桜の季節を控えた冬のある日。
 深夜唐突に起きた事故が、翌朝配られた全ての新聞の第一面を飾っていた。















sweet pain















 工藤新一のいるそこは、広くもないが決して狭くもない個室だった。
 お決まりのように清潔な白一色で囲われ、机にはしっかり花まで飾られている。
 否、飾られているのは机だけではない。
 一体どこから聞きつけてくるのか、そこら中が見舞いの花だらけだった。
 思わず溜息を吐きそうになる。
 だが新一がそう思うのは何も花のせいばかりでなく、まるでぐるりと囲うように突っ立ったまま重苦しい表情で黙りこくっている面々に対してもだった。

 右から順に目暮、高木、知らない警官二名、そしてなぜか中森とその部下一名。
 見舞いの顔ぶれがこうも見事に警察関係者ばかりとはいえ、新一には刑事の知り合いしかいない、というわけではない。
 ただ単にここが警察病院で、先日報道された事故の被害者が新一なのだった。

「――本当に申し訳ない!」

 深々と頭を下げる中森に新一は苦笑を返すしかない。
 それに漸く場の雰囲気が動き出したことを悟った目暮が遠慮がちに言った。

「彼が本当にすまないことをしたと、君に謝っておったよ。」
「…そうですか。それで、彼は?」

 目暮に変わり、今度は中森が口を開く。

「あいつには暫く頭を冷やす時間が必要だ。現場に戻ってくるのは随分先になるだろうが……君の判断と寛容さには、頭を下げる他ない。」
「そんな…あれは僕の責任でもあります。」



 それは今から五日前の、雨続きだったその週には珍しい晴れた夜のことだった。
 その日は怪盗1412号こと怪盗キッドの犯行日で、標的となるビッグジュエルが展示される美術館に新一はいた。

 その日の予告状は驚くほど難解で、それを見事解いてみせた新一を中森が現場に招いたのが全ての始まりだった。
 いつもなら専門の刑事が予告状の解読にあたるのだが、こちらがたまたま別件で不在だったため、名探偵こと工藤新一が駆り出されたのだ。

 警視庁一課では救世主とまで囃し立てられる新一は、二課でも名の知れた存在だ。
 噂の名探偵の登場に、刑事たちも知らず力が入っていた。
 特に拙かったのが、まだ警官になって一年と経たない、しかも先日二課に移されたばかりの新米警官がいたことだ。
 ただでさえ初めてのキッドの現場、しかも名探偵とその現場を共にすることになり、彼の緊張はピークに達していたのだろう。
 予告時間になってキッドが現れ、いつものように煙幕を使って逃走を図った時。
 威嚇用に構えていたはずの拳銃を持つ彼の手が、文字通り滑ったのである。

 その時のことを彼はほとんど頭が真っ白で覚えていなかったと言う。
 なにせ、向けられた銃口の先に飛び出したのは――新一だったのだから。

 いくら犯罪者でも丸腰の相手に警官が発砲するのは違法だ。
 それどころか今の日本では、どんなにこちらの命が危うかろうと自己防衛に拳銃を用いることは赦されない。
 もし間違って犯人の命を奪ってしまえば、たとえ相手がどんな凶悪犯だろうと警官が非難される。
 武器を持つ犯人に対して警察は丸腰で勝たなければならないのだ。
 ただでさえ怪盗キッドは国民アイドル、あのまま彼がキッドを撃っていれば新聞や雑誌の恰好の餌食となり、間違いなく彼の人生はそこで終わっていたに違いない。

 新一は間一髪のところで間に合った。否、間に合わなかったと言うべきか。
 弾丸はキッドを逸れ、新一の二の腕を穿った。
 いち早く状況に気付いた新一が素早く動いたため、彼はキッドを撃つことなく事なきを得たのだ。
 ――結局、撃たれた探偵もまた国民アイドルだったのだが。

 それでも彼は新一に心底感謝し、そして心底詫びていた。
 幸い、弾丸は新一の神経を傷付けることなく綺麗に貫通していたため、術後の回復も良好だ。
 それだけが唯一の救いだろう。



 あれから五日経ち、新一の容態も大分回復している。
 もともと発熱こそあれ他は大したことない。
 今すぐにも退院したい新一を、普段無理しすぎているのだから丁度いいとばかりに、目暮が入院という名の強制休養をさせているのだった。

「――とにかくもう二、三日は君もゆっくり休むこと。いいね?」
「…判りました。」

 まるで父親みたいだ。
 新一はそう思いながら、けれど悪い気はしていなかった。
 目暮の気遣いは自分を思ってくれてのことだから単純に嬉しい。
 新一のはっきりとした言質をもらったからだろうか、目暮も満足そうに頷いた。

「ではそろそろ失礼しようか。」
「お忙しいのにわざわざすみません。」
「いやなに、ワシも事情聴取以来忙しくて見舞いにも来れなかったからな…」

 そう言ってしかめっ面になった目暮に新一は苦笑を返した。

 目暮は優作の古くからの友人で、新一とも昔から何かと懇意にしている。
 なのに、公務以外では個人的な見舞いにも来れなかったからと、わざわざ時間を割いて見舞いに来たと言うのだ。
 まだ高校生とは言え、探偵として刑事たちと付き合いの長い新一が事情を判らないはずがないのに。

「気にしないで下さい、目暮警部。」

 中森は終始難しい顔で立っている。
 ひとりで突っ走るところのある男だが人一倍責任感も強い男なのだ。
 部下の失態は自分の失態だと、まるで新一を撃った警官の代理のような顔で立っている。
 ずっと謝り通しではさすがに堪らないが、そんな中森の実直さを新一は結構気に入ってたりするのだ。

「中森警部。」

 呼びかけに応え中森が顔を上げるのを見計らい、新一は言った。

「誰も死んでないし、怪我人は僕ひとりです。下手に警部も飛び出していたら、もしかしたら彼は殺人を犯していたかも知れません。
 ――撃たれたのが僕でよかった。」
「工藤君…」

 にっこり笑ってみせれば、中森が沈痛な面持ちで再び頭を下げたのだった。

 それを最後に見舞いに来ていた刑事たちが次々と退室していく。
 ひとり、帽子を押し下げた警官が、憤る瞳を揺らしていたことには誰も気付かずに。




















* * *


 その夜、新一は微かな違和感を感じて目を覚ました。

 病院というところはなんとも退屈な場所で、夜の九時には消灯してしまう。
 規則正しい生活とは無縁の新一がそんな時間に眠れるはずもなく、けれど大好きな推理小説も読むこともできずに曖昧な眠りの波に身を委ねていた。

 その時、閑散とした室内にふわりと冷涼な風が流れ込んできた気がして、新一は目を開けた。
 暗闇に慣れきった目は、灯りのない室内でも輪郭を捉えることができる。
 けれどソレは捉えるまでもなく、自ら新一の視界に飛び込んできた。

 暗闇にも浮かぶ純白の衣装。
 月の明かりもないというのに、その姿はくっきりと浮き出て見えた。

「――キッド。」

 静かに呼びかければ、それまで空気のように窓辺に佇んでいた怪盗がゆっくりと動いた。
 ここが警察病院であるということは怪盗には全く関係ないようだ。
 警察の警備も役に立たない。
 警備の強化を進言する必要があるなと、そんなどうでもいいことを考えていた新一の腕を、怪盗が唐突に引き寄せた。
 思わず飛び出てしまいそうになった悲鳴を、唇を噛みしめて嚥下する。
 怪盗が掴んだのは撃たれた方の腕で、それを間近で見ていた彼が知らないはずがないのに、その力はまるで遠慮というものを知らなかった。

「…痛ぇかよ。」

 漸く口を開いたかと思えばそんな台詞だ。
 聞くまでもないことをと、新一が力一杯睨み付けても、相手はまるで知らん顔である。
 けれど悪態が口をついて出る前に、怪盗は更に言うのだ。

「これは俺が受けるべき傷だろ。」
「…ぁあ?何言ってんだ、てめ――」

「お前に庇われたって、ちっとも嬉しくねぇ!」

 唐突に怒鳴ったかと思うと、撃たれた場所を思い切り握り詰められた。
 これにはさすがに声を抑えきることができず、新一の口から小さな嗚咽がもれる。
 それでも悲鳴にならなかったのはほとんど意地だ。

 いくら容態が回復したと言っても、拳銃で撃ち抜かれた傷がすぐになくなるわけがない。
 単に激痛を訴える回数が減っただけだ。
 当然、完治してもいないそこに刺激を与えられれば傷口も開く。
 白かったはずの包帯がじわじわと赤く染まり始めた。

「…っな、にしやがんだ、この野郎!」
「煩い、お前が勝手に撃たれたんだろ!」

 怪盗に掴まれた腕を振りほどこうと、傷口が開くのにも構わず新一は腕を振り回す。
 けれど握る手は決して屈強というわけではないのに、どんなに暴れても離れなかった。
 それどころか、信じられないぐらいの強さで握り返される。

「…クソっ……お前、何がしたいんだよ……」

 やがて疲れ果てた新一が小さく漏らせば、怪盗は俯きながら言うのだ。

「お前が傷付くなんて赦せねぇ…」

 俯いた顔はシルクハットに隠されて見えないけれど、唇を強く噛みしめているのは判った。
 しかも微かに震えている。
 新一は吃驚したように目を見開いた。

 怪盗は自身を責めていた。
 理由はどうあれ怪盗を庇って新一が撃たれた、それが赦せないのだ。
 その新一を今こうして痛めつけることによって、怪盗自身を責めている。
 なんとも捻くれた自虐行為だ。
 付き合わされる新一は堪ったものじゃない。

 けれど。

「――俺を傷付けていいのは、お前だけだよ。」

 怪盗が吃驚したように目を見開くのを無視して新一は続けた。

「それからお前を傷付けていいのも、俺だけ。」

 そうして、唯一剥き出しになった怪盗の白い首に噛みついた。
 怪盗が小さく呻くが、新一は少しも容赦などしてやらなかった。
 怪盗に掴まれた腕は燃えるように熱く疼いているのだから、こちらが容赦してやる謂われはないのだ。
 そうして、歯形どころかうっすらと血が滲むまでに噛みついたあと。

「俺が傷付けられんのがそんなに嫌なら、お前の傷にすればいい。
 ――お前だけの傷を、俺に刻みつけてみろよ…?」

 その血を舐め取るようにゆっくりと舌を辿らせて言えば、怪盗は呆気なくそのシルクハットを取り去ったのだった。










 寝心地の悪い堅いベッドがギシリと軋む。
 口付けの合間に漏れる音よりその音の方がより状況を克明に知らしめ、ただでさえ上がった呼吸が更に乱れた。

 怪盗の手が忙しなく新一の体を辿る。
 手袋など疾うに捨てられ、マントと共に床に投げ出されていた。
 普段なら決して紳士の仮面をとらない怪盗が、今は首元を肌蹴させたシャツにネクタイをひっかけているだけの格好だ。
 対する新一は、もうほとんど意味のないシャツが肘のあたりに引っ掛かっているだけだった。

「キッ、ド…も、そこばっか…っ」

 胸に深く顔を沈めた怪盗は丹念に、いっそしつこいぐらいに胸の飾りばかりを責め立てる。
 怪盗の愛撫にそこはすっかり赤く熟れていた。
 しなやかな指が幾度も抓んできたかと思うと、ぷっくりと膨らんだ飾りを指の腹で押し潰すように愛撫される。
 逆の飾りは舌先で歯で弄ばれ、新一はただこぼれそうになる声を抑えるのに必死だった。



 誘ったのは新一だ。
 新一は怪盗のことが好きだった。
 でなければ、なんの勝算もなくあんな風に銃口の前で飛び出したりはしない。
 ただキッドが傷付くのが嫌だった。
 あの純白の衣装に不吉な赤い華が咲くところなど、生涯見たくない。
 だから迷わず飛び出したのだ。
 だと言うのに――
 怪盗は、新一が傷付くのは嫌だと言った。
 たとえそれが新一だからでなくても――誰かに庇われるのが嫌だからだとしも、嬉しかった。
 新一ひとりが特別でなくてもよかった。
 ただあの激昂が新一の怪我ゆえなのだと思えば、それだけで嬉しかった。
 だから、怪盗を誘った。

 けれど今、こんなにも後悔している。
 こんなにも近いのに、この心は世界の果てほどにも遠い。

 怪盗に想われての行為ではないと言うだけで、この心は信じられないほど――痛い。



「…っ」

 いつのまに解かれたのか、不意にズボンの中へと伸ばされた手に自身を握られ、新一は声を詰めた。
 冷たい指が絡みつき、ゆっくりと動き出す。
 大腿をゆるく辿る指と自身を扱く指に、新一は好きなように翻弄されていた。
 慣れた動きがひどく悔しい。
 誘ったのは新一の方とは言え、新一は男はもちろん女性相手にも経験はないのだ。
 ただでさえ散々高ぶらされていた体は、呆気ないほど簡単に限界まで追いつめられる。

「…も、離せ……ッド…!」

 先端からは涙のように先走りの液が溢れ出し、怪盗の指を汚していく。
 それがひどく汚らしく見えて、新一はたまらず怪盗の手を掴んだ。
 怪盗が欲に濡れた瞳を不満げに向けてくるが、ここで退くわけにはいかない。
 新一にとってもこの状態はかなりきつかったが、それでもゼイゼイと肩で息を整えながら拒絶を示した。
 すると怪盗は、あろうことか直接口に銜えたのだった。
 手が戒められて使えないのならば口でする、とばかりに。

 手の愛撫とは比べようもない快感に、新一は背を弓なりに反らせた。

「…ぅ、そだろ…っ」

 まさか口でされるとは思いもしなかった。
 正体不明と言われる怪盗だが、性別が男であることぐらい知ってる。
 新一の想いは本来向けられるべき相手ではないのだ。
 この行為だって新一は自分で誘った自覚があるから、一時の気の迷いだと思われてもいいと思っていた。
 だからまさか、そんな相手にここまでされるとは思わなかったのだ。
 けれど怪盗はまるで気にすることなく、口内での愛撫を続ける。
 ねっとりと絡みつく舌の熱さ、伝う唾液の熱さに、新一は涙が浮かぶのを止められなかった。

 鼻の奥がじんとして目の奧が熱くなる。
 それまで多少なりとはっきりと見えていた天井も、今はぼやけて輪郭すらあやふやだ。
 これは生理的な涙ではなかった。
 はっきり、新一の胸が泣き叫んでいた。

 ――想ってもいない相手に、ここまでしないでくれ。
 気の迷いでよかったのに。
 こんな風にされては、勘違いしたくなるじゃないか。

「…キッド……もう、よせ……」

 痛い、痛い、痛い。
 どうしようもなく、痛い。
 撃たれた腕なんかより、何十倍も何百倍も、胸が張り裂けそうなほどに――痛い。

 怪盗の舌先が先端を割るように入り込み、殊更強く吸い上げる。
 解放を促すその動きに抵抗することもできず、新一は怪盗の口の中へと熱を放った。
 背中に言いようのない痺れが走る。
 新一の目からは、とめどなく涙が流れ落ちていた。

「…どうした?名探偵。」

 行為を始めてから初めて、怪盗の声を聞いた。
 たったそれだけのことに妙に安堵して、新一の涙は余計にぼろぼろとこぼれだす。
 なぜか声を聴けないことに、怪盗は今抱いているのが新一だということも忘れているのではないかと不安になったのだ。
 けれどそれは新一の杞憂なのだとすぐに判った。

「名探偵!?悪い、痛かった!?」

 なんだか慌てている怪盗がおかしい。
 別に痛くなくても涙は出るもんじゃないかと思った新一だが、確かにこれだけ盛大に泣かれれば心配にもなるだろう。
 それでもしっかり新一を新一だと認識してくれていることに、馬鹿みたいに嬉しくなって。

「違ぇよ、バーカ。」
「…よかった。」

 こちらは悪態を吐いたというのに、怪盗は心底安心したような笑顔を向けた。
 貪欲な心がまたズキズキと悲鳴を上げる。
 欲しいと、叫んだ。
 体だけじゃなく、怪盗の心も欲しい、と。

 けれど、そんなこと、言えるはずないではないか。

 全く、いつ間違ったのだろう。
 いつ、好きになってしまったのだろう――探偵が怪盗なんかを。

 けれど新一は知っていた。だんだん怪盗に心奪われていく自分を。
 知ってて、どうしようもなかった。
 なぜなら――
 出逢ったその瞬間から、既にこの想いは始まっていたのだから。

 涙は、止まらなかった。

「――なんで泣いてるんだ?」
「…なんでもねぇ。」
「やっぱりどこか痛いのか?」
「違うっつってんだろ。」
「じゃあ…」

 しつこく聞いてくる怪盗からぷいと顔を背ける。
 理由など言えるわけもない。
 だというのに怪盗は、こちらの気も知らずにそんなことを言うのだ。

「泣くなよ、名探偵…」

 瞼に怪盗の唇がおりてくる。
 羽根のような優しさで、ふわりふわりと口付けていく。
 瞼、目尻、頬、鼻先、額、そして――

「…キス、してもいい?」
「…さっきからしてんじゃねぇか。」
「違うよ。…唇に、してもいいか聞いてる。」
「なん、で――」

 そんなことを聞いてくるのか。
 問い返そうとした新一の言葉は、途中で奪われた。

 今までそこにだけは一度も触れてこなかった怪盗の唇が、しっかりと重ねられている。
 しかもそれだけじゃ足りないとばかりに強引に舌でこじ開けられ、新一の舌は絡め取られた。
 少し離れては更に深く貪ってくる唇に、新一は抵抗するどころか自らも舌を絡めていく。
 吐息すら奪われて、顎を伝い喉元へ辿っていく唾液を拭う余裕もない。
 ただぞくりとするその感覚にすら刺激され、新一は夢中で怪盗の首に腕を回して縋り付いた。

 気付けば、怪盗の愛撫は全てとまっている。
 まるでこの口付けに酔いしれるかのように。
 不意に、この怪盗はどんな顔をしているのだろうかと思った新一がうっすらと瞳を開けてみれば、同じように目を開けてこちらを見つめている紫紺の瞳とぶつかった。
 普段は烈しい光を宿す双眸が、今は欲に濡れ昏く輝いている。
 自分を見つめるその目の強さに、新一は逃げるように目を閉じた。

 まるで吸い込まれそうだった。
 こんなに近くで怪盗の目を見たことはない。
 けれど今はそれほどまでに近くにいて――キスしている。

「…んっ」

 不意に羞恥が込み上げて、新一はそこで初めて抵抗した。
 このままではいけない。
 今でも堪えるのに必死だというのに、これ以上この気持ちが肥大すれば、抑えきれなくなったそれはどうすればいいというのか。

 けれど離れていった唇は、信じられない言葉を吐くのだ。

「――好きだ。」

 ぎょっとして振り返る。
 そこに予想と違う真剣な眼差しを見つけ、新一は更に驚いた。

「お前が――工藤新一が、好きだ。」
「キッド…」
「お前が傷付けられるのは耐えられない。お前を傷付けるのは、お前だって赦さない。」

 新一は唐突に理解した。
 怪盗は自身を責めていたのではない。銃口の前に飛び出した新一を、責めていたのだ。
 新一を傷付けるものは新一ですら赦さないと、それほどまでに想われている。
 それはきっと新一を傷付ける想いだ。
 どれほど新一が傷付こうと、新一が自分を傷付ければこの怪盗は躊躇わず痛めつけるのだろう。
 けれどその痛みはきっと、どこまでも甘い痛みなのだ。

「…それ、ほんとかよ。」
「冗談で男が抱けるか。」
「……信じろってのか。」
「信じてもみないうちから疑うなよ。」
「だって、俺は探偵で、お前は…っ」

「――ずっとお前が欲しかった。」

 そう言った怪盗は、恭しく新一の手を取ると自分の頬へと宛った。
 新一の手に自分の手を重ねるようにして、順々に動かしていく。

「ここが頬。…ここが目。…ここが鼻。」

 掌から感じる、人工のものでは有り得ない温もり。
 新一の視界が再び歪み出す。

「ここが、唇。」

 怪盗の唇が恭しく指先に口付けるのを、新一は涙を流しながら見つめた。

「この俺の真実に懸けて、お前を愛してる。」
「――キッド!」

 ずっと、手に入らないものを望んでいると思っていた。
 怪盗が夜空の月なら自分は地上の石だと。
 どんなに手を伸ばしても自分には翼はないのだから、願い続けるだけの想いなのだと。

 けれど月もまたその石を望んでいてくれたのなら。
 一生に一度、奇跡ぐらい起きるのかも知れない。



「新一、痛かったら言えよ…?」

 はあはあと、不規則な浅い呼吸が唇から漏れ、怪盗が心配そうに聞いてくる。
 痛くないわけがないのだ、もともとそこは男を受け入れる場所ではないのだから。
 どんなに解しても切れてしまうし、多くもないが血も流れている。

 けれど、それでも。

「…ばぁか…こんな甘ったるい痛みなら、いくらでもかまわねぇよ…」

 そうだ。
 もうあの張り裂けそうな痛みは感じない。
 感じるのはただどこまでも甘い痛みと、どうしようもないほど溢れてくる愛しさだけ。
 心から想った大切な人と心までもひとつになれたという喜びだけだ。
 だって、その相手が、こんなにも嬉しそうに笑ってくれるのだから。

「新一、動くよ…?」
「…あ、ぅっ」

 怪盗がゆっくりと動き出す。
 労るような優しいその動きは、むしろ焦れったいくらいだった。

「…ッド、…あんま、甘やか…すな…っ」

 知らず、まるで強請るように新一も動き出す。
 と、急に怪盗は全ての動きを止めると、新一に覆い被さりながら言うのだ。

「…名前。」
「え?」
「名前呼んでくれたら、ちゃんとあげるよ。」
「なま、え…」
「そう。……快斗、だよ。」

 怪盗はひどく真剣な表情をしていた。
 密着した胸から感じる鼓動はこれ以上ないほど早くなっている。
 それだけで、怪盗がどれほど緊張しているか判った。

 新一は、甘い甘い砂糖菓子よりもやわらかく微笑むと。

「快斗。」

 怪盗――快斗が、ひどく嬉しそうに微笑む。
 その唇に、自分のそれを優しく重ねながら言った。

「俺も、快斗がずっと欲しかったよ…」

 ちゅ、と軽く吸って唇を離せば、快斗は噛みつくようなキスを仕掛けながら動きを再開した。
 まるで今にも食われてしまいそう、否――きっと食われているのだろう。
 先ほどとは比べようもない激しい動きは、快斗を受け入れているカ所に引きつれるような痛みをもたらしたが、それよりも全身を走り抜けていく快感の方が強かった。
 快斗のキスがなければここが病院だということすら忘れて、あられもない声を上げていたに違いない。
 それでも激しく責め立てられる度にギシギシと鳴るベッドの軋みは新一の聴覚を刺激して、受け入れた快斗をきつく締め付ける。
 労りなどどこか遠くへ捨ててしまった快斗は、新一の感じる場所を執拗に犯した。
 新一の体は面白いほど跳ね、先ほど熱を放ったそれも既に高く頭をもたげている。

「う、…んぅ…っ」
「…っも、イきたい…?」
「…ぃ、ぃきた…、いっ…」

 泣きはらした赤い目でキスを強請れば、快斗は嬉しそうに口付けを再開する。
 既に一糸纏わぬ姿の快斗は怪盗ではなく、新一も探偵ではなかった。
 ただ、己が欲しいと願った人に請われるままに互いを捧げ合う。

 快斗は爪を立てられるのも構わずに新一の手を自分の背中へ回すと、新一の足を思い切り左右に割り開いた。
 羞恥に抵抗しようとする新一を、恥ずかしいと思う間もないほどに責め立てる。
 もう限界だと主張する新一が快斗の腹を先走りの液で濡らしたが、快斗もまた限界だった。
 新一の弱い場所ばかりを貫く。
 さらに一層強く突き入れた、その時。

「んっ、んん――!」

 新一の嬌声が快斗の唇へと呑み込まれ、快斗の欲望は新一の中へと呑み込まれた。




















 血が滲んでしまった包帯を交換していた快斗は、見えた銃創に忌々しげに眉を寄せた。
 既に灼熱の時間は過ぎて、体を清めてもらった新一は今、快斗に傷の手当てをしてもらっている。
 とは言え、秘部の消毒――あれは最中より恥ずかしいと新一は激しく暴れた――は体を清めた時にしてもらったのだが。
 包帯を巻く手を止めてしまった快斗を、新一は不思議そうに覗き込んだ。

「どうしたんだ?」

 すると快斗は、隠しきれない昏い光をその目に宿しながら言った。

「――もう絶対、あんなこと言うなよ。」
「…言う?」
「そうだ。撃たれたのがお前でよかったなんて――」

 それだけ言うと、快斗は包帯を巻き始めた。
 そこで漸く新一は気付く。
 昼間のあの、目暮や中森が見舞いに来た時、快斗が変装して紛れ込んでいたことに。

「…昼間、いたのか。」
「心配だったから様子見にな。なのにあんなこと言うから、一瞬本気で目の前が真っ赤になった。」

 怒りでな。
 快斗は笑いながらそんなことを言うのだ。
 ひどく恐ろしい奴だと、新一は思った。

 けれど。

「――あれは、撃たれたのがお前じゃなくてよかったって意味、なんだけどな。」

 そう言ってぷいと顔を背ければ、驚いたように慌てて顔をあげた快斗がぎゅっと抱き締めてきて。

「〜…新一!も、すっげぇ大好き!」
「……ばーか。」

 本日三度目の悪態を吐けば、既に何度目か判らない満面の笑みとキスが返されたのだった。






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裏キリリク小説「sweet pain」をお届けします♪
910hitを踏み抜いて下さったカナさま、大変お待たせ致しました!!
久しぶりの裏小説ということで…なんだかちっともエロくなりませんでしたが;
こんなものでも気に入って頂ければと思います(>_<)
こんなもん要るかー!と言う場合は返品も可です(涙)

さて今回はsweet pain=甘い痛み、とそのままのタイトルです。
と言いますのも新ちゃんに「こんな甘ったるい痛み〜」云々を言わせたかったvv
リクエスト内容「誘い受け」をクリアできた気はちっともしませんが(爆)
しかも今回はちょっと鬼畜な快斗を目指してみたりして♪
あ〜…鬼畜好きだ〜…(愛があれば)
とにもかくにもカナさん!910hit、有り難う御座いましたvv