「父さん、母さん。…行ってくるよ。」



いつまで掛かるか分からないけれど。

けれど必ず、必ずやり遂げて見せるから。

だから此処で見守っていて。












+水に眠る+

















木漏れ日の差し込む穏やかな森の中。



方膝を付き瞳を閉じていた少年はゆっくりとその眼を開けた。

それは吸い込まれそうなほど綺麗な蒼い瞳だった。




ここは自分達一族以外、誰も知る事がない聖なる森。




だが、そこにはこの少年以外誰も居なかった。

あるのは手入れの行き届いたお墓のみ。



少年は立ち上がり石櫃の上に置かれた一本の剣を掴んだ。

それは少年の父親の唯一の形見であり代々家宝の名刀。

少年は剣を鞘から抜きその綺麗な刀身をじっと見つめた。

曇り一つない名刀。




風がそよぐ。




少年はその剣を鞘に収め背中に背負った。

そして振り向く事無く歩き出した。

その顔は固い決意をした時の顔。



少年は鏡のような湖の前に立った。

水面には辺りの風景が反射して映っている。

湖の向こうにも世界が広がっているように見える。

そして少年の姿は湖の中に消えた。



そしてそこには何も無かったかのように静寂が包み込んだ。

ただ、木の葉を揺らす穏やかな風が吹いていた。













****************

















走る。





走る。





走る。





逃げ切れないと分かりながらもひたすらに走る。





辺りに自分の靴の音と息遣いが反響する。






そして後ろから自分を追い詰めるゆっくりとした足音も。







だが、遂に逃げ場を失ってしまった。

そこは袋小路。





「もう、逃げられねぇぜ。」



突きつけられた長剣に背を壁に付けた。



「…さっさと、殺せ。」



男は荒い息を整えながらそう紡いだ。

片方だけが取れた瞳は月に照らされ青く輝いている。

それはえセラの一族の証。

きっと自分は一族の皆と同様に狩られるのだろう。

この、男に。

だが、自然と恐怖は感じなかった。

否、ただ感覚が麻痺してしまっただけで感じれなかったのかもしれない。



「<蒼>は何処にいる?」



まるで冷水を浴びせられたようにだった。

男は自然、目付きが鋭くなる。


(…工藤家、最後の生き残りの事か…!)



かつてセラの一族を統括していた家、それが工藤家だ。

蒼い瞳は工藤家の純血たる血を引く証。

だが、それもいまではたった一人になってしまった。

この男とその部下達が狩りに来た時に工藤家の人々は最後まで争い皆、命を落としてしまった。

小さかった彼を除いて。

彼は生きていたら今年、16歳。

一族の風習では成人の儀を行う年である。

脳裏に浮かぶのは花が綻ぶような笑顔を浮かべた一族の中で一番鮮やかな蒼の瞳をした子供。

ここに居なくて本当によかったと思える。

あの子だけは生き抜いて欲しいと切実に願うから。

…たとえ、自分が死のうとも。



「知らないな。」



そして最後までセラの一族として誇り高くありたかった。



「…そうか。」



長い髪をなびかせた男はそう短く呟くと何の戸惑いもなく剣を振り上げた。





生きて――――。





悲鳴が辺りに木霊する。

そして男は動かなくなった。

もう片方の瞳のコンタクトが取れた。

月の光を吸収したような鮮やかな青。

男は唇の端を歪めて笑った。

そしてその瞳を―――――。







そして男が立ち去った後には血の海と化した中央に横たわる男の死体だけが残された。

その両目には瞳が無かった……。











*************










「楽勝、楽勝♪」



時価数億というビックジュエルをまるで石ころみたいに扱う白い怪盗。



「キッド〜!今日こそ逮捕してやる〜!!」
「おや、中森警部。こんばんわ。」



いつも無駄な努力ご苦労様ですね。



「なにぃ〜!」
「そんな警部にプレゼントを差し上げましょう!」



キッドがパチン、と指を鳴らすと一瞬にして風船によって埋め尽くされてしまった。



「け、警部〜!何も見えません〜!」



ご丁寧にも全てキッドのロゴ入りである。

…余ほどの暇人なのだろうか。

まぁ、そんな疑問は置いとくとして。



視界も全て遮られた隙にキッドの姿は跡形も無く消えていた。

中森警部と警官達はまたしてもキッド確保に失敗したのだった。

残されたのは人をおちょくったような、…いや、確実におちょくっているであろうカードのみ。



『元老院の皆さんによろしくお伝え下さいv』



警部のこめかみの血管は今にも音を立てて切れそうだ。

警官達も我が身が可愛いゆえ近寄るに近寄れない。



「おのれキッドめ〜!」



この社会は元老院の決定によって全てが決められる。

それがいかに理不尽な事でも。

元老院の命は絶対なのだ。

なので民衆達からは唯一対逆らう事の抗出来るキッドは人気者なのであった。

遠巻きにそれを見ていたギャラリィーは拍手喝采。

これも中森警部の怒りを増長さしている原因の一つ。

カードも握り締め新たな闘志を燃やしている警部に警官達は途方に暮れるのであった。

だからそっと一人の警官が抜け出したのに気が付かなかった。




「今日も楽だったな〜。」



そう言って人通りの少ない所で警官の扮装を解いたキッドは路地に入った。

そして月が隠れていない事を確認して今日の獲物を取り出した。

だが、目当ての赤い光は見えない。



「これもハズレ。」



一瞬の内に宝石を消してしまうと帰路につく為に足を踏み出した。

そして見えきた我が家に欠伸を一つ吐いた。

ここ数日まともに睡眠を取らなかった所為でここにきて一気に眠気が襲いくる。

今日は心行くまで惰眠を貪ろうと決意した。

が、天は彼に休息を与えなかったらしい。

家の前にはうつ伏せに倒れている少女の姿があった。

このまま見て見ぬ振りは出来なにので近付いて様子を見た。



「……お〜い、大丈夫か?」



一応外傷らしきものは見当たらなかったので声を掛けた。

すると少女が薄っすらと瞳を開ける。



「大丈夫か?今、人呼んでやるから。」



しゃがみ込んでそういうとその少女は袖を引っ張った。

弱弱しくも首を振る。

そして音も無く呟いた。



『……ヨ・バ…ナ…イ、デ…』



そう言うと少女はまた意識を手放してしまった。

未だ握られている服の袖。

キッドはため息を吐いた。



「呼ばないで、か。…まったく妙こっちは眠いっていうのに妙なものに捕まったな。」



そう愚痴ても結局はこの少女を見捨てる事が出来ないのだ。

再度、軽く溜息を吐くとキッドは少女を抱き上げ、ようやく家に入った。




既に時刻は夜が明け始めていた。















「…此処、は?」



目が覚めた見ると知らない家。

慌てて飛び起きるとはらりと折り畳まれたタオルが落ちた。

それを見てそのタオルが自分の額に置かれていた事に気付いた。

頭が混乱していてうまく事情が飲み込まれない。

額に手をやり昨日の記憶を呼び覚ます。

確か自分は奴等の目を盗んで何とか逃亡してきて、それから…。



「あ、気が付いた?」



いきなりの声に驚いて目を向ければそこには洗面器と新聞を抱えた青年の姿。



「…?」
「ビックリしちゃったよ。何せ俺んちの前で倒れてるんだもん。人を呼ぶにも拒否されちゃったししょうがないから俺の家まで運んだんだ。」



だから此処は俺の部屋。

安心していいよ。


その言葉に少女は安心した。

奴等に捕まった訳ではないと言う事に。

そして青年は新聞と洗面器を脇に置いた。

少女は呆然と青年の動きを目で追っている。

だが、その眼が新聞を見ると少女はまるで氷の様に動きを止めた。

その体は異様に震え顔は青ざめている。

青年は新聞の記事を一瞥して少女を見つめた。



「…助けてくれてありがとう。直ぐに此処を出て行くわ。」



少女は無理に声を絞り出すとベットからでて足を下ろした。

だが青年が慌てた様に駆け寄り少女をまた寝かしつけた。



「何言ってんの。熱もまだ下がってもないのに。」
「いいの。これ以上貴方を危険に巻き込みたくはないの。」
「…それはこの記事に関係する事?」



そう言って見せたのはさっきの記事。

両目が抉られた男の死体が今朝発見されたという惨い事件。

少女は俯き表情が伺えない。



「話せられない?」



少女はゆるゆると首を振った。

そして顔を上げる。

そこには不安と葛藤と恐怖と…色々な感情が浮かんでいた。

青年はこの事件に関係していると言うけれどコレを知ってしまえば彼が危険に晒される。

青年はそれを読み取ったのかこう言った。



「俺は裏の顔も持っているんだ。」



だから危険には慣れている。



「でも…!」



青年はその言葉を遮った。

そして宙で手の平を返した。

するとそこにはクローバーの飾りが付いたモノクルが収まっていた。

驚きで声が出ない。

青年はソレを付けるとこう言った。



「それが<私>でも?」
「怪盗、キッド…。」



その声に満足げに微笑むと青年は口調を戻した。

そして出来るだけ優しい声で言った。



「それに何か助けが出来るかもしれない。だから、話して?」



いまさら放り出せるほど俺は非情でもないしね。

それに俺はもう関わちゃってるから。


そう言って窓の方を見る。

ここからは少し遠いが黒い服を着た何人がこそこそと何かを探し回っているのが見えた。

青年は少女を見つめる。

そして少女は諦めた様に一つ一つ話し始めた。



「私の名前は哀。私は、…<黒>に属していたの。」



キッドの目が大きく見開かれる。

<黒>、それは目的の為には手段を選ばない非情な闇の集団。

少女はそこから逃げてきたというのだ。



「奴等はこの裏切り者を探しているわ。」



窓の外を見て言う。

捕まれば死という制裁が待っている。



「わかったでしょう?いくら怪盗さんでもこればかりは無理よ。」



哀は自嘲気味にそう言った。

だが、青年は笑った。



「詳しく、話してくれるかな。」
「あなた…!」
「…俺も<黒>には恨みを持つ一人でね。奴等に関する事はどんな事でも知っておきたいんだ。」



ここで哀はようやくこの青年が決して笑っているのではないと理解した。

その瞳には身も凍る様な冷たい炎が宿っていたのだから。



「…もう、どうなっても知らないわよ。」



こう前置きして哀は全てを話し始めた。





そして全てを聞き終えた青年はある所に予告状を出した。




















その犯行はいつもと変わりは無かった。

だが、その逃走経路を走っている途中、異様な血臭に足を止めた。

眉を顰めて暗い路地に入る。



そこにはむせ返る様な血の匂いと死体があった。

おびただしいまでの血の海。

そしてその中央に横たわる両目が抉られた不気味な死体。



「マジかよ…。」



キッドは己の不運を嘆いた。

目的の人物は既に殺されていたのだから。



哀から聞いた話にはこんな話もあったのだ。

世界には青い目をしたある一族が居る。

その眼は非情に希少価値が高く、一族は法で守られていた。

だが、それを<黒>は狩った。

その瞳は闇では数億という単位で売れるのだから。

ちりじりになったその一族は世界中に散らばり、そして未だ<黒>によって狩られ続けている、と。



そして哀の情報ではこの街にはあと一人だけその一族の生き残りが居るとの事だった。

そして<黒>は近々その人物を狩る予定だという事も。

だからキッドは態々その人物と逢う為に予告状を送った。

これは唯一<黒>との接触する機会なのだから。

だが、実際は遅かった。



キッドはしょうがなくどこからともなく取り出した黒い布をそれに被せてやった。

そして無線で警察に連絡しようとした瞬間、キッドは素早くその場を離れた。

無線がその場に転がる。

キッドが居た場所には剣を握った人が立っていた。

そう、彼がいきなり現れ、切り付けてきたのだ。

だが、その顔は月が雲に隠れてしまった為によく見えない。



「…間に合わなかったのか……。」



小さく呟く。

彼は死体に目をやると酷く悲しげに瞳を揺らした。

そしてキッドが声を掛ける前にキッと鋭く睨み付けてきた。

彼は無言で剣を握り直す。

そして襲い掛かってきた。



「ちょっと、待っ!」



紙一重で躱していく。



(おいおい、一体何なんだよ!)



「待てって!人の話を聞け!」
「うるさいっ!」
「お前絶対何か勘違いしてるって!殺ったのは俺じゃない!」



だがその言葉は無意味に終わる。

なおも攻防が続く中、一つの声が響いた。



「待って!彼じゃないの!」



暗がりから飛び出してきたのは哀。

そしてキッドを庇う様に前に飛び出た。

少年は目の前に立ち塞がる少女に戸惑い剣を止めた。



「哀!」
「彼じゃないの!」




年は哀の首に剣先を突き出した。

鋭い目が射抜く。

だが、哀に怯む様子はない。



辺りに沈黙が立ち込めた。



そして少年はふ、と息を吐くとゆっくりと剣を下ろした。




哀は張り詰めていた息を吐いた。



「…もう一度確認するがアレはお前じゃないんだな?」
「断固として違う。」
「…そうか。すまなかったな、勘違いをしていた様だ。」
「何故、こんな事を?」



月が顔を出す。

そして照らし出されて顔の輪郭がはっきりとする。

白い陶器のような肌。



(綺麗な顔だな…。)



向けられた視線に少年が無言で片方の瞳に手をやった。

コンタクトが外される。

そして雲に隠れていた月が顔を見せた事で瞳の色が露になる。

それは吸い込まれそうな程綺麗な蒼。



「俺はセラの一族の生き残りだ。」



それを見て哀が息を呑みぽつりと呟いた。



「<蒼>……。」



その言葉に少年は瞳を大きく見開いた。



「何故、それを……。」
「私は……<黒>の一員だったの。」



そして更に見開かれる。

キッドが首を傾げた。



「<蒼>ってどういう事だ?」






「それは俺が教えてやろう。」






と、暗がりから他の声が答えた。

三人に緊張が走る。

こつこつ、と足音を響かせてそいつは姿を現した。



「ジン…!」
「ようやく見つけたぞ、<蒼>。そして哀。」



少年が剣を抜く。



「ジン!」
「久しぶりだな。工藤家最後の生き残りよ。」



「工藤家の人間……。」



呆然と呟く哀の声にジンが低く笑った。



「<蒼>とはセラ一族を統括していた工藤家の事を指す言葉。その瞳は蒼く純血にしか見い出せない。」
「そう。そして…コイツに皆殺しにされた!」



少年がジンに飛び掛る。

だが軽く弾かれ間合いをとる。



「そう焦るな。…それにしても奇遇な事だ。関わり合いのある者達がこうも集うとはな。」



なぁ、二代目キッド?



キッドはキッと見据える。



「やはりお前か…!先代を殺したのは!!」
「そうだ。先代のキッドはパンドラを見付けるのに邪魔だった。それに俺達の事を色々と嗅ぎ回ってたしな。」



キッドがトランプ銃を構える。

ジンが長剣を取り出した。

二人が間合いを計る。

そして一斉に動いた。

激しい金属音とトランプが壁に刺さる音が絶え間なく続く。

哀は未だ呆然としている。

その間に二人は傷を負っていく。

そしてジンも然り。

だが圧倒的にジンの方が優勢だった。



素早く体制を立て直して相手の懐に飛び込んでいく。

だが、それを見切っていたように逆に交わされ剣を突き出される。

走る激痛。

寸での所で身を引いたが足に刺さってしまった。

よろめいて座り込んでしまう。

衣服が血で濡れて行く。

ジンが薄く笑い剣を振り上げた。



「危ない!」



キッドが少年を庇う形で突き飛ばした。

そして変わりに肩に傷を受けた。

片手で抑えるがどんどん出血していく。

白い服がみるみるうちに赤く染まった。




そして遂に追い詰められた。




「哀、今の内ならまだ歓迎するぜ?」



ジンが二人に剣を向けたまま問う。

哀はジンと二人を相互に見た。

これ以上の出血は生命の危機に関わる。



「哀。」



ジンがもう一度呼びかけた。

そして哀はよろよろとした足取りでジンの所へ向かった。



「いい子だ。哀、もう一度黒に戻る事を許す代わりにお前の手でこの二人を殺せ。」



そう言って渡されたのは拳銃。

哀は手の中のそれを見つめ構えた。



「哀…。」
「ごめんなさい。これも仕方ないの。」



そう言って哀は引き金を引いた。

……後ろに向かって。



「かはっ!」



それはジンの胸を貫通した。



「あんな所になんか戻らないわ。」
「…やっ…て……くれ、る…。」



ジンは崩れ落ちた。



そして哀は拳銃を投げ捨て二人に駆け寄った。



「大丈夫!?」
「やる事が大胆だな。」
「…本当だ。」



二人は顔を見合わせて笑う。



(ああ、やっぱり綺麗だな。)



哀が袖を引き裂いて止血していく。

そしてなんとか立ち上がるとキッドは聞いた。




「なぁ、名前は?」



少年は一瞬きょとんとすると笑った。



「俺は工藤新一だよ。…お前は?怪盗キッドにも名前はあるんだろう?」
「ああ。…黒羽快斗だ。」
「じゃあ、君は?」



新一が哀にそう聞いた。

哀は自分が聞かれるなんて思いもしなかったので驚愕した。



「灰原…、哀よ。」
「とにかく俺の家にでもいかないか?」



キッドのその提案で二人は一も二もなく頷いた。









長い夜が終わりを告げた。












************












「で、これからどうするんだ?」



ようやく傷の手当てや休息を取り落ち着いた頃に快斗は聞いた。



「もちろん、<黒>の壊滅をしにいく。」
「そういうと思った。俺も一緒に行くから。」
「私もよ。」



三人はお互いにニッと笑った。



「これで決定だな。」
「ええ。」
「じゃあ、まずお互いの事からだね。」
「長くなるぞ。」
「お互い様だよ。」




そう言って三人は笑い合うのだった。






まだまだ始まったばかり。





先は長いのだから。












END.



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[ Traum ] の水帆さまから素敵なフリー小説を頂いて来てしまいました〜vv
もう、水帆さまの書かれる小説は、パラレル設定からしてドツボ(?)に嵌ってしまいます。
主人公最愛主義の私には、人気者(ちよっと違う)な新ちゃんで嬉しい限りですv
続きは?続きは??と、ごっつ気になる展開です。
お持ち帰りの許可、有り難う御座います♪
有り難う御座いました(><)




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