ざわざわと人混みでごった返す交差点。
 一日のうちに、東都に住む何千人もの人がここを通る。

 騒がしいクラクション。
 学生の笑い声。
 雑多な、様々な音が響き渡る。

 その中を歩いていて、志保はある人物を見つけて思わず息を呑みそうになる自分を堪えた。
 …隣を歩く彼に気付かれないために。

 遠く遠く、数十メートルは離れているだろう距離ですれ違う。
 誰も気付かない、こんな邂逅は。
 現われて欲しいと願い、同時に現われて欲しくないと願っているから、見つけてしまっただけ。

 どくんと早鐘のように打ち付ける鼓動をポーカーフェイスの下に隠して、彼が行きすぎるのを待つ。
 不自然にならないよう、細心の注意を払って。
 漸くその姿が見えなくなったとき、思わず安堵の息をもらしそうになり、慌てて隣を仰いだ。
 そして瞠目して、息を呑む。


「…工藤君?貴方……」

 何を泣いているの?


「え?」


 新一の頬にはなぜか、涙が流れていた。















Sleeping Beauty















 ボーッとした思考を隠そうともせず、快斗はその日、一日の授業を上の空で受けていた。
 呼びかける友人の声も注意する教師の声も、何一つとして耳には入らない。
 心此処に有らずと言った様子は、普段の明るすぎるほどの快斗とは違いすぎていて、クラスメートもなんだかよそよそしい。
 けれど快斗には、今はそれが有り難かった。
 誰の相手をする気にもなれないのだ。

 が、やはりそうじゃない相手もいるようで。


「快斗ぉ、どうしちゃったの?」
「ん〜。」
「先生怒ってたのに、それも聞いてないんだもん。」
「ん〜。」


 全く気のない返事しか返ってこなかったがさすが幼馴染み、この程度では彼女も全く堪えていない。
 そこへ白馬が混ざってきても、いつもなら嫌そうにする快斗は少しも頓着しなかった。


「黒羽君はお疲れのようですね。…一昨日の疲れが残ってるんでしょうか?」
「ん〜。」
「一昨日ってなぁに?何かあったっけ?」
「ええ、ちょっと。」


 紳士然とした笑顔をにっこりと向ける。
 が、天然街道を突き進む青子には、せっかくの白馬の悩殺スマイルも無意味というもの。
 詳しく話そうとしない白馬にふぅんとだけ答えて、そういえば、と切り出した。


「快斗、昨日から様子が変だよね。」
「昨日ですか?」
「そーなの!聞いてよ白馬君、昨日、青子がせっかく買い物に誘ってあげたって言うのにさー!」


 すぐ横で自分の悪口を言い始めた青子を横目でちらりと見て、快斗は深々と溜息をついた。
 いつもなら余計なこと言うな、ぐらいの牽制はしたかも知れないが、今はそんな気分ではない。


(……俺って女々しいかも…。)





 昨日、偶然街で見かけたのは。
 言葉を交わさなくなってもう随分と経つ、誰よりも大事な愛しい人。
 相変わらずその姿は凛としていて綺麗で格好良くて。
 けれど、あの頃よりは幾分細くなってしまったように思うのは、己の願望ゆえだろうか。
 …自分から離れたと言うのに。

 好きで好きでたまらなくて、危険と知りながら近づいた。
 誰かを想うことの危険性。
 わかっていたつもりだった。
 けれどわかっていたのはその危険性だけで、その大事な“誰か”が出来てしまった時の気持ちの凄まじさまではわかっていなかった。
 理性などではまるで抑えることなど出来なくて。
 もうひとつの姿との決着がつかぬままに、近づいた。
 近づくだけではものたりなくて、想いを口に出した。
 そしてそれを彼は、嬉しくも切なく……受け入れてしまったのだ。

 毎日のように彼の元へ現われては言葉を交わし、時には熱も分け合って。
 そんな眩暈がするほどの幸せに隠れて、忘れてしまいかけた、もうひとつの自分の姿。
 …決して忘れることも、投げ出すことも出来ないと言うのに。
 そして運悪く…良かったのかも知れないけれど…彼にバレてしまった。

 丁度良い機会だと思った。
 危険を忘れて浮かれていた自分への罰なのだ、と。
 罪を許さない彼にバレてしまった、消せない罪。
 けれど、まだそれがバレてしまうわけにはいかなくて。
 だから、彼に忘れられることで全てを無かったことにした。
 …自分以外の全てを。

 例え彼が忘れてしまったとしても、自分の中だけでも良いから、優しい思い出を残して。
 これからの戦いを切り抜けていこうと思った。
 …のに。


(ちょっと見かけただけでこれじゃ、全然だめじゃん。)


 自分が居なくなって、彼の生活は大丈夫なんだろうか、とか。
 お隣の主治医にまた呆れられているんじゃないだろうか、とか。
 そんな、もう気にかけることすら許されない場所に立ちながら、未だに彼を気にかけてる自分がいる。


(……見てるだけなら、良いかな。)


 会いに行く勇気はないけど。
 声をかけるつもりもないけど。
 ただ、遠くから眺めてるだけなら…彼に危険は及ばないから。

 その日から、その交差点は快斗の通学コースとなった。










* * *


 が、現実はとことん自分に辛く出来ているようで、あれ以来新一を見かけることはなかった。
 制服を着ていたが、志保と隣り合って歩いていたところを見ると、学校帰りというわけでもないのだろう。
 そうだとすれば、ここは彼の通学のコースではないのかも知れない。

 快斗は肩を落とす日々を送りながらも、毎日欠かさずそこへと足を向けた。
 急に変わった道に困惑しながらも、青子も快斗について行く。
 家が隣同士の彼らは登下校は一緒に、ということになっているのだ。





「はぁ……。」


 どうせ…と思いながらも、もしかしたら…という気持ちが消えず、快斗は今日も今日とて交差点を通る。
 やはり新一の姿はないし、近くのファーストフード店で時間を潰していても一向に通る気配はない。
 最近めっきり多くなってしまった幼馴染みの溜息を聞きつけて、青子がすかさず声をかけてくる。


「まぁた溜息ついてる!快斗ったら、何か悩みでもあるんじゃないの?」
「青少年に悩み事はつきものだろ?」
「青子が相談に乗ってあげるよ!」
「へへん、俺の悩みは海よりも深ぁ〜いんだよ!」


 ちょっとばかり真剣に言った青子に冗談で返した快斗。
 案の定青子は頬を膨らませて、人がせっかく心配してるのに!と言って怒った。
 心配をかけているという自覚はあるが、誰にも相談するつもりなど毛頭ないのだ。
 好意だけを有り難く受け取っておくことにする。


「いつまでたってもキッドを捕まえられない、警察の悩みでも聞いてやれよ、青子v」
「何て事言うのよ!これでも頑張ってるんだからぁ、お父さんは!」
「へーへー、期待してるぜv」
「もー!」


 ぷん、と効果音をつけて青子が怒る。


「何だか最近忙しいみたいでさ…バタバタしてて、ちっとも青子のことかまってくれないんだよ、お父さんたら。」


 悩みを聞くはずが話し始めた青子に苦笑しながら、快斗は話に聞き入る。
 からかってはいるが、大事な幼馴染みだ。
 彼とは別の意味で大切にしている。


「なんかね、一課の方の事件が滞ってて、その影響が二課のお父さんのところまで来てるみたい。」
「…へぇ。でも、一課には優秀な探偵がいるだろ?」
「え?快斗、知らない?」
「なにが?」
「あ、そっかぁ。確かマスコミにも伏せてあるんだ、とか言ってたかな、お父さん。」


 聞き捨てならない台詞に、快斗の動悸が逸る。
 それでも出来るだけ落ち着いた声を造って。


「どういうことだ?」
「なんかね、探偵の工藤君、入院してるらしいの。だから一課の事件が滞って…」


 まだ青子の話はつらつらと続いていたが、快斗の耳には入ってこなかった。
 頭の中では“入院”という言葉がぐるぐると回り出す。
 つい表情もきつくなってしまう。
 様子がおかしいと気付いた青子が覗き込んで、どうしたの?とか聞いていたが…

 快斗は何も言わずに無言で店を飛び出した。


「ちょ、ちょっと快斗ぉ!どうしちゃったのよっ」


 ひとり残された青子は情けない顔をして、快斗が走り去った扉を見つめることしか出来なかった。










* * *


 荒い呼吸も整えぬまま、看護婦に注意されるのも無視して、快斗は院内を駆け抜ける。

 どこに居るのか、なぜ居るのか。
 そんなことはわからなかったけど、ただ走った。
 今更自分に彼を心配する権利なんてないはずだけど、それでも。
 やはり理性なんかでは抑えられない気持ちが、勝手に足を動かしたのだ。

 事件の最中に怪我をしたのなら警察病院だろう、と真っ先にそこへ向かったが、そこには彼はいなかった。
 ということは、事件ではないのだ。
 何か病気だろうか?
 まさか、栄養失調や過労…なんてことだろうか?
 そんなことをもんもんと考えながら、快斗は足だけは止めずに、今度は米花中央病院へと来ている。

 受付の看護婦に、新一が居るかどうか聞いた。
 マスコミに伏せているだけあって伝えるのを渋ってる様子に、ここに居るのだと確信して。
 彼の身内だからと言えば、あっさりと承諾してくれた。
 変なところで彼と似た顔が役に立つ。
 快斗は教えられた病室へすぐさま駆け出した。



 403号室。
 そこが彼の病室。
 もちろん個室で、しかも名前すら違っていたけれど。
 ただ、間違いないのだと確信した。
 だって、彼が近くに居ると言うことを、こんなにも肌で感じ取っている。
 幾度となく重ねた肌で、本能で、察知してる。

 少し緊張しながらもドアを開けようとしたとき、ドアの方から開いてくれた。
 そこへ現われたのは……志保。


「…あ……。」
「…黒羽、君。」


 二人とも驚いて、すぐに二の句を継げずにいた。
 先に切り出したのは志保。
 驚いた顔を引っ込めて、嘲るように口端を持ち上げて。
 皮肉めいた言葉を吐いた。


「今頃なんの用かしら?まさか、お見舞いに来たなんて言うんじゃないでしょうね。」
「…わからない。ただ、あいつが入院してるって聞いたら…ここに来てた。」
「それも今頃、ね。彼が入院したのはもう二週間も前よ。大怪盗が聞いて呆れるわ。」


 容赦のない辛辣な言葉に、快斗は言い返そうとはしなかった。
 どんなに言い訳をしようと、悪いのは全て自分。
 我侭を通して彼から無理矢理記憶を奪い、それなのにまた勝手に心配してる。


「ごめん。勝手なのはわかってる。でも、俺はあいつが生きてないと駄目なんだ。」
「…生きた屍にしといてよく言うわ。」
「え?」


 ぽつりと呟いた志保の言葉を、快斗は聞き逃さなかった。
 その不穏な響きに耳を疑いたくなったが、聞き捨てならない。


「どういうこと?」
「…貴方に教えてどうなるというの?」
「志保ちゃん!教えて!!」


 生きた、屍。

 それはどういうことだろうか?
 新一の状態はそんなにも悪いのだろうか?
 快斗の胸が、言いようのない不安でいっぱいになっていく。

 志保はひどく冷たい色をした瞳を快斗に向け、唇を噛みしめた。
 言いたくない、でも言わなければならない、そんな葛藤が見えた。


「…彼、どうして入院してるのか知ってる?」
「…ううん。入院してるっていうのも、今聞いたばかり。」
「そう。口止めしたのは私だもの、知らなくて当然よね。許せないけど。」


 志保は覚悟を決めたようにひとつ呼吸を置いて。


「大したことはないわ、眠ってるだけよ。……ただし、起きることはないけど。」
「そ、れって…何か、怪我でもしたの…?」
「いいえ。本当に眠ってるだけ、どこも体は悪くないわ。点滴してる分、普段より栄養補給も充分なくらいよ。」
「じゃあなんで…」
「わかってるのはひとつだけよ。

  貴方の、所為だわ。」


 思い切り、心臓を握られた心地がした。
 何も知らないけれど、ただそれだけでわかってしまったから。

 …俺の、所為。

 きっとそれは、してはいけないことだったのだ。
 無理矢理彼の記憶を奪い、勝手にひとりで逃げだして。
 記憶がなくても彼はずっとずっと苦しみ続けていたのかも知れない。
 その苦しみが、限界を超えてしまって……彼は『眠る』ことで身を守ろうとしている。


「二週間前…覚えてるでしょ?交差点ですれ違ったのを。」
「…うん。あの時は偶然だったんだ。」
「あの時、彼。……何も覚えてないはずなのに、それでも……泣いたの。涙を流してたわ。…初めて見た。」
「新、一が?」


 どんなに喧嘩したって、犯人に傷つけられたって、現場で罵られたって。
 傷付かないわけないのに、それでも泣いてるところなんて見たことがなかった。
 その彼が……泣いた。


「その直ぐ後よ、彼が家で倒れてたの。まるで眠るように。だから初めは家で様子を見たわ。でも、ちっとも起きなくて…入院することになったのよ。」


 言ってる志保も辛そうだった。
 当たり前だ、自分が彼の前から消えてしまった今…最も近くで心を痛めていたのは彼女だろう。
 だから、快斗は有りっ丈の思いを込めて言った。


「ごめん。ごめんなさい、志保ちゃん。」
「私に謝らないで…っ」


 キッ、と、いつの間にか涙に濡れた目で睨み付けてきた。
 快斗はただ何度もごめんと繰り返しながら、涙を流す志保の顔をそっと抱き寄せた。
 ずっとひとりで堪えさせてしまっただろう、痛み。

 本当に、全部全部…俺の所為で。

 快斗に預けていた体重を取り返すと、志保はしっかりとした瞳で睨みながら言った。


「貴方が側に居ても彼が目を覚まさなかったら、二度と、顔すら見せてあげないわ。」
「…うん。新一を、連れ戻してくるよ。」
「……絶対よ。」
「うん。覚悟は決めてある。」


 死ねるくらいの覚悟を、彼のために。
 ひいては自分自身のために。
 もう、躊躇わないつもりだった。
 パンドラも組織もキッドも何もかも、それらを全て天秤にかけても、彼が勝ってしまうことに、今更になって気付いたから。
 気付くのが遅すぎたけど、彼が帰ってくるのなら、死ねるくらいの覚悟を決めた。



 志保が無言で歩き出したのを合図に、快斗は室内へと入った。
 閑散とした気配。
 まるで誰も居ないような…体はあるのに、心がないような。

 快斗は泣きたくなった。
 白いベッドに横たわる、そのシーツと同じぐらい白い人。
 青白い分、シーツなんかよりずっと冷たそうだった。
 点滴の管を腕から通し、呼吸器が鼻に通されている。
 長い睫毛が濃く影を落とし、一層希薄さが浮き立っているようだった。


「新一…。ごめん、待たせたね。帰ってきたよ…。」


 眠る新一のすぐ側まで歩み寄って、白くて細い手を取った。
 そのまま唇にひきよせてひとつキスをして。
 自分の頬に添えながら、反応が返ってこなくても、それでも話しかける。


「勝手に消えてごめん…騙してごめん…嘘ついてごめん…泣かして、ごめん……。」


 こんなにも謝らなくちゃいけないことでいっぱいだなんて。
 俺ってほんとに駄目なやつだよね…。


「新一が大好きだから、嫌われたくなかったんだ。俺はキッドをやめれない。でも新一も失えない。だから…卑怯だとわかってて…勝手に記憶を奪った。お前の中の俺の存在を全て消して、拒絶される前にお前から離れた。俺ひとりでも、一緒にいた幸せすぎた時間を残せればいいと思って…。」


 だから、お前が寝てる間に。
 強力な暗示をかけた。
 解けないように、思い出せないように。


「でもお前はどこかで覚えてたんだな。さすが名探偵だよ…快斗もキッドも、いつも負けっぱなしだ。でもそれすら嬉しかった。お前といるだけで嬉しかったから。」


 昼でも夜でも、全てを独占したくて。
 夜だけじゃ我慢できずに、昼のお前も独占した。
 間違いかも知れないって何度も思ったけど、それよりも幸せの方がずっと強くて。
 手放せないと思った。
 手放したくなんか、ない。


「もう逃げたりしないから…俺の全部をお前に見せて、もしお前が嫌っても、絶対諦めたりしない。諦めたりなんか出来ないよ。ねぇ?だって、近くにいないと俺は俺ですら居れなくて…。」


 お前のことが気になって気になって。
 ちゃんと食事はしてた?
 あんまり無茶しちゃ駄目だよ?
 俺がいないからって夜更かししてない?
 そんな他愛のないことが、ひどく愛しいんだってようやく気付けた。


「今、隣にいるのに…心はこんなに遠い。このままじゃ生きてけない。お前が居ないと、生きられない。」

 …だから。

「帰ってきて、新一…っ!!」


 ぎゅっ、と握っていた手に力を込めて。
 瞼の裏の鮮烈な蒼に焦がれて、ひかれるように紅い唇へと顔を寄せた。
 呼吸が苦しくないように軽く触れ合わせ、啄むように何度もキスをした。
 もうずっと触れてなかった、けれどずっと触れたかった、大好きな唇。
 照れながらも愛を囁いてくれた、可愛い人。

 また、俺を好きになってくれる…?

 そっと冷たい頬に手を添えて、快斗は飽きずにキスをし続けた。
 と、いつしか応えるように唇が動き出し……
 快斗は誘われるまま、薄く開かれた新一の口内へと舌を差し込んだ。
 乾いた口内を潤すように己の唾液を垂下させ、強引に新一の舌を絡め取る。
 逃げる彼を追い、追いつめて。
 軽く吸い上げると新一の体がぴくりと動いた。
 それでもまだ足りなくて、深く深く貪って……

 漸く離れた頃には、潤んだ瞳が見上げていた。
 ずっと焦がれてた、見たくて見たくてしょうがなかった…大好きな蒼色。
 深くて澄んでて綺麗で、強い。

 泣いていたのは快斗の方だった。


「…新一ッ!!」


 新一、新一!!
 何度も名前を呼んで、思い切りぎゅうと抱きついた。
 締め付ける腕にどんどん力が加わっても新一は文句を言わなくて。
 ただ一言。


「…おかえり、快斗。」


 ふ…と微笑んで、さんざん貪った唇に、ちゅ、とキスをした。
 止まりそうだった涙は勢いを増して、快斗は泣きわめきながら謝り続けた。
 何度言っても言い足りない、謝罪の言葉。
 罪だらけの自分を、おかえりと迎え入れてくれた人。
 …記憶が、戻っているのに。


「新一、大好き…!ずっとずっと想ってた、お前のことばっかり、ずっと!」
「うん。…俺も。」
「起きてくれて良かった…っ」
「ごめんな。…全部、聞こえてたんだ。ただ、ぼんやりしてて…漸く意識が浮上してきたと思ったら、お前がキスしてた。」


 微笑みながら、うっすらと頬が赤くなって。
 たまらないとばかりに、またキスをする。


「眠ってた新一を起こしたのは、俺のキスってこと?」
「…かもな。」
「じゃあ、新一は眠り姫だね…俺だけの…。」
「ばぁか。」


 クスクス笑って、口付けて。
 眠り姫だって、起きてからこんなにも王子様とキスばっかりはしなかった。
 でも良いんだ。
 溢れそうになる愛しさを、直接相手に伝える方法だから。
 惜しんでなんかいられない。


「新一に言いたいことがいっぱいあるんだ。言わなきゃ行けないことが。でも、もう隠したりしないから。ごめんね、新一。」
「…お前謝ってばっか。良いから、いくらでも聞いてやるから。…もう消えるなよ。」
「うん…!」


 新一に嫌われたって、諦めないぐらいの覚悟を決めたんだ。
 快斗は満面の笑顔で、愛しさを隠しもしないで、頷いた。


「…志保にも心配かけちまったよな…。」
「あ、志保ちゃん呼んでくる!!」


 そう言って急いで駆け出そうとした快斗の腕を掴んで、新一は快斗を止める。
 カクン、と力を削がれながらも、どーしたの?と振り返ると。


「…もう一回だけ、キスしよ。」


 照れくさそうに笑いながら言う新一を、拒めるはずもない。


「…一回で良いの?」


 ニッ、と笑って。
 快斗はかみつくように、新一の唇を自らのそれで塞いだ。


 暫くお互い以外の全てを忘れて。
 互いの吐息だけを感じて。
 呼吸が上がりきっても、二人はキスをやめる気にはならなかった。





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よくある『眠り』ネタで御座います。
よくあるんだけど…どうしても書きたかったというか。何というか。
このサイトでは珍しい、快斗がキッドということを隠して新一と仲良くなる、という設定です。メズラシー!
この設定だと快斗が狡賢いか妙に殊勝か、どっちかになっちゃうからね。
狡賢い方は結構好きだったりするけどv
あ、ちなみにいつか後日談をつけます、中途半端なんで。
志保とか可哀想だし、このままじゃ…。