― 視線 ― |
少し曇った空の中、妙に赤く染まった月が昇る。 人が寄ることのなくなった廃ビルに、白い鳥が降りてくる。 崩れかけた手すりに危なげもなく降り立つ。 白い羽を折りたたみ、その背に流す。 鳥は懐から赤ん坊の拳ほどの石を取り出すと、ゆっくりとソレを月に掲げた。 石は月の光を反射し、キラキラと輝く。 蒼い、蒼い、石。 一点の曇りもなく、白い鳥の手の中、石は輝く。 鳥は石を握りしめると、ゆっくりと石に口付けた。 「…それが、捜し物、か?」 誰もいなかったはずの廃ビルの屋上に、人の声が響く。 まだ若い、男の声。 鳥は驚きもせず、ゆっくりと声のした方向に顔を向けた。 唯一の出入り口であるドアの横に、若い男が腕を組んでその背を預けていた。 いつの間にか昇りつめた赤から白に変わった月の光で男の顔が見える。 端正な顔。白皙の美貌という言葉がしっくり当てはまる顔。 すらりとしたモデルのような容姿。世間一般の女性より細いのではないかと思われる細腰。 その中でも一際目を引くのは、その双眸。 鳥が手にする石と引けを取らない程の澄んだ蒼。 「これは、名探偵。お久しぶりですね」 鳥は何の感情も浮かばない口調で声をかける。 まだ若い男の声。 「…久しぶり…か。まぁ、そうだな。……で?」 「これですか? これは、私が求める物ではありませんでしたよ。ですが、あまりにも美しかったので…」 そう言いながら、愛しそうに再び口付ける。 「…だったら、捜し物じゃないなら、返せよ」 名探偵と呼ばれた男はドアから体を起こすと、右手を鳥に差し出し、石を返せと促す。だが鳥は口元に石を寄せたまま、口角を上げ、彼を射るように見つめた。 「では、これの代わりに、貴方は何を下さいますか?」 「はぁ? 何言ってんだ? 何でオレがお前に何かやらなきゃならねぇんだよ」 「私はこれが気に入りましたので。綺麗でしょう? まるで、貴方の瞳のようだと思いませんか?」 「そうかぁ? まぁ、宝石は綺麗だと思うが、それだけだろ。それより、さっさと返せよ。必要ねぇんだろ?」 「気に入った、と言いませんでしか?」 「…返さない気か?」 堂々巡りのような言葉遊びに名探偵は鋭い視線を向ける。白い鳥は相変わらず何の感情もないかのように彼を見つけている。 「返して欲しいですか?」 「…別に? 返さなきゃ返さないで、ただの窃盗犯に成り下がるだけだな」 差し出していた右手を下ろし、最初のように腕を組み、ドアに背を預けた。 「成る程。では貴方は名探偵の名は返上する、と」 「…どういうことだ?」 「確か、名探偵の信条は未然に防げる犯罪は見過ごさない、ではなかったですか?」 名探偵はムッとして鳥を睨み付け、悔しそうに唇を噛む。 鳥はトンっと手すりを蹴ると、重力を感じさせないように着地し、ゆっくりと名探偵へと近づいた。 「どうしますか?」 名探偵まで後数歩のところで立ち止まり、石を口元に当てたまま見つめる。 「…どうするって…」 「貴方はこれを返して欲しい。私はこれが気に入りましたので、返すならば、これに代わる物が欲しい」 「…何が欲しいんだよ」 鳥を睨み付けながら、ふて腐れたように言う。 「では、貴方を」 「え?」 「これに負けるとも劣らぬ貴方の瞳をいただきましょうか」 「…って、おい? オレの、目を、刳り抜けって?」 驚きに目を見開き、鳥を凝視する。知らず、ドアに張り付くように身体が強ばり、鳥を見上げる。 鳥はニヤリと笑うと、石を持っていない方の手で名探偵の頬に触れる。途端、ビクリとその身体が震える。 「刳り抜いても綺麗だとは思います。…が、やはり生ある時の比ではありません」 「…じゃぁ…」 「貴方の視線をいただきましょう」 「視…線…?」 「ええ。その瞳に映すのは、私だけにして差し上げますよ」 そう言うと鳥は名探偵の両瞼にキスを落とし、一陣の風が吹いたかと思うと、もうその場には名探偵しか居なかった。 名探偵の手の中には、先程の蒼く輝く石が一つ。 名探偵の耳には、去り際に聞こえた鳥の声。 すでに貴方は私のもの 時が経てば日は昇る。 新一は寝不足の目を擦りながらダイニングテーブルにつき、濃いめのコーヒーを淹れる。 寝ぼけ眼で朝刊を手に取り、目を走らせる。これといって興味のわく記事はない。新一は新聞をたたみ、コーヒーをカップに移す。隣に置いた新聞に不意に視線が引き寄せられた。 怪盗KID 蒼穹の星盗む? 「…どこぞの週刊誌か…」 タイトルを見て、ポツリと呟いた。 怪盗KIDは窃盗犯にも関わらず、その人気から国民的アイドルと化している。そういう新一もその頭脳、容姿から国民から愛されている。ただ、本人にその自覚がないだけだ。 新一はコーヒーを飲みながらその記事に目を走らせる。新聞は警察の警備の甘さを非難しているが、それと同時にKIDの手際よさやマジックを褒めている。最終的に宝石は名探偵 工藤新一の手により奪回されたとあるが、当の新一は苦虫をかみつぶしたような顔で新聞を伏せてしまった。 ピンポ〜ン 浮かれたようなチャイムが鳴り響く。押す人によってチャイムのバリエーションが変わるということを新一はこの1・2年で知った。 大阪の友人が押すと、賑やかで時には姦しい。隣の少女が押すとごく一般的なんだが、時と場合によっては背筋が凍る。幼なじみの少女も一般的だが、どちらかと言えば華やかだ。博士はどことなく間延びし、両親のチャイムは浮かれすぎていて逃げ出したくなる。そしてこのチャイム…。 『新一ぃ〜? まだ寝てんのかぁ〜?』 大学に入ってから友人になった黒羽快斗。マジシャン志望の工学部生。法学部である新一とは接点などないに等しいはずなのだが、他の友人の友人が彼だった。たまたま居合わせただけなのだが、その場で意気投合し、いつの間にか親友という位置になっていた。 明るく、誰とでも仲良くなれる男。当たり障りなくその場を盛り上げ、皆を引きつけるカリスマ性を持っている。しかし新一は彼のそれはただの一面だと思っている。確かにカリスマ性を持っているし、リーダーにもなれるだろう。マジシャン志望ということもあって、皆を引きつける術を自然と身につけている。ただ、時々、すべてを遠ざけてしまう見えない壁が立ちはだかることがある。しかしそれは一瞬で、すぐに人好きのする笑顔を見せ、その前の雰囲気は霧散してしまう。新一はそれを間近で見、彼の心の内を考えるようになっていた。 ピンポ〜ン ピンポ〜ン 『新一ぃ〜?』 再度チャイムが鳴る。新一は慌ててコーヒーを飲み干すと、椅子にかけてあった上着を掴み、玄関へと急ぐ。 「わりっ! ボーッとしてたっ」 慌てて玄関を開けると、そこには無邪気な笑顔の快斗の姿があった。 「ボーッとって、新一? 疲れているんじゃないの?」 心配そうに顔を覗き込んでくる。それに慌てて首を振るが、余計に快斗は顔を曇らせた。「今日、出かけるの止める?」 「いや、大丈夫。ちょっと考え事してただけだから」 「本当に? オレの方は別に今日じゃなくてもいいんだよ?」 新一の頬に手を当て、心配そうに新一の目を覗き込む。うっすらと新一の目の下に隈があるのを快斗は見て取った。新一は頬にある快斗の手の上に手を添え、少し困ったように首を傾げた。 「でも、青子ちゃんの誕生日プレゼント、買うんだろ?」 「青子の誕生日はまだ先。だから学校帰りでもいいんだよ。と言うことで、今日は家でゆっくりしよう?」 にっこり笑って家の中に入るように促す。玄関口だったこともあり、ちょっと快斗が押せば新一の身体はすんなりと中に入ってしまう。新一は戸惑ったように快斗を見返すが、快斗はにっこり笑ったまま、新一を見ている。 いつの間にか新一の隣にいることが当たり前になった快斗は、いつの間にか新一の心の中にも住み着いていた。故に多少強引と思える快斗の行動もなんだかんだ言いつつ、新一は許してしまっている。この時も新一は快斗の言うがまま、気が付いたときにはリビングのソファーでミルク入りのコーヒーを飲んでいた。因みにコーヒーを淹れたのは快斗でしかない。 「また、夜更かしして本読んでたの?」 新一の隣に座り、快斗特製のコーヒーもどきを飲みながら何でもないことのように話しかける。 「ん〜? 違う」 半分ボーッとしているのか、カップを両手で持ち、ゆっくり飲みながら答える。 「じゃぁ、事件?」 「…違う」 「調べ物?」 「…違う」 「…悩み事?」 「……違…う?」 「…どうしてそこで聞き返すの?」 「あぁ、いや、よく分からなくて…」 「…気が付いたら朝だった、とか…」 「………」 「……新一ぃ……」 そこまで聞いて、快斗はテーブルに突っ伏した。新一はあらぬ方向を見てコーヒーを飲む。 「もうっ! 新一、寝な」 新一が飲んでいたコーヒーを奪うと、有無を言わさず自分の膝の上に寝かせた。新一は慌てて身体を起こそうと藻掻いたが、快斗はそれを許さず、新一の身体を抱き込むようにし、背をあやすように叩き、髪を撫でる。 「…重く、ねぇの?」 暴れるのに疲れたのか諦めたのか、ポツリと呟く。快斗はポンポンと軽く新一の頭を叩くと、髪を優しく梳く。 「重くないよ。ってか、新一、もう少し太りなよ」 苦笑しながら、新一が寝やすいように身体を動かす。ついでにソファの背もたれに掛けた自分の上着を手に取り、新一の上に掛けてやる。 ゆっくり一定のリズムで新一の髪を梳いているうち、新一からは穏やかな寝息が聞こえてきた。完全に新一が寝入ってしまうと、快斗の顔にはそれまでの穏やかな笑みから一変し、クスクスと笑いを零し、梳いていた髪の一房を手に取り、口付けた。 夜も更け、星が瞬く頃、新一は小さな物音を聞いていた。コトコトと何かが煮える音。と共に、食欲をそそる匂い。コナンであった頃に馴染んだ情景。一瞬、新一はあの頃に戻った感じがして、ガバリと跳ね起きた。 周りを見渡す。 自分の手を見る。 首を巡らし、音と匂いの出所を探す。 新一は寝ていたソファから降り、ダイニングキッチンへと足を向けた。 そっと覗いてみる。 キッチンにいたのは…。 こちらに背を向け、ガスコンロに掛けた鍋の中をかき回しているのは…。 「……かぃ…と…?」 小さく、小さく囁いた。 それでも、呼ばれた彼は振り向いた。 少し驚いたように、すぐに笑みをたたえて。 「なんだ、起きちゃったの? 折角起こしてやろうと思ったのに」 「…なん…で…?」 快斗がいることに純粋に驚いている。新一はキッチンの出入り口に立ちすくんだまま、快斗を見つめていた。 「何でって、ご飯作ってる。どうせ新一、このまま食べない気だろ」 腰に手を当て、さも当然というように断言する。 「…そうじゃなくて…。帰らなかったのか?」 「うん。だって、新一起きたとき、寂しいだろ?」 コンロの火を消し、新一に近づいて頬に触れる。 「…さ、寂しいって…なんだよ、それ。一人暮らしなんだから、一人が当たり前だろ?」 「まぁ、そうなんだけどさ。一人と独りは違うだろ? それに、寝るときにオレが居て、起きて居なかったら、寂しくない?」 「………」 「夕飯まで作ったりなんかして、オレっていいお婿さんにならない?」 ニヤリと笑って、新一の首に両手を回す。 一瞬、新一の身体がフリーズしたが、はっと我に返ると足が出た。 「うっわっ。あっぶねぇ〜」 一瞬のうちに後方へ下がり、新一の蹴りをかわす。 「いきなり何すんだよ、危ないなぁ」 「それはこっちの台詞だ! 大体いいお婿さんって何だよ。普通、いい嫁さんだろう」 突っ込みどころはそこなのか? と思いつつ、快斗は人差し指を立て、左右に振った。 「ちっちっ。新一君、今の時代、料理に男も女も関係ないよ」 「…だからってなぁ…」 「それはそうとして、折角作ったんだから、暖かいうちに食べよ」 そう言うと、新一の手を取り、ダイニングテーブルにつかせる。皿に料理を盛り、新一の前と、向かいの席の前に置く。皿には湯気の立つ美味しそうなビーフシチューが盛られていた。快斗は席に着くと、皿をじっと見ている新一を見た。 「新一、見てないで食べろよ。味は保障するぜ?」 「あ、あぁ。…ってか、この材料…」 「買いに行きました。新一、冷蔵庫はミネラルウォーターと栄養補強食のためにあるんじゃないぞ」 「う゛…」 スプーンを握りしめ、顔を赤らめて上目遣いで快斗をちらりと見やる。快斗は溜息をついて、再度食べるように促すと、ゆっくりと食べ始めた。 「ど? 旨いだろ?」 「…美味しい…」 素直に驚きの声を上げる。それからしばらくは食事に専念した。 「ごちそうさま」 おかわりをして、きれいに食べ終わるとにっこりと新一は微笑んだ。 「…お粗末様。だいぶ顔色もよくなったな」 一瞬フリーズした後、何事もなかったように快斗は食べ終えた皿を片づけ、新一の顔色を見るために頬に手を伸ばす。 「…そんなにひどかったか?」 ちょっと寝不足程度のものだと思っていたが、顔色の悪さに出ていたらしい。苦笑して頬に伸びた快斗の手を掴む。 「まぁね。せっかく綺麗な顔しているのに、目の下に隈なんかつくちゃってさ」 「綺麗は余計だ」 クスクス笑いながら快斗の手を弄ぶ。 「新一は綺麗だよ。特にその瞳がね」 「瞳?」 「そ。なのに充血してるんだもん。折角の蒼天の蒼が」 遊ばれていた手を逆に掴み返し、そのまま笑みを貼り付けた口元に持ってくると、軽くキスを落とした。 「…かい…と?」 手を取られたまま、硬直したように新一は快斗を見つめた。その瞳は何かを見つけ出すように揺れている。 「ん? 何?」 「いや…。何でもない」 首を傾げて見つめる快斗に、新一は緩く首を振った。その後俯いてしまったため、新一は見過ごしてしまった。快斗がその口元に仄かに暗い笑みを浮かべるのを。 「ところでさぁ、新一」 「ん〜? 何?」 場所をリビングに移し、新一はコーヒーを片手に手近にあった雑誌を捲る。快斗はその横に陣取り、同じようにコーヒーを飲みながら新一の横顔を眺める。 視線は雑誌に向いているが、意識は快斗に向いている。話しかけてから暫く経ってもその後の言葉が続かない快斗を不審に思い、新一は快斗の方に向いた。 「何だよ、話しかけといて」 その言葉にボーッと新一の顔を見ていた快斗ははっと気が付き、慌てて首を振る。 「いやぁ、やっぱ新一の顔って綺麗だなぁって思ってさぁ」 そう言った瞬間、持っていた雑誌で頭を叩かれた。 「何ふざけたこと言ってやがる」 「いったいなぁ…。本当のことなのにぃ」 叩かれた頭をさすりながら唇をとがらす。新一も本気で叩いたわけではないので、目は笑っていた。 「で、何なんだよ」 「ん〜。ご褒美ちょうだい」 「へ?」 「ご褒美。新一を膝枕して、寝かせて、んでもって美味しいご飯食べさせてあげたご褒美」 「……別に、頼んでない……」 「人の好意はきちんと受け取りなさい」 「無償の好意に褒美を強請るっていうのはいいのか?」 「まぁまぁ、細かいことはなし」 にっこり笑って下から新一の顔を覗き込む。新一は快斗の視線にうっすらと頬を染め、プイッと横を向いてしまった。 「…で、何が欲しいんだよ」 むすっとしたまま、拗ねたように言う。 「ん〜…じゃぁ……新一をもらおうかな」 にっこり笑って言った快斗に対し、新一は鳩が豆鉄砲を食らったように目を見開いて、快斗を凝視した。気が付けば、快斗の右手は新一の頬にあり、左手は腰に回っている。 「…って、おい? 何考えてんだ? 冗談は…」 「冗談じゃないよ?」 顔は笑っているのだが、目は笑っていない。じっと新一の目を覗き込み、腰に当てた手を引き寄せる。新一の身体は引き寄せられるまま快斗の胸に倒れ込んだが、慌てて片手を快斗の胸に付き、衝突することは免れた。 視線を絡めたまま、どちらも離すことができなかった。 新一の心臓は今にも爆発しそうなほど高鳴っている。それと連動して白い頬も赤く染まっていく。 快斗は頬に当てた手を下ろし、胸に当てられた新一の手を取り、視線を絡めたまま軽くキスを落とすと、自分の首の後ろに回させる。自然、新一の身体は快斗に密着し、快斗を見上げるようになる。快斗は口角をわずかに上げると、ゆっくりと新一を見つめたまま唇を合わせた。二人とも瞬きすらも忘れたかのようにじっと見つめ合っていた。 息継ぎのためにわずかに唇をずらしたときに、新一の口腔にそっと舌を忍ばせる。その感触にビクリと身体を震わせ、新一は目をきつく閉じた。快斗は思うさま角度を変え、舌を絡め取り、口腔を蹂躙する。 気が付けば、添えているだけだった新一の手は、縋るように両手で快斗の首を抱きしめている。それに心の中で楽しそうに笑うと、新一の身体を抱きしめ、ゆっくりとソファに押し倒した。 翌朝、新一は聞こえてきた音で緩やかな微睡みから目を覚ました。 頬に触れるのはシーツとは違う暖かな何かと落ち着く音。 自分の身体に回された暖かな何か。 新一はボーッとしながらその何かに触れる。 ゆっくりと、確かめるように触れていく。 すると、頭上からクスクスと笑い声が聞こえた。 新一ははっとして、その暖かなものから身体を起こした。 「おはよう、新一v」 そこにいたのは、上半身裸の(下は不明)新一の身体に腕を回したままニヤニヤ笑う親友だったはずの男。 「かっ、快斗!?」 「お・は・よ・う」 「あ…はよ…。って、何…で…?」 快斗を見つめながら、ポツリと呟く。 「…何でって、新ちゃん? 覚えてないの? それとも、違う男の方がよかった?」 そう言うと、快斗は新一の背に回していた手を形のよい双丘に下ろすと、するりと撫でた。 「ひゃぁっ…!」 色気も何もない声で叫ぶと、慌てて快斗から離れようと藻掻いた。が、あらぬ所から湧き起こる鈍痛に敢えなく撃沈。 「まぁ、そうなるだろうね。慣れているならいざ知らず、新一、初めてだったみたいだし? ってか、初めてじゃなかったら、その相手、ぶち殺してるかも」 さらりと恐ろしいことを言い放ち、快斗は新一を抱き寄せ、その背を撫でる。新一は新一で、意味不明なことを唸りながら、快斗の胸に爪を立てた。 「新一君、痛いんですけど」 「オレの方が痛いっ!」 ガバッと起きあがり、また呻いて快斗の胸に倒れ込む。快斗はそんな新一をクスクス笑いながら宥めるようにその背をポンポンと叩く。 「今日はベッドでゆっくりしてなよ。今胃に優しいご飯作ってくるから」 そう言うと、ベッドから降り、床に散らばった服をその身にまとった。その様子をシーツの中からボーッと新一は眺めていた。引き締まった体躯。その背には無数の引っ掻き傷。それを見た瞬間、新一の顔は沸騰するかのように真っ赤に染まり、シーツを引き上げて顔を隠してしまった。快斗はそれを気配で察し、クスクス笑うと、僅かに見える新一の髪にキスを落とし、ご飯を作るために階下へ降りて行った。 それからは親友が恋人に変わっただけで、さして表だった問題はなかった。多少スキンシップが増え、周囲が赤面することが増えたぐらいだ。親友同士であったときでさえ、新一に自覚はなくとも、それなりにスキンシップ過剰とも言える触れ合いがあったために、二人の仲を改めて問いただす強者が居なかったのは良かったのか悪かったのか…。 恋人になってから新一は快斗からもたらされる快楽に溺れた。快斗は朝な夕なに通い詰め、そのうち半同棲の状態になり、いつの間にか生活圏を工藤邸に移していた。それを新一は喜びこそすれ、拒絶することはなかった。快斗は時々ファンだというKIDの現場に出かける以外、新一と共にいた。新一も事件で不在になる以外は共にいたが、KIDの現場に共に行くには新一の顔が売れすぎていて危険と言うこともあり、その日は大人しく家にいることになる。それについては新一にとっても願ったりだった。あの邂逅以来、新一はKIDの現場には足を踏み入れていない。暗号の解読も解くだけ解き、現場は勿論、逃走経路にも足を向けることはなかった。KIDの方もそれについて不審に思うことがないのか、いつものように警察を翻弄し、石を確かめ、そして返すことを繰り返した。 そんなある日、二課から暗号解読の依頼が舞い込んだ。 あまりにも難解な暗号に、二課は勿論、探偵である白馬も手が出ない状態に中森警部が切れたのだ。切れたあげく、そのツケが名探偵と誉れ高い新一に回ってきたのだ。 新一はその暗号を見、解読するために書斎に引き籠もった。その間、快斗は書斎にコーヒーを運び、食事を運び、または息抜きと称して悪戯を仕掛ける。初めのうちは暗号が気になっていた新一も、度重なる悪戯に気を抜けば陥落していた。 そして陥落中に快斗から暗号のヒントとも言える言葉を囁かれる。快斗も暗号を見ているし、あまつさえ、一緒に解いていることもあるので、新一は特段気にしたことはないが、陥落中には止めてくれと言いたい。夢現に聞いてはいるが、焦らされているのも一緒なので、気が気じゃない。しかも新一が暗号に気を取られていると感じれば、快斗は焦らせるだけ焦らせるのだ。 そうして暗号を解いた結果、犯行日は翌日の午後11時。新一は急いで中森警部に連絡を取り、ターゲットと犯行時間を知らせた。新一の仕事は本来ここで終わるはずだった。石の所有者が名探偵 工藤新一を名指ししなければ。 結局、警察の介入を認める条件に新一が警備に携わることを持ち出した。新一は辞退したのだが、強固な要請に中森警部も折れざるを得なかった。但し、新一は石のある部屋に張り付き、中森警部の指示に従うことを前提とされたが。勿論、新一に否はない。 今回、KIDの現場ということもあり、快斗は家を出る新一に現場に行く旨を伝えてある。このKIDを待つ群衆の中に快斗の姿もあるのだろう。新一はその群衆を窓から見下ろして、知らず口元を綻ばせた。 「KIDだぁーっ!!」 一斉に館内が騒がしくなった。時刻は丁度11時。数台のサーチライトがKIDの姿を探す。そのうち1台がKIDの姿を捕らえた。 屋根の上。 不安定な足場にもかかわらず、KIDは危なげもなく立っている。 白いマントが風に煽られはためく。 群衆からはKIDコールが響いてくる。 「宝石から目を離すなぁっ!!」 中森警部の怒声が響き渡る。 新一は腕を組んだまま壁に凭れ、目を瞑り、神経を張り巡らせて気配を探る。 「け、警部っ! KIDが消えましたっ!」 「落ち着けっ! 奴は館内にいる。ここへ来るはずだ! 持ち場を離れるなっ!」 ジリジリと時が過ぎる。時間にすれば1〜2分のことなのだろうが、その場にいる者にとっては数時間にも等しい。状況を知らせる無線が飛び交う。それも多岐にわたる。情報攪乱はKIDの常套手段だが、いつも引っかかってしまう。だが今回、新一がいることも手伝って取り乱すことはない。 「警部、気を付けて。来ます」 不意に新一が壁から離れ、室内を睨んだ。 KIDの常套手段として、室内の場合、閃光弾・催眠弾が上げられる。それの対策として、この部屋の警備にはマスクと特殊眼鏡を渡してある。それらを身につけ、KIDを迎える準備をする。新一もマスクと眼鏡を付ける。 暫くした後、通気口から何かが転がり出た。コロコロと転がり、部屋のほぼ中央へ転がっていく。警官の一人が恐る恐る近づき、転がった弾に手を伸ばす。と、その弾から白い煙が噴出した。 「換気扇を回せぇっ!!」 中森警部が叫ぶ。が、既に部屋中が白い煙で何も見えない。手探りで壁にあるスイッチを探すが、見つからない。そのうち、誰かがベランダの窓を開けた。勢いよく煙が出ていく。 視界が見えるようになると、中央にあったケースからは石は消えていた。そして、開け放たれたベランダの手すりには…。 「キッドォォォ〜っ!!」 マスクと眼鏡を投げ捨て、中森警部はベランダに向かって突っ込んでいった。が、ベランダに出る前に何かにぶつかった音がすると、そのまま後ろに倒れ込んだ。 「…大丈夫ですか? もういい年なんですから、あまり無茶をなさらぬように」 そうした本人がいけしゃあしゃあと曰う。口元に笑みを浮かべて、手にした宝石を見せるように掲げる。 「欲しいものは手に入れましたので、私はこの辺でお暇しますね」 そう言うと、床に閃光弾を叩き付け、次の瞬間にはその姿を見ることはできなかった。 しかし、新一はKIDが閃光弾を投げつける瞬間、自分を見ていたことを知っていた。そして、その唇がかたどった言葉を。この時ほど新一が読唇が使えることを呪ったことはないだろう。 返して欲しければ、追ってきなさい 新一はホテルの屋上に向かいながら気が滅入っていた。 何故、見なかったことにしなかったのだろう。 何故、こんな所に向かっているのだろう。 何故、下にいた快斗と合流しなかったんだろう。 そうすれば 「ようこそ、名探偵」 屋上への扉を開くと、フェンスに凭れた白い鳥がいた。 新一はドアを開け放ったまま、その場に立ち止まった。 風が二人の間を通り抜けていく。 白い鳥は翼をはためかせ、じっと新一の様子を見ていた。 不意に身体を起こし、ゆっくりと新一に近づく。 新一は震える身体を叱咤し、鳥を睨み付けるが、3m程の距離になったときに耐えきれずに後退った。それでも睨み付けることだけは忘れない。 白い鳥は楽しそうに口元を歪めると、徐にパチンと指を鳴らした。 途端に閉まる後ろのドア。 新一は焦ってガチャガチャとドアノブを回すが、鍵が下りているのか一向に開くことはない。 「どうしました? これを、取り返しに来たのではありませんか?」 手を翻して見せた手のひらには、今回の獲物である大粒のピンクダイヤ。光の加減により中央が濃いピンクになることから『奇跡の薔薇』と呼ばれている。 新一は後ろ手でドアノブを掴みながら、石を持つ手を凝視している。 「だったら…だったら、さっさと返せ」 気を抜けば震えてしまう声に舌打ちしながら、新一は睨み付けている。 そんな彼に対し、白い鳥はクスクス笑うだけ。石を手で弄びながら、石を通して新一を見つめる。 「…お返ししますよ。さぁ、どうぞ?」 石を乗せた手を差し出し、ゆっくりと新一に近づく。元々そんなに離れていなかった距離は縮まり、石は新一の目の前に差し出される。新一は石から視線を逸らすこともできず、震える手を持ち上げて石に触れた。が、触れたはずの石はなく、新一の手は白い鳥の手に捕まれ、反対の手もいつの間にか捕まれてドアに縫いつけられていた。 「なっ、離せっ!!」 慌てて身を捩るが手を離すどころか、身動きすらできなくなっていた。 「言ったでしょう? 貴方が見て良いのは私だけだと」 新一の両手を上で一括りに押さえつけ、片手で顎を掴んで固定させる。 「じょ、冗談じゃねぇー!」 「冗談なんかではありませんよ? 第一、既に貴方は私のモノなんですから」 「何言ってやがるっ! 誰がテメー何かのっ……えっ……」 にっこりと人好きのする笑顔を浮かべて白い鳥はそこにいた。 新一のよく知る人物となって。 「ねぇ、新一? 新一はオレのモノだよね?」 新一の顎に当てた手を頬へとずらし、愛撫するようにゆっくりと撫でる。耳朶を撫でるように首筋に下ろし、親指で唇を撫でる。 「…ぅ…そだ……」 「おや、名探偵ともあろう人が、分からない、と?」 「…なん…で…?」 「何故だと思います?」 クスクス笑いながら耳元で囁く。手を下へ滑らせ、喉元からネクタイを引き抜くと押さえていた両手を後ろ手に縛める。 「…ぁ…ぃと……」 「分からない?」 優しい口調で、まるで宥めるかのように耳に吹き込む。片手で新一の身体を支え、もう片方の手はシャツの上から胸をまさぐる。愛撫に慣れた身体はすぐに反応を返し、その身を震わせる。 「やっ……」 「嫌じゃないでしょう? いつだってココに男を欲しがっていたんですから」 するりと臀部を撫で、指を押し入れるように撫で上げる。 「やめっ…」 「ねぇ、淫乱な名探偵? もう欲しくなってんじゃねぇの? 男がさ」 「やっ、やだっ…。かいっ…とっ…」 「何? 新一」 涙に濡れた目元を優しく唇で拭い、そのまま額、眉間、鼻、頬、耳、顎、口元、そして唇にキスを落とす。震える身体を抱きしめて、髪を梳く。 「…かぃ…と? なん…で? …騙して…たのか?」 「…どう思う?」 潤んだ目で見上げ、首を横に振る。 「オレ…は……、お前が、KID、でも…」 「オレがそういう身体にしたんだし?」 クスクス笑いながら回した手でその身体を撫で回し、後ろ手に縛ったネクタイを解く。だが新一はそれにも気付かないのか、ただ、俯いて首を振るだけだった。 「本当、男を悦ばせる良い身体だよ。だからって、他の男にやるつもりはないけど」 「…かぃと…」 新一の耳元で囁くと、新一は愕然として、涙に濡れた顔で見上げる。 「このままオレだけを見てろよ? 他の誰かを見ることは、許さない」 新一は力なく白いスーツの裾を掴み、肩に顔を伏せてしまった。 ゆっくりと絡め取った獲物を愛でるように優しく抱き締め、髪を梳き、耳元で囁く。 「アイシテイルよ、新一? もう、誰にも見せない」 fine TOP |
----------------------------------------------------------- ▼管理人のコメント 恵夢さんから強奪してしまった、素敵地雷作品で御座いますvv 管理人のリクエストは鬼畜快斗ということで、私の趣向ばればれなリクエストとなってしまいましたが(笑)、 見事私の願いを叶えて下さった恵夢さんに大・大・大感謝です!! も〜鬼畜快斗大好きなんですよ!や、あくまでそこに愛があればの話ですが(我侭 凶悪なまでの独占欲の裏返しが鬼畜。萌えv キッドであることを隠して快斗として新一に接近する策士な快斗くん。 ん〜いいですねぇ〜(笑) 恵夢さん、本当にどうも有り難う御座いました!! 記念すべき地雷ナンバーは90109でしたv |