気怠い体で寝返りを打とうとして、新一は隣にあるはずの温もりがないことに気が付いた。
 重い瞼を持ち上げてみても快斗の姿はどこにも見あたらない。
 僅かに人の居た痕跡を残すシーツが目に入るばかりだ。
 新一は小さく首を傾げ、起きたくないと文句を垂れる体を無理矢理起きあがらせる。
 昨夜自分をこんな体にしてくれた諸悪の根元はいったい何をしているのだと思ったところで、階下から聞こえてくる騒ぎに気が付いた。
















■ Second kiss...
















「全く、良い度胸してるわよね、貴方たち。」



 出された紅茶を当然のように口へと運ぶ仕草は女性らしい繊細なものだが、そこから紡がれる言葉はどこまでも容赦がない。
 目の前に腰掛ける快斗はまるで子犬のように縮み上がっていた。
 テーブルに腰掛ける志保と快斗とは別に、賓客用のソファに腰掛ける服部と白馬はその様子を満足げに見守っている。
 それぞれ口許に悪戯な笑みと苦笑を浮かべているのを、快斗は時々恨めしそうな視線で睨み付けていた。



「…ごめんなさい。」

「生憎、そんな言葉は何の役にも立たないわね。」



 素直に謝罪の言葉を口にした快斗だが、志保はそれをスッパリと両断する。
 快斗が更に縮み上がったのは言うまでもないだろう。


 普通ならお節料理をつついていたりお年玉をあげたりと、和やかな雰囲気の流れているだろう元日の朝に、不機嫌を顕わにした志保が乗り込んできた理由は言うまでもない。
 昨夜未明、除夜の鐘が鳴ってから幾ばくとなく時間が過ぎた深夜に、阿笠邸に迷惑な押し掛け人がやって来たからだった。






 地下室で滾々と研究に勤しんでいた志保は、鳴り響いたインターホンに眉をひそめながらも椅子を立ち上がった。
 一旦眠りに就くと阿笠博士はなかなか起きない
―――たとえ起きてもこんな深夜の訪問者を前に志保が応対させない―――ので仕方なく志保が出向いたのだが、そこにいたのは現在お隣に寝泊まりしているはずの男と見知らぬ男だった。



「よぉ、遅ぉにすまんな、姉ちゃん!」

「…服部くん?こんな夜にどうしたの。」



 新一がらみでまた何か問題でもあったのかと一瞬考えたが、にこやかに片手を上げて挨拶をする程度には余裕があるらしい服部の様子に、志保はその可能性はすぐに消し去った。
 そして、もしかしなくても下らない理由での訪問に機嫌を急降下させたのだが、相手は少しも怯むことなく。



「ちょお、今夜の寝床に困っとんねん。俺とコイツ、止めてもらわれへんやろか?」



 リビングのソファでもかまわんから、と苦笑する顔に、志保は眉を寄せる。



「…工藤くんはどうしたの?まさか、追い出されたわけでもないでしょうに。」

「それがそのまさかなんや。黒羽やのぉて工藤に言われてしもたら、さすがになぁ。」

「え?本当に工藤くんが?」



 心底意外そうに聞き返すのへ服部はひょいと肩を竦めて見せただけだった。
 その様子に冗談めいたところは欠片もなく、志保はそれが本当なのだと悟る。
 普段から口調にも態度にも愛想の良さなど欠片もない新一だが、彼がこの西の探偵をどれほど大事に思っているか志保はよく知ってるつもりだった。
 苦しかった潜伏期間を乗り越えられたのは服部の助けがあったからこそだし、口にせずともそれに新一が信頼と感謝を寄せているのは一目瞭然である。
 その彼を寒空の中放り出すとは、余程癪に障ることを言われたかされたか、或いは……



「黒羽とふたりきりになりたいんやと。」

――――――は?」

「せやから、漸くキス以上のことに踏み出す勇気が出たっちゅーことやろな。」

「…ちょっと待って。理由って、ソレ?…ソレだけなの?」

「せや。」



 プチン、と何かが切れる音が響くが、服部はケロリとした表情で平然としている。
 この科学者を怒らせるとコワイ、という知識ぐらいはつけている服部だが、今回のコレは不可抗力である。
 総ての責任は新一と快斗のふたりにあり、よって彼女の怒りの制裁を受けるのも当然彼らというわけだ。



「やから、俺とコイツ―――あ、コイツは白馬っちゅうねんけど、今夜だけここに泊まらしてもろてええやろ?」

「事情は判ったけど、なんで私が…」

「苦情は全部あいつらに言ったって♪」



 言うなり、服部は戸惑う白馬の背を押しながらズカズカと上がり込む。
 さすがの志保も強引ぐまいうぇーな服部には敵わないようで。
 密かに(というかむしろ明らかに)このツケは傍迷惑なばかっぷるふたりに支払わせることを心に決めたのだった。






 そうして初めの言葉に至るわけだが。
 まさかあそこで服部たちが志保のもとへ押し掛けるとは考えていなかった―――もといそんな余裕のなかった―――快斗は、生憎どうすることも出来ずに居た。
 もしかしなくても、またもやアレコレと入手困難な代物ばかりを求められそうな雰囲気に快斗がゴクリと唾を嚥下した時。
 ガチャリと、リビングのドアが開かれた。



――――――あれ?お前ら、朝から揃って何やってんだ?」



 入ってきたのは寝間着にガウンを羽織っただけの何とも無防備な姿の新一だった。
 朝っぱらから豪勢な顔ぶれだなと、気怠そうに前髪を掻き上げる仕草。
 少し上気した肌と熱っぽい視線に妙な色香があって、その場にいた誰もが個人差はあれど固まったのだが。



「新一、ちゃんと寝てなきゃ駄目じゃん!」



 いち早く立ち直った快斗が少し怒ったような顔で駆け寄り、ガウンの前をしっかりと止めながら言う。



「起きるの辛いんだろ?無理すんなよ。」

「…誰のせいだと思ってんだよ。」

「……俺のせいです。」

「なら放ったらかしにしてんじゃねぇよ、ばか。」



 唇を突き出すようにして文句を言う新一に、快斗は嬉しそうに口許を綻ばせる。
 放っておくなとは、放ったらかしにされて寂しかったと言っているも同じことで、自分を必要としてくれているのが嬉しかったのだ。
 そんな、思わず赤面してしまうような会話を端で聞いていた服部は呆れたような天を仰ぎ、志保はやってられないとばかりに無視を決め込み、白馬は強張った顔を赤らめながら明後日の方向を向いていた。



「御飯つくってすぐ行くから、それまで横になってて。」

「ん。…すぐだぞ。」

「もちろんv」



 額に軽く口付けると新一は満足げに微笑って、他の者たちに「悪ぃな」とだけ残して再び二階へと戻っていった。
 新一のいなくなったリビングが静寂に包まれる。
 上機嫌でキッチンへ向かおうとした快斗を遮ったのは、志保だった。



「ムカツクわね。」



 再び物騒な台詞を吐き、じとりと快斗を睨み付ける。



「その締まりのない顔がさらに癇に障るわ。」

「ほんまにな。ヒトにさんざん迷惑かけといて、自分だけ幸せ絶頂みたいな面しおってからに。」

「し、幸せ絶頂って?」



 更に服部まで加わって睨み付けてくる4対の瞳に快斗は怯えた声を掛ける。
 それに服部は噛みつくように言い返した。



「なに寝ぼけたこと言うとんねん、昨日のことに決まっとるやろが!」

「昨日って…」

――――――やから、昨日工藤とうまくいったんやろっ」



 なんでこんなん言わなならんねん!と服部が珍しくも顔を赤くして言い募るのを、快斗はきょとんとした目で見返した。
 ここまで言うてもわからんのか、と更に口を開きかけた服部だったが……



「昨日は何にもしてねぇぜ。」

「…は?」



 反対に今度はこちらがきょとんと見返す番だった。



「だから。…キスしかしてねぇ。」



 再度言い直された台詞に、服部は信じられないとばかりに目を見開いた。
 昨夜はあれほど熱烈なキスシーンを見せつけられたというのに、その後の彼らが何もなかったとは。
 先ほどの新一の様子はまるで情事の後のようだったではないか。
 気怠げな動作も、上気した肌も、熱っぽい目も。
 それが、何もなかったと言うのか。


 疑問がそのまま顔に出てたのか、快斗はまるで子供のように言ったのだった。



「だって新一、風邪でダウンしちゃったんだもん!」



 ああ、なるほど。
 あれは風邪でああなっていたのか。
 そりゃあ真冬の真夜中に空中散歩なんぞやらされれば、どこぞの紙一重な人間以外は風邪も引くだろう。


 その場にいた誰もが納得したのだった。





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 これにてK.I.D.2 Second kiss は終了となります。
 短期集中、連載僅か1ヶ月という、管理人にしては珍しくも早い完結でした。
 本編とはガラリと変わって甘々に突っ走ったお話でしたが、如何でしたか?
 私としてはいつになく楽しんで書けたのですが…(笑)

 今回のメイン快新ではなく、服部と白馬が実は真のメインだったりします。
 本編で快斗と新一の親友の座を勝ち取った服部ですが、では白馬は?と思ったとき、やはり白馬も大好きな私としては服部と似た立場にさせてしまいました。
 そんなわけで白馬や服部がやたら目立っているのです(笑)
 しかも最後は結局オアズケをくらってしまった快斗くん…ごめんねvv
 このお話の彼らは「もどかしい」のが大前提なので、巧くコトが運ばないのは致し方ないということでお見逃し下さいませ;;

 この後のお話は…現時点では書く予定はまったくありません。
 お付き合い下さった方々、ご愛読有り難う御座いましたvv