――――だよ。10年後、また… そこで目が覚めた。 随分と長い夢を見ていた。いや、夢というよりは記憶といったほうが正しいだろうか。 あれは実際にあったことで、今だってしっかりと憶えている。 なにがあったのか。 あの人が、なにを言っていたのか。 だから、ここにいるのだ。 カーテン越しにも外がよく晴れているのがわかる。今年は天候に恵まれたゴールデンウィークになった。きっとあちこちの行楽地は大混雑だろう。 ここは、そんな心配は無用だけれど。 なにしろここにいるのは、新一1人しかいないのだから。 「今日…」 なにがあるのかはわからないけれど。 新一はそこにいた。 カーテンを開けてついでに窓も開け放ってみる。爽やかな、けれど確実に夏に向かっていることがわかる温い風が入り込んでくる。 思えばこんなふうに太陽が昇り始めたころに起きるのは久しぶりだ。 ほとんど、夜なんだか昼なんだかわからないような生活をしていたから。日の出と共にベッドに入った事だって何度もある。 だから、朝起きることがこんなに気持ちのいいことだと忘れていた。 天気もいいから、このまま窓辺で、風に吹かれながら、好きな読書をしていたい。 希望はそのまま予定に変わった。別に他にやることも無いし。 予定を実行に移すべく、新一は一度窓から離れた。 気の早いBGMたちが、あちらこちらでちぃちぃと鳴いているのを聞きながら。 |
** * * ** Happy Birthday Present ** * * ** |
本日8歳になった新一は不機嫌さを隠すことなくぶすったれた顔をしたまま窓の外を見ていた。 腰かけている丸椅子を斜めにして、桟おいた両腕に顎を乗せて、青い空を睨んでいた。 といっても折角晴れてくれた青空に罪があるわけではなく。 けれど今の新一には、すべての好条件が憎たらしく思えて仕方ない。呑気に飛んでいる鳥でさえむかついた。 自分にもあんな翼があれば、今すぐどこかへ飛んでいきたいのに。 けれどたとえ翼があったとしても、新一を縛り付ける鎖はたくさんあって飛び出すことはできないだろう。 最大の鎖は、『まだ子供』というものだ。 「つまんねぇ…」 思わず呟いてしまって、そんな自分が悔しくなった。唇をかむ。 他の子供たちよりも随分早く大人になった気でいた。実際、大人さえ負かすのではと言われるほどにずば抜けて頭も良かったし、運動神経も抜群。 様々な経験だって若干8歳でつんでいる。 パーティで女性方を喜ばせる事だってできるのだ。(実際やってみたところ、これがまたとっても好評だったのだ) だからもう、大人の気分でいたのかもしれない。 そうじゃないのだと今回改めて思い知らされた。どんなに頭が良くても、見た目は小さな子供だ。大人の庇護が必要なのだとその身体が他人に語る。 1人じゃ、出歩けない。 街の中だったら大丈夫だけれど、ここは山の中なのだ。交通手段は車しかない。 さすがの新一でも、まだ運転は無理だ。 そんな中に新一は独りでいた。 本来ならば隣には父がいて母がいたはずだ。 騒がしい街の中から抜け出して、静かな別荘で親子3人誕生日パーティを開こうと最初に提案したのは父・優作で、母も大賛成した。その日はのんびりと過ごそうと。 父にはきっとしつこい担当者から逃げ出したいという裏心も少しはあるのだと新一は気づいていたが、それでも嬉しかった。 純粋に、嬉しかったのだ。 世界的に活躍している、とても忙しい父。そんな父を気遣い、ときには助手に徹する母。 愛されていることは充分すぎるほどにわかっていたけれど、それでも放っておかれたのが多かった。変わりにたくさんの本やおもちゃが与えられて。 本当に、不満に思ったことはない。慣れた、とでも言おうか。物心ついたときからそうだったから。 けれど、だからこそ、両親とゆっくり向き合えるのは嬉しかった。のに。 1本の電話が予定を奪ってしまった。 さすがの父も、執念の担当者に捕まってしまい、終わるまでホテルで缶詰することになったのだ。そして母もそれに付き合う。 いつものこと。 新一は自分で待っていると言った。ここで、待ってる、と。 ずっとホテルでじっとしているより、空気のいいこの場所で独りでも読書しているほうがましだと思ったから。 大丈夫?本当に? 心配そうに何度も何度も聞いた母に、新一の中の『大人』が笑って大丈夫と応えさせた。 プライド、とも言うのかもしれない。 それが、他の子供のように、本音をさらけ出すことを嫌がったのだ。 だから両親を恨む権利は無い。 呼び出した担当者も――は、少しは考えろ!と怒鳴りたい気分だが。 自業自得だ。 素直になれない。それで損をしたことのほうがはるかに多いのだ。 「どうしよう…」 いつまでもぐだぐだ考えていても、無意味な八つ当たりをしていても仕方が無い。 両親が帰ってくるまでどう暇つぶしをするかを考えようと思ったら。 突然、新一の周りだけ影が落ちた。見えていたはずの青空も、緑の景色も一瞬で見えなくなってしまう。 かわりに飛び込んできたのは、太陽の下でさらに眩しい白だった。 「やぁ、こんにちは」 白が、しゃべった。 あまりに突然のことで、新一は口をつぐんで呆然と見つめるしかない。 よく見れば白いのはタキシード、マント、帽子……それらが浮かんでいるはずも無い。もちろん中身がある。 つまりは見知らぬ『怪しい』人間がここ、2階の窓の桟に立っていたのである。 普通ならばここで叫ぶ場面かもしれない。 もっとも、ここじゃあ叫んだところで助けなんて期待できないけれども。 「おじさん、誰?」 「わたしは君のお父さんのおともだちだよ」 そんなことを言われても信用できるはずもなく。 なにしろ、白昼堂々窓に降り立った、全身真っ白のレトロな恰好をした男なんて、どこをどうすれば怪しく感じずにおれようか。 じりじりと後退しながら、じとりの睨みつける。全身で警戒をあらわにした。 なにかいい武器はなかっただろうか? サッカーボールは……ちっ、玄関に置きっぱなしだ。こんなことなら部屋にも1つ置いておくんだった。 本…は大事な初版!こんな怪しい男にぶつけてやるなんて勿体ないことはできない。 だとすればあとは…。 「考え中のところすまないがね」 「っ!」 色々と考えをめぐらせてはいたけれども、油断はしていなかったはずだ。 しかし気づけば謎の白い男はすぐ目の前にいてしゃがみこみ、新一を覗き込んでいた。口元には明らかに苦笑いだとわかるもの。 一体、何者だろうか。まるで前にテレビで見た忍者のようだ。 あれはドラマの中だけれども、この男は現実なのだからなおさらに不思議だ。 ……なんだか父の友人だという言葉が真実のようにも思えてきてしまう。あの人ならこんな変な友人がわんさかいそうだ。 ふと考えが傾きかけて、慌てて否定する。ぴょんと後ろに飛びのいて、再び距離を広げた。 おやおやと、肩を竦めているのがわかる。 ……なんだかむかつく。今の体勢も。さっきから思っていたけれど。 「君は、新一君、だろう?」 「…調べれば名前くらいわかる」 「今日が誕生日で、8歳になる」 「それも調べればわかる」 「やれやれ、ガードが固いね」 目線を合わせたまま、再び男が苦笑いを漏らした。 やっぱりなんだか気に入らない。 その思いがそのまま表に出てしまったらしい。新一はむすっと顔をしかめていた。 警戒とは別の、不機嫌そうな様子に、男は内心首を傾げるが、その理由だと思われることに気づき、ふむ、と口元に白い手袋で包まれた手を当てる。 その仕草は、父・優作とそっくりに新一の目に映った。 なんて考えていたら、突然身体が浮遊感に包まれた。気づけば、抱き上げられていたのだ。 「お、おろせ!」 「仰せのままに」 新一の望みどおり、すぐに足がつく。 しかしそこは今まで立っていた床ではなく、先ほど男が降り立った窓の桟だった。外に落ちないようにしっかりと腕が回されていたけれど。 大きな違いは、視線が高くなったこと。男が立ち上がっても、きちんと間近で目が合った。 「さあこれで、君のお望みどおり、一応は対等の位置に立ったぞ」 なぜわかったのだろうか? 膝をつかれて覗き込まれるのが嫌いだということ。自分がまだまだ子供なのだと再認識してしまうから。 ぱちぱちと、新一の真っ青な瞳が瞬かれる。 「あとはなにを言えば信じてもらえるかな?君が大好きなホームズのお話?大事なお友達のこと?それとも…今君が、ご両親の突然の呼び出しで淋しがっていたことかい?」 「さ、淋しくなんて!」 「そうかい?そのわりには先ほど、随分淋しそうな顔をしていたね」 いつから見てたんだ!つかそんな顔してない! そう叫びたかったのだけれど、言葉が出てきてくれなかった。 間近で見たら、モノクル越しの瞳がとても優しかった。柔らかく細められて、新一を見つめる。まるで、父と母のように。 新一は目を逸らして俯いた。 「だって、仕方がない。父さんは仕事が忙しいんだし…いつものことだから慣れてるし」 「いいや、君のご両親が悪い。約束は守らなければいけないものだ」 にやりと笑って、ついでにウインクまでされて。 呆然としていた新一は、再び抱き上げられていた。先ほどよりもさらに世界が高くなっている。 それもそのはず、新一は桟の上に立った男に抱き上げられているのだから。 「まあ君の警戒がとれなくてもいいか。今日の私は"わるいひと"だからね」 「え」 「おじさんは泥棒でね。君を盗みにきたんだ」 そんな気障なセリフが聞こえてきたかと思うと、新一は窓の外へ飛び出していた。落ちていく感覚に、思わず男の首にしがみつく。 だが地面に叩きつけられることはなく、次の瞬間にはふわりと浮いていた。 羽があった。 真っ白な羽が男の背についていた。 そして新一は、空を飛んでいたのである。 眼下には、見上げることしかできなかった背の高い立派な木々が茂っている。 上には、真っ青な空しかない。 新一は、笑っていた。今一緒にいるのが怪しい男だという認識はどこかへすっ飛んでしまっていた。 笑って、下に広がる世界を、上に広がる空を、楽しんでいた。 そんな新一を見て、男も笑った。 「俺をどうするの?」 太い木の幹で羽を休めているときに、新一は自分を支えている男を見上げて尋ねてみた。 最初ほど警戒心はない。 「私は盗んだものは返す主義でね。きちんともとのところに返してあげるよ。けれどしばらくは、彼らを困らせてあげればいい」 「2人とも、そんなに早くは帰ってこないよ」 今日中に帰ってこれるかも、わからない。 「それは大丈夫。だから今はなにも考えずに楽しめばいい」 それがどういう意味かはわからなかったけれど。 「もう充分楽しいよ。飛行機以外で空飛んだの、はじめてだし」 「そうか、それは良かった」 男は笑った。 やっぱりどこか親近感のわく笑みだった。それに、懐かしいような。どこかで見たことがあるような。 「さて、もう少し先に行ってみるかい?」 けれど考えは、男の言葉で遮られた。 戸惑いなく、新一は大きく頷く。 そして大きな鳥は、再び空に飛び立ったのだった。 結構な時間、空の散歩を楽しんでいたと思う。太陽がもう沈みかけていて、あんなに青かった空が真っ赤に染まっていた。 また明日も晴れそうだと、男が言った。 その言葉をきっかけに、鳥は進路を別荘へと向けたのだった。 家では血相を変えた母と父が待っていた。 もっと遅くなると思ったのに……新一は純粋に驚いていた。 そして、嬉しかった。 「ハッピーバースデー、新一君。私からのプレゼントはお気に召したかな?」 最後に尋ねられた言葉に、新一は大きく頷いた。 「それはよかった。実はもう1つプレゼントがあるんだよ。―――…」 鳥が少し離れたところでおろしてくれた。自分を捜しているらしい2人に駆け寄ると、父が安堵の息をつく。母は力いっぱい抱きしめてくれた。 ちょっと散歩に行ってたら、迷っちゃって。 とっさの言い訳を、2人は信じてくれたようだった。少し、怒られてしまった。ほんの、少しだけ。 すぐにそのあと、さあパーティをはじめましょうと言ってくれた。 中に入るとき、そっと後ろを振り返ってみたけれど、もう誰もいなかった。 その日の夜、満足して眠っていた新一の耳にかすかに声が聞こえてくる。 2人分の、声。 1人は父のもの。もう1人は―― 薄っすらと目を開けてみた。白い色が、見えた。 「悪戯にもほどがあるぞ」 「自業自得だよ」 2人は仲良くお話をしていた。 ああなんだ、本当にお友達だったのか。 安心感を得て、新一の意識は再び眠りの底へ落ちていったのだ。 そのとき、別れ際の約束を思い出す。 10年後、またここへ戻っておいで。そのときに、もう1つのプレゼントをあげるよ。 チャイムの音に、新一は本から顔を上げた。 窓の外を見てみれば、日はすでに西に傾いていた。本に夢中になればこうなることは日常茶飯事だった。 チャイムの音に気づけただけでもましだろう。 本を閉じ、椅子の上において、ドアに向かう。 部屋から出ようとしたら、開けっ放しの窓からひときわ強い風が入り込んできて新一の髪を揺らした。 振り返ったとき、新一は窓から飛び立つ白い鳥を見た気がした。 小さく笑って、扉を閉める。 風で本がめくられて、ぱらぱらという小さな音だけが部屋の中に響いた。 玄関の扉を開けると、そこには少年が立っていた。 新一と同じ背の高さ、同じ年。顔までもがそっくりで。両手には薔薇の花束。 …こんな気障なところは似ているらしい。 「ハッピーバースデー。プレゼントのお届けにまいりました」 君にプレゼントだよ。 よきライバルで、よき理解者。そして最高の友を――― END. 05/5/4によせて |
----------------------------------------------------------- 友華さまのアトガキ▼ 新ちゃんハピバ!なのに意味不明な小説ですみません;; 快新というよりもこれじゃあ…(汗)ちょっとほのぼのしたものを書きたかったのですが。 一応これはフリーとなっております。 もしお気に召した方がいらっしゃいましたらお持ち帰りくださいませ;; |
----------------------------------------------------------- 管理人のアトガキ▼ 「Mond Licht」の友華さまより頂いて参りました、新一ハピバフリー小説ですvv この雰囲気がたまりません!大好きですvv 毎度毎度クロキをKOして下さる友華さん、さすがで御座いますvd(≧∇≦*) 心のオアシス盗一さんと敬愛なる優作パパの最後の会話に、二人の力関係が現れているようで素敵ですv 甲乙つけがたいのですが、微妙に盗一≧優作よりの二人が好きvv そしてやはりシメは快斗。最後しか出てないのに強烈なインパクト(笑) ライバルにしろ理解者にしろ友にしろ、やはり新一の傍らを歩けるのは快斗ですねvv 友華さん、素敵なお話をどうも有り難う御座いました★☆ |