LOVE IT







 むん、と快斗は考えこんでいた。
 携帯電話を手にしてである。


 先刻新一から入ったメール。
 それにはたったひと言。
 『呼び出し』
 とだけあった。
 新一からのメールは大歓迎だ。
 だが、内容は気に入らない。
 仕方のない事だとは思っている。新一は真実を見抜く探偵で、警察の救世主とまで呼ばれているのだ。しかもKIDである快斗が唯一認める名探偵だ。
 だからこうやって新一が警察に呼び出されるのはその優秀さ故なのだが、それでも折角の新一と過ごせる時間を邪魔されるのは快斗にとっては嬉しい話ではない。
 意識せぬまま慣れた動作で新一からのメールを保存用のフォルダーに入れながら、快斗はちえっと呟いた。
「……帰り、遅くなるのかなぁ?」
 ちなみに保存してあるのは新一のメールだけである。
 彼がくれるものならば全てが快斗の大事なものなのだ。
 例えそれが、
 恒例の『呼び出し』に始まって、
 『遅くなる』
 『今日は無理』
 …などなど、業務連絡的な言葉ばかりだったとしても。
 まぁ、過去に一度だけ『腹減った』と入った事もあったけれど。
 この時は内容の意外さに驚きはしたものの、慌てて新一の元に掛け付けてみれば、事件に明け暮れて三日程食事をとっていないのだと疲れた様に笑う新一がいた。その顔色のあまりの悪さにびっくりしながらも快斗は新一の為に消化の良い御飯を作ってあげた。
 本当は腕によりをかけて作りたかったのだが、元から小食な新一の胃がこの数日で更に小さくなってしまっているだろうと予測されたので、あっさりとしたものにしておいた。
 そうやって目の前に置かれた雑炊を見て、嬉しそうに目もとを綻ばせた新一に快斗はこの上ない幸せを感じた、…が、逆に心配にもなった。勿論新一の食生活が、だ。
 この頃はまだ思いが通じ合ってからまだ日が浅かったので、毎日押し掛けるのはどうかと新一との距離を計っていた時期でもあった。
 既に三日と開けずに通ってはいたけれど、事件だからと告げられてしまえば邪魔をする訳にもいかず、その間は不本意だが大人しくしていた。
 しかし。それはどうやら甘かったらしい。
 こうやって数日会えなかっただけで具合を悪くしてしまった新一を見て、快斗はもう遠慮はしないと決心した。
「あの時はさすがにびっくりしたよなぁ…」
 お陰で新一との距離は一気に縮まった気はするが、それとこれとは話が別である。
 今度新一があの時の様に呼び出され倒れでもしたら、それ相応の礼をしてやろうと快斗は密かに決めている。
 はぁ、と。
 小さく溜め息を吐いた快斗は鞄を手に教室を後にした。
 放課後の教室には、快斗以外に残っている人間はいなかった。
 その時である。
 快斗の手の中で携帯が小さく震えた。
「……っ…、新一?」
 もしかしてと思った電話は、残念ながら快斗の望んだものではなく、着信音から解っていた筈なのに期待していた自分に快斗は力なく肩を落とした。
「---はい。…ああ、うん。解ってるって。ちゃんと明日持ってくから…」
 仲の良い友人からの電話にのる気力もなく、快斗は用件だけを聞いてさっさと電話を切ってしまった。
 新一だったら良かったのに。
 事件で呼ばれている新一が快斗に電話を書けられる訳がないのだが、それでも望んでしまう己の欲には笑うしかない。
 買い物でもして。
 そうして新一が帰って来るのを待っていよう。
 気を取り直して工藤邸に向かおうとした快斗は、だが、ここで重要な事に気が付いた。
 ----否、気付いてしまった。
 快斗はじっと自分の携帯を見つめた。
「そう言えば……」
 たまにメールはくれるものの、新一が電話をくれた事はただの一度もなかった様な……。
 思わず立ち止まってしまった快斗は、まさか…と履歴を遡ってみた。
 止めておけば良かったのだろうが、どうしても気になってしまったのだ。
「……うそ」 
 何度見ても新一の名前は現れず。
 それどころか己の記憶を辿っても思い出せない。
 快斗はショックのあまりに固まった。
 新一はマメに連絡なんてしてくれるタイプではないけれど、それでも自分達はラブラブだからいいやと思っていた快斗である。
 ぐるぐるとその場で悩んだものの。
 混乱した頭ではロクな考えが浮かぶ筈もなく。
 居ても立ってもいられなくなって快斗は駆け出した。
 夕食の買い物の事なんて既に頭からは消えてしまっていた。



「----と言う訳なんだ」
「……そう」
「そうって…つめたい、哀ちゃん…」
 泣きそうな顔で詰め寄られて。哀は大きく溜め息を吐いた。
 一体どうしろと言うのか。
 夕方になって。そろそろ食事の支度を始めようかと研究室を出た途端に、すごい勢いで駆け込んで来たのだ。この男は。
「ねぇ…俺って新一に愛されてないのかな?」
「は?」
 いきなり何を言い出すのだこの男は。
 毎日毎日あれだけ二人してイチャついておきながら愛されていないと?あまりの二人の甘さにアテられた事も一度や二度ではないと言うのに?
 そんな気持ちが思いきり表情に出ていたのか、だって…と快斗は話し出した。
「だって…考えてもれば、いつも連絡するのは俺の方だし…」
「メールは?」
 くれるのでしょう?と聞いてくる哀に、快斗は自らの携帯を操作して『愛のメモリーv』と名付けられたフォルダーの中身を見せた。
「はい」
 『愛のメモリーv』って…と思いはしたが懸命にも突っ込むのは止めておく。余計に話がややこしくなりそうだったからだ。
 渡された携帯に、仕方なくメールの一つを開いてみれば見事なまでに用件しか書いていないメールの中身がそこにあって。
 哀は思わず流石だわ…と呟いた。
「…確かに工藤くんらしいわね。…で、貴方はこれが不服なのかしら?」
「不服だなんて…これはこれですっごく嬉しいんだよ!……でも」
「電話も貰った事がなければ、考えてみればメールでも会いたいと言ってもらえない。だから俄に不安になった…そんな処でしょう?」
 違う?と聞かれて。
 快斗は言葉を返せない。
「……そっか…、これって不安だった…んだ…」
 新一からの電話がない事に気が付いて。
 落ち着かなくってどうしようもなくてここに来た。
 それもこれも不安だったから。
「今頃気が付いたのね」
「……うん…」
「で?貴方…工藤くんにどうして欲しいの?」
「どうしてって……う〜ん、俺は新一にどうして欲しいんだろ」
 快斗は考えた。
 新一に好かれている自覚はある。
 でなければ毎日押し掛ける快斗をさっさと追い出しているだろうし、何よりもあんな事をさせてくれる筈がない。好きでもない人間に簡単に抱かれる様な人間では無いのだ新一は。
 確かに最初は恥ずかしがって嫌だと言うけれど、腕の中の身体を熱い吐息で溶かしてトロトロにしてしまえばしなやかな腕は快斗の背に回される。少し焦らしてやれば強請る様に甘い声で自分の名を呼んでくれるのだ。
 快斗はその声が大好きで、だからついついやり過ぎてしまうのだけれど。
 …そう言えばこの間抱いた時も良すぎて気を失っちゃったんだよな…新一。
 いやいやと首を振って涙を流す新一に、これ以上はないくらいに煽られた快斗は朝まで新一を話す事ができなかった。
 あれは可愛かったよなぁ…
「-------黒羽くん」
「え?あ、…何?」
 ついつい妄想の世界に入りかけていた快斗は、哀の冷たい声に現実に引き戻された。
「貴方がどんな妄想を抱いていようが構わないけど、それなら他所でやってくれないかしら?」
「失礼な。妄想なんかじゃ……って何で知ってるの?もしかして…」
「ええ。声に出してたわよ」
 呆れた様に告げる哀に、快斗は乾いた笑いを洩らした。
「あ……はは…、ごめんね…」
「まったく……。で?貴方が工藤君に望む事は何なのかしら?」
「俺は……」
 別に新一の気持ちを疑っている訳じゃない。
 こうして不安に思う必要はないのだ。それは解っている。
 けれど…。
 たったひと言でいい。
 自分を望む言葉が欲しい。
 新一を手に入れてからもずっと加速し続けてゆくこの想いが、決して一方的なものではないのだと。
 …教えて欲しい。
「俺は、新一に望んで欲しい」
 そうして必要だと告げて欲しい。
 他の誰でも無い。新一の口から。


「…だ、そうよ?」
「----へ?」
 自分ではない誰かに投げかけられた言葉。
 そこから予想される人物は一人しかいなくて。
「もしかして…」
「よぉ。帰ったら居なかったからここかなと思ってさ」
 ぱか、と口を開けたままの快斗を無視して会話は進む。
「悪かったな、灰原」
「まったくよ。私のところは駆け込み寺じゃないのよ?」
 何かある度に来ないで頂戴と。
 これ見よがしに溜め息を吐いて見せれば、悪かったって…と新一が肩を竦めた。
「本当に悪いと思ってるの?」
「思ってるって。でも、相手が灰原だとついつい甘えちまうんだよなぁ…」
「…っ」
 ポリ、と人指し指で頬を書きながらの言葉に、哀は瞬間顔を赤くした。
「どうした?」
「……工藤君。貴方、そんな言葉が言えるのならそこで固まっている人にこそ言ってあげなさい」
「快斗に?」
「そうよ。聞いてたんでしょう?」
 問いかけではない断定に、新一は苦笑するしかない。
 じゃあ、後はよろしくね。
 そう言って夕食を作るべく今度こそキッチンへと向かう哀を見送って、新一は快斗に向き直った。
「それで?他に言いたい事は?」
「……新一、もしかして怒ってる?」
「どうしてそう思うんだ?」
「だって…」
 モゴモゴと言葉を詰まらせる快斗に、新一はガクリと項垂れる。
「あのな。怒られる自覚があるんならウジウジ悩む前に俺に言えばいいだろ?」
「…言ったら聞いてくれるの?」
「まぁ、聞くくらいなら」
「ならっ!どうして電話してくれないの?俺達ラブラブぴちぴちvの恋人同士だよね?俺なんてもう毎日毎日新一に会いたいって思ってるのに新一はそう思わないの?」
「あ〜、…その、ラブラブ何とかってのはさて置き……」
「ラブラブぴちぴちvだよ」
「いいから、それは置いとけ。話が進まねぇだろうが。……で、電話についてだがな」
「うん」
 快斗は思わず姿勢を正した。
 聞きたいと思っていた答えを新一がくれるのだと思うとドキドキする。
 何か理由があるのだろうか。
「お前本当に解らねぇの?」
「……うん」
「…あのな。お前毎日夕方にはウチに来るだろ?しかも週末とか泊まってくし。それに平日の朝だってたまに迎えに来て一緒に出るだろうが…。電話だって一日に一回はかけて来るし、メールだって必ず寄越す。…これで俺が電話する必要がどこにあるんだ?」
「そ……だっけ?」
 快斗に自覚はなく、こうやって言われて初めて気が付いた。
「じゃ、新一が電話しなかったのって必要性がなかったから?」
「ああ」
 新一はこっくりと頷いた。
「そっか…良かった…」
「お前…思い込んだら突っ走っちまう癖は治せよ?」
 ふにゃりと力が抜けて座り込んでしまった快斗に合わせて新一もしゃがむ。
 そのままではあまり顔が見えなくて下から覗き込めば、そのまま快斗の腕が伸ばされ抱き込まれてしまう。
「新一…好きだよ。大好き。愛してる」
「…っ…、耳もとで囁くんじゃねぇっ!」
「新一は?俺の事好き?」
「い、言わないと解らねぇのかよ」
 新一が言葉にするのが苦手なのは知っているけれど。
 ついでに言えば、キッチンから哀が様子を伺っているのを気にしているだろうと言う事は解っているけれど。
 それでも言って欲しい。
 新一の、心が欲しい。
「俺は新一に言って欲しい」
 そうすれば、それだけで幸せだから。
 何があっても大丈夫。
 そう訴えれば。
 観念したのか新一の両腕が快斗の首に回されてぎゅうっとしがみついてきた。
 そして小さな小さな声で。
「   」
 囁かれた。
「新一っ!」
 快斗は感極まって新一をかき抱いた。
「ちょっ…ここ何処だと思ってんだよ」
 慌てて新一が暴れるが、元より二人してしゃがみこんだままの無理な体勢では得意の足技も出せない。
「そっか…それじゃあ新一が迎えに来てくれた事だし帰ろうか」
「だ、誰が迎えになんか…」
「え〜。だって戻ったら俺が居なかったから来たんだよね?」
 それって俺を捜しに来たって事でしょ?
「……………」
 いつの間にペースを取り戻したのか。
 満面の笑みを浮かべた快斗は嬉しい〜と言って新一をぎゅうぎゅうと抱きしめた。新一は恥ずかしいのも手伝ってもう真っ赤である。
「んじゃ行きますか」
 快斗は新一をひょいと抱き上げた。
「ばっ…下ろせっ!」
「いいからいいから♪」
 楽しそうな声には音符がついている。
「良くねーって」
「ちゃっちゃと帰ろ〜♪」
 やっぱり音符がついている。
「お前っ、言葉があれば幸せなんじゃなかったのかっ」
「うん。目一杯幸せだよ?だから今度は俺が新一にお返しする番〜」
 今日はたっっっぷりとサービスするよん♪
「だからっ、お前のそう言う突っ走り癖を治せって言ってるだろうが-------!!」
「聞こえませ〜〜〜ん」
 二人の声はあっと言う間に遠くなってゆく。
 そうして嵐は去って行った。



「…本当に。やってられないわ」
 呆れて哀は呟いた。
 けれど顔は笑っている。
 快斗ではないが、時として言葉は信じられないくらいに人を幸せにしてくれる。
 思いがけず聞けた新一の言葉は哀にとってはこの上なく嬉しいものだった。
「明日は何か差し入れでも持っていこうかしら」
 隣家からは。
 馬鹿やろうと叫ぶ新一の声や、続く鈍い音が聞こえてきた気がしたけれど。
 それら全てを聞かなかった事にして、哀はそれでもきっと最後は許してしまうのだろう新一の為に、栄養のつくものと、加えて鎮痛剤でも用意しようと考えるのだった。





END.







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良さまのコメント▼

 快新です。快新ですが…甘いのか何なのかよく解りません(笑)
言葉にするのが苦手な新一さんですが、
釣った魚にも餌をあげろって事で。←大間違い

折角フリーにするんだから思いきりラブラブかシリアスにしようと
思っていたのに気が付いたらこんな事に!(泣)
しかもありがちなネタでごめんなさい〜。

こんな駄文でも良ろしければどうぞお持ち帰りしてやって下さると嬉しいです。

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▼管理人のコメント

[ PLATINAM SALLET ]の夕澄良さまより、サイトオープン記念のフリー小説を頂いてしまいました♪
何を置いても会話中についつい妄想にひたってしまう快斗の可愛さに笑わせて頂きました!v
哀ちゃんを相手によくやりますね、快斗ってば…怖いモノ知らずvv
そして赤面する哀ちゃんが新鮮で素敵でした。
このお話の哀ちゃんは快斗もひっくるめて見守ってくれるような暖かさがあってすごく好きです(>_<)
携帯電話、確かに新一からって連絡なさそうですよね…。
世間話とかするタイプじゃないし。彼の携帯は警視庁からの要請を聞くためだけにあるんじゃ(笑)

らぶらぶばかっぷるの日常に哀ちゃん同様アテられてしまいました♪
良さん、素敵な小説をどうも有り難う御座いました〜vv
今後のご活躍も楽しみにしておりますね!