あと少しで日付も変わろうかという、金曜の深夜。
 低いエンジン音と共に、漸く工藤邸に家主が帰ってきた。


「じゃあ工藤君、お疲れさま。最近不審者が増えてるから気を付けてね」
「はい、有り難う御座いました、高木刑事」


 心配性で人の好い巡査部長ににっこり笑って見せて、新一は玄関へと向かった。

 事件の呼び出しがかかったのは、学校が終わって直ぐ。
 一応進級がかかってる出席日数を考慮してくれているのか、登校中の呼び出しはほとんどなくなった。
 それでも今日の事件は、調査に思ったより時間をとられてこんな深夜の帰宅となったのだが…
 最近は頭の浮かれた不審者が増えているため、警視庁からの送り迎えまでつけられている始末。
 高木刑事の車のようにサイレンのついてない覆面ならまだしも、朝夕をパトカーでご出勤というのはあまり良い気分ではない。


「女の子じゃあるまいし、自分でどうとでも出来るのに…」


 自慢の右足もあるし、いざとなれば博士製作のメカもあったりするのだから。

 そんなことをひとりごちながら、新一は家の中へと上がり込んだ。
 疲れてしまった体を伸びをして慰めて、コーヒーでも飲もうかとリビングへ向かう。
 いつもなら風呂に入ってベッドへ直行だが、明日は学校も休みでゆっくり出来るのから、急いで寝に行くこともないだろう。

 そう、思ったのだが。


「…………てめぇ、そこで何してやがる…」
「あ、オカエリ名探偵v お邪魔してるよー」


 目の前の不審者に、新一は盛大な溜息をついた。















夢幻夜宴














 入るなり発見してしまった不審者を通報するべきかどうか……。
 今ならまだ近くに高木刑事がいるはずだから、この確保不能の怪盗を捕まえられるかも知れない。
 が、そんなことは新一の頭の中からは見事に吹き飛んでしまった。


「酒臭い…。キッド、親父の秘蔵品、勝手に開けるなよ…」
「大丈夫。いつでも手にはいるようなもんで我慢しといたからv」
「あ、そう…」


 ロレツは怪しくないが、室内に充満した酒気から推察しても、おそらく結構な量を飲んでいるはず。
 白い怪盗はスーツをびしっと着こなしたまま、足を優雅に組んでソファに座っていた。
 向かいのテーブルには安物(と言ってもン万相当)のワインが置かれ、案の定中身はほとんど入っていない。
 グラスに入っていた残りをぐいっと飲み干すと、怪盗が笑みを浮かべて言った。


「ご一緒に如何ですか?麗しの名探偵」


 ポン、と軽快な音と共に突然出現した、グラスとワイン。
 キッドは慣れた手つきで素早くコルクを開けると、未だ突っ立ったままの新一に向けてボトルを掲げて見せる。

 何で俺が…と思ったが、新一は溜息とともに上着を脱いで向かいのソファに腰掛けた。
 キッドが嬉しそうに笑うのを横目でとらえ、グラスを受け取る。


「そんな良いモンじゃないけどね…カステロ・ディ・アマのキャンティ・クラシコ。イタリアワインだよ。すごく美味いってわけじゃないんだけど、俺は好き」

 忘れがたい味なんだよね。


 そう呟いた怪盗に、いつもと違う雰囲気を嗅ぎ取った。
 新一はただふぅんとだけ答えて、注がれたワインの香りを愉しむ。
 確かに何万もするような高級な香りではないけれど、体に沁みるようなスパイシーな香り。
 キッドがこれを好きだと言った理由がわかるような気がした。
 そして、口には出さないけれど…何かがあったんだろうことも。

 一通り香りを愉しんだ後、今度は少量を口に含んで味を愉しむ。
 新一はソムリエではないから専門的なことはわからないけれど、それでも原料に使われる葡萄にまで拘っているような飲み口は気に入った。


「……美味い」
「だろ?名探偵も気に入ると思ったv」


 キッドはにこりと笑うと、テイストが終えた新一のグラスに再びワインを注ぎ、自分のグラスにも注いだ。
 今の状況を中森警部あたりが見たら、卒倒するか憤慨しそう(多分後者)だと思ったが、新一はまぁ良いかと流すことにした。
 なんたってワインは美味いし明日は休みだし、実はこの怪盗のことは気に入ってたりするし。
 こんな穏やかな時間を過ごす機会なんてまずないから、愉しめる時に愉しんでおくのも良いだろう、と。

 夜が深まっていく中、奇妙な組合わせのふたりは他愛もない会話を愉しんでいた。










* * *


「あー…ちょっとツマむモン欲しいかも…」


 既に時計の針は一時を指していたけれど、どちらもまだ飲んでいたい気分だった。
 はっきり言って今夜の事件はあまり良いものじゃなかったし、凹むつもりもないが笑っていられる気分じゃなかったから。
 忘れるためのニガ酒ではないけれど、相手がいた方が変に考え込まなくて良い。

 が、いい加減空きっ腹に酒ばかり流し込むのは良くないだろう。
 当然のように晩飯を食い逃がした新一だったが、いささか胃が悲鳴を上げているのでついそんなことをぼやいてしまった。


「確かに酒ばっかりじゃ体に良くないね」
「全然酔った顔してねーくせに…」
「なに?酔ったところを捕まえようとでも思った?」
「ンなんじゃねーよ、ばーか」


 新一の方が後から飲み出したというのに、すでに酔いが回り始めている。
 白磁の肌には朱が差して、普段の倍は艶が増してたりする。
 悪態をつきながらも楽しそうに笑う新一を眺めて、キッドも嬉しげに瞳を細めた。
 咄嗟の思いつきで今夜ここにやって来たことを、心底良かったと思って。


「何かツマミでも作ろうか?」
「ん…。お前、料理出来ンの?」
「こう見えても得意だよ」
「へぇ…」


 新一は暫く何事か考えた後、


「じゃ、俺も一緒に作る」


 という結論に達した。
 思いがけない申し出にびっくりしたが、嫌なはずがない。
 キッドは快諾すると、先にキッチンに行っといてと新一を促した。
 少々酔いがまわり気味な体を起こして頭を軽く振ると、新一はキッチンへと向かう。
 キッドは素早くシルクハットとマントを取り、ジャケットを脱いでソファにかけた。
 ブルーのシャツを肘まで捲り上げて、随分と軽装にしてから新一の後を追う。

 キッドはモノクル程度しか顔を隠すものをつけていなかったが、キッドの正体が江古田に通う天才マジシャン、黒羽快斗であると知っている新一は特に驚いた様子もなく、何作ろっか?と暢気に話しかけた。
 キッチンの明るい電気の下、新一の顔がほんのり赤いのがよくわかる。
 その様子に苦笑しながら、頭の中でワインに合いそうな軽食を考えて。
 あまり中身はないがそこそこの材料を揃えた冷蔵庫と格闘しながらも、ふたりでツマミを用意した。


「……マジで料理うまいんだな」
「名探偵もうまいじゃん。お前、面倒くさくて作らないだけだろ」
「しょーがねーだろ。殺人現場見て食欲なんて出るかよ」


 確かにソレは、仕方ないかも知れない。

 快斗は顔には出さずに心の中だけで頭を抱えた。
 この名探偵の食欲不振には事件も一役買ってるわけだ。
 けれど、多分酔った勢いでポロッとこぼしてしまっただけの本音に突っ込んで、何も機嫌を損ねてしまうことはない。
 せっかくの名探偵と過ごせる時間なのだから愉しまなければ損だ、などと考えていると。


「お前も、さ。何があったか知らねーけど…たまには愚痴ったって良いんじゃねーの?」
「…え……?」
「せっかく目の前にライバルが居るんだから、弱音ぐらい聞いてやるのに」


 言ってることはかなり意味不明だが、新一は唇を尖らせて拗ねている様子。
 酔いのおかげで、普段のポーカーフェイスは綺麗サッパリどこかへ行ってしまったようだ。
 新一は、ふたりで用意したツマミをリビングに運ぼうと皿を持ってキッチンを出ようとした……が。

 不意に激しい力で抱き締められた。


「キッド?」


 痛いぐらいに締め付ける腕は、怪盗のもの。
 新一は手にした皿を落とすまいと持ち直すが……


「抱きたい」


 思わず手を滑らせて、せっかく作ったツマミを皿ごと落とし、ぶちまけてしまった。





「……は?今、なんて…」
「お前を、抱きたい」


 聞き間違いかと聞き直した新一だが、きっぱりと言い切られてしまい、急いでキッドの腕をはね除けると思い切り後退った。
 壁を背中に、口をパクパクさせている新一。
 その顔は先ほどとは比べようもないほどに赤くなっていた。

 いくら色恋に疎い新一でも、知識ぐらいは持っている。
 それをストレートに伝えられて気付かないわけがない。


「なななに言ってんだおまえ…っ」


 新一はびったりと壁にくっついて、これ以上ないほど動揺している。
 殺人犯に迫られようと、コナンの正体がバレそうになった時も、これほどまでに動揺したことはないかも知れない。
 けれどキッドはそんな新一の様子には頓着せず、ゆっくりとした足取りで新一へと近づいていく。

 月明かりの差し込むリビングで、キッドのモノクルが反射した。
 その光を眩しいと感じるほど近くに、彼の顔がある。
 新一の心拍数はどんどんと増し、それに比例するように身動きがとれなくなっていった。

 キッドの腕が持ち上がり、壁についていた新一の手を取る。
 大きくてしなやかな指が絡まって、ぎゅっと握りしめられた。
 顔をよせたキッドの吐息が耳にくすぐったい。
 聞き慣れたはずの声が、低く掠れた、男くさい声で呟いた。


「………良い?…新一」


 ドクン、と鼓動が跳ねる。
 熱がグッと上がるのを感じた。


「だ、だめ!絶対ダメ!!ダメに決まってんだろ、そんなの!!」
「なんで?」
「なんでって、……俺、男だぞ!?わかってンだろ!?そういうのは女の子に言えよっ」


 新一はすっかり赤くなってしまった自分の顔を隠したかったが、生憎両手ともキッドに捕まっている。
 かなり情けない顔をしているとは思ったけれど、そのままギッと睨み付けた。
 目の前に、アメジストの輝きを秘めた不思議な瞳。
 その瞳は真摯で、それでいて熱が籠もっていて……


「ヤだ。お前が良い」


 まるで子供の我侭みたくそう言うと、キッドはゆっくりと顔を寄せた。

 ドキドキとうるさい心臓。
 まるで耳元で鳴っているかのようだった。
 新一は我慢できずに、ぎゅっと瞳を瞑る。
 直後に感じた暖かい感触は、何度か触れたことのある、キッドの唇。

 押しつけがましくなく、けれどキッドの熱を伝えるには充分な、口付け。
 そっと触れてきた唇はいつまで経っても離れようとはしなかった。
 何もかもがわからないことばかりで強張った新一を解していくかのように、そっと触れるだけの口付けが繰り返される。


「ん…っ」


 唇を端から端へと辿るように這わされたキッドの舌に、ゾクリと背筋が戦慄く。
 無意識にあげてしまった鼻にかかったような声。
 瞬間、開いてしまった口内へとキッドの舌が入り込む。


「ん、んんっ!」


 入り込んだ舌が歯列を割って、奧に隠れていた新一を絡め取る。
 急に激しくなったディープキスに、新一はされるがままに翻弄された。
 口内を蹂躙される、痺れるような感覚。
 絡められ追いつめられ、体の芯が熱くなる。
 ふたりの唾液が混ざり合い、こくこくとそれを垂下し……

 いつの間にか自由になった手は、キッドの背中へとまわされていた。
 どんどん力の抜けていく体ではひとりで立つことも出来ず、縋るようにその背中にしがみついて。
 キッドの冷たくて気持ちのいい手がシャツの中へと入り込んでいることにさえ、気付くととが出来なかった。
 緩慢な動きで背筋をなで上げられ、痺れに思わず体を逸らす。
 その手が背骨を辿ってゆっくりと下へ移動し……腰のあたりに触れた途端、ビクリと体が跳ね上がった。


「んあ…っ」


 唇が離れ、支えを失った新一は床にへたり込む。
 キッドのシャツを掴んでいる手が震えていた。


「新一、大丈夫?」
「…ダイジョブじゃない!か、体が、変…っ」
「気持ち悪かった…?」
「わ、かんねぇ…けど……なんか変……」


 口を押さえてシャツを握ったまま俯いてしまった新一を、キッドは軽々と抱き上げた。
 驚いた新一ににっこり微笑んでおいて、近くのソファへと横たえて。
 その上から覆い被さるように跨った。


「それはね、新一が感じてくれてたってことだよ」
「!!?」
「新一、感じやすい体してるから…」


 ほら、と脇腹を撫で上げられて、ビクビクと体が震えた。
 押さえ込むように上に乗ったキッドのせいで、体に自由が利かない。
 余裕綽々で見下ろしているキッドが気に入らなくて、新一は睨み付けながら怒鳴った。


「てめぇ、酔ってんじゃねーよ!」


 自分も酔っているのは認める。
 おかげで思うように体に力が入らないし、こんな奴の好きにされるし……

 不適に笑って、だから?ぐらい言ってくるだろうと思ったキッドは、けれど真剣な眼差しのまま呟いた。


「確かに、酒の勢いくらいは借りてるかも知れない。…いや、多分、借りてるな。でも、酔って悪ふざけしてるわけじゃないぜ?お前を抱きたいって言ったのは、俺の本心だ」


 新一は思わず眩暈に負けそうになったがなんとか踏みとどまる。
 真剣に見つめてくる瞳から視線を逸らすことが出来なくて。
 ぐちゃぐちゃになりかけている頭で必死に考えた。

 つまり、酔ってはいるけど冗談で「抱きたい」なんて言いだした訳じゃなくて。
 そう言ったのはキッドの本心で。
 つまり……つまり………


(……わかンねぇ)


 どうやら急すぎる展開に頭が考えることを拒否してしまったらしい。
 でも、とにかく。
 伊達や酔狂って訳じゃなくて。
 こいつはこいつなりに真剣で。
 それで、俺の返事を……死刑判決を待つ死刑囚みたいな顔で待ってるってことだけは、わかったから。


(それで俺は、こいつにこんな顔させてられない、お人好しってことだ…)


 何があったか知らないけど、いつもムカツクぐらい余裕な奴が、ポーカーフェイスを忘れるぐらい追いつめられていて。
 そして多分、そんな怪盗を知ってるのは自分だけで。


「……わかった、から…」
「…うん?」
「だから…………」

 ああクソ、口が裂けてもそんなこと、俺の口から言えるモンか!!

「この先はてめぇで察しやがれ!!」


 新一はそう怒鳴りつけると、キッドの襟首を思い切り引き寄せて、力任せに唇を唇にと押し当てた。
 およそキスとは呼べない、けれど新一から仕掛けられた、それ。

 自分の行動に顔から火がでそうなほど恥ずかしくなり、ぷいっと新一は顔を背けた。
 キッドは違うことなく新一の気持ちを読みとって。


「……乱暴」


 そう呟いた声にムカッときて振り向いた新一は、頭上でひどく幸せそうに微笑む彼に、何も言えなくなった。
 あまりに嬉しそうで、こっちの方が恥ずかしくなってしまうような、甘い甘い微笑み。
 その笑顔が近づいて……

 キス。


「新一……」
「ゃ、んぅ…っ…」


 口付けたまま、快斗の手が、指が。
 新一の体を撫で上げていく。
 どこを辿っても気持ちいいぐらいの反応が返ってきて、キッドは嬉しさに笑みを深くした。

 その手が下肢へと移動して…


「え、ちょっ…そんな、トコ……ッ!!!」


 ジーンズの中に入り込んだ手が、熱くなりかけた新一をやんわりと握りしめる。
 もともと淡泊である彼は、他人はおろか自分でさえ弄ることはないのに。
 他人に与えられるわけのわからない感覚に、どうしようもなく体が震え出す。


「や、やめ…っ、キッド!」
「大丈夫だよ、新一。気持ち良くない?」
「わかんな…っ、や、ヘンになるっ」
「平気だよ…」


 邪魔なものを一切はずして、顕わになった新一を口に含む。
 抵抗しているつもりなのか、新一がキッドの髪を掴んだ。
 けれど力のこもっていない腕では満足に抵抗できず、ただ頭に手を添えているような状態で。


「キッド!ダ、ダメだ…、やめ…っ」
「やだ。」
「あ、や、ぁっ」


 熱い口内に含まれ、指先で触れられる以上の快感に、新一の意識は白濁していく。
 舌先での軽い愛撫がもどかしい。
 歯を立てて軽く噛まれ、びりっと背筋を走り抜ける、甘い痺れ。
 軽く吸い上げられ、抑えがたい嬌声があがった。


「や、んんぁあああっ!!」


 弱いところを執拗なまでに攻められて、新一は促されるままに熱を解放した。
 心臓の鼓動が煩い。
 びくびくと震える新一の腰をしっかりと捕らえ、キッドは最後の一滴まで垂下した。
 解放の余韻に新一は震えて…


「気持ちよかった?」
「!?き、聞くんじゃねー、ばかっ」
「聞かなきゃわかんないだろ。俺は“抱かせて貰いたい”んじゃない。ムリヤリ抱くつもりはないぜ?」
「なっ、誰がボランティアでこんなハズカシイ真似…!!」
「うん…わかってる。だから余計、お前の気持ちが大事なんだ」


 抱かせて貰ってる訳じゃないから。
 これはふたりでする行為だから。
 お互いの気持ちが通じて初めて成り立つもの。
 だから、お前の気持ちが、大事。


「だから………………わ……悪くは、なかった………から……」


 キッドの言いたいこともわかるけど、どうしても恥ずかしいと思ってしまう自分の気持ちもわかって欲しい。
 言葉にするのは、かなり勇気が要るから。


「…ありがと……」


 愛しげに微笑んで、小さくキスをする。
 啄むように繰り返し、甘く熟れた唇を味わうように深くしていき……
 再開された愛撫に、新一の下肢はいやがおうにも熱を高められていく。
 我慢できず滴りだした滴に指を絡め、流れ伝う先から掬い取られた。
 先走りを絡ませた指がさらに下へと進み…


「…っ…」


 瞬間、新一の顔が痛みで歪み、解れかけた体は一瞬で強張ってしまった。
 もちろん、初めての刺激に蕾は快斗を全く受け入れない。


「新一、力抜いて…」
「痛ぅ……、この先もすんのかよっ」
「だって、新一を感じたい」


 あからさまな台詞に、消えかけていた羞恥心が一気に煽情された。


「だ、だめっ!無理、絶対無理!出来ない!」
「……コワイ?」
「そうじゃないけど…、男同士なんだからそんなの無理だろもともとっ」


 真っ赤になって叫びたてる新一の唇を自らのそれで塞いで、右手で新一を扱いた。
 急な刺激に新一は抗う術もなく、されるがままに煽られていく。
 強張っていた体も徐々に解れていき…
 そのタイミングを見逃さず、キッドは蕾へと一気に指をねじ入れた。


「んんん……っふ、ぅ……」


 詰まりそうになった呼吸を、キッドが口付けで酸素を送り込み促す。
 新一が落ち着くまでじっとして、指一本でもかなりきつく締め付けてくる新一の中の暖かさを記憶する。
 そこは狭いがそれだけ締め付けも良く、知らずキッドの下肢も疼きだした。

 だいぶ呼吸も落ち着いてきた頃、キッドは指の動きを再開する。
 イケない程度に前にも刺激を与え、挿入した指の動きを滑らかにして。
 内壁を傷つけないよう優しく愛撫し、新一の感じるポイントを探り出す。


「キッ、ド……いた、ぃ…無理だって………」
「ほんとに無理そうだったらやめるから…ちょっとだけ我慢して…?」
「…はぁ、ん……っん………や!やぁあっ!!」


 キッドの指が一部を擦った瞬間、新一が嬌声をあげた。
 すぐさま引き返し、その場所を重点的に攻め立てる。


「新一、ここが良いの?」
「ぁ、だめぇ……っ…抜い、てっ…!」
「ダメなの?ここ…」
「ゃん、あ、ぁあっ、キ…ドォ…っ」


 言葉とは裏腹に新一の蕾はどんどん解れていく。
 痛みに歪んでいた顔も恍惚としてきて、そこが良いのだと体で言っていた。
 最初は一本でもきつかったそこは、二本目の指をすんなりと受け入れる。
 新一の固く瞑られた瞳からは、堪えきれずに涙が流れた。
 ポロポロと零れるそれが綺麗で、愛しくて……キッドは下肢を攻めながらも、優しく涙を舌で舐め上げた。


「泣かないで……大丈夫、無理はしないから……」
「はぁ……ぁ…ぁ………」


 キッドが愛しげに髪を梳いていることも、キッドからかけられる労りの台詞も、全ては新一の意識の外でのことだった。
 既に思考はまとまらず、今自分がどういう状態なのかも考えられない。
 ただ、与えられる今まで感じたこともない感覚に翻弄されるだけ…。

 二本目の指に漸く馴染んだ頃、キッドは指を更に増やした。
 三本の指が抜き差しを繰り返し、キツいそこも次第にやわらいでいく。


「も、もぅ、キッド……んん…我慢、んぁ…できな……ぃ……」


 前と後ろを同時に攻められ、けれど絶頂を迎えるにはまだ足りなくて。
 ひどく丹念に後ろの愛撫を続けるキッドに、いい加減やめてくれと新一は懇願する。
 涙に濡れた瞳は赤く潤み、薄く開いた唇からはトロリと唾液が零れ、キッドの欲情を煽るには充分だった。

 艶を帯びた新一の表情に、キッドの喉がごくりと鳴る。
 キッドは新一の根本を握ると、差し込んでいた指を抜いた。


「…ぇ……キッド……?」


 あと少しで解放出来るとばかり思っていたのに、突然全ての動きを止めてしまったキッドを仰ぎ見る。
 その様子に苦笑して、すっかり泣きはらしてしまった新一の瞼に優しいキスをして。


「キッド……あっ!?ぁあああっ!!!」


 せっかく解れてきていた秘部が閉じてしまう前に、キッドは宛った自身を新一の中に埋め込んだ。
 ゆっくり、新一を気遣いながら、腰を進めていく。


「やっ、んぅ、痛…ぃ……、キッドォ…!」
「…せま……」
「ダメェ……抜い、てぇ……」
「ごめん、もうちょっとだけ我慢して……」


 貫かれた痛みに萎えてしまった新一に指を絡め、根本を戒めたまま上下に扱き出す。
 イキたいのにイケない苦痛に新一は涙を流し続け、流れる先からキッドの唇が拭い去り。
 堪えきれず溢れ出した滴がキッドの指を濡らした。
 新一の呼吸に合わせて、本能のままに動きたいのを我慢してキッドは腰を動かす。

 見つけておいた新一の感じる場所を、執拗なまでに突き上げて。


「ゃ、やぁっ、んぁ…も、はやし…て…っ」
「もう無理、新一?…イキたい?」
「ゃあ、ん、もぅ…!」
「ん……、俺も、もう……」


 がくがくと震える新一を抱き締めて。
 背中にまわされた新一の爪が背中に突き刺さる痛みすら愛しく感じて。
 キスで新一の唇を塞いで、突き上げを激しくした。
 抱き締める腕の力が増して、限界を知らせる。

 キッドは戒めていた新一を解くと、最奧へと貫いた。


「ゃ、やぁぁああああっ!!」
「新一…ッ!!」


 新一の背が撓り、一際強い快感に逆らうことなく欲を迸らせ……
 密着した胸元に新一の熱を受けながら、快斗もまた新一の中へと欲望を吐き出した。










 解放の余韻に、ソファに深く沈み込んだまま浸って。
 ふと体を起こすと、新一はぐったりと目を瞑っていて、意識を手放していた。


「…っちゃー……。ヤりすぎた、かな…」


 すっかり酔いなど醒めてしまって、思い切り新一の体を堪能してしまったキッド。
 少し青い顔をしている新一の涙を唇で拭い、貼り付いた髪を梳いて、あらわれた額にそっとキスを落とし…
 まだ挿れたままだった自身を抜くと、新一の体を清め始めた。

 怠い体で動き回るのは辛かったので、手近にあった自分のブルーのシャツで体を拭った。
 さっさと新一と自分の体を拭ってしまうと、新一を抱き上げて寝室へ向かい、パジャマを着せて身なりを整えさせて。
 寒くないようにと布団を掛けて、キッドも隣へと倒れ込んだ。

 経験がないとは言わないが、それほどあった訳でもなく。
 まして男相手になど初めてで、普通のそれよりずっと体力も気力も使ったキッドは心底疲れていた。
 けれど疲れよりもずっと満足感の方が強く、自然に浮かぶ笑みはとても幸せそうで。
 寝息を立てている新一に、聞いていないとわかっていながらささやきかけた。


「やっぱ無理させちゃったよな…。ごめんね、新一。でも、ありがと……」


 普通にしていたつもりなのに、さすが名探偵、キッドの無理なポーカーフェイスなどすぐに見破ってしまった。
 今夜のキッドは確かに落ち込んでいて、別に慰めて欲しかったわけではないけれど、無性に新一の顔が見たくなって来てしまったのだ。
 敏感にもいつもと違うキッドを悟って、心配してくれて。
 いつか欲に負けて新一を抱いてしまうかも知れないとは思っていたけれど、こんな急に、とは流石に予想していなかった。
 かなり抵抗があっただろうはずの抱かれるという行為を受け入れてくれて。
 とても、嬉しかった。
 その優しさが。
 愛しくて、絶対に手放せないと思う。

 名探偵に受け入れて貰えれば、俺は頑張れるから。
 他の誰に認められなくても、頑張れるから。
 落ち込んだりしないから、奴らに弱みを見せたりしないから。

 だから、俺のただひとりの、弱音を言える相手でいて……。
 出来れば、愛し愛される仲として……。


「起きたら、面と向かって言っちゃうからさ……この気持ちも受け入れてくれると嬉しい」


 ずっと愛してた。そして、これからもずっと愛してる……と。






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テーマ「色気のないエロ」を書こうと思ったんだけど…やっぱりハズした。苦。
もっと新一にボケてもらうはずだったけど無理でした。
エロってムズイ…あたしにゃムズイ…。
修行して出直してきます。
あ、ちなみにこれは夢幻シリーズの裏、てことで。