「おいおい白馬、俺こんなに上等なスーツ借りらんないって!」

「いえ、問題なく着こなせてますよ」

「そういう問題じゃなくてだなぁ…」


 新一は、呆れたとも困ったともとれる声で抗議した。
 祝辞とやらに付き合うことになったまでは良い。
 もともとパーティ系のものは苦手だけれど、嫌な顔をされればさっさと帰れば良いだけの話だ。
 ただ、何の用意もない新一にスーツを貸すという白馬が用意したスーツは、これまた上等としか言いようのないものだった。
 全てがシルクでできていて、大人しめの黒い輝きをはなっている。
 それだけでも充分だというのに、シャツから靴からタイまで、全てブランドものの一級品でそろえられてしまったのだ。
 新一は今更になってスーツを頼んだことを後悔する。


「すもません、あまり大したものじゃないですけど…」


 と、とんでもないことを言いだした白馬に新一はぎょっとした。
 慌てて首をぶんぶん横に振って、悲鳴混じりにこれで良いと何度も念を押す。


「コレで充分!ってか充分すぎるから困るって言ったんだよ!」

「そんなことは…」


 これだから金持ちは…と新一は溜息を吐いた。
 新一だって両親は推理小説家と元女優という豪華な面々で、お金の方面で苦労はしない。
 幼馴染みに言わせれば新一も立派なお坊ちゃんだ。
 けれど道楽な両親のおかげで金銭感覚は妙に庶民的になっているため、好きこのんでこういう高価なモノにわざわざ手を出そうとはしないのだ。
 こんな見るからに上等なものを大したものじゃないなどと言ってのけるお坊ちゃんに、新一は盛大に肩を落とす。
 けれど目の前のお坊ちゃんはにっこり笑ってトドメをさした。


「君ほどの人ならもっといいスーツを着るべきですよ」


 高校生に高級ブランドスーツは必要ないだろ……
 どうやらスーツには拘りがあるらしい白馬に、思わず遠くを眺めながらそう呟きそうになった新一だった。
















黒い花嫁
















 軽い談笑に花を咲かせ、立食形式のパーティ会場は賑やかな雰囲気だった。
 と、そこへ突然入ってきた三人組に会場内の目は自然と集まり、そしてそこから逸らされることはなかった。
 ひとりは警視総監として有名な男で、恰幅の良い体に人の良い笑顔を乗せている。
 もうひとりは彼の息子で、これまた有名な倫敦帰りの高校生探偵。
 人目を惹く長身に整った顔。
 噂の探偵がこうもできすぎた二枚目では、会場の女性客の視線を集めてしまうのも仕方ないだろう。

 そして、女性客はもちろんのこと男性客の視線すら集めてしまったのは、名探偵こと工藤新一その人だった。
 高くはないが決して低くもない身長に、すらりと伸びた四肢。
 スーツを着てなお象徴される体のラインは細身で、上等な漆黒のスーツがぴたりとはまっていた。
 有名な白馬親子に続いて入ってきたのがこれまた有名な工藤新一であることに驚き、彼の名探偵がこんな美貌の持ち主であることに会場内の目は釘付けになったしまったのだ。


(あ〜…なんか視線が痛いなあ…)


 やっぱりやめときゃ良かったな、と新一はすでに後悔していた。
 視線の意味こそわからずとも、自分たちに向けられる痛いほどの視線には当然気付いている。


「ほら、誰も文句なんて言わないだろう?楽しんでいってくれ、工藤君」


 にっこり笑って肩を叩くと、総監は知り合いに挨拶をしてくると言ってその場を離れてしまった。
 確かに文句は言われてない。
 が、歓迎されたわけでもない。
 新一は思わず苦笑した。
 白馬はそれを見逃さず、すかさず新一に謝った。


「すみません、無理矢理みたいになってしまって…」

「気にすんなよ。最後は俺が行くって言ったんだから」


 心底申し訳なさそうに気落ちした白馬を見て、新一はつい笑ってしまった。
 まるでその様子が捨てられた犬のように見えてしまったから、とはさすがに言えないが。
 そして、そんな二人の様子を、多くの客たちに紛れて見つめる一対の瞳。
 その茶色の瞳は光の加減でたまに妖しい色を帯びた。


(…なぁんでこんなところに名探偵がいるかなぁ…)


 しかもよりによって白馬鹿と。
 怪盗キッドこと黒羽快斗は、遠慮もなく白馬をじろりと睨み付けた。

 クラスメートで何かと自分を怪盗キッドだと疑ってくる探偵。
 まあ確かに快斗がキッドなわけだが、鬱陶しいことこの上ない。
 けれど、勘が良くて頭も良いくせに少々天然だったりする彼が、なぜか憎めないのだ。

 そうは言っても、他の誰かが名探偵と肩を並べて笑っているなんて面白くないと、快斗は顔をしかめた。
 新一のあんな笑顔を快斗は向けられたことがない。
 まあ快斗はキッドなんてものをやっているし、彼らは探偵同士なのだから気が合うのかも知れない。
 それが無性に悔しくて、快斗は更に八つ当たり気味に白馬を睨み付けた。
 と、遊びを思いついた子供のように瞳を輝かせたかと思うと、隣でせっせと準備に励む人物に声をかける。


「ごめん、雄介さん。知り合い見つけたからちょっと行って来て良い?」

「なんだぁ?こんなとこに快斗の知り合いが来るのかよ?」

「警視総監の息子さんv」

「――なにっ?わかった、行って来い!後は俺がやっとくから…あ、でもショーまでにはちゃんと帰って来いよ!」


 わかってるよvとウィンクをひとつ投げて、快斗は小走りに白馬の元へと駆けていった。
 その後ろ姿を眺め、雄介と呼ばれた青年は苦笑をもらした。
 マジックの腕はピカイチ、舞台に上がればプロ顔負けの、高校生にしてすでに一流のマジシャンは、それでもやっぱり子供だなと思うのだった。





「あ?白馬、おまえこんなとこで何やってんだ?」


 突然ふってきた声にびっくりして、新一と白馬は後ろを振り返った。
 そこにはぽかんとした表情で自分たちを見つめてくる少年がひとり立っていた。


「く、黒羽君?君こそなぜこんなところに…」

「あのな、聞いてんのはオ・レ」

「僕らは父の付き添いで来てるんですよ。そんなことより、なぜ君がこんなところに?」

「この婚約披露パーティのゲストで呼ばれてるマジシャンに助手頼まれてんだよ。ほら、俺って腕いいからv」


 そう言ってにんまり笑った顔は、新一にとても人懐こい印象を与えた。


「白馬…こちらの方は?」

「あ、すみません工藤君。彼、僕のクラスメートの黒羽君と言います」

「え!工藤新一って、あの工藤新一?すげぇ〜っ、俺一度会ってみたかったんだ!」


 にこにこ笑って手を差し出した快斗に、新一は条件反射で手を差し出してしまい、よろしくと言って握手をした。
 快斗の手は大きくて、マジックをやるには好都合だろうな…などと思いながら、けれど新一は別のことを考えていた。


(こいつ…、何者だろう)


 気配を感じなかった。
 それは一見何でもないことのようだけれど、新一にとっては大問題だった。
 気配を悟らせず自分の背後に忍び寄れる人など数えるほどにしかいないと新一は自負している。
 それは探偵として培ってきたもののおかげでもあるが、訓練として培ったもののほうが遙かに大きい。
 幼い頃からあまり体力がない分、新一はそういった気配や空気にはとても敏感なのだ。
 その自分の背後を、こうも簡単にとってみせた少年。

 快斗は相変わらず笑顔のまま、訝しげな瞳で見つめてくる新一に、ばれちゃったかな?と心の中で舌を出した。
 けれど微塵も気にした様子はない。
 むしろばれても構わないと思っているからこその行動なのだ。
 でなければこの黒羽快斗がそんなヘマをするはずがない。


「それにしても、君がショーをやるんですか…?」

「だから助手だって」

「君がこういう舞台に出ていたとは驚きました」

「そうか?ま、いずれ世界に名を馳せる天才マジシャンだからな。今の内から修行してんの♪」

「――マジックなさるんですか?」


 すでに猫かぶりモードの新一に、快斗は心の中でちぇっ、と舌打ちした。
 せっかく黒羽快斗として知り合ったのに、彼はまだ名探偵でいるつもりらしい。
 初対面なのだから礼儀をわきまえている人なら普通の行動なのだけれど、快斗には面白くなかった。


「…いっつもそんな喋り方してんの?俺、同い年なんだからタメでいいのに」

「…悪い。癖みたいなものだから気にしないでくれ。初対面の時はいつもこんなもんだよ」


 苦笑して見せながら、それでも新一は警戒を解かなかった。
 まだ自分は見極めていない。彼がどういう人物なのか。


「僕にもそうでしたね、工藤君」

「おまえは未だに敬語だろ」


 僕の場合はこれが地なんです、と言って白馬も苦笑した。


「俺さ、よくあんたと間違われんだよね。似てるらしくて。でも会ってみたら全然そんなことないのにな」

「……似てるか?」

「あ、それは僕も思いました」

「なに、白馬ってば工藤を見て俺を思い出しちゃったわけ?」


 からかうように笑った快斗に、白馬は変なこと言わないで下さい!と怒鳴った。
 けらけら笑う快斗に白馬は顔を赤くしながらつっかかっている。
 その様子があまりに自然で、この二人はいつもこんな風なのか、と新一は脱力した。
 思ったより黒羽という男はアホっぽい。
 新一はとりあえず、黒羽快斗の不自然さを自分の調子が悪いのかまたは偶然だろうと思うことにした。


「とにかくさ、俺のマジック見てってよね!工藤も感動するぜv助手だからあんま目立てなくて残念だけど」


 そう言われ、新一はこくと頷いた。
 新一はマジックが嫌いではない。
 というか実は大好きだった。
 幼い頃幾度か会ったことのある、父親の親友だという人がマジシャンだった。
 しかも彼の腕は驚くほど素晴らしかった。
 謎が大好きな新一にも、彼のマジックは何度見ても仕掛けが解らず、ひどく感激したのを覚えている。
 いつの間にか気障な怪盗とその姿がかぶるようになって、マジックとは遠い世界に来ていたけれど、その頃からずっとマジックは新一にとって大事な思い出なのだ。


「わかった、見てる」


 懐かしい姿を思い出し、新一の口元が自然とほころぶ。
 言葉は素っ気ないけれどふんわり微笑まれ、快斗は吃驚して目を瞠った。
 それは快斗が初めて見た新一の笑顔だった。


(警戒解かれたのかな?)


 ふむふむ、と面白そうににやりと笑い、快斗はじゃあね〜〜vと手を振ってその場を後にした。










* * *


「なんていうか、変わった奴だな」


 白馬もちゃっかり新一の笑顔に驚いて固まっていたため、咄嗟に返事を返せなかった。
 慌てて平静を取り戻した白馬が答える。


「黒羽君ですか?」

「なんかあいつ、俺の大好きなマジシャンに似てる。って言ったらおかしいかな…」


 なんたって相手は自分の父親と同い年の人だ。
 同年代の少年にその姿を重ねるのもおかしな話である。


「確かに、彼の腕はかなりいいんです」


 それこそ、今プロのマジシャンに成り代わって舞台に立ってもおかしくないほど。


「へぇ、白馬も認めるマジシャンね。それじゃ、間違いないわけだ」

「…どういう意味ですか?」

「だってお前、口先だけで中身のない奴って嫌いだろ?」


 確かにその通りだ。
 けれど、先ほど知り合ったばかりの新一がどうしてそれを知っているのだろうか。
 新一の洞察力の鋭さに白馬は呆気にとられた。


「だってお前、俺のことも最初そんな奴だと思ってたろ」


 その言葉に再び申し訳なさそうにする白馬を、新一はくすくす笑った。
 なんだかからかい甲斐があって面白い。


「とにかく見てみたいな、あいつのマジック」


 前方に設けられたステージの端に、準備をしているだろう彼らの姿がちらちらと見える。
 それをぼんやりと眺めながら新一は呟いた。
 白馬はと言うと、己の思考に沈んでいた。


(彼に話してみるべきだろうか…?)


 黒羽快斗は怪盗キッドかも知れないと。
 確信はあるのに確証はなくて、未だにひらりひらりと逃げられている。
 けれどこの名探偵なら見抜いてくれるかも知れない。
 確証のない段階でこの人にそうと話すのは躊躇われたが、とりあえず話だけでも聞いてもらおうと思った。

 けれどその時、会場内に歓声が響いて、前方のステージに本日の主役が姿を現した。


『ご来場の方々、本日は誠に有り難う御座います』


 当たり障りのない挨拶から始まって、お礼の言葉などが続く。
 白馬は話を切り出すタイミングを新郎に奪われてしまった。
 けれど、何もこんなお祝いの場で話す話でもないかと、そのまま口を噤んだ。


「あれが花嫁さん?んで、あっちが花婿?」

「そうです。花婿が父の知り合いでして…」

「ってことは結構歳だよな?の割に、花嫁が随分若い…」

「彼は結婚は初めてらしいですよ。どうもその方面に奥手らしくて、この縁談も彼女の熱意がなければまとまらなかったでしょう」


 プレイボーイの白馬とは大違いだなと、新一はこっそり笑った。
 白馬は至極自然に女性を扱う。
 今日とて、総監の知り合いということで年上の落ち着いた女性が多いが、全ての人に紳士的に口上を伸べたりしていた。

 マジック。紳士。
 その単語から連想された人物を頭に浮かべ、新一は嫌そうに眉を顰めた。
 怪盗紳士、マジックの天才。
 どこが紳士だと新一は思う。
 あの人をおちょくった態度が気に入らない。
 余裕綽々の笑みも気に入らない。
 けれど何より気に入らないのは、彼に助けられたという事実だ。
 対等な立場でありたいと思っているのに借りなんてものを作ってしまった自分に腹が立つ。

 そんなことを考えながら、ステージでにこやかに挨拶する新婦や照れながらも礼を述べる新郎に目を遣って――
 ぎくり、と新一は固まった。
 どこからなのか、赤いレーザーポイントのようなものが新婦の額にチラついているのだ。
 もちろん新婦は気付いていないし、客たちも気付いたり気付いてなかったりで特に動揺した様子もない。
 新一は必死に、何か気配がしないかと感覚を研ぎ澄ませながら周囲を探った。
 少しでも殺気が感じられれば誰がどこから狙っているのかがわかる。
 けれど、一切そんなものは感じられない。

 新一は何か嫌な予感がして、自分の心を落ち着けながら無言でステージへと近づいて行った。


「工藤君?どうしました?」


 返事はしなかった。
 気を張っていなければこちらの気配に勘付かれてしまう。
 相手は銃口を向けながら殺気も感じさせない――つまり、プロだ。
 少しの気のゆるみが惨事へ繋がる。

 ステージまであと数メートルという時になって、新一は激しい殺気を感じた。
 射殺すように冷たい、そのくせ燃えるように激しい、たった一瞬の殺気。
 それだけで殺せてしまえるほどの。


(――…やる!)


 思考を巡らせるより先に体が動いて、新一は新婦の元へと駆けていた。
 残りの数メートルを猛スピードで駆け抜け、新婦の腕を掴むと無理矢理自分の後ろへと引っ張り込む。
 瞬間、サイレンサー付きの銃が発する特殊な音が微かに響いて、たった今新婦の額があった場所を通過した弾が奧の壁に当たった。
 突然ステージに侵入した新一に客は驚いて目を瞬き、継いで壁に下げられていた絵画が打ち抜かれ床に落ちたのを見て絶叫が響いた。

 一瞬にして会場はパニックへと陥ったのだった。





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03.03.31.