−逆さ吊りの神−


























 心身治療室に駆け込んだ快斗を迎えたのは新出、服部、萩原、そして志保だった。
 光彦はここに来る途中で白馬に預けてきたため、この場にいない。
 息切らせながら現れた快斗に全員の視線が集まった。

「あいつが起きたって…?」

 しん、と静まり返った彼らを訝しげに見渡す。
 子供の覚醒はWGOが望んでいたことなのだから、もっと大騒ぎになっていても可笑しくないはずだ。
 それなのに施設内の様子はいつもとまるで変わらない。
 それどころか、いつもより静かなくらいだ。

 すると、快斗の質問を受け、志保が一歩前に進み出た。

「起きたことは起きたわ。ただ、ちょっと問題があって…」
「問題?」
「説明するより見た方が早いわ」

 ついてらっしゃい、と言う志保の後に続き、快斗は心身治療室の端の個室に眠らされていた子供のもとへ向かった。
 その後を萩原、服部、新出が続く。
 「VIP」と書かれた扉の向こうが子供の病室だ。
 志保はドアノブに手を掛けると、開ける前に快斗をちらと見遣った。
 そのまま何も言わず、ノブをひねって扉を開ける。
 躊躇ったのも一瞬で、快斗は思いきって室内に足を踏み入れた。

 五日ぶりに見た子供の顔は、少しやせ細ってやつれて見えた。
 クッションのように重ねた枕を背もたれ代わりに、ベッドに腰掛けるようにこちらを見つめている。
 その目は突然現れた快斗たちに驚くこともなく、ただ空気でも見るように無感動な視線を向けてくる。

「おまえ、…もう大丈夫なのか…?」

 快斗はベッドのすぐ近くまで歩み寄り、おそるおそる声を掛けた。
 視線を合わせるように少し屈めば、子供は快斗の目を真っ直ぐに見つめた。
 けれど、それだけだ。
 子供はひと言も喋らず、瞬きの他に子供の顔が動くこともない。

 快斗はわけの分からない衝撃を受けた。

「…目覚めてからずっとこの調子よ」

 扉のすぐ横に背中を預け、志保は珍しく愚痴をこぼすように溜息混じりに呟いた。
 仕事、仕事でほとんど眠っていないこの五日の疲労が滲み出ているのだろう。
 そんな彼女に変わり、新出がカルテを持って進み出た。

「視覚、聴覚、触覚。全て良好にも関わらず、反応が非常に鈍い。何を聞いてもひと言も喋らないし、泣きも笑いもしない。
 唯一この子と接触したことのある君ならもしかして、と思ったんだけど…」

 じっ、と快斗を見つめてくる群青色の瞳。
 まるで死人のような――
 否。
 生物ではない人形の硝子玉のように中身のないそれは、まるで骨と肉と皮で覆われただけの――虚無。

 確かにあの日、快斗は子供の声を聞いた記憶はない。
 けれど、脅えるように快斗を警戒したり懇願するように快斗を見つめていたあの子供と目の前のこの無感動な子供が同一人物だとは、にわかに信じられなかった。

「これも…心の傷のせい、なの?」

 快斗は顔を歪めながら新出を振り向いた。
 この子を襲ったのはベラクルスの十二使徒だが、組織との争いに巻き込んでしまったのは他でもない自分たち能力者なのだ。
 能力者でもないのに十二使徒に襲われ、大怪我を負い、組織の情報を得るためにこんな場所に閉じ込められ、それでもなんとか生き延びることができた。
 それなのに、いざ目覚めてみれば言葉も感情もなくしていたなんて。
 これではあんまりだ。

「――何とかなるんちゃう?」

 と、この場の緊張を破るかのように、まるきり緊張感のない関西弁で服部が言った。
 え?と振り返る快斗に、服部は「ほれ、見てみいや」と顎で子供を示して見せた。
 全員の視線が子供へと集まる。
 ひとり困惑顔の快斗を余所に、新出、志保、萩原の口からなるほど…と納得した声が上がった。

「え? 何がなるほどなわけ??」
「ちょおこっち来てみ、黒羽」
「はあ?」

 首を傾げながらも手招きする服部の方へ快斗は素直に近寄った。
 するとまた三人がそれぞれおお!とかあら…と感心した声を上げる。
 いい加減に焦れた快斗が服部を問い質せば、

「せやから、あのガキ、めっちゃ反応鈍いて新出先生が言っとったやろ? それやのに、あいつずーっとおまえのこと見てんねんもん」
「…え?」

 振り返れば、子供と視線ががっちり合う。
 試しに右へ左へと部屋の中をうろついてみるが、その後をずっと子供の視線が追いかけている。
 ほんの思いつきで部屋の外へ出ようとすれば、驚いたことに、子供が点滴を腕に指したまま無理矢理ベッドから降りようとしたため、快斗は慌てて子供のもとへ駆け寄った。
 その目は相変わらずじっと快斗を見つめている。
 快斗はわけも分からず胸が熱くなった。
 なんだが嬉しくて泣きたくなる時と似ている。
 言葉にならない感情が水のように湧き出てくる感覚と似ている。

「なんでだろ…?」

 その口元が綻んでいることに気付いているのか、快斗はまるで父親のように子供の髪をくしゃくしゃと撫でた。

「それは分からないけど、これで決まりね」

 志保の言葉に新出と萩原から同意の声が返る。
 何が?と振り返った快斗に、志保は少しも疲れなど見せない上司の顔で告げた。

「今日からその子の保護・管理は貴方の責任で行うこと。これも任務よ。反論は許さないわ」

 任務。
 そう言われては異議を唱えるわけにもいかない。
 もとより、別に異議があるわけでもないが。

「あ、でも、俺が任務の時はどうしたらいい?」

 特別機動隊副隊長の快斗は、はっきり言って任務に引っ張りだこの超人気者だ。
 下手に隊長が怠け者なせいで萩原よりも快斗を頼ってくる者までいる。
 それに長期の任務ともなれば何週間も帰ってこない時もある。
 けれど、それなら心配いらないわ、と志保は手を振った。

「この子がある程度元気になるまでは隊長さんにキリキリ働いてもらうし…」
「――げっ」
「貴方のいない穴は服部君で埋めるつもりよ」
「――まじでっ?」

 どうやら聞かされていなかったらしい萩原と服部がそれぞれに抗議の声を上げたが、志保はさらりとそれを無視した。

「もちろん、どうしても貴方の力が必要な時には任務に就いてもらうわ。その時は私と新出君でフォローするから、貴方は気にせずその子の面倒を見てあげなさい」

 そう言って笑った志保の顔が、まるでできの悪い弟を見る姉のような顔で、快斗は困ったように頷いた。

 志保がずっと自分のことを気に掛けてくれていたことに快斗はもちろん気付いていた。
 けれど気付いていながら、快斗はずっと目を逸らしていた。
 そしてそんな快斗を、彼女は何を言うでもなく見守っていてくれた。
 それは快斗が慰めや叱咤を必要としていないとよく分かってくれていたからだと思う。

 快斗は気付かないふりをしていたかったのだ。
 自分で思うよりずっと父親の死を引きずっていたことに、まだ気付きたくなかった。
 なぜなら父の死と向き合うことは、自分の心と向き合うことだから。
 自分の心と向き合えば、世界は壊れてしまうと思った。
 それほど、世界にも等しいほど、快斗にとって父親は偉大な存在だった。

 死は恐るべき、そして誰にも等しく訪れる尊い運命だ。
 それはとても憎らしく、とても愛おしい。
 そのことを思い出させてくれたこの子供を、快斗はなんとか守ってあげたいと思った。




















* * *

 快斗は取り敢えずこれから自分が生活する場所を見せてやろうと、子供を自分の部屋へ連れて行くことにした。
 保護・管理と言えば聞こえはいいが、要は本部への報告義務を課された監視をすると言うことだ。
 それならいっそ同じ空間で生活した方が快斗にとっても都合が良い。

「――で、今日からここが俺とおまえの部屋ね」

 ネームプレートの変わりに四つ葉のクローバーマークが下げられた、このふざけた扉の向こうが快斗の自室だった。
 相変わらず喋りも頷きもしない子供がちゃんと理解しているのかは判断しかねるところだ。
 新出が言うには精神的外傷によって一時的に失言症を起こしているだけなので、言葉は理解できているらしい。
 それならもう少し身振り手振りで意志の疎通を計ろうとしてくれても良いものだが、子供は瞬きをする他にまるで動きを見せない。
 新出の診察した限りでは、まだ断定できないが、失言症と失感情症に加え記憶障害を起こしている可能性もあると言うことだった。

 反応の薄い相手にもめげず、快斗は「じゃーん♪」と口ずさみながら扉を開けた。
 すると、勢いよく飛び込んできた何かに襲われ、子供は廊下にぺたりと尻餅を付いてしまった。
 バサバサと翼を羽ばたかせながら頻りに鳴き声を上げるそれは、言うまでもなく快斗の相棒、キッドだ。
 驚いているのかいないのか、子供は大きな目でじっとキッドを凝視している。
 快斗は慌ててキッドを捕まえると、子供を助け起こしながらごめんごめんと謝った。

「ここに住むならこいつも紹介しなきゃな。こいつは白鳩のキッド。俺の相棒だ」

 キッドは怒ったように快斗の手を嘴で突いている。
 と言うのも、光彦をキッドに任せたために、おそらく白馬が快斗の自室にキッドを置き去りにしてしまったのだろう。
 快斗を毛嫌いしている白馬が珍しくご丁寧にもキッドを部屋まで届けてくれたことは奇跡的なのだが、キッドにとっては有り難迷惑だった。
 快斗と同じくキッドもこの子供のことをとても気にしていたのに、自分だけ置いてけぼりにされれば怒りたくもなると言うものだ。

「なんだよキッド、怒ってんのか? 悪かったって」

 あんまりしつこく突くものだから、快斗が思わず手を離せば、キッドは子供目掛けて勢いよく羽ばたいた。
 また襲ったら大変だと、快斗は慌ててキッドを捕まえようとするが――
 意外にもキッドは子供の肩に留まると、まるで犬や猫がするように子供の頬に擦り寄った。
 その様子を無感動に眺める子供に比べ、快斗の驚きは大きかった。

 キッドは非常に頭のいい鳩だが、それはそれは無愛想な鳩でもあった。
 まず、人に懐くということを知らない。
 五年という付き合いの快斗でさえキッドにとって飼主ではなく、あくまで相棒なのだ。
 自分が鳩だからと言って媚びへつらう必要がないことを理解しているのだろう。
 他にも志保や萩原や新出など認めている人間もいるようだが、快斗の知る限り、キッドが自分以外にこうして擦り寄っているところを快斗は見たことがなかった。

 なのに。
 そのキッドが自ら肩に留まり、自ら擦り寄っている。
 それは懐いていると言うよりも、認めていると言うよりも、むしろ…

 くい、と裾を引かれ、快斗ははっと目を瞬いた。
 いつの間にかすぐ側まで来ていた子供が不思議そうに快斗を見つめている。
 快斗は曖昧な笑みを浮かべ、

「悪い、ちょっと吃驚しただけ。こいつが人にこんな風にしてんの、初めて見たからさ」

 と言って誤魔化した。
 何を誤魔化す必要があるのか分からないが、今、脳裏を過ぎったことに気付かれまいと思ったのだ。
 あまりに一瞬のことで、もう何を思ったのかも思い出せないくらい些細なことだけれど。
 それを言葉にすることになぜか抵抗を感じたのだ。
 理由はないけれど、なんとなく。

 その思いを振り切るように、快斗はにっこりと子供に笑いかけながら言った。

「そんじゃ、キッドも連れて施設内を探検しよっか♪」

 これからここで暮らして行くなら、説明しておかなければならないことが山ほどある。
 食堂やトレーニング場、医療室、書庫、各班の執務室にそれから――立入禁止区域。

(…でも、入るなって言われたら入りたくなるもんなんだよなあ、子供って)

 俺がそうだし、と快斗は微妙な顔をした。
 この子供が果たして快斗のように好奇心旺盛な悪戯好きかは分からないが、教えない方が逆に安全かも知れない。
 そう思い、快斗は立入禁止区域以外の場所を、子供の手を取り歩調を合わせながらゆっくり見て回ることにした。










「ここが書庫。かなり大きいだろ?」

 食堂を過ぎ、執務室とトレーニング場を巡り、快斗たちは書庫へとやって来た。
 やけに小さな扉を潜った途端、出迎えるのは本の海、海、海。
 右を見ても左を見ても、扉のすぐ上から壁一面にびっしりと本が並べられている。
 横に奥にと凄まじい面積を誇るこの書庫は、おそらく地上のどんな書庫にも劣らないだろう数の蔵書が保管されていた。

「ここにない本はないってくらい、保存率高いんだぜ。地上で手に入らないものも置いてあるんだ」

 ここは主に情報班と鑑識班の利用者が多いが、もちろん他の班員たちも利用している。
 かく言う快斗も意外に読書好きなため、この書庫にはしょっちゅうお世話になっている。
 けれど、七歳の子供にとっては読書よりも体を動かす遊びの方が楽しいかと、書庫は早めに切り上げようとした快斗だが――

 勝手に歩き出したかと思えば、子供はおもむろに蔵書検索用パソコンのスイッチを入れた。
 そのままカチカチと何かを打ち込み、検索をかけている。
 本に興味があるのかということよりも、子供がパソコンを扱えることに快斗は驚いた。
 七歳にもなればパソコンの基本操作ぐらいできるのだろうが、ここにあるパソコンは一般家庭に普及しているものとは操作方法が異なる。
 それもそのはずで、このパソコンは外部ネットから遮断されたこの施設内のみに構築されたネットワークシステムで起動しているのだ。
 機械に強い志保のような者なら説明なしでも扱えるのだろうが、彼はまだ七歳の子供だ。
 彼と同い年の光彦だって最近になって漸く扱えるようになったところだと言うのに。

「おまえ、なんで…?」

 快斗の呟きが聞こえたのか、突然子供が振り向いた。
 まさか、答えてくれる気になったのか。
 快斗はこくりと喉を鳴らすが、子供は快斗を凝視したまま一向に動こうとしなかった。
 いったい何がしたいのか。
 首を傾げながら近寄れば、今度はパソコン画面に視線を戻したきり動かない。
 子供は相変わらずひと言も喋らなかったが、彼が何を考えているのかが分かり、快斗は「ああ」と頷いた。

「ここに行きたいって?」

 画面に映された広い書庫内の地図の一角が点灯している。
 何を検索したのか知らないが、とにかく目当ての本はそこにあると言うことだ。
 快斗は映し出された保管場所のアドレスを頭に書き留め、右端にずらりと並んだ小さな個室のひとつに、子供の背を押しながら入った。

「これ、迷子防止のナビシステム。奥まで行こうと思ったら結構時間かかるから、そういう時はこれを使えばいい。このキーボードにアドレスを打ち込むだけだから簡単だろ? やってみろよ」

 快斗が言い終わるより先に子供は先ほどのアドレスを打ち込んだ。
 すぐにウン…と機械音が響き、移動し始める。
 この個室は書庫の床を移動する、言わば横方向に移動するエレベーターのようなものだった。
 目的地に到着するまで二分弱ほどかかる。
 その間、設置された椅子に腰掛けながら、同じく椅子に座りながら興味深そうに室内を見回している子供に、快斗は気のない声で尋ねた。

「おまえ、パソコンの操作なんてどこで覚えたんだ?」

 聞こえているだろうに、子供は快斗を振り返ろうともしない。
 それどころか、快斗を無視して壁の装飾に一心に魅入っている。
 もしかしなくても、この子供は快斗に勝るとも劣らない好奇心の塊だろうか。
 今にも椅子から転げ落ちそうな子供の姿を見て、間違いないと快斗は確信した。

「…なんかだんだんおまえの性格が分かってきたぞ。おまえ、かなり自己中だろ。何聞いても答えないのは、…分からないからなんだろうけど、分からないってことすら伝えるのが実は面倒くさいだけだろ?」

 分からないから答えられない。
 答えられないから何も伝えられない。
 何も伝えることがないのにわざわざ反応するなんて面倒くさい。
 きっと、この子供の思考回路はこうなっているに違いない。

 快斗が仏頂面で愚痴るようにぼやくと、興味を引かれたのか、子供がくるりと振り向いた。
 まっさらな赤子のように無垢な瞳がじっと快斗を見つめている。
 この目に騙されてはいけない。
 純粋そうに見えて、腹の中では何を考えているか知れない。

 けれど、そうは思っても、やはり最終的に子供には敵わないのだ。
 たとえ自己中で好奇心旺盛で面倒くさがりだろうと。
 …言葉をなくした上に心を失い記憶すら忘れてしまったとしても。

「…おまえが元気になってくれさえすれば、それでいいけどね」

 そう言って笑う快斗はこの上なく情けない顔をしていたけれど、この上なく優しい顔でもあった。





 目的地に到着すると、個室の天井が開いた。
 それと同時に床が持ち上がり、二人は書庫に上がった。

「えーと、この棚の二十一段目だろ…」

 一番近くにあった梯子を動かし、快斗は先ほど暗記したアドレスを頼りに梯子を登っていく。
 子供はキッドを腕に抱きながら下で大人しく待っていた。
 アドレスで探すとなると最終的に一冊ずつ確認していかなければならないのでやや面倒くさい。
 タイトルが分かれば見つけやすいのだが、初めに確認してこなかったのだから今更文句を言っても仕方なかった。

「この辺、この辺…ん? シャーロック・ホームズ? あいつコナン・ドイルなんか読むのか――って、ええっ? これ原書じゃん!」

 よくよく見ればタイトルすら英語で印字されているそれは、英語で書かれた原書だった。
 読むなとは言わないが、日本語訳の本もたくさん出版されているのだから、七歳の子供にはそっちの方が断然読みやすいだろう。
 快斗は子供が間違って原書を検索してしまったのだろうと思いながらも一応持って降りると、子供は大事そうにその本を受け取った。

「おまえ、これ英語だけどいいの?」

 確認するように問いかけても子供は知らん顔だ。
 余程その本が気に入っているのか、早くもぱらぱらとページを捲っている。

(…もしかして日本語だから通じてなかったのか? 日本人と言っても英語圏に住んでる二世三世なら日本語を知らないってこともあるし)

 志保は国内の戸籍は全て洗ったと言っていた。
 それでも見つからないと言うことは、やはり海外在住と言う可能性もある。
 しかも有り難いことに英語圏はそれはそれは広範囲に渡っているのだ。
 ひとつひとつ戸籍を調べようと思えば、日本なんて小国とは比べ物にならないほど時間がかかる。
 となるとこちらの質問に答えられないのは言葉が通じないせいか、とまで考えて、けれどそれはないなと快斗は首を振った。

(おそらく思いつく限りの言語での会話は一通り試してるはずだ。英語なんて初歩的な言語を試さないはずない)

 それで会話ができるなら子供の身元はとっくに知れているはずだ。
 やはりこの子供は失言症か記憶障害、或いはその両方を引き起こしているのだろう。
 パソコンを扱ったり洋書を読んだりできる彼が記憶障害を起こしているとは考えにくいが、もしそれが彼の生活習慣であれば身体が覚えているということもある。
 自分の名前や他人の顔を忘れてしまっても、長年培った生活習慣や癖は覚えている記憶障害者もいる。

 とにかく、英語は理解できることが判明したのだから、最終的には筆談というコミュニケーションが取れると言うことだ。

(となると、当面の問題は…)

「――コナン、ってのはどうだ?」

 本に目を落としていた子供が快斗を振り返る。
 あまりに脈絡のない言葉に興味を引かれたのだろう。
 きょとん、と目を瞬いている。

「ないと何かと不便だし、ずっとおまえ≠チてのも何だしな。思い出せばそっちにすりゃいいんだから、それまでの仮の名前ってことでさ。
 コナン・ドイルが好きみたいだから、コナン。横文字としても使えるし丁度いいだろ?」

 何が丁度いいのか。
 某情報班班長の突っ込みが今にも聞こえて来そうだが、自分のネーミングセンスがずれていることにまるで気付く様子のない快斗は得意げに言った。

「今日からおまえの名前はコナンな!」

 そんな安直な…という溜息混じりの感想がその後多数寄せられたことは、…まあ、言うまでもないだろう。










B / /
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とうとう起きました、コナンさん!やー良かった、良かった。
昏睡状態のコナンさんを心配してはらはらどきどきするヘタレな快斗くんもいいのですが、
やっぱり二人が揃ってなきゃ楽しくないってか萌えませんよね!笑
最後でなんとかコナンという名前を付けることもできました。
あーこれで今まで「子供」って表記してたところを「コナン」に変えられます。
えと…このお話はこんな感じでだらだら進展して行きますので、
本筋はシリアスですがシリアスになりきりません;
シリアスでぴりっとすかっと格好いいものを期待されていた方、ごめんなさい…。
06.02.08.