此処は誰にも見つからない<聖なる森>。



そして全てのモノが眠る<都>。



水の中を覗いてごらん?



きっと探しモノは見つかる筈だから……。












+水に眠る+

















「こっち!」



そう言って背中に剣を背負った蒼い目の少年は手を振った。

草木が生い茂った森の中。

気を抜けば迷いそうだ。



「新一、本当に此処で合ってるの?」



足元に気を付けながら前方を歩く少年に声を掛けた。

道無き道を歩いてかなりの時間が経つ。

些か不安に思うのも無理はないだろう。

しかし、少年、新一は歩みを止める事無く前に進んだ。



「あ、ちょっ、待てよ、新一!」



慌てて後を着いて行く。

そんな快斗に哀はちらりと振り返って呟いた。



「前方斜め左に要注意よ。」



特に貴方はね、黒羽君。

哀が静かに言った。

だが、その忠告も虚しく声が上がる。



「わっ!」



長く飛び出ている枝にぶつかり気を取れられて転倒してしまった。



「いてて……。」



頭上から溜息を吐く声が聞こえる。

ふ、と暗くなった視界に顔を上げた。



「何やってんだ?」



何時の間にやら戻ってきた新一が手を差し伸ばしていた。



「新一〜。」



嬉しいのやら悲しいのやら分からない表情を浮かべた快斗に新一は笑った。



「左眼の視力が落ちてんだからしょうがないだろう?」



あの戦いで傷を負った目は傷は治ったものの視力が一気に落ちてしまった。

まぁ、見えなくなるよりはマシだが。

故にキッドのモノクルに度を入れて物を見ている。

だから視界が狭くなるのは致し方ない。

それもあるけど…、と言い募る相手に新一首を傾げた。

そのやりとりを見ていた哀が意地悪く笑った。

だが、敢えてその理由を説明してやる必要もないと判断したのかただ傍観に徹している。



「さっさと行くぞ?」



差し出した手を更に伸ばす。

折角差し出された手を無駄にする事も出来ずそれを握るを立ち上がった。

だが、立ち上がった所で快斗は何かを思いついた様にニヤリと笑った。

また何かくだらない事でも思いついたのかしら、と哀は楽しそうに見ている。

新一の手をしっかりと握った快斗は嬉しそうにそのまま歩き出す。

慌てたのは新一。



「お、おい!」
「いーから、いーから。」




つられて新一も共に歩き出す。

だが、そんな抗議も聞いていないのか快斗は上機嫌に振り返った。



「だって俺横とかあんま注意出来ないから新一の手を握ってた方が安全だろ?」



そう言って指を絡める。



「だからって……。」
「俺が繋いでいたいからいーの!」



強引とも言うべき理由と態度に新一はもう何も言う気力がないのか勝手にしろとばかりに肩を落とした。

そんな新一の態度に満足したのか快斗はそのまま歩みを進めた。



「工藤君も甘いわね。」



横からそんな声が聞こえて新一は唇を尖らせた。



「じゃあ、どうしろっていうんだよ。」



ああなったらもう何を言っても無理だって知ってるなろ?

拗ねた様に言う新一に哀は内心微笑みながら冷たく言った。



「さぁ?」
「さぁ、って……;」
「新一、前見ないと危ないぜ。」



話を中断するように割り込んできた声。

腕を引っ張る様に注意を促す相手に新一は溜息を吐いて前を向いた。

先程転んでいた相手に言われるのは癪だが此処は本当に危ないので反論もしない。

哀は垣間見えた快斗の表情に小さく笑った。

面白くない、と顔に書いてある。

彼は気が付かないだろうが。

そう思って哀は再度小さく笑った。

その笑い声が聞こえたのか新一が不思議そうな顔をして振り返る。



「え?うわっ!」



だが、その行動が災いして足を引っ掛けた。

倒れそうになって思わず快斗の腕に縋った。



「ほら、言わんこっちゃない。」
「煩い。」



快斗の声は自分のことなど棚に上げてどこか嬉しそうに聞こえる。

新一は羞恥に僅かに頬を染めて上目遣いに睨んだ。

もちろん、それはそういった意味では効果を生まない。

逆に可愛いだけなのだが本人にその方面に至っては無知でなのである。

快斗は苦笑いした。



「ほら、そんなに可愛く睨まないの。」
「誰が可愛いって!?誰が!!」



快斗の言葉に過剰に反応をする新一。

快斗そんな新一の反応も愛しそうに見ている。

見ているこちらが胸焼けしそうな程優しい瞳で。

新一の頬が更に染まった。

構築されていく世界に哀は深く溜息を吐いた。



「工藤君、黒羽君、いちゃつくのなら他所でやって頂戴。」



そんな言葉に二人は実に対照的に反応した。



「な……っ!///」
「は〜いv」



新一は頬を染めたまま絶句している。

もう一方といえば絶句して口をパクパクさせている新一を可愛い〜vとのたまいながら見ている。



「灰原!」



と、ようやく立ち直ったのか新一は声を荒げた。

未だに顔が赤いのは直っていないが。

哀はふ、と小さく微笑みながら答えた。



「あら、気が付いてないのかしら?」



重症ね、と付け加える。



「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」



更に染まっていく赤い顔を誤魔化す様に新一は踵を返した。

快斗から手を取り戻しそのままずんずんと歩き始める。

だが、その表情を快斗が見逃す筈も無い。

クスクスと笑っている。



「哀ちゃん、あんまり新一いじめないでくれる?」



その言葉に哀が大袈裟に心外だという顔をした。



「あら、愛情表現よ。」
「…程ほどに頼むよ。」



楽しくてたまらないといった感じの哀に快斗は無駄だと思うがそう言った。



「黒羽君、そんな事よりいいのかしら?」
「え?」



彼、もう既に小さくしか見えなくなってるわよ。

指で指し示した先には今にも消えそうな程小さな背中。

快斗は慌てて駆け出した。

哀を抱き上げて。



「ちょっと、黒羽君!?」



慌てた様な哀の言葉に快斗は片目を瞑った。



「こっちの方が早いでしょ。」



そう言うなり駆けて行った。









**********









急な坂が終わりに近付いた時、新一が突然足を止めた。



「新一………?」



どうしたのかと名前を呼べば新一は顔を上げて快斗達を見た。

その瞳は少し哀しそうな色を宿していて。

だが、同時に何かを懐かしんでいる感じを受けた。

無言で足を進める。

そして振り返った。



「此処が、俺の育った<セラの村>だよ。」



生い茂った森を抜けた先、そこには光が広がっていた。







何十人もの人達が焼け焦げた木材の撤去や復元を測っていた。

賑やかな村は昔、此処で大量虐殺があったとは思えないほど活気があって。

時が流れ、というものを実感せずにはいられなかった。

人々が忙しなく動く中、一人の髪の長い少女がこちらの存在に気が付いた。

その青い目を見開いてこちらを凝視している。

大きく見開かれた少女の瞳から一粒の涙が零れた。

そして次の瞬間には手に持っていたバスケットを投げ出してこちらに駆けだした。

快斗と哀は何がなにやら訳がわからずただ、呆然と駆け寄ってくる少女を見た。

どうなってんの…?と口を開こうとした快斗の横を一陣の風が通り過ぎた。



「……蘭っ!!」



新一が少女の名らしきものを叫ぶと駆け出したのだった。

人目も気にせず両者はそのまま強くお互いを抱き絞めた。



「よかった…。無事、だったんだな…。」
「…よかった、じゃ、……ヒク、……ないでしょ…!」



嗚咽が交じった少女の声がする。

人々はいきなりの事に手を休めてそれを見つめた。

そして少年の姿をみて皆一様に驚愕した。



「…まさか…………新一、君……?」



一人がぽつりとそう呟いた。

それを切欠に皆は手に持った道具を置いて二人を囲む様に駆けて集まって行った。



「よくぞ、ご無事で…っ!」
「おかえりなさい!!」



それぞれが思い思いの事を口走る。

二人を取り囲む誰もが歓喜の色に染まっていた。

だが、それを見ていて次第にテンションが低くなって行く人物が此処に一人。

それに気付いた哀は失笑した。



「あら、面白くないって顔に書いてあるわよ。」
「気持ちは分かるけどさ〜、やっぱし新一は俺のだし?」



そろそろ俺達の事思いだしてくれないかな?

視線は色々な人に囲まれ時には手荒い歓迎も受ける人物に注いだままに紡ぐ。

彼が聞いたらさぞ憤慨しそうな発言。

その気持ちも理解出来なくもないが。



「確かにそろそろ私達の事思い出して貰いたいわね。」



少し大きめな声で言うと新一はあ、と快斗達を見返した。

新一は少し考えてから手招きをした。



「紹介するよ。で、こっちが俺の仲間の――――」
「初めまして、黒羽快斗です。」
「……灰原哀です。」



新一の口からでた言葉に周囲の人々は嬉しそうに笑った。

そして代表とでも言う様に一人の人が口を開いた。



「もちろん、君達も歓迎しよう!」



そう言って人々は二人を円の中心に入れた。



「此処にはどのくらい留まる予定なんだい?」



そう聞かれて新一は口を開いた。



「<森>に行きたいんですが…。」



それが終ったら此処を旅立ちます。

そう言うと周囲は少し痛ましげな悲しい微笑みを見せた。



「…そうかい。明日あたり大丈夫だと思うよ。今日は遅いから泊まって行きなさい。」



そういうと三人は手を引かれて天蓋に連れて行かれた。









「それにしても……。」



ちらりと快斗が未だに手を握っている新一と蘭を見やる。

そして溜息を吐いた。

まぁ、ずっと生き別れになっていたというのだからしょうがないのだとは思うのだが。

それでも気分がいいものではない。



「新一、見せ付けてる……?」



そう言うと二人はは、となって離れた。

気恥ずかしいのか頬を染めている。



「あ、じゃあ、私用意してくるから!」



そして蘭は慌てて駆けて行った。

少しの静けさが訪れる。

無言のまま快斗は新一に近寄りその腕を引いた。

そしてそのまま腕の中に閉じ込める。

ふんわりと甘い新一の香りに快斗はうっとりとして微笑んだ。

抗議を上げる新一に快斗はにっこりと笑って囁いた。



「誰かさんが俺達の存在を忘れたりなんかするからだよ。」



それに、お前に触っていいのは俺だけ。

めちゃくちゃな言い分に新一は口を開いた。



「誰が決めたんだよ、そんなの。第一、俺はモノじゃねーぞ!」



微妙に突っ込む個所が違う気もするのは気のせいではないだろう。

哀は早々にやってらんないとばかりに一人安全な場所(笑)に避難している。

腕の中から抜け出そうともがくが腰に回された腕の力が強くなる一方でびくともしない。

力尽きるまで暴れる新一に快斗はそれすらも愛しいというように微笑んだ。





そしてセラの村で過ごす初めての夜は更けていった。










********









「<聖なる森>ってさ、どんな所なの?」



快斗は隣を歩く新一を見た。

新一の胸元で綺麗な水晶のペンダントが日の光を受けて輝いていた。

それは村を出る時、蘭が新一に渡したお守りだ。



「その表現は一族特有の言い回しだよ。実際は違うんだけど……。」



まぁ、それは後は行ってみてのお楽しみ、だな。

新一は楽しそうにそう続けた。

三人の横には綺麗な川が緩やかに流れている。

三人はそれに沿うように歩いていた。

しかし、ここで川は大きく右側に折れていた。

そこは草木に隠れて前が見えない。

新一達はひたすら川に従って歩いて行った。



暫く歩いていると遠くで何かの音が断続的に聞こえてきた。

だが、その音源は草木に邪魔されて見えない。

快斗は首を傾げた。

近づくにつれて段々と明瞭になる音。


どどどどどどっ…………!


何かが大気を揺るがす音が聞こえる。

そして僅かに湿った香りも。



「この音は……。」



耳を澄ましていた快斗は新一を振り返った。



「滝、だよ。」



一歩近づくごとに増す湿気。

草木に覆われていた視界を手で払いのけた。

そして視界が晴れた。

三人はその壮大な光景に目を細めた。

辺り一面に水飛沫が飛ぶ。

圧倒的なそれに三人は暫し言葉も忘れて魅入った。

断崖絶壁から降り注ぐ大量の水。

そこに新一は臆する事無く歩いて行った。



「新一?そこは行き止まり……。」



哀も訝しげな顔をしている。

そう言った快斗に新一はに、と笑った。



「大丈夫、着いてこいよ。」



そして新一は後ろを振り返る事無く歩みを進めた。

ひょいひょいと岩場を飛び渡って丁度人一人が歩めるぐらいの所に登り着いた。

その道は滝の後ろに回り込む様に繋がっていて………。



「まさか、………。」



半信半疑ながらも着いて来た快斗達が見たのは滝に隠れるようにしてあった洞窟だった。






ぴちゃん、……ぴちゃん……。






足を踏み入れたそこは暗くて水の音がする。

声がよく響いた。



「此処は水かさが多いと完全に水で通れなくなるんだ。」
「そうか、だから新一は村の人たちに確認したのか。」
「ここは一体何処に繋がっているのかしら?」



風は常に一定の方向を向いて流れている。

つまり出口があるという事だ。

哀がそう聞くと新一はもうすぐだから、と笑った。

その新一の言葉を裏付ける様に光が差し込んでくる。



そして光が一面に溢れた。



「此処は……。」



そこは野原の様な場所で。

だが、野原の様な広大さはなかった。

小さくはないが広大という訳でもない、いうならば箱庭。

そこには石畳が敷いてあった。

新一は無言のままその道を進む。

二人も新一の後を追った。

そして行き着いた先はに一つの立派な墓石があった。



「此処が父さんと母さんが眠る場所、<聖なる森>だよ。他の皆は村の方に眠ってるけど父さん達は此処を気に入ってたから。」



新一は誰ともなくそう言った。

新一はそのまま進み、そして立ち止まった。

快斗と哀は一歩前で足を止める。



「……ただいま。父さん、母さん。」



ふわりと風が吹く。

まるでそれは彼の訪問を歓迎しているようで。



「終ったよ。全て。」



新一は報告する様に言葉を紡いだ。



「色んな場所に行って色んな事を学んで。そして仲間って呼べる大切な人達も出来たよ。」



全ては私怨の為だったとはいえ世間を見て回れて。

そして二人から大切な事を学んだ。

そう言って新一は背負っていた剣を下ろした。



「父さん。父さんが言ってた世界を見て回る旅、俺が父さん達の代わりに変わりに見に行って来るよ。」



だから、これは父さんに返すよ。



「また三人で報告しにくるから。」



じゃあ、行ってくるよ。

そう言って新一は踵を返した。

そのあまりのあっけなさに快斗は思わず口を開いた。



「本当にいいの?」



しばらく、いや、もう帰ってこれないかもよ?

それに新一は視線を向けた。



「いいんだよ。これで。」



会えないという訳ではないのだから。

そう言った新一の言葉に快斗は今朝の事を思い出していた。

朝早く皆に見送られて出発した三人。

皆は悲しげな表情をしていたが快く送り出してくれた。

だが、誰一人として涙を見せなかった。

もちろん、蘭も。

彼らには分かっているのだろう。

それが永遠の別れではない事を。

生きている限り会おうとすればいつか必ず会えるという事を。

忘れていた。

快斗はそう思い小さく笑った。



「……そう。」
「お前こそいいのか?」



お前だったら絶対父さん達に何かいうとおもってたんだけど。

そう言った新一に快斗はわざと茶化して言った。



「え〜?ちゃんと心の中で新一を下さいって言っておいたよ?」
「……誰がそんな事言えつったよ。」



新一は溜息を吐いた。

そして無視を決め込んだ。



「あ、ちょっと、待ってよ、新一!」



慌てて新一の後を追う快斗。

その姿に哀もまた溜息を吐いた。

そして後ろにある墓石を振り返る。

そこには1輪の花が添えられていた。

多分、あの魔術師の仕業だろう。

まったく何時の間にやったのやら。

哀はふ、と笑った。

一陣の風が吹いた。

そこには心休まる様な静寂が訪れる。

だが、その雰囲気をぶち壊すかの様な声にそれは崩された。



「哀ちゃ〜ん、置いてくよ〜?」



声を張り上げていう快斗に哀は再度溜息を吐いた。



「分かったわよ。」



いいから貴方は工藤君を追いなさい。

そう言って哀は再び墓石に向き直った。

そして僅かに頭を下げたかと思うと彼女はそこを去って行った。

彼女もまた彼ら同様、一度も振り返る事は無かった。







誰も居なくなったそこには変わらず優しい風が吹いていた。




ただ、1輪の花が風に吹かれて揺れていた以外………。

















「じゃあ、次は何処に行こうか?」



そして彼は二人を振り返ったのだった。

















END.



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[ Traum ] の水帆さまから戴いた、「水に眠る」の番外編でございますvv
暑中見舞い品としてリクエストさせて頂きました!有り難う御座いますvv(*´∀`*)
本編、完結編と比べると割とほのぼのとした雰囲気のこの番外編。
新一らぶ全開の快斗と、照れながらも拒んでない新一、お母さん的傍観者な哀ちゃんvv
すごぉ〜くすごぉぉ〜く良かったです!vv
何が良かったって、甘く平穏な中にも、過去の痛みや切なさが感じられるところが素敵です。
やはり敵は強大で、けれど傷を負いながらも勝利を手にした彼ら。
そんな三人だからこそ絆も深く、これから続く旅も心から愉しむことができるでしょう。
そんな、完結編から2年後の彼らでしたvv
素敵な小説をどうも有り難う御座いました!!




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