「好きだ。」


 そう言われたのは五日前。


「…何言ってんの?」


 そう答えたのも、五日前。





 そして俺は、今日もまた工藤邸に居る。















コクハク















 黒羽快斗、17歳の現役高校生。
 青春真っ盛りの学生生活を送ってるはずが、色々と思うトコロがあって、怪盗キッドなんてものをやってる、俺。
 マジックは好きだし警部と遊ぶのもそこそこ面白い、が。
 何より大事なのは、俺の親父を殺した組織が欲してる石を探して潰してやり、そいつらを壊滅させるってこと。
 そのためには危険だったけどキッドを続ける他なかった。
 が、組織は思った以上に狡猾で、この俺の馬鹿高い頭脳を持ってしてもなかなか尻尾を掴ませない。
 キッドとして宝石を盗み続け、組織の奴らが出てくるのを待ってはいるが、いつまでも受けの姿勢じゃ拉致があかない。


 そこで俺は、8年前のキッドについて徹底的に調べることにした。
 勿論親父がキッドだと知ってから、昔の記事を読んだり寺井ちゃんや母さんに話を聞いたりと色々やったけど、まだ俺の知らないことがあるかも知れない。
 違法だとは知りながらも(今更だし)警察のコンピューターに侵入して、未発表の事件なんかも拝見した。
 でもこれと言って真新しいものはなかった。
 結局キッドを続けるしかないのかなぁ、なんて思ってた時、ひとつの噂がひっかかった。


“ある若手小説家が、怪盗キッドの国際犯罪者番号1412号をもじって……”


 ある若手小説家。
 彼はなぜキッドと名付けたのだろうか?
 そしてなぜ、こんなにも世間に定着したのか?
 もしかして…怪盗キッドと面識があったのだろうか…?


 思い立ったら即行動、進展なしの過去の記事は放って、キッドと名付けた若手小説家について調べた。
 そこに浮かんできた名前は、あまりに有名で、あまりに大物で、ちょっと…かなり。驚いた。
 しかも少なからず因縁のある名前だったり。


 工藤優作。


 その実力は日本に留まらず、世界中で人気を博する世界屈指の推理小説家。
 出す本出す本ベストセラーという彼も、実はかなりのIQを保持してるんじゃないかと思う。
 そして確信を持った。
 …彼なら、怪盗キッドであった親父と接触があったかも知れない。
 おそらくどちらも引けを取らない狡猾さと不適さを持っていただろうから。
 そう、きっと良い刺激になる好敵手だったんじゃないかな。


 その彼の息子も、これまた有名人。
 日本警察の救世主とまで言われ、平成のシャーロック・ホームズとまで言われる“名探偵”。
 高校生探偵・工藤新一の名前を知らない奴は、多分この日本にはいないだろう。
 …ばっちりファンまで居たみたいだし。
 そして、名探偵と俺もまた、好敵手の関係だ。


 これについては少々厄介だ。
 親父のことは知りたい。
 だがその手がかりがあるかも知れない場所が、あの工藤新一の父親の工藤優作とあっては…。


 俺はとにかく直接本人に当たるのはもう少し様子を見てから、ということにして、工藤邸をこっそり拝見させて貰うことにした。






 …のだが。


「探偵の家にコソ泥しに来るとは良い度胸じゃねーか。」


 なんて冷ややかな台詞をオプションに、俺は早々に見つかってしまったのだった。
 これでも気配を消して物音立てずに入ってきたって言うのに、こいつには野生の勘でもあるんじゃないかと疑った。
 でもここは親父の言通り、ポーカーフェイスを忘れたりしない。


「めぼしいジュエルも有りませんので、少々読書を、とでも思いましてね。」


 内心、やべーやべーと連呼しながらも、そんなのはおくびにも出さずに言ってやった。
 受話器片手に警察なんかに連絡されたら面倒だな、と思っていたら。


「ふぅん。なら、好きに読めば?」


 なんて意味不明な言葉が返ってきて、こっちの方が動揺してしまった。
 怪盗キッドの“目が点”状態なんて見たのは、多分後にも先にもこいつだけだ。
 普通、家に泥棒が来たら、気の弱い奴は布団の中でやり過ごすし、気の強い奴なら、対戦用の武器を持って出ていけ!ぐらい言うものなのに。
 コイツと来たら、読めば?なんてひとことであっさり書斎を出ていこうとしてる。
 勿論、何かの企みがあっては拙いからと呼び止めた。


「おや、こんなにオイシイ獲物を前に放っておくんですか?」
「だって本を見に来ただけだろ?…あぁ、土足だったら追い出してやるけどな。一応脱いでるみたいだし。」


 果たしてそんな問題だろうか。
 いや、絶対違う、間違ってんのはコイツの方だ。
 …なんて当の泥棒本人の言う台詞じゃないけど。


「読み終わったらちゃんと元の場所にしまっとけよ。」
「ちょっ…、待てよ!」


 扉を開けて今にも出ていきそうな奴の肩をひっつかんだ。
 思わず出てしまった地の声だが、なんとも可愛くないことにコイツときたら全くの無表情。
 俺は構わず、掴んだ肩をくりんとまわしてこっちを向かせた。
 名探偵は抵抗すらしない。


「…どういうつもりなんだ?」
「別にどうもしないけど?」
「捕まえないのか?なぜ来たのかも聞かないのか?」
「聞いて欲しいなら聞くけど?」


 不貞不貞しいまでの無表情で、奴は腕を組むと、ほら話せとばかりに目で合図する。
 なんだか墓穴を掘ったような情けない気分を味わいながら、俺は仕方ないと腹を括って理由を話したのだった。
 なんだか妙なことになった。


 で、結局。
 怪盗キッドを捕まえる気の全然ない名探偵にそこそこ事情を話したら、好きに資料を漁れ、ということになった。
 未だ釈然としないものを感じながらも好意を受け取って、この膨大すぎる量の資料に目を通すことにして。
 さすがに一日、二日で終わる量でもなかったので、連日通う羽目になった。










* * *


「コーヒーでも飲む?」


 なんて労いの言葉をかけてくれちゃったりする探偵に、やっぱりオカシイと思う俺に罪はない。
 この一週間ですっかり俺の好みを把握してるコイツは、俺好みのミルクと砂糖を入れた甘ぁいコーヒーを持って、書斎の入り口に立っていた。
 正直、そろそろ休憩したいな、なんて思ってたのも事実だから、有り難く頂戴する。


「手がかりナシ?」
「皆無。…まぁ、まだ漸く5分の1ぐらいだから、気長にやらせて頂きますよぉ〜。」


 そうなんだ。
 かれこれ一週間も甲斐甲斐しく通ってるって言うのに、まだ5分の1程度しか見れてない。
 …いや、6分の1程度かも。
 しかもその中に手がかりらしい手がかりはまだないし、残りの5分の4(6分の5か?)に目を通そうと思ったら、プラス4週間か5週間…。
 なんとも先の長すぎる話だ。
 しょうがないから、怪盗キッドも同時進行、という形を取っている。


「そ。ガンバレ。」


 素っ気ない言葉で出ていこうとする背中に声をかけた。
 …だって、もう夜中の12時だってのに平然と起きてるんだぜ、名探偵ってば。


「別に寝てても良いのに、名探偵。」
「うんー。」
「夜はちゃんと寝なきゃ体持たないぜ。それに、飯もちゃんと食ってるか?」
「…まあ。」


 曖昧な返事に、わざと盛大に溜息をついてやった。
 俺が工藤邸に通い出して一週間。
 新たに得た情報と言えば、コイツの狂いまくった私生活ぐらいのものだった。
 まぁ朝はどうしてんだか知らないが、日が沈んだ時分からのコイツの行動はめちゃくちゃで。




 まず、飯を食わない。
 一度、コーヒーをいれてくれたついでに何か軽く夜食でもくれないかな、なんて言ってみたら、晩飯食ってないから何もない、と帰ってきた。
 発育途中の男子高校生が、飯を食ってない。しかも夜だ。ディナーだ。
 はっきり言って一番食べなきゃマズイもんを食ってないんだ、コイツは。
 呆れてものも言えない俺に、さらに攻撃。


「あ、カロリーメイトならいっぱいあるぜ?」


 そんなモンを飯代わりにしてんじゃない!!
 そう叫びそうになったのは、10歳から家事を手伝いだした俺の、三食しっかり栄養バランスのとれた食事を摂る、というモットーのせい。
 そんな俺に罪はない。
 理由を聞いたらめんどくせぇだの本を読む時間がなくなるだの…。


 注意したのがたしか三日前。
 あれから三日経ってるが…やはり少しも改善されてなかったらしい。
 ああもう、名探偵ってのは栄養補助食品で生きていけるものなのか!?




「ったく、今からでも、ちょっとで良いから胃につめとけ!」
「…はぁ。」


 やる気のない、溜息混じりな返事。
 溜息つきたいのはこっちの方だぜ、まったく…。
 こうなったらもう、ヤケクソ。


「しょーがない、この料理の天才、キッドさまが造ってあげましょう!」
「…造れんの?」
「カロリーメイトよりはマシなはずだ。」


 天下のキッドの手料理をご馳走しようってのに、返事は「ふぅん。」
 でも、まあ、自分で言うのも何だけど。
 はっきり言って不審人物でしかない夜中の訪問者を、(普通じゃないが)邪険にもせず調べさせてもらってるのは有り難い。
 そのお礼というつもりで造ってやりましょう!


 意気込んでキッチンにお邪魔した俺だったが…
 すぐさま書斎に戻って、名探偵の胸ぐらをひっつかんだ。


「なんだ、あの冷蔵庫は!!」
「へ?なんだ?」
「だから!…あの、中身のない冷蔵庫はなんだっ」


 普通冷蔵庫って言えば、玉子や野菜や肉やらなんやら…。
 よしんば肉は我慢しよう。
 それでも、中身がポカリとカロリーメイトって…!


「も、良い。絶対食わす。コンビニ行ってくるから、寝るんじゃねーぞ!」


 言うなり俺は工藤邸を飛び出して、最寄りのコンビニへと駆け込んだ。
 もちろん衣装は脱いで、黒羽快斗に早戻り。
 有り難くないことだがこんな深夜でも学生の出入りはそこそこあるので、別段不審がられたりもしない。
 …まぁ、買ったものが家庭じみた食材だってこと以外は。


 コンビニ袋を片手に持った怪盗キッド…なんてのはどうにもマヌケで、シルクハットとマントとジャケットは脱いで、ブルーのシャツにモノクルというラフな格好にした。
 工藤邸に戻ると、名探偵は大人しく(?)ソファで小説を読んでた。
 俺のいつもと違う格好に驚いてるものの、「オカエリ」とだけ言って再び本の世界へ。
 …オカエリって。なんか違う。まぁ良いけど。


 俺は早速キッチンへ入って、買ってきた材料を袋から出した。
 夜中だってことであんまりコッテリしたものは胃に辛いし、量があるものもイタダケない。
 まぁ無難なところでパスタをゆでて、俺特製のあっさりソースをかけて。
 量を考えながらトマトやレタスをちりばめて、夜食にしてはそこそこバランスの良い料理の出来上がり。
 ああ、パスタじゃ俺の腕の良さがイマイチわかんないかも。
 アルデンテに仕上げては見たけどね。


「名探偵。出来たよー。」
「…サンキュ。」
「はいドウゾー。」


 読んでいた本を脇へのけて、いそいそとテーブルまでやってくる。
 椅子に座って用意された料理を前に。


「…イタダキマス。」


 ちらっ、と上目で、前の席に腰掛けた俺に視線を寄越した。
 それとなく感謝の気持ちは持ってくれるらしい。
 その様が妙に幼くて、笑ってしまいそうになったがなんとか堪えた。
 心なし、見上げてきた瞳にキラキラしたもんが見えた気がした。


 名探偵はいかにも育ちが良いらしく、フォークやスプーンの使い方が綺麗だった。
 あんまり食器をガチャガチャ言わせることもなく、ウマイ具合に口に運んでいく。
 きっと手先は不器用じゃないんだ。
 なのに料理をしないってことは……めんどくさいのか、それとも…?


 暫くボーッと見ていると、ゴチソウサマという声が聞こえてきた。
 夜食だからってかなり少な目に造ったんだけど、量は足りただろうか?


「足りた?」
「充分。久しぶりに腹一杯。」
「…あっそう。」


 とことん人間生活は送れてないらしい、とわかった。
 と、名探偵も食べ終わったことだし、まあ後かたづけはやってもらうとしてさっさと本を調べに行こう。
 そう思って出ていこうとした俺の、シャツの袖をツンツンと引っ張るものがある。
 もちろんここには俺とコイツしかいなくて。


「なに?」


 袖をつまんだまま下からジッと見上げてくる、蒼い目。
 さっきみたいにキラキラしてないけど、なんだか力のこもったそれは…



「好きだ。」



 ………………………は?


 たっぷり5秒ぐらい、思考が停止して。
 コイツは今、なんて言ったんだ?なんて、思い出すまでもないことを考えた。


 好きだ。


 好き……とは、心がひきつけられること。
 つまり名探偵は俺のことが好きで、俺に惹かれてるってことか?
 …なんで?
 っていうか、親愛の好き?好みの好き?恋愛の好き?
 親愛の好き…なんて、言われなきゃならないほど馴れ合っちゃ居ない。
 好みの好き…ならわからなくもないけど、仮にも探偵と怪盗で(なんか今オカシイけど)。
 恋愛の好き…は、世間一般で男女間のモンだし。


 …結論。
 わからん。
 俺にはこいつの言いたいことがサッパリわからん。
 だから率直に聞きなおすことにした。


「…何言ってんの?」


 返事を返すまでたっぷり15秒はかかったが、なんとかショートから抜け出した俺の台詞に。


「別に。」


 なんて素っ気な返事しか返ってこなかった。
 名探偵は握っていた俺の袖から手をぱっと離すと、同時に顔をぷいっと背けた。
 ガタンと椅子を立って出ていこうとする背中に、わけがわからないと俺は声をかける。


「え?は?どーゆーこと?」
「別になんでもない。さっさと調べて来いよ、世が明けちまうぜ?」
「え?あぁ…そうだな。」


 さすがに一ヶ月以上もかかる調べものに遊んでる暇はなかったので、大人しく従うことにして。
 結局何が言いたかったのかわからなかったけど、そのままにして書斎に戻った。
 名探偵もいつも通り、1時頃になったら自室に戻っていって、俺もいつも通り2時になったら自宅に戻った。










* * *


 あれから五日。
 結局あの「好きだ」の意味はよくわからないが、よくわからないだけに気になってた。
 名探偵の様子から何かわからないかな、と思ってたのに、この五日間、名探偵には少しの変化もない。
 むしろそんなこと言ったっけ?な勢いで変化ナシ。
 大した意味もなかったのかと思いながらも、今夜も書斎にお邪魔して、漸く5分の2ほど終わるかなぁという頃。
 いつもと同じ12時頃になって、名探偵がコーヒーを持ってきてくれた。


「コーヒーでも飲む?」


 これも、いつもと同じ台詞。
 いつもと全く代わり映えのない様子。
 唯一違うところと言えば…なにやらちょっと顔色が悪いかも知れない。
 また事件にでも呼び出されたのかな?
 すっかり習慣になってしまっているコーヒーを有り難く頂戴した。


 ドア口に寄りかかったまま、いつもと同じように自分用のコーヒーを飲んでいる名探偵。
 いや待て、マジで顔色悪いな…?


「名探偵?疲れてんなら寝ろよ?」


 いつも、手伝うわけでもないのに、1時まではこうして俺の作業をジッと見てたり、居間で本読んでたり。
 没頭するとまわりが見えなくなるから、居ても大した邪魔にはならないので放ってる。
 でも、もし事件で疲れた体を押してコーヒーをいれてくれたんだったら…。


「別に眠くないし…平気。」
「そ?」
「邪魔なら出てくけど。」


 そう言ってまだコーヒーも飲み終わってないのに立ち去ろうとする名探偵。
 俺は慌てて、そんなことはないと声をかけようとした。
 でも、俺が何かを言う前に名探偵の体はぐらりと傾いで。


「名探偵!?」


 駆け寄る間もなくぐらりと倒れて、仰向けに床に転がった。
 慌てて近寄ると、頭を打ったのか、後頭部をさすりながらイテテ…と言っている。
 とりあえず意識もあるし、大したこともなさそうだと思ったけど。


「熱……。」


 その声に促されるように見て、盛大にコーヒーをひっかけたシャツが目に入った。


「大丈夫かっ?火傷したんじゃ…っ」


 まだ湯気ののぼっていたコーヒーを、脇腹部分に大量にこぼしている。
 本人は顔をしかめる程度の変化しか見せないが、いつもまるきりポーカーフェイスの彼が顔をしかめるほどなのだと悟った。
 俺は急いで洗面所に走り、タオルを濡らして戻ってきて。
 名探偵のシャツのボタンを外して火傷の部位を調べた。
 脇腹はやっぱり赤くなってて、これは後からじんじんしてくるな…と思いながら冷たいタオルをそっと当てた。


「…てぇー…」
「どうしたんだよ?フラつくなんて、名探偵らしくない。」


 タオルを当てながら顔を覗き込むと、「別に。」と言ってぷいと顔を背けられた。
 名探偵の「別に」は絶対何かあるんだよな…。
 まぁ無茶してなきゃ良いけど。
 溜息をつきながらその顔を眺めていると、じろりと睨んだまま顔がこっちを向いた。
 …心なし、頬のあたりが赤く見える。
 まさか照れてんのか?男同士だから気にしなくて良いのに。
 あーでも、裸の付き合いなんかするタイプにゃ見えねーな…。



 名探偵の肌は白い。
 もともと日焼けとかしにくい肌なのか、白磁の肌ってやつだ。
 ただ青白いわけじゃないから健康的な白さなんだが…今はとにかく顔色が悪い。
 でも、瞳は相変わらず綺麗な色してるんだよな。
 深くて澄んでて強い色。
 顔も整ってるし、睫毛なんかも長くて綺麗だし…
 なんて考えながら、じっくり観察してしまってたらしい。


「……キッド?」


 怪訝そうな顔が覗き返してきた。
 白にほんのり赤みのさした、綺麗な顔が目の前で…



 ちゅ。



 無意識に、まるで引き寄せられるように……キスしてた。
 目を閉じて何度も何度も口付けて。
 名探偵の、赤くて甘いふんわりした唇を、啄みながら堪能した。
 白い頬に手を添えて、甘い甘い口付けを繰り返す。
 まだ足りなかったけど、名残を惜しみながらも唇をそっと離した。
 閉じていた目を開けると、同じようにゆっくりと瞼を開く名探偵の、綺麗な顔。
 なに?って顔してる。
 蒼い瞳が熱っぽく潤んで、薄く開いた唇が艶っぽくて。


 …今更になってわかったような気がする。
 俺ってこういうのに疎かったっけ?
 多分自覚してなかったけど、ずっと前から…そう、それこそ、あの邂逅の時から……



「好きだ。」



 途端、名探偵の顔が(いや、耳もか?)ぼっ、と赤くなった。
 あらら、真っ赤っか…v


「え、あ?…それ、って…」
「愛のコクハク。」
「えっっ」


 真っ赤な顔で動揺しまくってる名探偵の顔をがしっと捕まえて、強引にもう一度唇を奪った。
 こうでもしなきゃ、伝わんないような気がして。
 今度は、貪るような激しいキス。
 有無を言わせないディープなキスで、思う存分口内を蹂躙して。
 名探偵の吐息も声も熱ですら、全てを奪う勢いで。


 息が苦しいとばしばし抗議してきた手に、漸く解放してやって。
 ぜーぜー良いながら必死に呼吸を送り込んでる名探偵の頬を挟んで、真顔で聞いた。
 実際、かなり真剣だ。


「返事は?…新一。」


 ぴくりと肩が揺れる。
 ああそう言えば、ファーストネームで呼ぶのは初めてだな。
 じろっと睨み付けながら(力入ってないっつーの)赤い顔のままの新一は、ドスッ、と鳩尾に蹴りをくれながら怒鳴った。


「先に告ったのは俺だっ!!」


 見事クリーンヒットして床に転がった俺は、腹を抱えながらそういやそうだと思い出す。
 五日前、俺は新一から「好きだ」って言われてるんだった。
 新一の「好きだ」の意味。
 つまり、今の俺と同じってことなら…


「俺たち、相思相愛?」
「じゃねーの?」
「なんだよ、らぶらぶじゃん。」
「らぶらぶって言うなっ」


 床に転がったままの俺の隣に、新一もくたっと横になる。
 お互い睨むように向かい合って…オカシくなって笑った。
 クスクスなんてもんじゃなくて、馬鹿みたいにゲラゲラ笑って。
 笑いながら、寝ころんだまま、新一を引き寄せてキスをして。


 あんなにポーカーフェイスを張り付けてたはずの新一が、今は赤くなったり怒ったり笑ったり。
 なんだ、こういう可愛い顔も出来るんじゃん。
 暫くふたりで床の上をゴロゴロやって、新一のコロコロ変わる表情をじっくり眺めて。
 気付いたら、腕の中でとろんと眠そうな顔をしていた。


「新一?眠い?」
「んー…ここんとこ…寝てなくて……。」
「…ここんとこってどれぐらい。」


 ちょっとムッとした声になったのは仕方ない。
 こいつの不規則のお手本みたいな生活を知ってる奴は、きっと俺と同じ反応をするはずだ。
 こしこしと目元をこする新一の手を取って(あんまりこすると目に良くないし)、俺は唇を尖らせて返事を待った。


「ん…五日…前から……。」


 それだけ言い残して新一は眠ってしまった。
 クークーと規則正しい呼吸を繰り返す新一を見て、思わず緩みそうになる頬筋を手で押さえて回避する。


 五日前。
 …と言えば、新一が告ってくれた日で。
 そん時の俺は全く自覚してなかったもんだから、「何言ってんの?」なんて返したわけで。
 全くいつも通りに振る舞いながら、実はあれから眠れてなかった、なんて。
 それってなんか、ちょっと、不謹慎だけど。
 …うれしい、かも。


 既に覚醒する気配のない新一を抱きかかえて、二階のこいつの部屋へと向かった。
 全く脱力してて、四肢と頭がカクン、と垂れる。
 仰け反った白い喉元が綺麗だな、なんて不埒なことを考えながら、そっとベッドに横たえた。
 長くかかる前髪をスッと横に梳きながら。


「そんだけ俺、愛されちゃってるわけ…?」


 返事は勿論返ってこないけど、安眠しきっている新一の瞼に優しく口付けた。


 多分、愛されちゃってるんでしょう。
 同じだけ、いや、それ以上、俺も愛しちゃってるわけだし。
 男だし探偵だし生活めちゃめちゃだけど。
 全部ひっくるめて出来上がった今のコイツに、多分どうしようもないくらい惚れてる。
 それこそ、連日通ってしまうほど。


 なんだか帰るのが億劫になって、その夜は怪盗と探偵が仲良く並んで夢を見た。










BACK

思いつきは新一からの告白、ということでした。
でもなんか最初の予定から大幅に変わってる…。
快斗一人称で頑張ったけど微妙だなぁ。
愛しちゃって愛されちゃってる仲。こういう子供っぽい彼らも可愛いなぁ。
(子供っぽいのか??)