ポゥ、と。 浮かび上がるのは、淡い輝きが作る光の家。 夜の暗闇の下。 冬の厳しさの中。 いのち凍る冷たさに支配されたこの空間で、柔らかな光が、無人の家をあたたかに包み込んでいる。 まるで儚い夢が紡ぐお伽話のよう。 窓辺に飾られたツリーの電飾がふいに消えた。 雪が、降っていた……… |
...雪が世界を覆いつくす前に ---------------------------------------------------------------------------------- |
思わず新一は呻いた。 「うげっ」 冷や汗がだらだらと流れてくるのをどこか遠く感じる。 だってそうだろう。これで平然としていられる訳がない。目の前にあるのは。 ダンボール箱の、山、山、山……… 玄関前にそびえるソレらに、うんざりとして新一は大きくため息をついた。注文が遅かったことも悔やまれるが、もっと量を減らしておくべきだったか。けれどもこれくらいないと、自分が望むものが手に入らない。 仕方ねぇ、やるか。がっくしと蹲ったままの姿で見上げて。 (…………ってか、まずどこに置こう) それはクリスマス・イブまで、あと10日の日のことだった。 課題のレポートを後ろから回収しろ、という言葉で、今年最後の授業は終了した。 ガタガタと席を立ち上がる学生。新一も、荷物を片して椅子から立ち上がった。レポートが回ってくるのをわざわざ待つのも面倒だ。授業始めに配られた出席カードと、レポートを教壇の上に置いて、新一は教室から出た。 「くっどぉ〜っ!」 それを待っていたかのように現れたのは、平次。 学部は違ったが、彼は新一と同じ東都大学に通っている。どこで探りを入れたのか、平次は新一の一週間の科目を全て把握しており、授業が終わるとこうしてやってくるのである。 新一としては別に何とも思ってはいないので、そのことにも特に構いはしなかった。難ありとするならば、そのうるさいほどに響く声だろうか。 「なぁ、今日の帰り、一緒にどっか行かへんか?」 並んで構内を歩きながら、平次が言う。学校帰りに2人並んで歩くなんて、まるで恋人みたいではないか。そう思い立っての喜色満面の顔であったのだが。 「パス」 マフラーを口元まで覆いながら、新一は冷たい言葉を返す。 「なっ、何でやっ!? せっかく授業は終わったんやし、明日からは冬休みやで!!」 (プレゼントを一緒に見に行くつもりやったのに〜っ) そしてあわよくばクリスマス・イブの彼の時間を手に入れ、当日の告白を経て晴れて正式に恋人同士になる、ということまで予定していたというのに、その計画がいきなり躓いてしまうとは! 「そ、それに、明日は休日やんかっ! 夜遅うなったって構へんやろ!?」 「予定あんだよ」 「ほっ、ほならその後でもええって!」 「どうしても外せねぇ用事なんだ。出席さえ足りてりゃ、授業だって出なかった」 足早に進みながら、忌々しく思い、チッと舌打ちをする。 あの教授は、授業開始前に席を回って、1人1人にカードを配る。代返でごまかす学生が多い昨今、それは正確に出席者を把握するには良い方法だとは思うが、今の新一にとっては煩わしいだけ。 レポートだってノートだって、誰かに頼めば済むというのに、要請のために削られていく出席日数がそれを許してはくれなかった。仕方なく授業に参加していたが、刻一刻と過ぎていく時間に気が気ではなかった。 だって、………まだ、終わってない。 (早く帰ろう) 苛立ちと焦りが加速する。今のこのやり取りさえ無駄だ。早々に話を切り捨てて先を急ぐ。未だぎゃあぎゃあ騒いでいる平次は無視に決める。 真っ直ぐ前を向いてこちらを省みない新一に、けれども平次はめげずに追いかけて来た。 「なあっ、ちょっと待ってや、工藤!」 がしっと肩を掴まれたところで、新一の怒りが頂点に達し、 「しつけぇぞ、服部!!」 邪険に手を振り払って、睨みつけ。 彼の目線が自分よりも数段高い位置にあるのに、今更ながら気付く。 (―――――――) 2年。 大学に入ってから、既に2年という月日が流れていた。 高校ではさほど変わらなかったはずの身長。 彼は、2年でここまで大きく成長し。 自分は、2年経っても、一向に変わることはなくて。 そして、―――が。 「………今日は。ホントに、駄目、なんだ」 悪ぃな。 小さく謝罪してから、背を向けて歩き出す。 もしかしたら、泣きそうな顔をしていたかもしれない。 「行くのか?」 ベッドから身体を起こして言うと、彼は少し驚いたようだ。眠ったものと思っていたらしい。 「―――うん」 小さな声で、けれども確かな口調で、彼は言った。 「ようやく、ここまで来たんだ。チャンスはこれきり。もう後にも引けない」 置いていっちゃうけど、怒らないでね。闘いを前にしながら、それでも彼は新一に笑った。 どうやら、安心させたかったらしい。 馬鹿みたいだ。ちゃんちゃらおかしい。辛いなら、怖いなら、きちんとそう言えばいいんだ。さっきみたいに、すがるような抱き方をしたように。なのに、彼はおくびにも出さない。 酷く、それが寂しかった。 マクラに顔を伏せたままの自分に、彼が言う。 「24日には、戻ってくるよ」 手袋をはめた手で緑色のコードを掴んで、枝に巻きつけていく。低すぎる気温に吐く息は白く、むき出しの頬がヒリヒリと痛む。 「―――風邪、ひくわよ」 後ろからかけられる声は、哀だ。心配からくるわずかな怒りがそこに伺えるが、しかし新一は振り返りもせずに黙々と電飾を木にかけていく。密になりすぎないように、風が吹いても枝から落ちないように。でもそれはあまり気にしなくてもいいのかもしれない。 ただ、急がなければならないのは、確か。 「ねぇ」 聞いてはいるが応答しない新一に、哀が続ける。 「さっきから、ずっと作業し通しじゃない。少しは休憩したら――――」 「間に合わねぇだろ、それじゃ。防寒はちゃんとしてる、まだ平気だ」 邪魔をするなというように、新一が鋭く告げる。それから、やはり口を閉ざしたまま、次の木にかけるべくコードを箱から取り出した。 取り付く島もない新一の様子に、哀はそっと息を吐く。「終わったら、うちに来なさい。暖かい物入れるから」、そう言って、哀は家へと戻っていった。心配かけて悪いとは思うのだが、手を休めることはできない。 イブはもう、明日に控えているから。 <行くのか?> 風に運ばれて、遠く聞こえてくるのは、あの時の自分達の会話。 <―――うん> いつもは自信に満ちた彼の声が、初めて翳りを見せた日。 それは死闘に飛び込む不安が映ったのだろうか。 それとも、置いていく自分へのいたみが生み出したのだろうか。 <24日には、戻ってくるよ> そう言い残して、空へ飛び立ってしまった彼。 嘘つき。 お前は、戻ってこなかったじゃないか。 家の明かりを全部点けていたのに、朝になっても、次の日が来たって、お前は帰ってこなかったじゃないか。 そのまま春が訪れ、彼のいない大学へ入学して。クリスマス・イブだって、もう2回も迎えてしまった。 彼からの連絡は、未だない。 けれど、今年は何か予感めいたものがあった。無情にも過ぎていく日々の中、つい最近になって多くの企業が倒産、たくさんの政界人が検挙された。それも世界各地でだ。 だからこそ、今再び、こんなことを繰り返している。 今度こそという、淡い期待を胸に抱いて。 <だからその日は、家を明るくして待っていて欲しいんだ> <明るく?> <そう> はぁと息を吐いて、灰色の空を見上げた。 <―――俺が、闇に捕らわれ続けないように………> 涙が自然と溢れてくるのは。 きっとこの風が、氷のように酷く冷たいからだ。 ―――クリスマス・イブ、当日。 工藤邸を照らし出すように、庭の木々に、回りを囲う柵に付けられた電飾に明かりが灯った。 それらを眺めながら、新一はひとり静かに、ソファに座ってコーヒーを飲む。無音のリビングで、ツリーの飾りがカラフルな光を放っている。 コチ、コチ、と刻まれる時計の針。 時刻は既に、17時を迎えようとしていた。 ピンポーンっ 静寂を壊すよう鳴り響いたチャイムに、新一は駆け出して玄関へと向かう。ガダっと勢いよくドアを開け放てば、 「よお、工藤」 ………落胆。 (―――そうだよな。あいつなら、こんな風に帰ってきたりはしねぇはずだよな) 期待した自分が馬鹿だった。思わずしゃがみ込んで涙する新一に、平次は「そうか、そんなに俺が来るのを楽しみにしとったんか〜」と嬉しそうににやけている。 「工藤のことやから、ケーキとか用意してへん思おてな。でも安心せえ、俺が買ってきたさかい」 箱と一緒に大きく膨らんだ買い物袋を見せ、家主に断りを入れることなくずかずかと部屋に上がりこんでいく。気落ちの激しかった新一は、静止の声をかけるのが遅れてしまった。 「ちょ、待てよ服部。今日は―――」 「おお、ちゃんとツリーも飾っとるやんか。ほな、すぐに料理作るわ」 「いらねぇよ、余計なお世話だ!」 「別に遠慮せんでエエって、工藤。どうせ一緒に過ごすんやし」 「勝手に決めんな!」 大声で叫ぶ新一を前にしても、平次は笑って流すだけ。 「帰れ! 帰れよ!!」 ソファに置かれた荷物を平次に押し付けながら、新一は怒鳴り散らす。 何でこんな時に来る。 どうして放っておいてくれない。 家周りの電飾もツリーも、全て彼の帰りを迎えるためのものだというのに、なぜ邪魔をする。他の人間がいたら、彼は変な勘違いをして、そのままどこかにいなくなってしまうかもしれないではないか。 (もし、帰ってこなかったら―――) 目の奥がじわりと熱くなった。何だか泣きそうだ。 常からぬ激しさに、さすがの平次も驚いて息を飲んだ。俯いたまま、小さく肩を震わしている新一。華奢なそれは、掴んだだけで簡単に折れそうなほど細い。ともすれば自分にすがるような彼の姿に、思わずコクリと唾を飲み。震える手を回して、肩を抱き締めようとしたところで。 突然、新一はガバっと顔を上げて庭へと走り出した。 ぎょっとして、平次も慌てて外に出る。ベランダに置かれたサンダルを履き、新一が素足であることに気付いて、もう1組分を持って彼の後を追う。 新一は、白い息を吐きながら、見渡しのいい開けたところに立っていた。なぜか辺りをキョロキョロと見回している。一体どうしたのか、疑問に思いながらも、つられて平次も空を仰いだ。 暗き天からは、いつの間にか、白い雪が音もなく舞い降りていた。 家中に灯された光が、雪の妖精を優しく包み込むように輝いている。 だから、なのだろうか…… 新一は溢れる涙を抑え切れなかった。 ―――――タッ、と。 この幻想的な世界に、月の魔法使いが降り立った。 「―――ぃとっ」 駆け出した新一を、魔術師はマントの中にしっかりと受け止める。 「………ごめん、遅くなって」 抱き上げた彼の耳元に、快斗がそっと囁いた。首元の顔を埋めた新一は、背中に回した腕に力を込めながら勢い良く頭を振る。快斗は唇に笑みを浮かべ、彼の髪をやんわりと梳いた。 「家。明るくしてくれて、ありがとう」 新一はただ頷く。 「すごく、帰ってきたんだなぁって、思えたよ」 新一のところに、ね――― 嬉しそうに。幸せそうに。愛おしく、そう快斗は言葉を紡ぐ。 「―――なっ、何でお前がこんな所におんねん!?」 穏やかな空間を裂くように怒鳴り散らす平次。あまりの煩わしさに、快斗は眉をひそめた。 「愚問ですね」 新一を抱いたまま、キッドの気配を全開にして不敵に笑う。 「今夜はイブ。『奇跡』が起きても―――」 「不思議じゃない、だろ?」 ゆっくりと新一が顔を上げる。涙の浮かんだ彼の蒼は、辺りの光を弾いて宝石のよう。「そうですよ」、輝きに惹かれ、快斗は彼の眦に小さくキスをする。 「っとに、遅ぇんだよ、バーロ。あと1年遅かったら、俺がてめぇを迎えに行ってたところだ」 「それは。間に合って、本当に良かった」 クスリと微笑する快斗に、新一は頬に手を当てて目を覗き込んだ。 「……紅い、な」 石、使っちまったんだな。 強い悲愴と、それにも増す歓喜が沸き起こる。 変わらない身体。果てのない命。 彼は自分と『同じ』になった。 「―――貴方と共にいられるのならば。私は喜んで魔に染まりましょう」 甘い口付けを、盟約代わりとして…… 「もう、行ってしまうのね?」 抱き合う恋人達を見上げながら、哀が言った。平次はとうの昔に、麻酔針で眠らされている。 「ああ。俺達は、もうこの街にはいられないから―――」 寂しさを隠せない新一に、哀は安心させるよう笑った。 「ようやく、待ち呆けしていた人と出会えたのでしょう?」 幸せに、おなりなさい…… 降り続ける雪が2人との世界を閉ざしていく。哀は穏やかに微笑んだまま、静かに終わりを待った。 「メリー・クリスマス」 朝。 白銀に満ちたこの世界で。 工藤邸からは、人の気配がなくなっていた――― TOP |
----------------------------------------------------------- 海月さまのコメント▼ ……一応、最初から新ちゃんが快斗さんを待つ、という設定で考えてはいたのですが、 まさか2人で不老不死になってイブその日に逃避行に走っちゃうだなんて。 私には予想もできませんでした(笑)。 ずっと組織討伐のために地下で動き続けた快斗さん。 きっと生死を彷徨うほどの大怪我も負ったことでしょう。 だからこそここまで遅くなり、そして長い間闇を見続けてきた快斗さんにとって、 新ちゃんが作ってくれた「光」はこれから行き続ける希望にもなったのではないか、そう思います。 新一さんも、迷わずに快斗さんが帰ってこれるように、家を明かりでいっぱいにしたんでしょうね。 ようやく途切れた糸が繋がったのですから、これからは思う存分幸せになって下さいませvvv |
----------------------------------------------------------- ▼管理人のコメント 海月さまより、年賀状モドキのお礼に頂いてしまった元フリーノベルですv この雰囲気、めろめろに大好きです〜!! (>_<) 一文字一文字が染み渡るように響いて、どうしようもなく切なくて。最後は甘くて、大好きです! ふたり一緒なら「死」も「永遠」も幸福。それが持論(笑)なので、このお話はまさに理想通りvv 快斗の帰還を信じて待っていた新一さん。しかも年越しで!健気ですよね。ああ、愛しい。 そして、憎い石を使ってまで新一と一緒にいることを選んでくれた快斗。最高です。 海月さま、お持ち帰りのご許可有り難う御座いました! もうもう、大事に愛でさせて頂きます! |