かせている快斗はひどく固い表情で、それを受ける服部もまた顎に指を掛けた思案顔である。
 何がこれほどまでに彼らを追いつめるのか…



「ほな、それはホンマなんやな?」

「……ああ。」



 今の話の真偽を問う服部に、快斗は少し間を置いて頷きを返す。
 ほんの少し、その瞳が苦しげに揺れた。
 それを見た服部もまた苦い顔を
――――――するわけもなく。



「アホか。自分ら付き合ってどんだけ経つ思っとんねん。」

「…3ヶ月。」



 はぁ、とこぼれたのは、呆れ以外の何物でもない服部の溜息だった。



「キスもまだやなんて、どこの純情少年やねんっ」



 つい大きな声を出してしまった服部の口を慌てて覆うと、快斗は人差し指を立てた。
 静かにしろ!とジャスチャーされ、服部は盛大に天を仰いだ。


 冬休みを利用してはるばる大阪からこの東京まで遠征してきた服部に、何やら切羽詰まった快斗が相談を持ち掛けたのだが。
 世間を騒がす天下の大怪盗様がいったい何を言い出すかと思えば、ようやくその手に掴むことの出来た恋人とソウイウコトに踏み切ることができない、ときたものだ。
 今度は何事かと真剣に聞いてしまった自分の人の好さに、服部はどうしても漏れ出てしまう溜息を止めることができなかった。



「なんだよー。人が真剣に相談してるのにっ。」



 そんな服部の様子に、快斗は拗ねたように頬杖をつく。
 まるで子供のようなその姿に―――確かにある意味では子供なのだが―――これが本当に怪盗キッドなのかと服部は疑ってしまった。
 快斗=キッドであるとは知っていても、実際に彼が怪盗として仕事をしているところを見たことはない。
 現場で対峙したことのある怪盗は、冷涼な気配を放つ大胆不敵な男だが……
 目の前の男は、どう見ても一介の高校生にしか見えない。



「…黒羽ってほんまにキッドなん?」

「だよ。」

「………見えへん…」



 ぽつりと呟かれた声に、快斗は器用にもぴくりと片眉を持ち上げただけだった。
 服部が快斗の裏の顔を知っていることは志保から聞いていたので、快斗も新一も知っている。
 だからこうして、たとえ休みの間だけとはいえ、怪盗の帰宅する工藤邸への宿泊も許可がおりているのだ。
 なにせ、この休み中にもキッドの犯行はある。
 泊まりに来るのが服部でなければ、新一はきっと幼馴染みだろうと泊めはしなかっただろう。



「ちゅうか、そんなに工藤とキスしたいんやったらすればええやん?夜の大胆さはどこやってん。」

「…駄目だよ。」

「なんでや?」

「だって…」



 ふう、と溜息を吐く。
 快斗は、そりゃあ俺だってそうしたいのはヤマヤマなんだけど…とかなんとかもごもご言っている。
 その歯切れの悪さに眉をひそめた服部だったが。



「ファーストキスは俺が無理矢理しちゃったからさ。セカンドキスは向こうからか、せめてそういう雰囲気の時に、と思って。」

「なんやてぇ!?」



 その台詞に、思わず第二の雄叫びを挙げていた。
 つい勢いのままに立ち上がってしまったが、快斗に人差し指を立てられ、額を抑えながら椅子に着く。
 何が哀しくて、自分のオモイビトのこんな話を聞かされなければならないのか。



「ファーストキスはお前が無理矢理、やと?」

「うん。」

「…こんのボケ男、ぬけぬけとっ!」

「ぅえっ」



 言うが早いか、服部は快斗の首に腕を回すと絞めはじめる。
 …と言っても、学生同士の戯れではあったけれど。



「何だよ、お前だって無理矢理しちまえ、とか言ったクセにっ」

「アホッ!あんなん例えや、例え!ほんまにやられると腹立つねん!」



 今や、椅子から転げ落ちた彼らはフローリングの上で転げるように取っ組み合っている。
 なんだかんだで気が合うらしいふたりは、文句を言い合いながらもその顔に浮かぶのは意地の悪い笑みだ。
 快斗は服部の新一に対する気持ちを知っているけれど、だからと言ってそんなことを気にしたりしなかった。
 人の気持ちは自由だし、それをヘタに気にしてやるほどイイヒトにもなれない。
 そこがまた服部の気に入るのか、ふたりは互いの気持ちを隠すことなく気楽な付き合いを続けているのだった。


 そう、そんなふたりの気持ちを知らないのは本人ばかり。






「お前ら何やってんだ?」



 と、突然話題の人物から声を掛けられ、快斗と服部は内心で飛び上がらんばかりに驚いた。
 けれど幸いなことにふたりともポーカーフェイスが巧く、乾いた笑いを浮かべながら何でもないよ〜と言う。
 そこが逆に不審なのだが、新一は気にした様子もなく納得してしまった。
 アチィ〜とか何とか言いながら水を飲みにキッチンへと入っていく。
 新一の姿が見えなくなると、ふたりはあからさまに溜息を吐いた。
 もちろんそれは、新一にばれなかったことへの安堵の溜息ではない。



「……つーか、いつもあんなんなん?…工藤。」

「……ソウデス。」



 年中空調の整備された邸内は冬だと言ってもちっとも寒さなど感じず、逆に風呂上がりでは暑いほどだ。
 そのせいか、新一は生乾きの髪にタオルを巻いて、寝間着を羽織っただけの格好…
 はっきり言って面倒くさがりのだらしない格好だ。
 色気もへったくれもない。ない、のだが……



「なんであんな格好やのに…」

「新一がやると生唾モンなんだ…」



 これを日々見せつけられているのかと思うと、ついつい服部は快斗に同情してしまった。
 それでもふたりがまだソウイウコトに踏み切れないのは、単に。



「素であんなボケかます奴相手に、そら手ぇ出されへんわな…」



 ということだった。





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