「花火大会?」
「ええ。来週の30日に提無津川であるらしいの」
「そういえば…快斗がンなことを言ってたような……」
「子供達だけで行くのは危ないから駄目だって言ったのよ。でも…」
「アイツらが聞くわけねぇか。博士は前日から旅行に行くって言ってたしなぁ」
「そうなの。だから、工藤君と黒羽君に引率を頼みたいのよ」

 少年探偵団たちの我が儘に、灰原も困り果てていたのだろう。
 新一が元の姿に戻ってからというもの、彼女はひとりであの3人の面倒を見ていた。
 パワーのあるお子様たちのお守りをするのは、大変疲れるものである。
 絶対に花火大会を見に行くと言い張る彼らに、なにを言っても無駄だと分かっていたけれど。
 大勢の人が集まる場所に、子供たちだけで行くのは非常に危険だ。
 本来ならば真っ先に養い親に頼むのだが、彼は花火大会の前日から友人たちと旅行に出かける予定だ。
 新一がコナンだった頃ならば、彼の幼馴染みに引率を頼めるのだが……
 今となってはそんな図々しいことを頼めるはずもなく。
 こうして新一に頼むしか方法が見つからなくて。
 しかし、新一は今体調を崩しかけていて、自主的に療養している身だった。
 それを分かっていながらの頼みに、けれど彼は笑顔で答えてくれた。

「俺たちでよければ連れて行ってやるよ。ただし、ちゃんと言うこと聞くように念を押しておけよ」
「ええ、そのつもりよ。…ごめんなさいね、工藤君」
「なんで灰原が謝るんだ?」
「体調を崩しかけているのに、強引に頼んでしまったから…」

 済まなそうに俯く灰原に苦笑しながら、新一は彼女の頭に手をのせた。
 そうして、くしゃくしゃと髪をかき混ぜる。
 すぐさま避難の声があがった。

「ちょっと、工藤君!」
「おめぇが謝ることじゃねぇだろ?ちゃんと大人しくしてるんだから、来週には治ってるさ」
「…そうね。黒羽君もいることだし」
「そうそう。だから気にすンな」

 笑顔でそう告げる新一の気遣いが嬉しくて。
 灰原は安堵の息を零しながら、今日初めての笑みを浮かべるのだった。

















約 束
-----------------------------------------------------------------------------------------

















「すげぇ!出店がいっぱいあるぜ!」
「ちょっと元太君!勝手な行動しないでくださいよ!」
「そうよ、元太君!新一お兄さんに言われたでしょう!」

 今日は勝手に動いたら駄目なんだから!
 仁王立ちで怒る光彦と歩美の迫力に、元太が顔を引き攣らせる。
 そんなに怒らなくても…と思いながらも素直に謝ると、彼らの顔に笑顔が戻った。

「子供たち、今日はやけに素直だな……」
「工藤君に言われてるのよ。言うことを聞かなかったら花火は中止だって」
「なるほどね…」

 提無津川沿いの土手に並んだ出店を覗きながら、楽しげにはしゃぐ子供たち。
 そんな彼らの様子に、保護者のひとりである快斗がぽつりと呟いた。
 子供たちに視線を向けたまま灰原が説明すると、そういうことか…と納得する。
 快斗の右隣から苦笑が聞こえた。

「そうでも言わねぇと、アイツら言うこと聞かねぇからな」
「確かに。俺たちも親父と優作さんの言うことなんか、これっぽっちも聞いてなかったよなぁ…」
「あら、そうなの?」
「ああ。よく快斗と迷子になったけど、親父たちの方が泣きそうな顔してた」

 快斗の言葉に興味を示した灰原がそうなの?と訊ねると、それに新一が答えた。
 彼は子供たちの姿に、過去の自分たちを重ねたのだろう。
 懐かしそうな眼差しで3人を見つめている。
 そんな新一を見つめる快斗の眼差しも懐かしそうだが、それ以上に愛おしさが滲んでいた。

(子供たちのお守りも大変だけど…、この人たち――特に黒羽君の側にいると余計に疲れるわ……)

 灰原は小さな溜息を吐きながら、内心でそう呟いた。
 この2人がバカップルだということを、すっかり忘れていた灰原。
 新一ひとりに頼めばよかったと後悔するが、特別な理由がない限り快斗が彼の傍から離れるはずもなくて。
 しかし、新一だけに子供3人の相手をさせるつもりは、毛頭なかった。

(まあ、疲れた分黒羽君に八つ当たりをすればいいことだし……)

 灰原は口元に妖しい笑みを浮かべながら、それに…と思う。
 ナチュラルに惚気ようが、胸焼けがするほどにいちゃつこうが灰原にとってはどうでもいいことで。

 自分の両親が開発し、自分が携わっていた薬のせいで、新一は小学生に戻るという奇妙な体験をしてしまった。
 元に戻ることはできたけれど、薬の副作用で体力と免疫力が低下してしまい、健全とは言えない身体になってしまった新一。
 それでも、彼は灰原を責めることなく、逆にありがとうと礼を言われてしまったのだ。

『どうして私を責めようとしないの!どうしてそんなに優しいのよ!』

 思わず叫んでしまった灰原に、彼は苦笑を浮かべてこう言った。

『ずっと苦しんできたおめぇを責めるなんてできねぇよ。それに、なにかあってもおめぇがいるから大丈夫だろ?』

 その信頼がとても嬉しかった。
 だから、彼の信頼に応えようと、それ以来自分を責めることはしなくなった。
 自分が笑えば新一も嬉しそうに笑ってくれるから。
 ―――彼が幸せでいてくれればそれでいい。
 それが自分の幸せに繋がるから。

「工藤君を泣かせてみなさい。すぐさまあの世に送ってあげるわ」
「それは勘弁してほしいな」

 ぽつりと呟くと、苦笑混じりの声が返ってくる。
 隣を歩く男を見上げれば、その口元には微苦笑が浮かんでいた。
 彼は表情とは似合わぬ真剣な声で灰原に言った。

「俺はようやく手に入れたアイツを手放すつもりはないよ。初めて会ったガキの頃からアイツを想ってきたんだ。だから、絶対に離さない。泣かせるつもりもない」
「こら、元太!買いすぎだぞ!」
「いいじゃねぇかよ〜」

 真摯な声で告げながら、快斗は子供たちの傍に向かった幼馴染み兼恋人に視線を向けた。
 彼は出店に寄るたびに買い物をしようとする元太を叱っている。
 しかし、その顔はひどく楽しそうだった。
 子供のような笑みを浮かべる新一を愛おしそうに見つめながら、快斗は言葉を続ける。

「アイツ、強いように見えてすげぇ寂しがり屋だからな。傍にいないと思考がドツボに嵌っちまうんだ」
「……貴方と再会する前の彼は、よく昏い表情を浮かべていたわ」
「だろ?だから俺が叱ってやらねぇと。それに――――」
「それに?」
「新一は俺の光だから。アイツがいるから、俺はここに立っていられる。新一がいなけりゃ息をすることさえできない」
「だったら、その光を失わないよう自分を護りなさい。彼を護るだけじゃだめだってこと、分かっているわよね?」

 貴方になにかあれば、光はその存在を失ってしまうのよ。
 瞳でそう告げれば、彼は分かってるよと呟いた。
 それに満足した灰原は、ならいいのよ…と言いながら新一たちの許へ向かった。

(初めて顔を合わせてから1年。ようやく認めてくれたようだな……)

 口に出すことはなかったが、今まで灰原は快斗のことを認めていなかった。
 けれど、ようやく新一の隣に立つことを許してくれたらしい。
 ありがとう…哀ちゃん、と内心で呟きながら、快斗は自分の名を呼ぶ愛しい恋人の許へ向かった。




□  ■  □




 花火が始まるまで後5分。
 20分ほど前から場所取りをしていたため、絶好の場所を確保することができた。
 子供たちが頑張って見つけたおかげだ。

「後どれぐらいで花火始まるんだ?」
「5分ほどですよ」
「楽しみだねー。ねえ、哀ちゃん」
「そうね」

 楽しそうな子供たちの声を聞きながら、彼らの後ろに座っていた新一と快斗は小さな笑みを浮かべた。
 昔の自分たちもこんな風だったな…とひどく懐かしい気分になる。
 柔らかな笑みを浮かべながら子供たちを見つめている新一に頬を緩めながら、快斗はその細腰にそっと腕を回した。
 そうして大きく足を開き、その間に新一を座らせる。
 とたんに掌を抓られたが、快斗は気にすることなく背後から華奢な身体を抱きしめた。

「おい、なにしやがる」
「ん?誰も見てないから大丈夫v」
「いや、見てるから……」

 頬を擦り寄せながらそう言う快斗だったが、新一はそう思っていない。
 先ほどから複数の視線を感じている。
 それは快斗も知っているはずなのに…と思いながら、彼は溜息混じりに呟いた。
 しかし、快斗は大丈夫だからと断言する。

「俺の帽子かぶれば、誰も工藤新一だって気づかないって」
「…絶対だな」
「俺が新一に嘘吐いたことあったか?」
「……ない」
「だろ?いいから、俺の腕の中で大人しくしてなさい」

 快斗の言葉に唇を尖らせる新一だったが、彼は大人しく快斗に身を任せた。
 自分がかぶっていた帽子をかぶせてやると、少しだけ安堵したらしい。
 しかし、未だに周囲の視線が気になっているようだ。

(周りのヤツらが新一を見てるのは、女の子だと思ってるからなんだけどねぇ…)

 快斗は苦笑を浮かべながら内心で呟く。
 今日の新一の服装はユニセックスなものばかりなので、周りの人たちは新一が女の子だと誤解していた。
 彼の服を選んだのは快斗は、思わぬ誤解にほくほく顔だ。
 堂々と人前でいちゃつけると歓喜しながら、薄い肩に顎をのせる。
 …と、小さな音が耳に届いた。
 少しして大きな音が響き、夜空に大輪の華が咲く。

「あ!始まったよ!」
「やっとかよ」
「うわぁ…綺麗ですねぇ!」
「本当、綺麗だわ」

 子供たちが立ち上がり、歓喜の声をあげた。
 花火はどんどん打ち上げられ、そのたびに観客から感嘆の声が零れる。
 それは新一と快斗も同じだった。

「綺麗…」
「ああ。でも、新一の方が綺麗だ」
「……馬鹿////」

 快斗が耳元で囁くと、新一の耳朶と頬が赤く染まった。
 彼が言うとおり、空を彩る花火はとても綺麗だけど。
 それを見上げる新一の方が何倍も綺麗だ。

(ちょっとは自分の容姿を自覚してほしいんだけどねぇ……)

 もともと天然で色恋沙汰に鈍い新一は、自分に向けられる好意にはひどく鈍かった。
 だから、自分の容姿が及ぼす影響をまったく理解することができないでいる。
 快斗がどんなに注意しても、そんなことあるわけないだろ?と苦笑するばかり。
 注意する相手が灰原に変わっても、彼の態度は変わらなかった。

(まあ、そんなところも好きなんだけど)

 内心でひとりごちながら、快斗は新一の肩に顎をのせたまま彼の横顔を見つめた。
 花火に照らされた彼の表情は、とても楽しそうで。
 知らず快斗の口元に笑みが浮かぶ。
 すると、その笑みに気づいた新一がジト目で睨みつけてきた。

「なに人の顔ばっか見てンだよ。花火を見ろ、花火を」
「ちゃんと見てるよ?」
「嘘吐くな」
「バレたか」
「バレバレじゃねぇかよ」
「じゃあさ、バレたついでに――――」
「ついで?…ちょっ、かぃ…んっ…」

 ついでってなんだ?と不思議がる新一の顎を掬い、快斗は背後から彼の唇を塞いだ。
 しかし、無理な体勢からのキスは新一にとって辛いもの。
 快斗はすぐに唇を離し、恋人の身体を反転させた。
 自分と向かい合うような格好にさせると、再び唇を塞ぐ。
 最初は抵抗していた新一だったが、次第に身体の力が抜けていき、彼の腕が快斗の首に回された。

「…ふぁ…っ…、ん…っ…」

 貪るような口づけに蕩けていく新一の顔は、とても色っぽい。
 これ以上キスを続けると自分がヤバくなってしまうので、快斗は名残惜しげに唇を離した。
 とろりと潤んだ蒼の双眸が快斗を見上げてくる。

「愛してるよ、新一」
「…ん。俺も、快斗のこと愛してる…」
「ありがとv花火見よっか」

 こくりと頷く恋人に破顔しながら、快斗は邪魔してごめんな?と謝る。
 花火を見上げる新一に欲情してしまい、思わずキスをしてしまったけれど。
 彼は小さく頭を振っただけで、文句を言うことはなかった。
 華奢な身体を反転させて、先ほどと同じ体勢に戻す。

「今度は2人きりで見ようね?」
「…そうだな」

 近頃お互いに忙しくてすれ違うばかりだったから。
 次の花火は、2人だけでゆっくりと堪能しよう。
 快斗は新一の右手を掴むと、掌にそっと唇を押し当てた。
 それは約束を守るという証。
 この仕草で交わした約束は、今まで一度も破られたことはない。
 だから新一は、安心して頷くことができるのだ。

「快斗」
「ん?」
「約束を守ってくれてありがとう」

 花火を見上げながら小さく呟かれた言葉。
 大きな音によってかき消されたそれは、ちゃんと快斗の耳に届いていた。
 彼は恋人を抱きしめている腕に力を込めると、耳元に唇を寄せた。
 そうして、当たり前だろう、と囁く。
 新一が口にした『約束』とは、彼らが初めて交わした約束のこと。

「これからもずっと守り続けるからな」
「ん…」

 連続して打ち上がる花火は、あの日とまったく変わっていない。
 2人は夜空に咲き誇る大輪の華を見上げながら、この光景が変わらないことを願った。




 生涯守られていく約束。
 13年前にこの場所で交わされたそれは――――










TOP

「Blue of heavens」の夏岐志乃香さまより頂きました、暑中見舞いの小説で御座いますvv
風流ですねえ。花火を前にいちゃつくばかっぷる(笑)
らぶらぶな二人を久しく書いていなかったので、飢えていたところにこのらぶっぷり!
なんともオイシイお話をどうも有り難う御座いました(*´∀`*)
子供たちがいてもイマイチ抑え切れてない快斗が新一と二人っきりで花火なんて見に行ったら
どんなことになるのやら…。
照れ屋な新ちゃんもステキですが、素直な新ちゃんにやっぱり萌えvv
志乃香さん、どうも有り難う御座いました!!





M's Gallery
素材をお借りしましたv