硬い靴音がアスファルトに響く。

 足音を立てるのは不本意であったが、致し方なくKIDは夜のビル街の影を走り抜けていた。

(ったく、しつこいな〜)

 例のごとく、パンドラを狙う連中とバッティング。今宵の獲物も目的のものではなく、はいさようならとKIDとしては去ってしまいたかったのだが、律儀にも相手は見逃してくれる気は全くないようだった。黒光りする銃を手に執拗に追ってくる。

 光と闇の交錯する夜の街。
 表通りは人通りも多く、眩いネオンに照らし出された活気溢れる世界であるが、その死角となっている闇の世界をKIDは駆けている。

 いい加減嫌気が差してきたKIDは、仕方なく強硬手段に出ようかとタキシードの内側に右手を差し込んだ。懐に収まっているトランプ銃。特殊コーティングされたカードは十分殺傷能力はある。もちろん、殺人を犯すつもりはないのだが、連中を足止めするには少々痛い目を見てもらわなければいけないらしい。

 あの角を曲がったら。そう念じて、懐のトランプ銃のグリップをギュッと握る。








 ――――――――と、その角からKIDと同じく駆ける勢いで飛び込んできた人影があった。








(奴らか……!)








 とっさにKIDはトランプ中を抜き放った。
 自分を挟み撃ちにするほど頭の良い連中とも思えなかったのだが、敵ならば容赦はしない、とトリガーに指をかけて。










 己の額に当てられた、銀の銃口に目を瞠った。










 ……いや、正確には、飛び出してきたその人影に。

 彼の眼前にトランプ銃の銃口を突きつけた姿勢で、KIDは珍しくも動揺した。










「………………KID?」

「名探偵……?」









 KIDと同じく、飛び込んできた瞬間に銃を構えてKIDの眉間に照準を合わせたその人は――――――彼が唯一と認める、名探偵その人であった。
















【tight rope】
wrighten by Masaki Haruka















「いたぞ!!」

 それはどちらの背後から聞こえてきた声だっただろうか。

 しかし考える間もなく、KIDはそのまま引き金を引いた。
 それと同時に、新一も迷わず銀の銃を撃っていた。








 ――――――互いの背後に現れた男達に向かって。








 どさりと、どちらの背後からも人が倒れる音がする。
 けれど新一もKIDも振り返ることはせず、そして銃を構えたまま鋭い眼差しを交わした。

「……名探偵が追われてるなんて、珍しいね」
「そっちこそ、胡散臭そうな連中に何したんだ?」

 互いに笑って見せる。とっさに構えた銃を、瞬間的に照準をずらして彼らは撃ったのだ。新一はKIDの背後の男達へ。そしてKIDは新一の後に現れた男達へ向かって。

 が、だからといって追っ手の全てを撒いたわけではない。

「そっちだ!!」
「待てー!!」

 どちらの敵も、後から後から湧いて出てくるかのように駆け寄ってくる。瞬間視線を交わすと、新一とKIDはアスファルトを蹴って駆け出した。

 新一もKIDもどちらも俊足だった。追っ手が駆けつけるよりも早く、ビルの横道へと入って一気に走っていく。申し合わせたわけではないけれど、二人の駆ける息はぴったりだった。

「ちなみに聞くけどさ!それって銃刀法違反じゃないの!?」

 走りながらも新一の右手にある銀の銃をチラリと見る。仮にも警察に協力している有名探偵殿がそんなものを所持していてはやばいのでは、なんてそんな場合ではないのに心配してしまう。
 そんなKIDの様子がおかしかったのか、新一は駆ける足を止めずに楽しげに笑った。

「本物じゃねーよ、これは麻酔銃!ま、ちょっとみ本物に見えるから、騙されてくれる奴も多くって助かってるんだけどな……おっと」

 前方にいかにも不審な男たちの姿がチラリと見えて、新一が急ブレーキをかける。
 その彼の腕をKIDの左手が掴んで引いた。

「こっちだ!」

 ビルの裏口らしい古ぼけたスチールのドアを開いて中へと滑り込む。そして彼の腕を掴んだまま、真っ暗な非常階段を上へと駆け上って行った。
 この暗闇の中で、しかしKIDの足取りはしっかりしていた。そこまで眼がきかない新一は自分の足元の方が少々心許なかったのだが、そんな不安を読み取ったのか腕を掴むKIDの手にギュッと力が込められた。

 KIDの腕に導かれるままに、新一は彼と共に一気に屋上まで駆け上がった。
 さすがに俊足の新一だとて、体力ばかりは並みの人間と同じである。息が上がり膝が震えた。このままがくりと膝を付いて座り込みたいと切に思ったが。

「上か!?」
「屋上に行ったぞ!!」

 どうやら執念深い連中だったようで、それが新一とKIDのどちらの追っ手かは声だけで判断することは出来なかったが、新一に休む暇を与えてはくれないようだった。

 しかし、連中を撒けたのならばともかく、追いかけてこられてはこの屋上は袋のねずみも同然であった。隣のビルに乗り移れないか、ととっさに思うが、あいにくと随分と高さと幅に距離があって無理そうである。こんな逃げ道のない所へ逃げ込んでどうするつもりなのかと新一は整わぬ息のままにKIDを見上げれば。

 彼は、笑っていた。微笑みながら新一を見下ろしていた。

 その余裕の表情に、思わず新一はムッとしてしまう。彼の正体は知らないが、どうやら同年代らしいと察しをつけていた。体格も、多少は彼の方がいいかもしれないが、それだとて見た目にも激しい差が付くほどではない。それなのに、彼は余裕綽々と平然と笑っていて、自分はへたばっている。基礎体力の差なのだと、それが劣ると見せ付けられた新一にとっては面白いことではなかった。

 まるで新一の息が整うのを待っているかのようなKIDの態度に、新一は眉を吊り上げた。

「どーするつもりだよ!?ここに連れ込んだのはおめーなんだから、きちっと責任取れよな!」
「あはは、もちろんそのつもりだよ」

 あまりにものん気なKIDの笑顔に新一がさらに怒声を浴びせようとした時。

「いたぞ!!」
「覚悟しやがれ!!」

 分厚い鉄扉を勢いよく蹴り開けて、銃を手にした男達がなだれ込んで来た。

 ハッと振り返って銀の麻酔銃を再び構えた新一は。








 横合いから伸びた力強い腕に、ぐいっと腰を引かれた。








「………!!??」








 KIDの白い腕が、軽々と新一の身体を抱き寄せていた。片腕で新一の身体をしっかりと支えながら、空いた手でカチリとベルトに仕込んであるボタンを押している。そして、彼の背で白いマントがハンググライダーを形どった。

「それでは皆さん、御機嫌よう」

 ウィンクを残しながら、KIDは片腕に新一を抱いたまま屋上の縁を力強く蹴った。浮遊感の後に襲いくる落下感に、思わず新一は彼の身体に両腕を回してしがみついてしまった。

「お、落ちたのか!?」
「いや……アレを見ろ!!」

 男達がざわめきながら夜空の一角を指し示す。
 そこは、暗い夜の闇の中を切り裂くように飛行していく、白い物体があった。ハンググライダーで飛んで逃げたのだ。

「逃がすな!!」
「追え!追うんだ!!」

 それを合言葉に、飽きることなく男達は再び目標を追い始めた。ビルを駆け降り、夜の街の中をただひたすら白い飛行体を追って走り始めた。








 ――――――そんな彼らの後姿を、KIDと新一はビルの影からこっそりと覗き見る。










「……単純な奴らだな」
「まあまあ、夜目だからはっきりと見えないのはしょーがないじゃん。ま、彼らが騙されてくれたおかげで助かったし」
「……っつーか、マジびびったぞ、あの時……」

 あの時。
 新一を抱えたまま、KIDが夜空へとダイブした時。

 KIDの背にあるハンググライダーを見て、新一もそのまま飛ぶのだと思っていた。ただ、マントがハンググライダーに変形しただけのそれは大きさ的にもとても二人分の体重を支えられるとは思えなくて大丈夫なのだろうかと不安になったまま。

 落ちていく、二人の身体。

 ……しかし、重力に逆らう衝撃はいつまでたっても訪れず、落下感は止まらなかった。

(な、何〜!?)

 落ちる!!と思い、思わずKIDにしがみつく両腕に力を込めた。その瞬間を予想しギュッと瞼を閉じてしまう。

 ――――――が、突然落下が止まった。

 かといって、予想した浮遊感はない。ガクンッと急激な停止による負荷を感じただけだ。ハンググライダーで飛行し始めたわけではないことに疑問を感じ、新一はそっと瞼を開いた。
 見れば、KIDの片腕に腰を抱かれた姿勢のまま、ビルの半ばぐらいの位置で二人は停止していた。KIDのもう片方の手はロープを掴んでいる。そして、代わりに飛んでいく白い飛行体。ダミーだ。

 KIDは、二人がハンググライダーで飛んで逃げたと見せかけただけだったのだ。

 宙吊りの姿勢のままするするとロープを操り、KIDと新一ははそのまま地面へとゆっくりと下降していく。その間にも、ダミーに騙された連中は二人に気づくことなく、全く見当違いの方向へと罵声を浴びせながら姿を消していったのだった。

「アレは俺の方の追っ手だな」
「……確かに、俺の方じゃないな。……ってことは、まだ連中はこの辺りをうろついてるんだな」

 前者はKIDの、後者は新一の台詞である。
 KIDは追っ手を撒けたのだからいいが、新一はまだ危機を脱したわけではないのだ。さて、連中に見つからない内にさっさと逃げ出さなければ、と身を翻そうとした新一の腕を、KIDが再び掴んだ。

「?KID?」
「シッ」

 KIDの人差し指が新一の唇に触れる。
 一体何を、と声を発しようとして、新一は伝わってくる気配に身を固くした。

「……いたか!?」
「いや、まだ見つかってねえ!」
「探せ!あの探偵野郎を生かして帰すな!!」

 ビルの陰からこっそりと様子を盗み見る。

 柄と人相の悪い集団が、物騒なものを手に駆けずり回っていた。
 とはいえ、それはKIDが相手にしているような組織だって訓練された、とは決して言いがたい荒くれたチンピラたちのようだった。

「……ヤクザさんに見えるけど?」
「取引現場を押さえたまでは良かったんだがな、ちょっと予定外の人助けまでしてたら、逃げそびれちまったんだよ」

 依頼に繋がる盗品の密売現場をフィルムにおさめた。この証拠を警察に渡しさえすれば奴らは一網打尽に逮捕できる。そう考え、新一は危ない橋を渡るよりも慎重で確実な選択を選んだ。選ぼうと、思ったのだ――――――彼らが縄で縛られた女性を連れていなければ。
 どうやら盗品に絡んで拉致された一般人のようで、その盗品ごと売り渡されようとしていたらしい。すでに乱暴された後なのか、顔は赤く腫れ上がり、衣服もボロボロになっている。何より、女性の生気のない濁った瞳に、新一はどうしても彼女を見捨てられなかったのだ。
 そして、上手く連中の手から連れ出した女性を身を潜められそうな場所に隠して、連中をひきつける為に新一はわざと目立つように逃げ出した。

「……で、そのまま追っ手を撒けないままでいる、ってことか。名探偵らしいっちゃらしいけどねえ」

 どこか感心したような、それでいて呆れたような、そんなKIDの口調に新一の眉が不快そうに歪められる。

「自分の始末は自分でつける。お前は自分の追っ手を撒いたんだから、さっさと逃げればいいだろ」
「でも、名探偵は一人で逃げられるの?」

 くいっとKIDが顎で示すのは、二人が身を潜めているビルの陰を挟む通りだ。どちらも、ヤクザ特有の物騒な気配が伝わってくる。挟み込まれているようなものであり、どちらに逃げても必ず見つかってしまうであろう。
 さすがの新一も、返す言葉がなくグッと息を呑んでしまった。

 そんな新一を、KIDはどこか面白がっている笑みを浮かべて真正面から覗き込んだ。

「さっき、きちんと責任は取るって言ったでしょ?」

 だから、大人しくしててね。そう言いざま、KIDの腕が再び新一の腰をさらった。
 何、と思うまもなく、新一の上半身からジャケットが取り払われ、あまつさえカッターシャツの前ボタンもいつの間にか全てはずされてしまっていた。

 しかし、新一は呆然としたまま声をあげることも出来なかった。

 自分の身に何が起こっているのか、KIDが何をするつもりなのか、理解できないからだけではない。
 KIDがマントとシルクハッと、そして白いタキシードの上衣をするりと外して。
 ネクタイを緩め、襟元を肌蹴させたその手で――――――モノクルを、右目から外したからだ。

 声もなく、目を瞠ってKIDの顔を凝視する新一に、KIDはにこりと笑って。








 ――――――そして、口づけた。


















「こっちに誰かいるぞ!」
「奴か!?」

 改造銃を手にしたままヤクザたちがビル陰になだれ込んでくる。陰の中に身を潜めていた人影に銃を突きつけ、そして――――――ぽかんと、口を開けたまま彼らは立ち尽くしてしまった。







 そこで繰り広げられていたのは……赤面するほど濃厚なラブシーンであった。







 青いシャツの襟元をくつろげた男が、酔いしれるように瞳を閉じて腕の中に閉じ込めた細身の身体にキスをしている。







 抱きこまれている相手はヤクザ達からは後姿しか見えないが、のけぞる首の細さと、シャツが肌蹴て露になった肩の白さ、肌の滑らかさ、そして男の手が撫で上げている腰の細さに、誰もがごくりとつばを飲んだ。







 まるで、そこだけ青い紗の幕で覆われた別世界のような雰囲気に、何故か男達の足が動けなくなる。





 無粋な闖入者の気配を感じたのか、思う様に相手の唇を貪っているであろう男がチラリと瞼を押し上げた。

「……何か、用?」

 邪魔をされた、と不快な気持ちを隠そうともしない口調のまま、しかし男の唇はそのまま白い頬から耳朶へと移動する。ピクリと震える体を愛しげに抱きこんで、シャツの内部では愛撫する手を止めようとはしない。

「こ、こ、こ、こっちに怪しい男が逃げ込んでこなかったか!?」
「男?どんな?」
「ま、ま、ま、まだ若い男だ!紺のスーツを着ていたが、見なかったか!?」

 目のやり場に困っているのか、動揺した男はヤクザらしくもなくどもってしまっていた。だからこそ、男に抱きこまれた相手の年恰好にまで気づかないようだったが。

「……ん〜……いたかもしんねーけど、覚えてねーなぁ。何せ、こっちに夢中だったもんでね」

 と、口元にあった耳朶を甘噛みする。その刺激に慄く白い肌がうっすらと桜色に染まり、そらした咽喉からはくぐもった声が漏れた。思わず上げそうになった喘ぎを噛み締めたのであろうが、逆に艶を漂わせて男の情欲を煽る結果になっている。

 ヤクザ達も、思わず下半身が熱くなってきてしまったが。

「……いつまでそこで覗いているつもりだ?」

 と、欲にまみれながらも、どこか底冷えのする瞳を男が弄ぶ身体の肩越しから向けてきて、ヤクザ達は慌てて身体を翻した。何故自分達が逃げるようにその場から立ち去らねばならないか分からぬままに、それでも無意識が足を動かしたらしい。極道とは思えない情けない走りっぷりで、逃げ去るように姿を消した。














 ……ようやく静寂が戻ると、KIDは口づけていた新一の肩から顔を上げた。

「やれやれ、どうやら撒けたようだね」

 カップルのフリをして追っ手を撒く。昔からの常套手段だけれども、今時になってもこんな手に引っかかる馬鹿がいるなんて。相手がただのヤクザだというのも幸いしたのかもしれない。これが組織相手ならば決して通用しない手だったろう、とKIDは思う。

 そのまま、新一を離そうとして――――――ずるりと崩れ落ちる華奢な身体を、KIDは慌てて抱きとめた。

「め、名探偵!?」

 一体どうしたのかと、彼を覗き込んで……KIDは、咽喉の渇きを覚えた。







 薄紅色に染まった肌。
 その首筋に先ほどKIDがつけたばかりの紅い刻印が艶かしく映えている。

 涙で潤み煙る瞳が恨めしげにKIDを見上げているが、目尻をほんのりと赤く染めたその様では全く持って迫力がなかった。いや、威力ならば十分あった。濡れて色づいた唇がわずかに震えているのが、いやおう無しに男の劣情を刺激するのだ。

 その壮絶なまでの色気に、KIDの背筋がゾクリと震える。







「……やりすぎだ……馬鹿やろー……」

 桜色の唇からポツリと零れたその声さえも、掠れ具合がさらに艶を増していた。

 KIDの突然の振る舞いが追っ手を撒くためのものだと理解したからこそ、新一は抵抗しなかったようだが、KIDから与えられたキスと愛撫は、彼の腰から力を根こそぎ奪ってしまったらしい。今では支えがなければ立っていることも出来ないようだった。

(……参ったな……)

 心の中で、KIDは溜息を吐く。
 KIDは元々ノーマル思考の持ち主で、同性相手に欲情するような性癖はなかった。新一のことも確かに気に入ってはいたが、あくまでも同性相手に対するお気に入りであって、それは決して性的な意味を含んではいなかったのだ。今までは。

 けれども。








 腕の中の彼を見て――――――明らかに、欲情している自分を、KIDは自覚した。








(この気持ちは、何なんだ?)

 ただの一時の気の迷いなのか、それとも――――――?








 それを確かめねばならないと、KIDは思う。その為に。

 KIDは胸の中へと抱えていた新一の身体を、ビルの壁へと縫いつけた。その両腕を、自らの両手で封じ込めるようにして。

「な、何だ!?」
「きちんと責任取るって、言っただろう?」
「は!?」
「いや、だからね、名探偵を煽っちゃった責任はきちんと取るからさ」

 言われて、新一はカーッと赤面した。KIDの言葉に含まれた意味を正確に理解できたからだ。責任を取るということは、つまり……そういうこと、だろう。

「せ、責任なんてとらなくていい!とにかく離せ!!」
「いやいや、名探偵にもきちっと責任とって欲しいんだけど」
「せ、責任って、何の!?」
「これの」

 自らの中心を摺り寄せるようにKIDの体が密着する。下腹部の辺りに当たる硬い感触に、新一の顔はさらに赤くなった。

「な、何でお前までこんなんなってんだよ!?」
「名探偵が色っぽすぎるから」
「な、な、な、な……!!!!/////」
「シッ。大きな声出しちゃうと誰かに聞かれちゃうかもよ」

 だったら止めろよ!そう叫ぼうとした新一の唇を、KIDは己の唇で塞ぐことで黙らせる。そして、そのまま彼の舌を探り当て、ねっとりと絡めあった。
 肌蹴たシャツの内側に手を入れて、本格的な愛撫を施し始める。女性とは異なる丸みのない胸を撫で上げながらも、己の内に嫌悪の情が生じないことを確認し、KIDは湧き上がる熱に身を任せ、理性を捨てて新一の体に没頭した。












 いつ、誰が来るともわからないビルの陰で。
 二つの影は、青白い月の光から身を隠すように、絡まり合う。まるで獣の情交のように。

 吐息も、喘ぎも、わずかでも漏らすのが惜しいとばかりに交わされる唇。
 互いに、火のついた身体をもてあますように幾度も欲を吐き出し、そして相手の存在に溺れた。







 二人は、熱を分け合い、溶けるように深く身体を繋ぎ合い、快楽の罠に堕ちていった――――――














「……信じらんねー……この強姦やろー……」
「強姦とは失礼な。立派な和姦でしょ」
「〜〜〜〜〜〜っっ//////」

 ぐったりと力の抜けた新一の身体を抱きしめながら、KIDはまだ熱い吐息を新一の耳に注ぎ込む。そのたびに身体の奥深くが疼きおののく己の体の反応が信じられず、新一は羞恥に唇をかみ締めることしか出来ない。

 揺さぶられ、突き上げられ、新一が知らなかった快楽をこの男は確かに与えたのだった。
 ただひたすらにその熱さから逃れたくて、目の前の男の背中に爪を立ててしがみついた自分の痴態がまざまざと脳裏によみがえり、新一はKIDの胸に顔を埋めることで彼から顔を隠した。

 信じられない、と再び胸の内で呟く。

(……こんなに間近にいれば、モノクル無しの素顔だってはっきり見えちまうのに)

 それでも。新一に素顔を知られる危険を承知の上で、彼はモノクルをはずし素顔をさらしたのだ。
 新一を、助ける為に。

 何故、彼がそこまでするのだろうか。新一のことなどさっさと見捨てて逃げればよかったのに。

 そして、何故。







 新一を、抱いたのか。








(……やばいのは、こんなことされてもこいつのこと憎く思えねーってことなんだよな……)

「色々悩んでるみたいだけどね、名探偵」

 と、KIDの指が新一の首筋を撫で上げる。
 ゾクリと背筋ざわめき、新一は声を漏らさないように唇をかみ締めた。

「俺はもう答えを見つけたからさ。名探偵もちゃんと答えを見つけてよね」
「……答え……?」
「そ。とりあえず、俺たちの身体の相性は抜群ってことで♪」
「〜〜〜!!!!////////」







 そう、答えを見つけたのだ。KIDは。







 さあ。

 綱渡りのような、スリルあふれる危険な恋を始めよう。







(悪いけど、もう離してやれないよ)








 この至高の宝石を、誰にも渡しはしないと心に誓って。

 KIDは、再び新一の魅惑的な口唇を心ゆくまで貪り始めた。












 ――――――新一の手が、観念したようにKIDの首に回されるのは、もうしばらく口づけが続いてからのことである。

















end


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[ CRUCIFY THE MOON ] の真希さまより、40万hit記念のフリー小説を強奪してしまいました!
40万hit、おめでとうございます!
真希さまの書かれる小説には、いつもいつも感服しております。
こんな追い払い方も、相手が新一だからこそ出来るんですよね〜♪
ちゃっかり答えを見つけてしまったキッドさん、さすがです!笑
ていうか新一さんはイッパイイッパイで答えどころじゃなかったのかも…?
今後の彼らの関係がかなり気になりますvv
とっても素敵なお話を有り難う御座いました!



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