「好きだ。」


 そう告白したのは、俺。


「…何言ってんの?」


 そう言って振ったのは、アイツ。






 自覚と同時に終わったらしい、俺の初恋……















コクハク















 工藤新一、17歳の高校二年生。
 “平成のシャーロック・ホームズ”だの“日本警察の救世主”なんて厳つい肩書きがある俺は、探偵だ。
 実はついこの間まで小学生をやっていて、裏社会に根付いていた巨大な闇組織を壊滅させた、なんてことを知る者は殆どいない。
 だがその殆どに属さない人間にこそ泥がひとりいる。
 なぜこそ泥ごときに知られちまったかっつーと、まぁそのこそ泥は伊達にこの世知辛い現代で怪盗をやってないだけあって、ただ者じゃないとだけ言っておく。
 そして現役の探偵である俺は、実は――怪盗キッドの正体を知っていた。


 10年前に突然現われた初代怪盗キッドの正体は、世界的に認められたマジシャンである黒羽盗一。
 幼い頃に彼のマジックショーに連れて行かれたため、彼の名前は当然知っている。
 そしてその世界的マジシャンと俺の親父、工藤優作は、どうやら知り合いらしい。
 あのタヌキ親父曰く“悪友”らしいんだが……盗一氏の性格を考えるとちょっと意外ではあった。


 そして今、8年の沈黙を破って再び突如として現われた怪盗キッドは二代目らしい。
 そう、黒羽盗一のひとり息子である黒羽快斗と言う男。
 驚くことに彼は、この米花の隣町である江古田に住んでると聞いた。
 あの気障なこそ泥がこんな近くに住んでいたとは驚きで、当然探偵の俺はヤツをすぐにでも捕まえてやりたい衝動にかられたが。


“――彼を捕まえることだけは、私が許さないよ。”


 いつも飄々として冗談みたいな人生を送ってる親父が、その時ばかりは真剣な顔で俺にそう言った。
 理由を聞いてもマジメに答えてくれたためしがない。
 突っかかれば、お前は探偵じゃなかったのかい?と来たもんだ。
 逮捕は許さないが調べるのは構わないとはどういう了見だ。


 つまるところ、親父は俺の知らない、もっと言うなら世間に知られていない怪盗キッドの秘密を知っているんだろう。
 そしてその秘密とは十中八九、あの泥棒の犯行動機に違いない。
 なぜって?
 怪盗キッドの犯行は、一見して犯罪を楽しむ愉快犯のように見えるが、そうじゃないのは俺の中では決定項だからだ。


 毎度毎度ビッグジュエルと呼ばれる宝石を狙い、苦労して盗ったかと思うとわざわざ送り返してくる。
 これで何の目的もないただの愉快犯だっつーなら、そいつはただのアホだ。
 単に宝石好きのイカレ野郎ともとれるが、一度でも奴と言葉を交わしたなら、あの男が決してただの馬鹿じゃないことが判るだろう。
 優秀な日本警察を相手に“正体不明”で“確保不能”を貫き通すだけの実力を、確かに持っている。
 そしてあの男は決して人を傷付けない。
 ……まあこれは不本意だが、一度ならずあの怪盗に助けられたことがあるのも事実だ。
 俺がガキだった時もさり気なくサポートしてくれたりして、屈辱を感じるよりも呆れてしまったりもした。


 そんな男の最大の謎と言えば、やはり犯行動機だろう。
 俺は半ば無理矢理「キッドは逮捕しません」と親父と約束させられた。
 いや、約束なんてもんじゃねぇ、あれはどっちかっつーと脅迫に近かったような……


 とにかく、だ。
 キッドの逮捕は断念した俺だが(もともと逮捕権ねぇし)、キッドの謎を追求しないとは言ってない。
 とは言え、キッドに興味があろうとなかろうと俺のフィールドは一課だし、好きこのんで熱血警部にいびられたいとも思えず、実質はほったらかしにしていた。
 機会があればキッドともまたかち合うだろうし、この謎はその時に考えれば良いや、と思ってたわけだが。





 俺ん家の俺の書斎の中で蠢く、白い影。
 頭の痛くなるような――むしろ頭を疑いたくなるような――白のタキシードにシルクハット、そして極めつけにマント。
 間違いようもなく、それは世間を騒がせる怪盗キッドと呼ばれるイキモノだった。


 俺がここに立っているのにも気付かずに、何かを熱心に探している。
 本のページを捲りスピードの早さとか、ちゃんと見てんのか疑わしいほどだったが、俺も人のことは言えないのでそこはまぁおいておくとしても。
 書斎から人の気配がしたから泥棒だと思って気配を消していたとは言え、ここまで気付かれないと逆に心配になってくる。
 こいつ、こんなんでホントに怪盗なんてやってけるのか、と。


「…探偵の家にコソ泥しに来るとは良い度胸じゃねーか。」


 いつまで経っても気付く気配がないので、とりあえず声を掛けてみる。
 ところが、全く気付いてなかったとばかり思っていたのに、振り向いたキッドには驚いた様子が全くなかった。
 ほんとは気付いてたのか、それとも単にポーカーフェイスが巧いのか。


「めぼしいジュエルも有りませんので、少々読書を、とでも思いましてね。」


 ……後者だな。
 そんなとってつけたような良いわけ、誰であろうこの俺に通じるわけがないだろう。
 探偵の俺を鬼門だとばかりに避けていた男が、そんな理由で俺のテリトリーに踏み込んでくるはずがない。


 とは言え、俺には親父との約束(脅し?)があるわけだし。
 このシルクハットとモノクルをひん剥いてやりたい衝動を何とか堪え、殊更抑揚のない声で言った。


「ふぅん。なら、好きに読めば?」


 別に家にゃ盗まれて(俺が)困るもんはないし、たとえ盗まれても、本気を出せば奪い返す自信があるし。
 すると怪盗に、当たり前だが納得していない声で呼び止められた。


「おや、こんなにオイシイ獲物を前に放っておくんですか?」

「だって本を見に来ただけだろ?…あぁ、土足だったら追い出してやるけどな。一応脱いでるみたいだし。」


 確かにオイシイ獲物ではあるが、こん時の俺は親父との約束を優先できるほどには、まだキッドに興味を持ってなかった。
 律儀に靴を脱いで書斎に上がったマナーに免じて見逃してやろう。


「読み終わったらちゃんと元の場所にしまっとけよ。」


 だから、それだけ言って俺はとっとと自分の部屋に戻って読書に耽るつもりだったんだが。
 案の定というか、止められてしまった。
 ポーカーフェイスもどこへやら、思わず素で言っちまったらしいが、この男の正体が同い年の高校生だととっくに知っている俺は大して驚くこともない。
 さすがに肩を掴まれるとシカトもしづらくて、引かれるままに間近に向き合った。
 どういうつもりだと詰め寄る相手に、どういうつもりもないのだと応えれば、捕まえないのかと聞いてくる。
 この俺が親切にも好奇心を押し殺してまで見逃してやろうってのに、やはりこいつはただの馬鹿かも知れない。
 すでに俺の好奇心は、自室で本を読むよりも目の前の謎の塊を選んでしまった。


「聞いて欲しいなら聞くけど?」


 そう言えば、ぐっと詰まったような気配。
 自分で掘った墓穴にも気付かなかったとは、なかなか怪盗キッドも俺の奇行に動揺していたらしい。


 キッドの話によれば、俺に用があると言うよりむしろ親父に用があるらしい。
 だが、如何せん油断ならない相手なので(激しく同意してしまった)、まずは自宅の書庫を調べさせてもらいに来たと言う。
 何を調べたいのかは教えてくれなかったし聞かなかったから判らないが、親父に関係することだけは判った。
 そして結局、特に問題もなかったので「好きに資料を漁れ」とだけ言って、俺は怪盗キッドの書斎通いを許容したのだった。










* * *


「コーヒーでも飲む?」


 砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを片手にそう声を掛ければ、複雑そうな顔で、それでもキッドは頷いた。
 すっかり日課となってしまった12時のティーサービスは、実は初日から行ってたりする。
 それは、俺の興味が今ではすっかり怪盗キッドに向いてしまっている証拠だった。
 泥棒には興味ない、なんて言ってた頃が懐かしいぜ…。
 それでも、何やら必死な様相で書斎に籠もっているコイツを見てると邪魔をするのも気が引けて、休憩を兼ねて12時にコーヒーを持ってくることしか出来ないんだけど。


「手がかりナシ?」

「皆無。…まぁ、まだ漸く5分の1ぐらいだから、気長にやらせて頂きますよぉ〜。」

「そ。ガンバレ。」


 そんな俺の気遣いに気付いているのかいないのか、いつの間にか怪盗は俺の前であまりポーカーフェイスを装わなくなっていた。
 まさに「へろへろ」という効果音が似合うような返事に素っ気ない返事を返し、邪魔をしてはいけないからと踵を返す。
 端から一冊ずつ取り出しては目を通して戻す、なんて言う気の遠くなるような作業、慣れた俺でもしないってのに、キッドは根気良くそれを続け、もうかれこれ1週間が経つ。
 そりゃーへろへろにもなるってもんだろう。
 だというのにこの怪盗は、へろへろのクセに人の心配までしてみせるのだ。


「別に寝てても良いのに、名探偵。夜はちゃんと寝なきゃ体持たないぜ。それに、飯もちゃんと食ってるか?」


 ……そういや今日は警部に呼び出されてたから、晩飯はまだ食ってない。
 でもなぜかはっきりとそう応えるのは憚られて、俺は曖昧な返事を返したのだが。
 そりゃもう、あからさまに「食ってねーなコイツ…」という溜息を吐かれて、またもや訳の解らない申し訳なさに俯いてしまった。
 やはり三日前に夜食を強請られた時、晩飯を食ってないことがバレたのが良くなかったのか…。


 だって、事件が起きれば空腹も何もかも忘れてしまうし、血生臭い事件の後に「さあ晩飯だ!」なんて気分になるはずもない。
 いくら事件に慣れていると言ってもそんな慣れ方はしてないし、したくもない。
 犯人には人間じゃないだの血が通ってないだの散々言われる俺でも、どうしようもなくやるせなくなる時だってある。
 けれど、そんな自分の弱みをこの怪盗の前に晒すつもりなんか毛頭無いから、つい「めんどくさい」などと言ってしまったのだが。
 今考えればあれが拙かったんだろうな、と自分の思考に沈んでいると、


「ったく、今からでも、ちょっとで良いから胃につめとけ!」


 なんていう、またもや怪盗らしくないお節介な台詞が飛び出した。


「しょーがない、この料理の天才、キッドさまが造ってあげましょう!」

「…造れんの?」

「カロリーメイトよりはマシなはずだ。」

「ふぅん。」


 探偵相手に、まったくこいつはどこまでお人好しなんだか。
 そんな呆れ混じりの返事にキッドは大層不満げだったが、何も言わずにキッチンへと向かう。
 が、すぐさま怪盗とは思えないドスドスとした足取りで戻ってきたかと思うと、景気よく胸ぐらを締め上げられた。


「なんだ、あの冷蔵庫は!!」

「へ?なんだ?」

「だから!…あの、中身のない冷蔵庫はなんだっ」


 怒りの原因が判らずに首を傾げていると、目を据わらせた怪盗はひと言。


「も、良い。絶対食わす。コンビニ行ってくるから、寝るんじゃねーぞ!」


 ビシィッ、と効果音つきで指をつきつけてきたかと思うと、またもやバタバタとした足取りで玄関から飛び出していく。
 その後ろ姿を呆然と見送っていた俺は、あの格好で買い物すんのかと、想像してちょっと笑った。


 何を他人に、しかも本来なら敵対する立場であるはずの探偵相手に、本気で怒ってるんだろう。
 俺が飯食ってなかったからって、それってあいつには関係なくねぇか?
 たとえば資料提供のお礼だとしても、信用できるような相手じゃないんだから利用するだけしとけば良いのに。
 それなのに、まるで自分のことのように怒ったり呆れたりして。
 俺の体、気遣ってくれてんのかな。


 そう思うと、なんだか腹のあたりがくすぐったい。
 妙に嬉しくなっちまってる俺も、いったいどうしたんだろう。
 くすぐったくて暖かくて……なんか、頬が緩む……
 こんなところを見られては大変だと――誰に見られるのか全く持って謎だが――慌てて顔を引き締めると、逃げるように読みかけの小説へと手を伸ばした。


 暫くして戻ってきたキッドがキッチンで料理するのを、本を読む振りをしながらこっそり観察して。
 メニューは無難なパスタだが、手際の良さは料理への慣れを感じさせる。
 やがて出来た料理に、普段ならあまり主張しないはずの腹が珍しくも空腹を訴えていることを知った。


「…イタダキマス。」


 素直に礼を言うのも憚られて、ちらりと視線を投げる。
 普段なら言わない「イタダキマス」なんて言葉を口にするのも、なんだか照れくさいものがある。


 キッドの料理は、関心が薄い割に味には結構煩い俺にも素直に美味いと感じられた。
 深夜だということと長時間ほったらかしにされたことを考慮された料理は胃に優しく、自分でも驚くぐらいぺろりと平らげてしまった。
 終始無言で、それもどこか不安そうに見守っていたキッド。
 もしかしなくても、これがキッドの素なのだろう。
 つまり、俺の知らないクロバカイトという男。


 怪盗なんて副業を持ちながら、好敵手の腹事情なんかまで心配してしまうお人好し。
 ポーカーフェイスを取り払えば、おもしろいほどにくるくると変わる表情。


 不意に、もっと知りたいと思った。
 ……否、違う。
 俺が知りたいのはキッドじゃない。
 キッドが宝石を盗む動機はもちろん知りたいと思うけど、それよりももっと……
 こいつ自身のことを、知りたいと思う。


 その顔はまだどれほど表情を隠してる?
 その耳で何を聞き、その目で何を見て。
 その心に、何を思ってる?


 キッドが立ち上がる。
 書斎へ行こうと、くるりと向きを変える。
 そのまま足を出して、歩いて行こうとする。


「…なに?」


 ――気付いたら手が出てた。


 行かないで。
 ここにいて。
 教えて欲しい。
 お前を、教えて欲しい。
 怪盗も探偵も知らない。
 ただ、お前が必死になるものに、俺は手を貸せないのだろうか。
 キッドじゃなくお前を、教えて欲しい。
 ひとりで抱え込むな。
 抱え込んだその手で、俺まで抱え込もうとするな。
 いつその重みに潰されるか知れないお前を、見てられないじゃないか。


 だって……



「好きだ。」



 ああ俺、何言ってんだろ。
 そんなの、無理に決まってんじゃん。
 ただでさえ男相手だってのに、誰がわざわざ敵に惚れるんだよ。
 ……なんで、こんな奴に惚れてんだよ。


 それでも、震えそうになる指先にグッと力を入れて、諦めきれないみっともない俺がこいつの袖を離すことを嫌がったけど。


「…何言ってんの?」


 返ってきた答えに、それでもやっぱりショックは隠せなくて。
 指先が震え出す前にさっさと袖を離して、視線を合わす勇気がなくて顔を背けた。


 判ってる。
 望みも何もあったもんじゃない想いだってこと。
 判ってる。
 言いたいことがきちんと伝わっていないこと。


 それでも。
 きっちりと伝えたときに、今のように「何言ってんの」なんて返されたら。
 俺がどうなっちまうか判らないから。


 全部全部、嗤っちまうぐらい完璧なポーカーフェイスに押し隠して、普段通りを装って。
 聞き返すキッドを振り切って、俺はさっさと部屋へと上がった。
 けれど当然、眠気なんてものは感じなくて。


 それから暫く、俺は睡魔に嫌われたように眠れない日々を過ごすハメになった。










* * *


 あれから五日。
 俺がどれほど寝不足に陥っていようと日は昇るし、同じように日が沈む。
 そして怪盗キッドは相変わらず書斎で書物と睨めっこをしていた。


「コーヒーでも飲む?」


 差し出した甘ったるいコーヒーを受け取ったキッドの前で、これで五日目の苦いコーヒーを飲む。
 それでもあと数週間はこいつがいるのだと思えば、苦いそれもほんの少し甘く感じるなんて……俺の頭も相当キテるね。
 だがボロボロの体に無理矢理ブラックを流し込むのは良くない。


「名探偵?疲れてんなら寝ろよ?」


 現にホラ、またこいつにいらない心配をかけてる。


「別に眠くないし…平気。」

「そ?」


 それでも心配そうにのぞきこんでくる相手に、こっちの方が申し訳なくなってきてしまう。
 これじゃあコイツの仕事の邪魔になっちまうと、出て行こうとしたんだが。


「…っ」


 ぐらり、と世界が揺れた。
 否、正確には俺が勝手にスッ転んだから、世界が揺れざるを得なかったのだが。
 流石に連日の寝不足がたたったらしく、みっともなくも倒れてしまった。


「名探偵!?」


 慌てたような声が聞こえ、大丈夫だと口を開きかけたが、けれどそこから出たのは別の言葉だった。


「熱……。」


 見れば、脇腹に盛大にコーヒーを被っていた。
 まあカップを持ったまま仰向けに倒れれば当たり前か、と冷静に処理する頭とは裏腹に、脇腹はズキズキと痛みを訴える。
 そりゃ湯気ののぼるコーヒーを被ったんだから火傷しないはずがない。
 思わずしかめっ面にもなってしまおうというものだ。
 と、それに気付いたキッドが慌ててどこかへ消えていったかと思うと、すぐさま濡れたタオルを持って戻ってきた。
 そして事もあろうに、俺の了承も得ずにシャツをひん剥きやがった!


 いくら男同士っつったって、仮にも惚れた相手にされたいことじゃねぇ…。


「どうしたんだよ?フラつくなんて、名探偵らしくない。」


 問いかけてくる鈍感男から思い切り顔を背ける。
 こっちの気も知らないで、俺の肩を抱いたまま脇腹にタオルを置いて…
 その上呆れたように溜息までついてくれた相手を思いっ切り睨み付けてやる。
 なんだか顔が熱かったけど、そんなことは脈の早さに比べれば大したことない。
 だと言うのに、相手は俺の睨みなどどこ吹く風で、俺の気も知らずにじろじろ眺めてきたりして!


 ぐっと熱が上がる。
 こんな体、見たってなんのおもしろみもねぇけど、あからさまな視線はこいつ限定で俺にとっちゃ毒でしかない。


「……キッド?」


 ついに居たたまれなくなって声を掛けたら……



 ちゅ。



 急に、キスされた。
 しかもそれは一度で終わることなく、啄むように何度も仕掛けられて。
 思考総てを疑問符で埋め尽くしながらも、止める気なんて欠片も起こらなかった。
 普通だったら気持ち悪いと思ってしまうような男相手のキス。
 だけど、それがこいつなんだって思っただけで、どうしてこんなに気持ちいいんだろうか?


 やがて離れていった唇にゆっくりと目を開ければ、やけに真剣な顔をした怪盗が視界に映る。
 そしてその怪盗は、俺が何を言うよりも先に言ったんだ。



「好きだ。」



 途端に、引きかけていた熱が一気に上がった。
 それもさっきよりずっとずっと高くなって。


「え、あ?…それ、って…」

「愛のコクハク。」

「えっっ」


 まともに言葉も返せない俺に、不意打ちのように言われた言葉。
 瞬時に理解出来なくて無防備だった頭を再び捕らわれて、今度はもっと激しいキスを仕掛けられた。
 深く重ねられた唇は呼吸をする暇も与えてくれず、もれる吐息ですら奪う勢いで。
 先ほどのような気持ちよさよりも、ぞくぞくとした痺れが背筋を走り抜けて、堪らず戒めて離さない胸を無遠慮に叩いた。
 漸く解放された唇で肺に呼吸を送り込んでいると、三度キッドの手が伸びてくる。


「返事は?…新一。」


 びくりと、肩が揺れた。
 初めてファーストネームを読んで貰えたことが、怪盗と探偵のスタンスを突き崩せたような気がした。
 けれど、やはり鈍感な男は俺の告白には気付いてないらしく、それに喜ぶよりも先に怒りが込み上げてきて。


「先に告ったのは俺だっ!!」


 腹を抱えてごろりと転がった男を睨み付けてやれば、納得したように瞳を瞬いた。


「俺たち、相思相愛?」

「じゃねーの?」

「なんだよ、らぶらぶじゃん。」

「らぶらぶって言うなっ」


 怪盗紳士とは思えない馬鹿な発言になんだか脱力してしまい、ぐったり転がるキッドの横へと転がった。
 そうして暫く睨み合ったが、どちらも我慢できずに吹き出して。
 馬鹿みたいに笑いながら転がりまわって、じゃれるように何度もキスをして。


 ギリギリと締め付けられていた心臓が、今は嘘のようにドキドキいってる。
 ばれちゃいけないと、必死で隠していた心を解放出来ることが、こんなに楽しい。
 キッドの顔をこんなに間近で見たのは初めてで、それでも変わらない気配が、ずっと素で接していてくれたのだと嬉しくなる。


 叶わないのだと捨てかけていた望みが叶って気が抜けたのか、それとも抱き締めるキッドの腕が暖かいからなのか。
 気付いたら、まったく起きなかった眠気が、思い出したように襲ってきた。


「新一?眠い?」


 すぐさま俺の状態に気付いたキッドがすかさず聞いてくる。


「んー…ここんとこ…寝てなくて……。」

「…ここんとこってどれぐらい。」

「ん…五日…前から……。」


 少し不機嫌な声は俺を思ってのことだと思えばなんだかくすぐったくて、つい本当のことを言ってしまった。
 怒られるかも知れないけど、それでもやっぱり嬉しいかも……なんてことを考えているうちに、俺はどうやら眠っちまったらしくて。


 次に目が覚めたとき、当然のように俺のベッドの中にいるそいつを見て、恥ずかしさよりも嬉しさが込み上げた。
 シングルにしちゃでかいとは言え、男ふたりで寝るにはきついのに。


「…思ったより、俺、愛されてんだな。」


 零れた言葉が、昨夜のキッドの台詞と被っていたことなんて、梅雨ほども知らないけど。


 目覚めたらコイツを「快斗」と呼んでやるのも楽しいかも知れない。
 お前の正体なんか、俺はとっくに知ってんだぜって。
 それでも警察に通報しなかったのはなぜかわかるか?
 ……まぁ、親父との約束ってのもあるんだけど。
 それよりなにより、お前の邪魔、したくなかったからなんだぜ?


 そう言われたコイツが泣きながら、それでも嬉しそうな笑顔を浮かべたのは、それから三時間後のことだった。










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おおお、お待たせ致しました、けいっちさま…!
リクエスト頂いてから待たせること○ヶ月(言うも恐ろしい/死)。
かなりお待たせしました、コクハクの新一サイドです!
新一さん一人称ってここまで難しいとは…!
話の構想自体はだいぶ前に出来てたっていうのに、あまりのムズカシサになかなか上げられませんでした;;
色々とご不満な点があるやも知れませんが、お受け取り下さったなら光栄です。

宜しければコクハク快斗サイドとまとめてプレゼント♪爆