夜の静寂を壊さぬよう、それは静かに地上へと降り立った。
 マントとシルクハット、スキのない身のこなし。
 そして、何もかも見透かしたような不敵な笑み…

「君が怪盗1412号?」
「――…如何にも」

 運命とも言うべき邂逅は、こうして生まれる。










・・・・・・・・・・
泣き
ピエロ
・・・・・・・・・・










「そんなの父さんに決まってるだろ!」
「いーや、俺の親父だ!」

 リビングのソファに腰掛けてコーヒー片手に新聞を読んでいた優作は、庭の方から聞こえてきた喧騒に、おや、と顔を上げた。
 同じように顔を上げた、向いのソファに腰掛けていた客人――盗一と目が合う。

「何やら息子たちが騒いでいるな」
「ああ。喧嘩してるのかも知れない。止めに行かなくていいのか?」
「有希子が止めてくれるだろう」
「…有希子さんは千影と一緒に買い物中だぞ」
「おや、それはいけないな」

 そう言えば朝食を準備していた時に後で買い物に行くと言っていたような気もする。
 新聞に集中していたため聞き流していたが、母親のいない今、息子たちの世話をするのは父親の自分たちの役目である。
 優作は新聞を畳んで脇に置くと、子供たちのいる庭の方へと向かった。
 その後に盗一が続く。
 すると、綺麗に整えられた芝生の上で二人の子供が取っ組み合っていた。
 草と泥で既に服は汚れてしまっていたけれど、二人の父親は慌てる様子もなく仲裁に入った。

「こらこら、二人とも、仲が良いのは分かるけど服を汚したら母さんたちが怒るぞ」
「…論点がズレてるぞ、優作」
「ふむ?では君から言ってくれ。どうも俺はこういうことが苦手でいけない」

 盗一は呆れたように溜息を盛らすが、長い付き合いで優作のことはよく分かっているため、素直に引き受けた。

「それで、喧嘩の原因は?」
「だって新一が!」
「バーロ、悪いのは快斗だろ!」
「何だとー!」
「何だよ!」

 再び取っ組み合いそうになった二人の首根っこをそれぞれの父親が掴み上げた。
 二人は空中でじたばたと藻掻きながら尚もぎゃあぎゃあと喚いている。

 今年で六歳になる彼らの息子、新一と快斗は、同い年だからなのかとても仲が良かった。
 喧嘩するほど仲が良い――その言葉を鵜呑みにするなら、であるが。

「快斗、いつも言ってるだろう。誰かと喧嘩になったら、相手がなぜ怒っているのか考えなさい。新一君が怒っている原因は少なからずおまえにあるはずだろう?」
「そうそう、新一も見習いなさい」

 お前が言うなと、優作の合いの手に盗一はげんなりした。
 もう十年来の付き合いではあるが、時折本気でこの男の友人であることが居たたまれなくなる盗一だ。
 たとえそれを面と向かって告げたところで、この男なら笑って一蹴してしまうだろうが。

 と、快斗が顔を真っ赤にしながら喚いた。

「だって新一が親父を馬鹿にするんだもん!」

 だから俺の方が怒ってるんだもん!
 その言葉に思わず呆気にとられた盗一の変わりに、今度は新一が喚いた。

「馬鹿になんかしてねーだろ!お前が父さんより盗一さんの方が凄いなんて生意気言うからじゃねーか!」
「親父のマジックは世界一だもんっ」
「父さんの小説だって世界一だ!!」

 なら親父は宇宙一、だったら父さんは銀河系一…と、だんだん話は意味不明な方向へと飛んでいく。
 すると、未だ呆然とする盗一の後ろから、優作の「ぶっくっく…」と笑う声が聞こえてきた。
 見れば口元を手で押さえながら俯いた優作が腹を抱えて笑いを堪えている。
 盗一は思わず半眼になって睥睨するが、優作は少しも気にせず笑いながら言った。

「何の喧嘩かと思えば…可愛いもんじゃないか。なあ、盗一」

 新一も快斗も親が親である所為なのか、六歳にしてはとても利口な子供だった。
 その所為ばかりとも言えないが、おかげで彼らはこの年にして恐ろしく可愛げのない子供でもあった。
 それが、こんなくだらない理由で取っ組み合いの喧嘩までしてしまうとは、いやはや。

「笑い事じゃねーよ!」

 未だ笑い続けている優作に新一が食いついた。

「確かに盗一さんのマジックは凄いし俺も大好きだけど、父さんはただ言葉を使うだけで世界中の人を感動させられるだろ?」

 だから父さんのが凄いんだ!
 そう言った新一に快斗は当然の如く抗議しようとした。
 けれど快斗が何を言うよりも早く、優作が「それは違うな」と言って新一の頭を撫でた。

「確かに父さんは世界一の小説家だ。今も世界のどこかで色んな人が父さんの書いた本を読んで感動してくれている。父さんほど凄い人はそういないだろう」

 自らをこれほどはっきり誇示できる人間もそういないだろう。
 こっそり溜息を吐く盗一を知ってか知らずか、でも、と優作が続けた。

「でも、父さんは盗一のマジックが大好きだ。世界中の人間を感動させられる俺を感動させる盗一は、父さんよりずっと凄い人間だと思わないか?」

 それでも新一は不満気にしていたが、優作に優しく頭を撫でられるうちに納得したのか、やがてこくりと頷いた。
 自分の意見が通ったことで快斗も嬉しそうに笑っている。
 ただひとり盗一だけが、何とも表現しがたい微妙な顔をしていた。

 ――本当に、この男は。

 何が「苦手」だと言うのか。
 先ほどの喧嘩などまるでなかったかのように笑う子供たちを見て、盗一は複雑な溜息を吐いた。





 その後、服をどろどろにしてしまった快斗と新一は帰ってきた有希子たちにこってり絞られた。
 そして夕食も済み、子供たちが二階に上がって眠ってしまった頃、盗一と優作は月明かりの中、中庭に椅子を持ち出して月見酒と洒落込んでいた。
 狭苦しい日本と違い、ここでは隣家の目を気にすることもなくゆったりとくつろげる。
 母親二人も居間で映画を見ているため、ここには二人しかいなかった。

「なあ、優作」
「何だ?」
「俺とお前が初めて会った日のことを覚えてるか」

 グラスの中に揺れる琥珀色の液体を意味もなく月明かりに透かしていた優作の手がふと止まる。
 視線が絡めば、普段は隠しているもうひとつの顔が互いの目の中に浮かび上がる。

「もちろん、覚えているさ」
「…だろうな」
「どうした。今更良心の呵責か?」
「いや…残念ながらそうじゃない。ただ初めて会った時、お前にこてんぱんにやられたことを思い出しただけだ」

 顔をしかめる盗一の耳に心地よい優作の笑い声が届く。

「昔から俺はお前に敵わなかった。なのにいつでもお前は俺を立てようとする。正直あまりいい気はしないぞ」

 あれは些細な子供の言い合いだった。
 盗一にだって自分と優作のどちらがより優れた人間かなど分からないし、決めようとも思わない。
 けれど、彼と出会ってから十年余り、一度だって彼に敵った試しはなかった。
 その彼を差し置いて自分を引き立てようとする優作に、正直腹を立てていた。

 けれど優作は再びグラスを掲げひとつ揺らすと、

「俺はいつだって君には敵わないよ」

 そう言って一気に杯を空けた。

「俺はな、盗一、ピエロになりたいんだ」
「ピエロ…?」
「君が人々を守り統べる王様なら、俺は笑い者のピエロになりたいんだよ」

 それならおまえの方が余程王様らしいじゃないか。
 思って、けれど口にはしなかった。
 空のグラスを見つめる優作の眼差しは、どきっとするほど真剣だった。

「笑って、転けて、また笑って。どんな失敗も全て計算尽くだなんて、最高の策士だと思わないか?」

 誰にも気付かれずに失敗するのは、きっとただ成功させることより難しい。
 増してそれができたところで誰も褒めてなどくれないのだ。
 努力も涙も、誰にも悟られないよう笑っていなければならない。
 どうしてそんな者になりたがるのか。
 考えかけて、けれど盗一はすぐにああと納得した。

「…お前は本当に馬鹿な男だな」
「光栄だ」
「褒めてないぞ」

 あの日。
 あの、満月の夜。
 二人が出逢ったのは偶然ではなく、必然だった。
 闇に惑う魔術師と、闇に呑まれそうだった策士と。
 彼らは互いに手を取ることで、なんとか光を見出すことができたのだ。

「時々、幸せすぎて怖くなるよ。未だこの身は闇に埋もれたままだと言うのに」

 平凡な日常の中で、ふと、不安が過ぎる。
 妻。子供。友人たち。
 大事な存在がひとつ増える度、苦しみもまたひとつずつ増えていく。
 彼らを愛している真実。
 彼らを騙している事実。
 その両方を笑顔にくるみ、完璧なピエロを演じられたならどれほどいいか。

「だから、お前は馬鹿だと言うんだ」

 呆れたように溜息を吐く盗一を、優作は興味深そうに見つめた。

「俺は王様なんかじゃない。千影と快斗を守るだけで精一杯のただのしがない人間だ。そして、お前もピエロなんかじゃない。傷付けば涙を流す、ただの人間なんだ」

 失ったものがあまりに大きかった。
 だから、彼はこの道に立つ決意をしたのだろう。
 だから、盗一は彼の手を取ることを決意したのだ。

「苦しいならそう言え。今はひとりで立ってるわけじゃないだろう?お前はいちいち表現の仕方が分かりづらいんだ」

 だからと言って甘やかしてやるほど優しくはないけれど、振り返りそうな顔を引っぱたくくらいならしてやる。
 そう言った盗一に、やはり彼には一生敵いそうにないなと、笑みを浮かべる優作は思った。

「では、ひとつ頼みを聞いてくれるかい?」

 その珍しい台詞に思わず首を縦に振った盗一だったが。

「実は、どうも新一は探偵になりたいらしいんだ。近頃は現場にまでついて来たがる始末でな。ひとつ、世紀の大怪盗の華麗な手腕で何とかしてくれないかい?」

 嬉しいんだけど、正直俺に似られると可愛くないからな!
 ははは、と笑う男の差し出された手を思い切り叩き落とすと、盗一は顔を引きつらせながら怒鳴った。

「お前という男は、どこまでが冗談なんだ!」

 叩かれた優作は、それでも嬉しそうにクスクス笑っている。
 本当の本当に、この男の友人であることが盗一は時折もの凄く居たたまれなくなる。
 冗談に紛らわせなければ盗一相手にすら未だ本音を吐けないなんて、なんて――可哀想な人。

 自分の息子が同じ苦労を背負い込むのかと思うと、確かに彼の息子が彼に似るのは勘弁願いたい盗一だ。
 けれどその願い虚しく、後に快斗と新一が二人の父親顔負けの邂逅を果たすことは、言うまでもない。





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キリ番を踏んで下さった真依架さまより頂いたリクエスト、「盗一サンと優作さんまじえたちび快新」です!
…あれ?どっちかってーとこれ、「ちび快新を交えた盗一さんと優作さん」じゃない?汗
だってだって、「俺の親父の方が!」って喧嘩する二人が書きたかったんだもの…!
ごめんなさい真依架さん…。お気に召さなければ書き直しますゆえ(T_T)

えと。実はこの話で漸くまともに盗一さんと優作さんの絡みを書きました。
今のところクロキの中での二人はこんな関係です。
最強(最凶?)優作さんとそれに振り回される不憫な盗一さん。でも盗一パパは優作パパの心のオアシスvv
まるで俺様新一と家政夫快斗君のようですが、違うのは、この二人はあくまで悪友だと言うことです。
なので甘やかな雰囲気は欠片もありませんし、それぞれの奥さんにぞっこんなんですよ。
やっぱり新一も快斗も愛情一杯の家庭に生まれ育って欲しいですからv
そして自分設定ですが、優作パパのご両親はかつて組織に殺されています。
だから現在ICPOだの裏の情報だのにやたら詳しいのです。…なんて。爆。

なにはともあれ、真依架さん、リクエスト有り難う御座いました!!