「ようやく至上の<蒼>がこの手に入る。」



男は楽しそうに笑った。

背後には目立たぬ様立っている部下。

それに男は振り返った。



「今から20分以内に厳戒態勢をとらせろ。」



異議は許さない声。

命を受けた男は軽く頭を下げて無言の内に部屋を出た。

男は唇の端を吊り上げる。



「もう逃がさないよ?」



そして狂気の笑みを敷いた。












+水に眠る+

















快斗が手で指示を出す。

新一と哀は頷いて背を預けていた壁から離れた。

三人の服は既に所々破けたり焦げたりしていた。

そして至る所に血が滲んでいる。

途端一層激しくなる銃声音。

この時代によくここまで揃えたものだと感心したくなる。

しかし慣れぬモノを使っている所為もあって動きに無駄が出来る。

それが狙い目ともなった。

新一は素早く剣で数人を蹴散らした。

快斗と哀もその後に続く。





古びた地図やら道具やらが散らばった部屋。

薄暗い部屋の光源は小さなランプと時折雲の切れ間から差し込む月の光だけだった。

新一は窓際に。

哀はベッドの上に。

快斗は机に凭れ掛かるように。

三人は思い思いの所へ腰掛けている。



「哀ちゃんの<理由>って何?」
「……っ。」



途端哀の瞳に悲しみが灯った。

無意識の内に手を強く握っている。

快斗は失言だったか、と額に手を当てた。

溜息を吐いて新一はそっと話し掛けた。



「嫌なら無理して話す必要はないぞ?」



しかし哀は首を振った。



「……姉が、居たの。」



ぽつりと言葉が出た。



「たった一人の肉親だったわ。」



言葉は一旦出るととめどなく滑り落ちる。



「姉は<黒>に捕われた私を助け出そうとしていたの。」



顔を上げた。



「…でも、殺されてしまったわ。」



私の所為でね。

自嘲気味に話すその姿に新一はそっと手を伸ばした。

そしてゆっくりと哀を抱き上げて膝の上に乗せた。

その行動に何故か憮然とした顔の快斗が横目に入ったがこちらを優先した。

哀は目を白黒させている。

新一は落ち着くように優しく頭を撫でた。

その優雅な手つきに哀は無意識の内に強張らせていた肩の力をそっと抜いた。

少しは落ち着いたようだ。



「私だけ話すのは不公平じゃない?」



哀のその言葉に快斗は笑った。



「もちろん、俺の<理由>も話すよ♪」



新一も頷いた。





迷路のような道にやがて最奥の扉が見える。

しかしその手前で一人が壁にあったボタンを押した。

それに気付いた快斗は応戦していた新一の腕を掴んだ。

シャッターが降りる。

新一は目を見開いたが哀を抱き上げて後ろを顧みる事無く走った。

新一の行動に瞠目したが哀はポケットを弄った。

片手に収まる手榴弾。

口でそのピンを外し迷う事無く放り投げた。

既にシャッターは三分の二も降りてきている。

手榴弾はその間を通って敵地へ投げ込まれる。

彼らの顔が青ざめた。

爆発する瞬間二人は滑り込むようにその隙間を通った。


ガシャンっっ!!


シャッターが閉まる音と共に爆発音が響いた。



「よくそんなの持ってたね。」



静まり返った空間に声が反響する。

床に座りこんだまま快斗は笑った。



「逃げる時に色々かっぱらってきたのよ。」



それに一瞥くれただけで哀は平然といった。



「本部はこの先よ。」



その言葉に二人は眼光を強くした。







「じゃ、次は俺だね。」



軽いノリで快斗はそう言った。



「俺は二代目の怪盗キッドなんだ。いや、レプリカと言った方がいいかな?」



快斗は軽く瞳を閉じた。



「初代はね、パンドラっていう曰くつきの宝石を探してたんだ。」
「パンドラ……。」



哀は聞き覚えがあったのかそう呟いた。

新一は首を傾げた。



「どんな宝石なんだ?」
「月に翳す中に紅い包容物が見えそしてその雫を飲むと永遠をもたらすといわれている。」
「そんなモノは実在するのか?」
「…さぁ?」



眉唾ものだから俺も半信半疑だけどね。



「なんで初代はそれを?」
「…多分、砕きたかったんじゃないかな。」



その狂気を。



「でも<黒>はそれも探してた。…だから邪魔な親父は殺害されたよ。」



事故を装ってね。

閉じた瞳が開かれる。

そこには暗い炎が宿っていた。

二人の背にぞくりとしたものが走った。

しかしそれは数瞬の内に掻き消された。



「これが俺の<理由>♪」








しかし哀はじっと扉を見たまま動かない。

深く息を吐いて起き上がった新一は首を傾げた。



「どうかしたのか?」
「あの扉はパスワードが必要なの。」
「入れないのか?」
「…暗号が変わってなかったら。」



脱走騒ぎで変えられた可能性が高いの。



「う〜ん、駄目元で入れてみない?」



案外開くかもよ。

人差し指で扉を指しながら快斗は言った。

哀は逡巡して新一を見上げた。



「…どちらにしても退路は絶たれてるし入れるだけ入れようぜ?」



後ろを振り返った新一はそう言った。

確かに退路は絶たれている。

それに今はシャッターが閉まってるからいいもののいつ奴等が駆け込んでくるか分からない。

哀は頷いて扉まで歩いた。

細い指がボタンを押していく。

エンターボタンを押す。

Pi、Pi、Pi、Pi、……。

機械による照合が開始された。

決して長くはない時間。

しかし何故か哀にはそれが長く感じられた。

PiPiッッ!!

軽い電子音と共に鍵が開かれた音。

その音に三人は顔を見合わせた。



「……うっそぉ〜。」



警戒して恐る恐る扉を開けた。

壁に背をつけて様子を窺うが何の気配や変化もない。

ひゅう、と風が通る。

目の前にはコンクリートの薄暗い螺旋階段が続いていた。



「………罠?」



そう思う程に此処には何の気配も感じられなかった。







「後は俺だけだな。」



新一は静かに切り出した。



「二人も知っての通り俺はセラの一族の族長、工藤家の生き残りだよ。」



窓の外に目をやる。

コンタクトを取っている為に月に照らされ瞳が蒼く輝く。



「…俺は<黒>が狩りに来た時、丁度村を出ていたんだ。」



気付いた時にはもう手遅れだった。



「燃えている村を見て来た道を必至に戻ったよ。」



当時の事を思い出しているのかその瞳は何も映してはいない。



「そして燃え盛る村の中でジンを見つけた。」



その足元に血を流して崩れ落ちた両親と共にね。

二人共掛ける言葉もなく静かに聞き入る。



「我を忘れてあいつに飛び掛ったけれど殺される寸前で俺は一族の生き残りに助けられた。」



月が隠れた。

新一は顔をこちらに戻した。



「俺は一族の間でいう<聖なる森>っていう所に匿われたよ。」
「…それで、どうしたの?」
「…ようやく出れた時にはもう奴らは去った後。村には瞳が抉られた死体だけが残ってたよ。」



それはあまりにも残酷で。

今此処に正常で居られる事が奇跡に近い。



「一緒に来ないか、って誘われたけど俺はついて行かなかった。」
「…なんで?」
「誓ったんだ。」



埋葬された両親の墓の前で。



「…復讐は復讐しか生まないって分かってはいたけどこの手で全てを終わらせたい。」



その誓いのお陰で俺は自分を保っていたのかもしれない。

目を伏せて話すその儚げな姿。

彼の闇は自分達よりも深い所にあるかもしれない。

快斗は気がついたら新一を腕の中に閉じ込めていた。



「え?な、何?」



慌てる様が可愛くて。

される事にはなれていない事に快斗は小さく笑った。

哀が溜息を吐いた。







三人の足音だけがやけに大きく響く。

下から吹き上げる風。

筒状の壁に設けられた螺旋階段の為中央には大きく空間が開いていた。

手すりなどは一切ない。

下は暗すぎて何も見えない。

三人共簡単に傷の手当てを始める。



「初代キッドを殺害された者、一族をほぼ皆殺し状態にされた者、肉親を殺された者。よくもまぁ、同じ恨みを持った者達が集まったものね。」



この長い階段を何事もなくただ降りるだけなのに不信感が募っていく。

そう思ったのか哀は話題を振った。



「類は友を呼ぶって言うし?」



それに気付いた快斗はわざと明るく言った。

新一が顔を顰める。



「…なんかこいつにそう言われると癪だな。」
「そうね。」



迷う事無く同意する哀。



「……なんで?」



応急処置をしていた手が止まる。

イジメだー!と叫ぶ快斗に二人は笑った。







「さて、これからどうする?」
「今すぐ奴らの本拠地に乗り込んで壊滅させる。」



間髪居れずに返される答え。

はっきりとした口調に迷いはない。



「だな。」



真剣な瞳を返す新一に快斗はこっそりと苦笑いした。

この瞳に写るだけで歓喜している自分がいる。



「快斗?」



快斗が笑う気配を感じたのか新一はちょこんと首を傾げた。

その姿の可愛いこと。

快斗は一瞬目の前がクラッときた事を自覚した。

再度抱き締めたくなる衝動に駆られる。



(あ〜も〜、なんでこの人はこんなに可愛いかなー!!)



哀の手前ぐっとそれを堪えた。

いや、彼女はもう分かっているかもしれないが。



「行くのなら出来るだけ早くの方がいいわ。ジンの代わりが居ない今がチャンス。」



この機会を逃したらもう次はない。



「いいのか?」



新一が問う。

哀は首を傾げた。

どういった問いだろう?



「あそこからやっと逃げて来れたんだろう?…戻りたくはないんじゃないか?」



哀は緩く首を振った。



「確かにもう二度とあそこには戻りたくないわ。……けれど決着を着けたいの。」



他ならぬ私の手で。

瞳がそれを雄弁に語っている。



「貴方達もいいのかしら?」



見定める様な目付きで二人を見る。

それに二人はきょとんとし次いで不適に笑った。



「今更だね。」
「俺たちは後戻りの出来ない所まで踏み込んでるよ。」



戻りたいとも思わないけど、と付け加える。

哀は二人を見てゆっくりと口を開いた。



「……貴方達を案内するわ。…闇の、巣窟へ。」







「……此処で行き止まり、か。」



螺旋階段の最下層部。

しかし最後の最後まで誰一人として出会う事はなかった。

目の前にはランプの仄かな光によって鈍い光を反射する鉄の扉。

威圧感さえ感じられる。

もう不信感は確信に繋がった。



「……快斗。」



小さく呟かれた声はそれでも辺りに反響して聞こえてくる。

快斗は無言で頷いた。



「どうやら謀られたようね。」



哀が忌々しげに舌打ちした。

薄々分かっていたとはいえ進むしかなかった事に苛立ちを覚える。

狡猾な指揮官だ。

組織の中にジン程に優れた人材がいたのだろうか?

扉の向こうからは上とは比べ物にならない程の殺気をひしひしと感じる。



「どうする?」



先方には俺たちの行動は筒抜け。

剣を抜きながら新一は問うた。



「どうするって聞かれてもご招待を受けちゃったからには行かなくちゃね。」



茶化していっているが瞳は真剣そのもの。



「…行くっきゃねーって事か。」



蒼い瞳が細められる。

そしてそれは扉へと向けられた。

三人同時に扉へと近寄った。



『ようこそ、キッドに科学者さん。……そして新一。』



唐突に声が聞こえる。

扉の前に設置されたスピーカーから声がしている。

親しげに呼ばれた名前。

新一は眉を顰めた。



『覚えているだろう?僕だよ、新一。』



新一の目がそれ以上ないという程大きく見開かれた。

その声には聞き覚えがあった。

二人は驚愕を露にする新一を見つめた。



「まも、る……。」



小さく小さく零れ落ちる名前。







「ねぇ、一つ聞いていいかしら?」



新一の<理由>を聞き終えた哀が口を開いた。

離す離さないで揉めている二人の動きが止まった。

新一は抵抗を止めて無言で先を促した。



「何故、セラの一族は居場所が露見したの?貴方達は外部との交信を一切の断って暮らしていたのでしょう?」



警戒心の高い彼らは徹底していた筈。



「そうだよ……。」



新一の瞳が悲しみの色に染まる。



「……背信者だよ。」



快斗は腕の力を強めた。



「つまり、私欲の為に外部と連絡を取って陥れた者が居た、という事か。」
「…誰も気付かなかった。」
「その人は今どうしてるの?」



その問いに新一は唇を噛み締めて首を振った。



「今でさえ誰がそうだったのか分からない……。」



誰も声を出せなかった。







「……これが、その…?」


家族を、一族を裏切り悪魔に魂を売った男。

そいつが今回の黒幕の正体だったというのか。

新一がぐっと手を握り締めた。



『正解。新一、暫く見ない間に綺麗になったね。』



そう、その蒼い瞳も。

うっとりと囁くような声。



『おいで、新一。』



その言葉に快斗は吼えた。



「ふざけるな!お前なんかにこいつを渡してたまるかよ!」
『それは君が決める事じゃない。二代目キッド君?』



すかさず返る声。



『今、君がこっちに来れば仲間の命も保証してあげないこともないよ?』



君一人の犠牲で他の二人は助かるかもしれないんだよ?

それは悪魔の囁き。



「新一!」
「工藤君!」



二人の声にも俯いて反応しない新一。



『新一。』





だが、……。





クスクスクス………。







肩を震わせて笑いだした新一にその場はしんとなった。

新一はゆっくりと顔を持ち上げた。

その顔には唇を持ち上げ不適な笑みを刻んだ堕天使。



「…快斗、哀。」



二人に視線を向ける。

二人はじっと新一を見つめる。

そして紅い唇は言葉を紡いだ。







「…………一緒に、死んでくれるか?」







その言葉に二人はふっと顔を緩めた。



「もちろん、喜んで。」
「当然でしょ?」



新一も笑う。



『……どういうことだ?新一。』




探るような声に新一はスピーカーに向き直った。

剣を握りなおす。

引き返すなら本当に此処が最後の砦だ。

此処から先は生きて帰って来れるという保障はない。

それでも、



「言葉通り決着を着けてやる。…覚悟しろよ?」



そして最後通告を放った。

言葉と同時にスピーカーを破壊する。

煙が立ち上る。

僅かな沈黙を生んだ。



「……ありがとう。」



新一は顔を持ち上げないまま呟いた。



「生きてまた、会おう。」



哀と快斗は顔を見合わせて微笑んだ。

一緒に死んでくれ、とは言ったけれどそれは共に在ろうという事。

もちろん、それは言わずとも二人には伝わっていた。

快斗はその言葉に唇を持ち上げた。



「誰に言ってんの?」



これでも世界をまたに翔ける大怪盗だぜ?



「当たり前よ。」



一呼吸置いて哀が口を開く。





「いきましょう。」





二人は力強く頷いた。

扉に手が掛けられる。

血の気が引いた顔。

それでも瞳は強い光を宿していた。



そして勢いよく扉は開かれた。

三人を目が眩む程の光と騒音が包み込む。




さぁ、ゲートは開かれた。




微笑む女神を振り向かせたのは、誰――――――?








END




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[ Traum ] の水帆さまより、一万打記念フリー小説を強奪してしまいました♪♪
一万ヒット、おめでとうございます。これからのご活躍も楽しみにしておりますv
そして、とても気になっていた「水に眠る」の続編(完結編)ということで、かなり面白かったです!
知り合って間もないのに、独占欲の強い快斗…vv
良いですね、愛ですねvv
そして哀ちゃん、格好いいです!ポケットに手榴弾を忍ばせている女の子…
出来れば敵に回したくないですね(笑)。
とっても素敵なお話を有り難う御座いました!




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