「おっはよー!」

 本日も元気いっぱいな幼馴染みの挨拶に、快斗は溜息を吐くことで応えた。

「あれ、元気ないね、快斗?」
「どこかの脳天気女と違って、快斗君にはたくさん悩みがあるんですー」
「なにそれー!」

 きゃんきゃん煩い青子はさらりと流し、快斗は自分の席に座ると、どでかい痣のできてしまった右膝をこっそりさすった。

 どうしてこんな大痣をつくるハメになってしまったのか。
 そもそもの原因は、あの時計台を移築するなんて言い出したあのオーナーの所為だと、快斗は半ば八つ当たり気味に思った。
 元々する必要もない移築を市民の反対を押し切ってまで押し進めようとしてくれたおかげで、ビッグジュエルとは全く関係のない仕事をさせられるハメになったのだ。
 おかげでいらぬ仕事を増やされ、しかもこんな大痣までつくってしまった。
 自業自得、なんて殊勝な単語は快斗の辞書にはない。

(…それにしても)

 昨日のジョーカーは誰だったのだろう、と快斗は唸った。
 あの後すぐに警察無線を盗聴してみたのだが、怪盗キッドをあそこまで追いつめてくれた人物の正体はとうとう分からなかった。
 と言うのも、どうやら警察側にとってもイレギュラーな存在だったらしく、無線の中にその名が上がることがなかったのだ。
 だが、今後そのジョーカーがキッドの仕事に関わってくるのかこないのか、快斗にとっては非常に気になるところである。
 久々に手応えのある仕事にワクワクしたのも確かだが、毎度毎度あのスリルを強いられるのは正直勘弁して欲しい。
 今夜また警視庁に潜り込んでみるか…と快斗は欠伸を噛み殺す。
 けれど、意外にもそのジョーカーの正体を知る者はすぐ側にいた。

「ねえ快斗、工藤新一って知ってる?」

 ふっふっふ、と背中に笑いを背負う青子はなぜか得意気だ。

「知らねー。誰それ?」
「白馬君と同じ高校生探偵だよ!」
「はあ〜?あんなのがまだ他にいんのかよ…」

 何かと言うと突っかかってくる白馬は、快斗にとってまさに天敵だ。
 時間に煩く、人の揚げ足を取るのが趣味みたいなやつで、どうでもいいことにイチイチ推測を立ててはあーだこーだと勝手な推理を押し付けてくる。
 探偵なんて人の行動にいちいち難癖を付ける批評家だ。
 快斗は探偵という人種が大嫌いだった。
 だから。

「工藤君はねぇ、昨日怪盗キッドを追い払った名探偵なんだから!」

 父親から聞いたのだと青子が自慢げに話すその名探偵も、その時の快斗にとっては白馬と同じ大嫌いな批評家に過ぎなかった。










ンジャラスューティー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・










(工藤新一、ねえ…)

 たまたま入ったコンビニでたまたま目に入った雑誌にその名を見つけ思わず手に取った快斗は、でかでかと映し出された彼の写真を、眉間に皺を寄せながら眺めていた。
 片方の口を吊り上げ、自らを誇示するように自分で自分を指さすその写真は、ひと言で言い表すならば――自信満々。
 しかも写真の右には「日本警察の救世主」、左には「迷宮無しの名探偵」の文字。
 ここまで書かれれば、どんな生まれたての子豚だって駆け足で木に登るだろう。

 あーやだやだ。
 快斗は心中でぼやきながら雑誌を元の位置に戻すと、当初の目的だった漫画雑誌を買ってコンビニを出た。

 久々に手応えのあるやつと出会えたと思ったら、よりにもよって高校生探偵だなんて。
 はっきり言って興ざめだ。
 しかもあの自信満々な写真は何だ。
 白馬と同じ、或いはそれ以上に嫌いなタイプだと快斗は思った。
 人の心に土足で踏み込んでおいて、それが当然のように好き放題に荒らし回った挙げ句、「犯人は貴方です」なんてひと言で突き放す。
 自分を神か何かと勘違いしてるのだろうか。
 罪に手を染めなければならなかった者の心が、どうして彼らに分かると言うのか。

(ま、どーだっていいけどな)

 別に快斗は犯罪者の心理を主張したいわけじゃない。
 理由があったんです、なんて言ってみたところで、その人の罪が消えてなくなるわけもなし。
 ただ、彼がキッドの仕事に関わりさえしなければそれでいいのだ。
 たとえ関わってきたところで、容赦なく叩きのめせばいいだけのこと。
 だから彼の話はこれでおしまいと、快斗は駐車場に止めてあったバイクに跨ると家路に就いたのだが。

「――うわ…っ!」

 突然道路に飛び出してきた人影に、快斗は慌ててバイクのハンドルを切った。
 キキッ、と嫌な音を立てながら二、三メートル先で急停止する。
 なんとかぶつからずに済んだみたいだが、同じく向こうも驚いたらしく、その人はその場に座り込んでいた。

 快斗はバイクから降りると急いでその人のもとに駆け寄った。
 接触は免れたと言っても、ここで走り去るほど人でなしではない。
 どうやら相手は女性らしく、夜目にもはっきりと分かる膝下丈の真っ白いワンピースを着ていた。
 長い髪を垂らしながら俯いている。

「すみません、大丈夫ですか?」
「いてて…っ」
「げっ、どっか怪我した!?」

 見れば、彼女は足首を押えている。
 捻挫でもしたのだろうか。
 だが、それよりも快斗が気になったのは――

「…え?なんでこんな傷だらけ…?」

 そう、彼女は全身傷だらけだったのだ。
 真っ白いワンピースもよくよく見れば血やら泥やらで汚れている。
 しかも靴も履いていないらしい彼女の足は、ずっと裸足で歩いていたのだろうか、黒く汚れていた。

 快斗が訝るように見つめていると、彼女はきっ、と顔を上げた。
 よっぽど痛かったのか、その目にはうっすら涙が滲んでいる。
 しかも予想外の美女っぷりに快斗は一瞬固まった。
 通った鼻梁。引き結ばれた桜色の唇。寄せられた切れ長の眉。極めつけに、快斗好みの意志の強そうな大きな瞳。

 ――ストライク。

 そんな場合でもないのに、快斗の脳裏にそんな言葉が浮かんだ。
 快斗が普通の高校生だったならこれ幸いと携帯ナンバーを聞き出していたに違いない。
 けれど美女はおもむろに快斗の胸ぐらを掴んだかと思うと、ぐいと引き寄せながらもの凄い剣幕で怒鳴った。

「てんめーっ、何てことしてくれてんだ!」

 そう言われ、思わず呆けてしまった快斗に罪はないだろう。

「…はい?」
「はい?じゃねーよ、バーロー!軸足やっちまったじゃねーか!どうしてくれんだよ!」

 こちとら大事な用事の真っ最中だっつーのに、これじゃ思うように動けねーじゃねーか!
 おい、聞いてんのかてめー、呆けてんじゃねーぞ!

 わあわあ喚く美女に快斗はどうすることもできず立ち尽くす。
 それもそのはずだ。
 こんな美女の、こんな愛らしい唇から、よもやこんな台詞が飛び出ようとは。
 けれど、やがてどこかから聞こえてきたサイレンに美女ははっと振り返ると、胸ぐらを掴んだ手をぐいと引き寄せ声も低く脅迫紛いの台詞を吐いた。

「いいか、おまえ。刑務所に放り込まれたくなかったら、今から俺の言う通りにしろ」

 それは嫌だ。
 刑務所に入れられるのはもちろんだが、自分のことを「俺」なんて言う美女の言いなりなんてもの凄く嫌だ。
 だが快斗に拒否権は与えられていないらしく、美女は立ち上がるなりバイクを指さして言った。

「このバイクで俺が言う場所まで連れていけ」
「…病院ならちゃんと連れて行くよ?」
「病院なんか後だ、後!」

 なんか、ときたか、コノヤロウ。
 事故った相手に「病院へ連れて行け」と意気込むなら分かるが、どうなんだそれは。
 けれど何か言いたそうな快斗を「いいから乗れ」と急かし、美女はさっさと快斗の後ろに跨った。
 ワンピースも何もあったもんじゃない。
 一応紳士の嗜みとしてひとつしかないヘルメットは美女に被らせたが、快斗はいろいろ納得行かないままバイクを走らせた。

「次、曲がって」

 端的な指示に従い、快斗は夜の東都を駆け抜ける。
 なぜこんなことになってしまったのか。
 そんな快斗を余所に、「暫くこの道を真っ直ぐだ」と言った美女は、左手で快斗に捕まりながら携帯電話を取りだした。
 危ないなあと思いながらも彼女がどこに掛けるのか気になって傍観することにした快斗は、

「もしもし、目暮警部ですか?」

 と言う台詞に、心臓が飛び出そうなほどに驚いた。

 目暮が誰か、もちろん快斗は知っていた。
 もとい、警視庁の主立った刑事の顔と名前は一通り網羅していた。
 腐っても怪盗キッド、その辺りに抜かりはない。
 一課の目暮十三と言えば、キッドの事件に関わることこそないが、かなりの敏腕刑事だ。
 その目暮と連絡を取る彼女はまさか警察関係者なのか。
 一気に警戒心を顕わにした快斗は、けれど。

「僕です――工藤新一です」

 その言葉に信じられないと目を瞠った。

(こいつが工藤新一だあ!?)

 そう声に出さなかった自分を褒めてやりたい。

 なんてことだ。
 快斗が事故った相手は美女どころか天敵である探偵だったのだ。
 そりゃあいくら見かけがコレでも中身はアレなはずである。
 口の悪さも中身が男だと分かれば納得できる。
 とんだ拾いものをしてしまったものだと、快斗は思わず舌打ちした。
 だが、そもそもなぜその探偵がこんな格好であんな場所をうろついていたのか。

「すみません。追跡中の被疑者を確認したものの、逃げられてしまいまして…」

 なるほど。
 では犯人を追跡中に快斗と事故り、犯人を見失ってしまったと言うところか。
 快斗はどうでもよさそうにその会話を聞き流していた。
 すると、

「…えっ。やだなぁ、被疑者を見つけたのはたまたまですよ。…ほんとですって!囮捜査なんかしてませんよ」

 なんて会話が聞こえてきて、全ての謎が解けた。
 つまり女装は囮捜査だ。
 しかも会話から察するに、警察の許可もなく勝手に動いていると見た。
 なんてむちゃくちゃな男だろう。
 快斗は思わず半眼になって微妙な笑みを浮かべた。

 やがて通話が終わったのか、ふう、と溜息を吐きながら携帯を仕舞う美女――工藤新一に、快斗は言われた通りに運転しながら尋ねた。

「あんた、高校生探偵の工藤新一だったんだ?」
「ああ、聞いた通りだ。悪いが暫く付き合って貰うぜ」

 この足じゃ走れそうにないんでな、と言う新一に、快斗はへーへーどうせ俺の所為ですよと嫌そうに顔をしかめた。
 いくら事故った相手とは言え、一般人を事件に巻き込むとはどういうつもりなのか。
 まだ快斗だからいいものの、これが全く普通の学生だったらその人まで危険に晒されることになる。
 これだから探偵と言うものは自分勝手で嫌なのだ。
 そんな快斗の心を見透かすように、新一はにっこりと笑いながら言った。

「悪いな。危なくなる前に帰してやるよ」





 何が危なくなる前に帰してやるだ、この嘘吐き。
 声に出すことのできない罵声を心中で吐き続ける快斗は、今まさに危ない状況に陥っていた。

 目の前には、目を血走らせながらナイフを握ったアブナイ男。
 その男と対峙するように立っている、美女に扮した工藤新一。
 そう言うとなんとも滑稽な光景だが、実際直面している快斗としてはたまったものじゃない。

 最低だ。最悪だ。
 そもそもなんで自分がここにいるのか、そこからして間違ってないか、俺。
 だが悲しいかな、そんな快斗の心の叫びなど目の前の二人には届かなかった。
 工藤新一は最早ナイフを持った男しか目に入っていないし、下手をすると快斗がいることさえ忘れているかも知れない。
 いっそこっそり退場してしまおうか。
 そう思えど、二人が対峙するその真ん中に転がっているバイクは快斗のものなのだ。
 あれを放置したままにするといろいろ拙い。
 怪盗なんて探られると痛い副業を抱え込んでいる以上、なるべく警察の厄介にはなりたくない。
 更に悪いことに、たまたま探偵と事故ってしまった普通の高校生でなければならない快斗は、たとえ自分にナイフの矛先を向けられても安易に自力で抵抗することもできないのである。
 本当に、なんて面倒な。

 快斗が心中で悪態を吐きまくっていると、不意に男が動いた。
 じりじりと歩み寄る男から逃げるように新一もまたじりじりと後退る。

「逃したと思った獲物がまたのこのこ現れるなんて、憑いてるぜ…!」

 快斗は顔をしかめた。
 ――逃した獲物。
 つまり、新一は既にこの男に襲われたと言うことだ。
 普通に考えて、彼のこの全身の傷をつけたのがこの男なのだろう。
 ナイフを持った狂人相手では、いくら探偵と言えどまだ高校生である彼が敵わないのも仕方ない。
 そう思った快斗は、けれど忘れていたのだ。

 彼が、工藤新一こそが、悪魔のような狡猾さで怪盗キッドをも追いつめたあの慧眼の持主――
 光の魔神であることを。

「…その程度の腕で、この俺を本当に追いつめたとでも思うのか?」

 くっ、と喉の奥で新一が嗤いを噛み殺す。
 途端、にじり寄っていた男の足がぴたりと止まった。
 変わりに何の衒いもなく、いっそ無防備に、新一が男に歩み寄った。
 怯えるように男が後退る。

「証拠がなかった。…いや、証拠はあったが、状況証拠ばかりで警察はあんたの逮捕に踏み出せなかった。
 じゃあ、どうすればいいのか。警察は次の被害者が出るまで待つしかない。犯罪を未然に防ぐべき警察が、次の犯罪を待たなければならない。それさえ、証拠が残らなければ意味のないことだ。
 だったら、無理矢理叩いて証拠を出させるしかないだろう?」

 男は引きつったように声が出せない。
 自分に言われたわけでもないのに、快斗はなぜか自分が追いつめられたような錯覚を覚えた。
 そうして新一は口角を吊り上げると、いっそ凶悪な笑みで言うのだ。

「証拠も揃った。包囲も整った。これで八方塞がり――もう逃場はないぜ?」

 その瞬間、快斗の中を電流が走り抜けた。
 得も言われぬ痺れが震えとなって全身を駆けめぐる。
 それは多分、彼のこの瞳の所為だ。
 月明かりを弾いてきらりと光る青い双眸が、いっそ獣めいた凶暴さで心の奥底を見透かしている。
 黒羽快斗でも怪盗キッドでもなく、心が、魂そのものが、見透かされている。
 まさに――光の魔神。

(…やばい)

 快斗は思わず胸を押えた。
 非常にやばい。
 とてつもなく拙い。
 心臓がドクドク言っている。
 今や壊れんばかりの激しさで鼓動を打っている。
 煩い。
 苦しい。
 でも――止められそうにない。

 自棄になった男がナイフを振りかざしながら新一目掛けて突っ込んでいく。
 凍ったように動けない快斗を余所に、新一は余裕の動きで切っ先を避ける。
 勢い余った男がたたらを踏みながら踏みとどまり、くるりと向き直る。
 すると、そこには右足を大きく振りかぶった新一がいた。
 その先には――ヘルメット。

 気付いた時には遅かった。
 蹴り飛ばされたヘルメットは勢いよく男の下顎にヒットし、男は呻き声を上げることもできずに昏倒した。

「…いッてえぇ――っっ!」

 …なんて絶叫が聞こえたのは、ご愛敬。
 ヘルメットを素足で蹴ればそれはそれは痛いだろうと、呆然と新一を見つめていた快斗は思わず笑ってしまった。
 涙目になった探偵がむっと睨み付けてくるが、快斗の知ったことではない。
 だって、どうにも止まらないのだ。
 きっとドクドク煩い心臓と一緒にイカレてしまったのだ。

 なんてむちゃくちゃな男だろう。
 なんて、カッコイイ男だろう。

 それは美女に扮したこの上なく男らしい名探偵に、確保不能の大怪盗が陥落した瞬間だった。










「んじゃ、俺はこれで」

 軸足を怪我したなんて実は真っ赤な嘘だった新一を病院に連れて行く必要もなくなった快斗は、さっさと退散しようと転がしていたバイクを起こした。
 愛車には傷が付いてしまったけれど、ただ走るのに支障はない。
 だが、さすがにヘルメットは再起不能だろう。
 どんな威力で蹴ったと言うのか、男を昏倒させたヘルメットは凹んでいた。

「あ、おい!」

 と、新一に呼び止められ、快斗はなに?と首を傾げた。

「や、その。巻き込んどいて悪いとは思うんだけど、一応事情聴取しなきゃなんねーから帰られると困るんだけど…」

 これには快斗の方が困った。
 別に、今回の件は本当にたまたま遭遇してしまっただけで、快斗に疚しいところはひとつもない。
 バイクだってちゃんと自分で買ったものだし、免許だって本物だ。
 コンビニへ行ったのだって雑誌を買うためだったから、そこから副業についてばれることもないだろう。
 だが、困るのだ。
 非常に困るのだ。
 なぜなら、快斗の通う江古田高校は、実は卒業するまでバイクの免許は取っちゃダメよ、と言う学校だったからだ。

 快斗が無言でだらだらと冷や汗を流していると、ぴんとくるものがあったのか、新一が言った。

「…もしかして、学校がバイクだめ、とか?」

 だらだらだら。
 快斗はバイクを起こした姿勢のまま微動だにしない。
 と言うか、できない。
 ここで頷くわけにはいかなかった。
 相手は探偵だ。言わば正義の味方だ。更に言うなら、警察の手先だ。
 事情聴取のためなら校則違反など知ったことではないだろう。
 むしろ喜んで違反者を粛清するかも知れない。
 だが、それ以外に理由がないのだから逃げる口実も見つからない。

 どうにも答えられずにいると、堪えきれず、と言った様子で新一が噴き出した。

「おっまえ、正直なヤツだな…!」

 仮にもポーカーフェイスが売りの怪盗紳士に向かって失礼な。
 とは思うものの、さすがに自分でもその態度はばればれだろうと思っていたので言い返す余地もない。

 すると、ツボに嵌ったらしい新一が目尻を拭いながら言った。

「分かった、行けよ」
「――へ?」

 思わず聞き返した快斗に、新一は尊大に言い放つ。

「俺が適当に誤魔化しといてやるから、警部が来る前に帰れよ」
「い、いいの…?」
「仕方ねーだろ。巻き込んだのは俺なんだし」
「でも…あんた探偵だろ?校則違反とか見逃しちゃっていいわけ?」

 途端に、新一は思いっ切りしかめっ面になった。

「バーロ、いちいちンなもんまで構ってられっかよ!つか、校則違反くらい俺だってするっつーの!無断欠席なんかしょっちゅうだし、腹が減れば買い食いだってするし…」

 威張ることでもないだろうに、そんな台詞でさえこの探偵が口にするとどこか偉ぶって聞こえる。
 なのにどうにも憎めないのが不思議だった。

 彼はクラスメートの白馬探とは全然違った。
 白馬は「几帳面」という言葉をそのまま人にしたような男だが、工藤新一はまさに「破天荒」だ。
 やることなすことめちゃくちゃで、悪く言えば非常識だが、良く言えばなんとも飽きない男だった。
 普通に考えて、揺れるヘリの上から銃を撃とうなんて考えつくまい。
 その腕は見事としか言いようがないが、銃の規制が厳しい日本でそれをしてしまうモラルも見事としか言いようがない。
 だがそのむちゃぶりが快斗は決して嫌いではなかった。

「とにかく、学校にばれたくなきゃさっさと帰れよ」

 確かに、そろそろサイレンが聞こえ始めている。
 いつまでもここにいるわけにはいかない。
 快斗がバイクに跨ると、ふと、思い出したように新一が言った。

「そういやおまえ、名前なんてーの?」
「…え?」

 さすがに名乗っちゃマズイだろ。
 そう思った快斗だが。

「メット、弁償しに行くよ。警部にゃ内緒で、こっそりな♪」

 そう言って悪戯っぽく笑った男前な美女に絆されて、快斗はついつい名乗っていた。

「江古田の二年、黒羽快斗。将来超有望なマジシャンだよ。よろしくな…」

 ――名探偵!
 言って、快斗はバイクを走らせた。
 期待に胸を高鳴らせながら。

 きっと彼とは今後も関わっていくことだろう。
 黒羽快斗としてか、怪盗キッドとしてか。はたまた、その両方か。
 それは新一次第だけれど、たとえどんな関係だろうと楽しめるに違いないと快斗は思った。

 だって、心臓が煩いのだ。
 震えが止まらないのだ。
 あのきらりと光る青い目が、心を見透かす双眸が、魂に焼き付いて離れないのだ。

 ――なんて危険な、至高の宝玉。





 けれど二人の天才が再び出逢うのは、もう少し先のお話なのだった。





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THANKS 130.000 hits, for MAIKA sama !!
13万打を踏んで下さった真依架さまのリクで、「まだお互いが知り合ってない快新の女装もの」でお送りしておりますvv
なんだか女装の醍醐味(?)である「照れ」がこの新一さんにはさっぱりありませんね;
ですが、私的新一さんは、必要があれば別に女装だって何だってオールオッケーなのです(笑)
そして。新一より一枚上手なキッドに憧れつつも、毎度毎度新一に振り回される快斗君。
ごめんね…新一さまに振り回されている快斗も大好きなの…!
そんでもって、快斗にはそんな新一のめちゃくちゃなところにも惚れ込んで頂きたいのですよ。

なんだか当初の予定とは大幅に外れた話になってしまいましたが、真依架さまに捧げたいと思います。
毎度のことながら、返品交換は随時受け付け中ですのでご遠慮なくv
13万ヒット、そしてリクエストをどうも有り難う御座いました!!