怪盗キッドの予告状を手に、工藤新一は胸を高鳴らせた。
「今日こそ…キッド、オマエを…」
呟いたその先は、風に呑まれて誰一人として拾うことは出来ないでいる。
けれど工藤と同じく、壁に寄りかかり、彼の傍にいた白馬探だけは嫌な予感を募らせた。
「…工藤君、」
「あ?」
「今、なんて言いました?」
「聞いて後悔しないなら耳元でもって囁いてやる。」
男子高校生が耳に手を当て内緒話。
嫌だ嫌過ぎる、白馬はそう思って、力なく首を振った。
「その構図にこそ、軽く後悔しそうです。」
「オマエも大概失礼なヤツだな。」
工藤は気にした風でもなく、けれどわざとらしい溜息を吐いた。
その様子を見て、白馬は思わず眉を寄せる。
「…工藤君、」
「何だ。」
「その、まるで傷付いたと言わんばかりの仕草は、止めてもらえますか。」
そこで工藤は、大仰に驚いて見せた。
「まるで俺が傷付いてないみたいな言い方をするんだな!」
「…傷付いたんですか?」
「まさか。」
けろりと言った工藤に、白馬は肩を落とした。
これだから。 ああこれだから、この人は。
白馬は決してそれを口から漏らしはしなかったが、その言えなかった言葉は胃にまで落ちる。
ズキズキと胃の辺りが痛み始めたことを自覚した。
「………工藤君、」
「何だ。」
「………がんばりましょうね。」
「おー。」
予告時間まであと二分。
◎◎◎
バツン、 会場内の電気が一斉に消えた。
うろたえる警察関係者に、声を張り上げ注意を促すが、やはりなかなか静まらない。
真横で舌打ちまで聞こえたので、白馬は思わず、ぞっと身を震わせた。
「ちょ、今、 工藤君、 舌打ち…!」
「おま、白馬、それは幻聴だ。 この俺が舌打ちなんてするわけないだろう。」
諭すように言った工藤の言葉は、それでもぴたりと警官たちの混乱を収めた。
舌打ち。
されたのだと思うと、もう恐怖にばかり身が竦む。
次々に口を噤んだ部下たちを、暗闇の中で見渡して、中森警部は遂に両目を手で覆った。
噎び泣きたい。
たかが高校生探偵とやらにここまで恐怖する部下を持った不幸に噎び泣きたい。
そんな中森警部の代わりに、白馬はパンとひとつ手を打った。
「………はい! 落ち着いてください、皆さん! ここで混乱してはキッドの思う壺です!」
「なぁ、この今の現状に不満を覚えるのは俺だけか?」
工藤の呟きには、回復した電気系統に気を取られた所為か、誰一人答えない。
それもその筈だ。
守るべき宝石は既に、いつのまにか現れた怪盗の手の中にある。
それに歯噛みして、キッドを睨みつけると、彼は口元だけでにやりと笑って、工藤を振り返った。
慇懃に腰を折り、こんばんはと囁くような声を落とす。
「我が愛しの名探偵! ご機嫌も麗しく、結構なことです。」
「第一声がそれじゃあ世の女性たちは泣くに泣けないでしょうね。」
「これはこれは白馬探偵。 どうでもいいんですが名探偵から離れて頂けますか。」
「本当にどうでもいいことだ!」
白馬の絶叫が空虚しく響いた。
しかしそれに顔を顰めたのが、張本人の工藤だ。
彼はがしりと白馬の首を鷲掴み、底冷えするような音声で囁く。
「どうでもいいとは何だ、白馬。 この俺が隣にいるのを、そんな風に。」
「只管に恐怖ですよ! こう、肉食動物が戯れに爪を引っ掛けてくる気分といいますか…」
「えらい言われようだな、俺も。 でもそんな俺にキッドは惚れてるんだ。」
勝ち誇ったような気配が背後からするのを、白馬は敏感に感じ取った。
それだそれ。 それが一番のミステリーだ。
白馬は思わず哀れむような視線をキッドに送ってしまった。
「…ちょ、何ですか、その眼は。 その可哀想で仕方ないものを見るような眼は。」
「いえ、何と云うか…そこにだけは同情しても良いかなぁ、と。」
見回せば、どの警官たちも同じような生温い視線をキッドに向けている。
さすがに居た堪れなくなったキッドは、思わず工藤に視線を移した。
それに気付いた工藤が、満面の笑みをキッドに向ける。
「ほら、可愛いじゃないですか! 名探偵は美人さんですものね。」
「ばっか、もう! こんな所で惚気るなよ、キッド!」
「その美人で可愛い探偵が掴んでいるのは、違うことなく僕の首なんですけど。」
白馬の顔色は、既に恐怖で真っ青だ。
警官たちの中には、先程キッドに向けていた同情の眼差しをそのまま白馬に寄越す人までいる。
切ない、と白馬は心の内で呟いた。
「いいじゃないですか、名探偵はちょっとばかりやんちゃなんです。」
「オマエだってそうじゃないか。 あんまり空ばっかり飛んでると撃ち落とされるぞ。」
「ええ、この前はさすがに吃驚しました。 名探偵に銃口を向けられて…」
「ああ、ほら、何だ。 オマエのハートを貫こうと思って。」
「何故? 私の心はもう、あなたに出会った瞬間にこそ、恋の矢で射抜かれたというのに!」
「…工藤君、きみ、銃刀法違は」
「さて! 警察の皆さん、仕事しましょうか! ほら、キッドを捕まえないと!」
工藤は、白馬の首からぱっと手を放してそう言った。
両手を合わせ小首をかしげる様は、成程、多少かわいらしく見えないこともない。
ないけれど。
「工藤君! 今あの軽く銃刀法違反チックな話が…!」
「白馬…ばかだなぁ、そんなの…………おもちゃに決まってるじゃないか。」
「君のその曇りなき笑顔が逆に信憑性をハイスピードで下げているんですけど。」
「真顔で言ったって信じないくせに。」
工藤は先程したように、まるで傷付いたと言わんばかりの悩ましい溜息を吐いた。
「名探偵、私はあなたを信じてますよ。」
「キッド…」
そっと手を包まれて、工藤はもったいぶってキッドを見上げた。
いつのまにか真横に立ったキッドに、彼は身体ごと向き直る。
視線はキッドの、なかなか見えないご尊顔にキープだ。
「他の誰が信じなかろうと、私だけはあなたを信じています。」
「キッド、俺…!」
「例え、そのおもちゃの拳銃から実弾が飛び出ようとも、それで脇腹抉られようとも!」
信じています、と微笑んだキッドの所為で、室温が三度は下がった。
挙句に工藤が、素敵に微笑み返したものだから、更に八度下がった。
「………工藤君、」
「何だ。」
「それあのおもちゃじゃ…」
「それよりも白馬。」
工藤が、握られていた手をそっと外し、そうしてまた握りなおした。
恋人繋ぎだ。
誰かがそう呟いて、会場は一気に冷え込んだ。
キッドは表情には出ないものの、多少うろたえているようだ。
それもそうだろう。
これまでも睦言めいたやり取りはあったものの、工藤から接触を求めたのは初めて。
しかもこんなに積極的に。
間近で見ていた白馬は、呼びかけられたにも関わらず、思わず身体ごと一歩引いた。
そうして工藤は言ったのだ。
生きとし生けるもの凡てを魅了するかのような、笑顔で。
「キッドを捕獲したんだけど。」
◎◎◎
「工藤君、色々と訊きたいことも訊かなきゃいけないこともあるんですがね、取り敢えずひとつ。」
「何だ。」
「君のアレは、実際、 色仕掛けと何ら変わりない。」
それを聞いて、工藤は心外だとばかりに眉を寄せた。
立てた人差し指を、びしりと白馬の眉間に突き立てる。
目を潰されるかとも思った白馬は、顔面蒼白のまま直立不動だ。
「アイツは俺に惚れてるし、俺もアイツは嫌いじゃない。 寧ろ好きだと思う。」
「工藤君…」
「そんな相手に好意をアピールしている経過途中に、自分の本来の目的を果たしただけだ。」
「 工 藤 君 … ! 」
人差し指のことなんてお構い無しに、白馬は思わず床に跪いた。
もう顔を上げる気力もない。
しかしそれはきっと、キッドもそうだっただろう。
しかし彼は途端に悲壮な顔つきになって、慌てて工藤の手を振り解くと、
全力疾走でもって逃げていってしまった。
捨て科白が、 名探偵の照れ屋さんめー!
あれが照れた末の結末では、誰も救われない。
「工藤君、」
「何だ。」
「実は、キッドのこと嫌いなんじゃないんですか?」
言った白馬に、瞠目したらしい工藤は、けれどすぐさま笑って見せて、
膝をついたままの白馬の直ぐ傍に、三角座りの要領で蹲ると、こう言った。
「ばかだなぁ、俺はキッドをとても愛してるよ。」
その笑顔がせめて慈悲に溢れていればいい。
心の片隅でそう願いながら、それでも白馬は顔を上げれないでいた。
次の日、やけに気落ちした級友に会う彼は。
ああ、グッドナイト! 愛しい悪夢のような人。
せめて日頃会えない鬱憤を、ここで晴らして良いでしょう。
おやすみあなた、いい夢を!
グッナイ、
ナイトメア。
「らぶらぶなキッドと新一に、事もあろうが現場で当てられる可哀想な警視庁の方々。」 そんなリクエストを頂いて既に軽く一年は過g(殴打) ごごごごめんなさ…らぶらぶ というただそれだけにいつまでも挫けていました、はい。 (なんてこと!) そして可哀想なのが白馬氏と怪盗だという罠。( ア ン タ っ て 子 は … ! orz ) このような相互記念品となりましたが、どうぞ受けて下されば幸いで御座います。 相互リンク、誠に有難う御座いました。 ● ● ◎ ◎ ● ● - - > 新さま |
クロキ < - - ● ● ◎ ◎ ● ● [ D U Z . ]の遠野新さまより、相互リンク記念の小説を頂いてしまいましたvv 色仕掛け!!新一さまの色仕掛けなら私も食らいたい!!! たとえそれで監獄に送り込まれようとも、怪盗さんならきっと本望なはず(笑) 何だか怪盗さんがえらい気の毒ですが、俺様新一に振り回されている彼は愛しいですv それでもきっと愛がある分だけ、軽く百人分くらい墓穴を掘り続けている白馬よりはマシでしょう(笑) そんな白馬くんも大好きですvv 新さん、素敵なお話をどうも有り難う御座いました! こちらこそ、これからも仲良くしてやって下さいv |