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「――機嫌がよさそうね、工藤君」
少し傾いた陽の光が差し込む明るいリビングの中、テーブルの上に広げたノートパソコンと分厚い資料の向こうからそんな声を掛けられ、新一は「へ?」と首を傾げた。
現在、午後一時十二分。
昼食も終え、早々と研究中の資料整理へ舞い戻った志保は、食休みと称した無為な時間にうつつを抜かす新一へそんな冷やかしを飛ばした。
新一の視線は先程からずっとキッチンに注がれている。
そこでは怪盗紳士こと黒羽快斗が、いそいそとサイフォンからコーヒーを入れていた。
「あら。貴方、ここのところずっと不機嫌だったじゃない。今日は黒羽君がいるから機嫌がいいんだと思ったんだけど、違ったかしら?」
「べっ、別にそんな、機嫌よくなんか…!」
慌てて視線を戻した新一は何やら必死に弁明している。
その必死さが全てを肯定していることに気付いていないのか、志保は笑いを堪えるのが大変だった。
ここ数日、優作から月下白の確認を頼まれていた快斗は、その調査に掛かりきりだった。
しかも丸一日顔を合わせない日もあったほどで、新一の機嫌は日に日に悪くなっていった。
初めの内は外出禁止からくるストレスだろうと思って甘受していた志保だが、調査を終えた快斗が一緒に過ごせるようになった途端、あれだけ不機嫌オーラを放っていた新一が急に大人しくなったのだ。嫌でも気付いてしまう。
つまり新一は外出禁止を言い渡されたことよりも、快斗が傍にいないことが気に入らなかったのだ。
「でもまあ、よく今日まで我慢したわね。守護者が集結するからには、外出禁止令も取り下げられるはずよ」
快斗とともにコーヒーを入れていたベルモットが二人分のマグを持って会話に入ってきた。
その後ろから残りの二人分のマグを持った快斗が来て、新一の隣に腰掛けた。
必然的にベルモットは志保の隣に腰掛けることになったが、この数日で彼女との付き合い方も心得てきた志保は特に気にすることもなく、渡されたマグを礼を言って受け取った。
「そろそろ空港に着いた頃かしら?」
「そうね。今頃二人の熱い歓迎≠受けてるんじゃない?」
ふと時計を見上げた志保の呟きにベルモットが楽しげに答える。
志保は自分がロスに来た日に工藤夫妻から受けた歓迎≠思い出し、溜息を吐いた。
彼らのことは気に入っているし、とても良くしてもらっていると思うが、如何せんあのテンションにはどうしても付いていけない。
イギリスから今日渡米してくる予定の二人の守護者も今頃は彼らに歓迎≠ウれているのかと思えば、元殺し屋とまだ見ぬ守護者に思わず同情してしまった。
そんな二人の前で、快斗と新一は何やらごちゃごちゃと紙を広げている。
見れば、旅行のパンフレットだ。
「新一、どっか行きたいとこある? 変装してお供付きになっちまうけど、明日にでも気晴らしにどっか出掛けようぜv 優作さんにも許可貰ってるし」
「んー…今更ロスで観光って気分でもねーけど…快斗、ロスは初めてか?」
「確かガキの時に来たことあるけど、親父の仕事に付いてっただけだからなー」
「じゃあ、おまえの行きたいとこ行こうぜ。俺が案内してやるよ」
「ほんと?」
熱々のコーヒーをちびちび飲みながら楽しそうにそんなことを話している二人は、まるっきり普通の高校生みたいだ。
本当はそんな場合でもないのだけれど、わざわざ釘を差して彼らの楽しそうな笑顔を曇らせてしまうのも気が引けて、志保もベルモットも苦笑を浮かべただけに留めた。
(全く、いつの間に絆されたんだか)
江戸川コナンとして組織と戦っていた時の新一は、正体を隠して子供を演じていたにも関わらず、組織に対する警戒を怠らないようにと常にどこか気を張っていた。
それが、あの頃よりずっと厄介な敵と戦っているというのに、こんなにも余裕のある顔を見せている。
おそらく、守護者の存在はもとより、この黒羽快斗という少年の存在が大きく影響しているのだろう、と志保は思った。
思えば不思議な関係だった。
探偵と怪盗として出会った二人が、こうしてひとつの空間で過ごしている。
対極に位置する性質を持ちながら、反発し合うことなく、まるで磁石のように引き合いぴたりと寄り添う姿は、ひどく歪でありながらこれ以上ないほどに完璧だ。
快斗が新一をまるで唯一の宝のように、暗闇に灯る唯ひとつの光のように、大切に大切にしていることは知っていた。
けれど、誰かに守られることを受け入れられない新一が、どんな時でも無償で差し出される快斗の手は、快斗の手だけは拒めないのだと気付いたのは、つい最近だった。
いつからかなんて分からない。
ただ、新一もまた快斗を守るためなら無償で手を差し伸べてしまう自分を自覚したから、彼の手を受け入れるしかなかったのだろう、と思った。
「…幸せにしてあげたい、わね」
カタカタとキーボードを弾く音が木霊する合間に、志保にだけ聞こえるような微かな囁きがぽつりと耳に届く。
ちらりと隣を見遣れば、傾けたマグから忍ばせた視線を微かに揺らしているベルモットがいた。
まるで何かひどく哀しいものでも、或いは愛しいものでも見つめているかのような眼差しだ。
志保にはなぜ彼女がそんな目をするのか分からなかったが、放たれた言葉に異論はなかったため、同じように「そうね」と囁いた。
* * *
白牙とメイが工藤邸に到着したのは、三時を少し回った頃だった。
玄関まで迎えに行くと言う新一に付き合い、三人の守護者も彼らを迎えに玄関に集まっていた。
二人を空港まで迎えに行っていた優作と有希子に続いて玄関へと入ってきた白牙は、何だかとても高級そうなトランクを両手にぶら下げながら、出迎えの中に新一の顔を見つけた途端、顔を綻ばせた。
「よっ、新一。元気にしてたか?」
およそ一月ぶりに再会した元殺し屋は、まるで久しぶりにあった友人に挨拶するかのような気軽さで声を掛ける。
とても生死を懸けた緊迫状態の中にいる人間とは思えない。
その様子が相変わらずで、新一は思わず苦笑してしまった。
「おまえこそ。よく知らねーけど、大変だったんだろ?」
「ああ、まあ、あの夫婦を説得するのは確かに大変だったがな…」
詳しい事情を知らない新一だが、どこか遠い目をしながらうんざりと呟く白牙を見れば、彼が大変な目に遭ったことは間違いなさそうだ、と思った。
「男のくせに、過ぎたことをいつまでもグチグチ言わないの!」
と、トランクの影からあどけない声が聞こえ、新一はじっと目を凝らした。
まだ会ったことはないが、五人目の守護者は幼い少女だと聞いている。
ある意味面識のあった他の四人と違い、個人的な関わりが一切無かった幼気な少女を、こんなわけの分からないことに巻き込んでしまい、少なからぬ罪悪感を新一は感じていた。
いったいどんな顔をして会ったらいいのか。
戸惑う新一の前に、少女はぴょこんと飛び出した。
金髪碧眼の愛らしい少女だ。
少し癖のあるブロンドを腰まで伸ばし、上質のフォーマルを着込んでいる。
どこか洗練された雰囲気も合わせて考えるに、おそらくイギリス上流階級の良家の子女だろう。
その少女――メイ・スコットは、新一を見るなり頬を紅潮させて満面の笑みを浮かべた。
「ああ、貴方がそうなのね…瞳を見なくても分かるわ。だって私、貴方に会えただけでこんなにも嬉しい!」
言うが早いか、メイは新一に飛びついた。
新一の腰ほどにも満たない身長では足に絡みつくのが精々だが、それでも新一を驚かせるには充分で。
あまりの勢いによろめいた新一を支えたのは、快斗だった。
「レディーがそんな風に男に抱き付いちゃダメだろ、メイちゃん」
「…快斗!」
メイは快斗を振り返ると、一瞬泣きそうな顔をした。
中国での別れ方があんな風だったから、快斗もメイもお互いに気にしていたのだ。
けれど、二人とも怒っているわけではない。
あの時快斗が言った言葉は彼の本心であり、それを聞いたメイはとても哀しかったけれど、それを否定しようとは思わなかった。
だから、何かを謝る必要はなかった。
「…失礼ね。あたしが抱き付く男は、あたしが愛する男だけよ!」
そうして嬉しそうに微笑みながら快斗に向かって手を伸ばしたメイの体を、快斗もくすぐったい笑みを浮かべながら抱き上げた。
辛い思いもたくさんしたけれど、自分たちは月の御子を守る使命を背負った、同じ月を胸に持つ守護者だ。
御子を想う気持ちとは別に、特別な絆で繋がっている。
その絆を、愛しく思う。
「――いつまでそこでそうしているつもり?」
さっさと上がってらっしゃい。
苦笑を浮かべたベルモットに促され、二人は顔を見合わせると、二人の遣り取りを静かに見守っていた新一を連れてリビングへと向かった。
工藤邸の広いリビングに錚々たる顔ぶれが揃う。
家主である優作と有希子は悠々とソファに腰掛け、その向かい側には志保がひとりひっそりと座っている。
その様子を一歩離れたところで見ているのは、既に全員と面識のあるベルモット。
六対の視線を一身に浴びる白牙とメイは、それを迎えるように立つ新一とその隣に佇む快斗に対面していた。
「改めて、名乗らせて頂きます。私はメイ・スコット。ご存知かも知れませんが、イギリス王室の血統に連なるスコット家の娘にして、我らが月の御子を守護する白き衣がひとり、輪廻≠司る守護者です」
右足を一歩引き、両の指先でスカートを軽く摘みながら優雅にお辞儀してみせたメイに、初対面の新一と志保はやや気後れしつつもぺこりと頭を下げた。
長い間組織の研究員として俗世を離れていた志保は勿論のこと、父親の仕事柄、有名人や政財界の大物が多く集まるセレモニーに出席することが間々ある新一でも、流石に王室関係者と面識を持ったことはない。
挨拶代わりのシェイクハンドは慣れっこだが、まるで映画に出てくるプリンセスのようにお辞儀をするメイにどう返せばいいのか、咄嗟に分からなかったのだ。
けれどすぐに気を取り直すと、新一は少女の目線に合わせるように膝を突き、その小さな手をそっと取り上げた。
「初めまして、レディー・スコット。俺が――君たちが月の御子と呼ぶ、君をこんなことに巻き込んだ全ての元凶だ。心より謝罪と、感謝を言わせて欲しい」
そう言った新一は様々な感情が複雑に絡み合った表情を浮かべていた。
できることなら誰ひとりとして巻き込みたくない、というのが新一の本心だ。
いくら前世から引き継がれてきた宿命だとしても、今を生きる者が記憶にもない過去の後始末をしなければならないなんて、あまりに理不尽すぎる。
それでも、自分とともにこの道を進むと言ってくれた快斗の想いを否定したくなかった。
だから――新一は覚悟したのだ。
彼らを巻き込む覚悟を。ともに戦い、ともに生き残る覚悟を。
全ての罪を背負う覚悟を、したのだ。
「俺と一緒に、悪夢を終わらせよう」
不敵に微笑みながら指先に口付けられ、メイは背筋が震えるのを感じた。
蒼い、蒼い瞳。
炎の揺らぎこそないが、そこには命が溢れている。海の底よりも深い愛が満ち溢れている。
この人が、自分が命を賭して守るべき人。
その幸福に、心が、魂が歓喜している。
――愛しくて仕方ないんだ。
かつて快斗が彼のことをそう語っていた。
その気持ちが、今、メイにも痛いほど分かった。
痛みも、悲しみも、迷いも。全てを呑み込み、ただ光で満たしてくれる。
優しいばかりにこの現実に誰より心を痛めているはずの彼が、それでも彼を守らずにはいられない衝動に身を焦がす自分たちを、柔らかく受け止めてくれている。
腹の底から湧き出てくる愛しさで身が千切れてしまいそうだ。
「…貴方とともに戦える光栄に、感謝します」
目を閉じながら神妙に囁いたメイに、新一は少しだけ寂しそうな笑みを浮かべた。
それを目敏く見ていた快斗は、フォローするように会話に割り込んだ。
「メイちゃんは志保ちゃんとも初対面だよね」
話を振られ、志保はソファから立ち上がった。
「初めまして。宮野志保よ」
「とても綺麗なアイリッシュ・グレーの瞳ね。イギリスの血を引いてるんじゃないかしら?」
「…ええ、よく分かるわね」
「ふふ。輪廻≠セから目がいいのよ。貴方はまだ自分の能力に目覚めていないの?」
問われ、志保は首を横に振った。
「残念ながら、黒羽君が中国で手に入れた月下白は私のじゃなかったわ。それに黒羽君のでもなかった」
フランスで合流してすぐ、快斗は中国で張氏から盗んだ月下白を新一に解封させた。
もしその月下白が快斗の能力を封印したものであれば、アレスや万海の追撃を躱すのに役に立つはずだからとベルモットに言われたからだ。
けれど、残念ながらその月下白は快斗のものではなかった。
志保か白牙か、さもなければまだ見つかっていないもうひとりの守護者のものだった。
アメリカで志保と合流した快斗は彼女がまだ能力に目覚めていないことを知り、白牙のものだったのだろうかと考えていたのだが――
「てことは、まだ見つかってない守護者のもんだったってことだな」
「あんたのでもなかったのか…」
最後の可能性を挙げた白牙に、快斗は顔をしかめた。
折角即戦力になるかと思ったのに。
「まあそう悲観することもないだろう。言い換えれば、つまり、残りの守護者が記憶と能力を手に入れたということだからね。その人が我々とともに戦ってくれるなら、とても心強い味方になるだろう?」
優作の尤もな意見に、確かに、と白牙が請け負った。
「だが、力に目覚めたからといって俺たちの居場所が分かるのか? 合流できなきゃ、結局戦力にはならないぞ」
「それは一理あるね」
ふむ、と考え込んだ優作は、けれど始めから答えなど用意していたかのような気軽さで続けた。
「それについてはこちらで手配しよう。少々心当たりがあるものでね」
「そのことに関して、メイちゃん、ぜひ貴方の力を貸して欲しいの」
指名され、メイは目を瞬いた。
ソウルメイトを見抜くことができるのはメイだけなのだから、有希子の選択は当然のことだろう。
だが、快斗は密かに眉を寄せた。
(心当たり…? もしかして、あのアラン・アシュフォードか?)
十二年前に新一と出会い、月下白を手に入れ、今尚新一に少なからぬ執着を抱いている、大富豪アシュフォード財団の長子。
彼が守護者のひとりだったとすれば、新一に執着する理由も、無意識の内に月下白に惹かれたことも理解できる。
だが、腑に落ちない点もあった。
守護者としての記憶と能力に目覚めているのら、新一が御子であることにも気付いているのではないか。
気付いているなら、もっと早く彼のもとへ現れていてもおかしくないのではないか。
フランスで月下白を解封してからもう二週間以上が経っているのだ。
それから今まで何の動きもなかったのはどういうことなのか。
(それとも新一と会ったのは解封される前だったから分からないのか?)
その可能性もないことはないだろう。
だとしたら、やはり彼が最後の守護者なのだろうか。
「とにかく、守護者と月下白の探索は私たちに任せてくれ。特別な力を持たずとも、捜しものくらいはできるからね」
「悪いけど、メイちゃんは私たちのお手伝いをお願いするわね」
にこりと、とても高校生の子持ちには見えないあどけない表情で微笑まれ、メイは思わず頷いていた。
「宮野さんは引き続き薬の研究を続けて欲しい。発作を極限まで抑えられるようにして貰いたいんだ。いざという時、新一も戦力になるからね」
「勿論、そのつもりです」
志保は今も膝に抱えたノートパソコンを爪の先で軽く叩いた。
「シャロンと白牙にはこの家の警備の強化をお願いしたい。必要なものがあれば揃えるし、セキュリティに問題があれば好きに弄ってくれて構わない」
「――具体的に、二十四時間態勢で最高警戒レベルを保持すればいいのかしら?」
「いや、おそらくあの男は直接この屋敷に踏み込むような真似はしないだろう。セキュリティは後でチェックするが、あんたの言う最高警戒レベル――つまり核シェルター並みの防御システムは要らねーよ。テロリストによる邸内占拠を防げる程度で充分だろう?」
「ああ。要するに、ここが君たち二人でも落とせない要塞となれば充分だ」
簡単に言ってくれる。
二人の元殺し屋はそれぞれに唇を歪めた。
引退した今尚裏社会に色濃くその名を残す世界最高峰の殺し屋と、かつて裏社会を牛耳っていた巨大な犯罪組織において「千の顔を持つ魔女」の異名を誇った殺し屋。
その二人でも落とせない要塞とは、つまりこの世の誰にも落とすことができない要塞を作れと言っているようなものだ。
「…いいわ、任されましょう?」
「世界一難攻不落な要塞を作ってやろうじゃねーか」
強気に笑う二人へ、優作も楽しそうに笑った。
「それから――快斗君。君には最も重要な任務を頼みたい」
ふとこちらを振り返った優作に快斗はごくりと喉を鳴らす。
いったいどんな無理難題を吹っ掛けられるのか、思わず身構えた快斗だったが…
「片時も傍を離れず、常に新一とともに行動すること。……お願いできるかな?」
どことなく新一と似た悪戯っぽい瞳がきらりと光る。
思いもしなかった「任務」の内容に隣でぽかんと口を開けている新一を余所に、快斗は深く頷きを返した。
「絶対に離れません。ずっと新一の傍にいます」
まるで、誓いのように。
胸の上、月があるだろうその場所にそっと手を当て、その月に誓うように宣言する。
別に何も特別な意味はないのかも知れない。
女性である志保よりも、師である白牙よりも、同い年のライバルであり友人でもある快斗の方が新一も気兼ねなく過ごせるのではないかと、優作は考えたのかも知れない。
それでも、誰よりも近い場所で、真っ先に彼を守れる場所に立たせて貰える。
それが、快斗にはひどく嬉しかった。
その眼差しがあまりに真剣で、隣で見ていた新一は恥ずかしそうに赤らめた顔をしかめながら「ばーろ…」と小さく悪態を吐いた。
一日中監視されているようで鬱陶しそうだが、相手が快斗なら我慢できるだろう。
むしろ、無茶ばかりする快斗がずっと傍にいるなら新一も無駄な心配をせずに済む。
……決して、志保が言うように、快斗が傍にいないのが不満なわけではない。
自分にそう言い訳して、新一はこっそり笑みを浮かべた。
「――それで? プロポーズはうまくいったのかしら、白牙君?」
深刻な話題は済んだと判断したのか、唐突に話題を変えたベルモットの発言に、白牙は「げっ」と声を漏らした。
「てめー、なんで知ってんだ?」
「こんな幼気な女の子を泣かせるなんて、ほんと、罪な男よね。メイもこんな男のどこが良かったのかしら」
「あはは…あたしもそう思う」
心底分からない、と肩を竦めながら首を振るベルモットに思わず掴みかかりかけた白牙だが、思わぬ援軍に凍り付いた。
「は? 何の話だ、白牙?」
快斗も、ベルモットも、工藤夫妻も、白牙とメイが遅刻してきた理由を知っていたが、誰も新一に詳しい説明をしていなかった。
同じように志保も知らなかったが、興味がないのか、既に目の前の会話からひとり離脱した彼女は立ち上げたノートパソコンに向かっている。
純粋な興味を持って見つめてくる新一の眼差しから逃れることができず、白牙は額を押さえながら長い長い溜息を吐いた。
「実はな、新一、…その、実は…」
「――あたしたち、婚約したの」
しどろもどろと言葉を濁しまくる白牙に痺れを切らし、メイがはっきりと告げた。
「…は? 婚約?」
「そうよ。ここへの到着が遅れたのは、一度英国に帰って両親に彼を紹介してたからなの」
余程衝撃だったのか、新一は言葉を失っている。
そんな彼を余所に、単にからかいたかったベルモットと違ってずっと気になっていた快斗は心配そうにメイを覗き込んだ。
「それで、オッケーはもらえたの?」
「勿論よ、快斗。最初は吃驚してたけど、あたしの両親だもの。強者よ」
「ふーん。その割には時間掛かったよね」
「それがねー…元殺し屋の現特殊機動員だって言ったら、ぜひうちのボディーガードの教官になってくれって言って聞かなくて…」
「ああ…それで説得≠ェ大変だったわけね」
工藤邸に着くなり愚痴っていた白牙を思い起こし、快斗は乾いた笑いを浮かべた。
なんだか目の前のおしどり夫婦とイメージが被る。
快斗の両親も決して一筋縄でいく相手ではなかったし、守護者の両親とはどこもこんな感じなのだろうか。
「――白牙。おまえ確か、三十二歳だったよな」
「あ、ああ…?」
と、唐突に復活した新一に詰め寄られ、白牙が後退る。
「自己判断だけど、一応三十二だ」
「そうか。俺の目が確かなら、彼女は七、八歳に見えるんだけど」
「ああ、確かに七歳だが…」
「――いい年した大人が子供に手ぇ出すって、男としてどうなんだ!」
その言葉に、そもそも根本的な説明が抜けていることに白牙は気が付いた。
見れば、意地の悪い笑みを浮かべたベルモットがこっちを見ている。
明らかに態とだ。
くそっ、と悪態を吐きながら、白牙は新一の両肩を掴んだ。
「いいか、新一、よく聞けよ。俺は前世で全うできなかったこいつとの約束を果たしただけだ。今の俺たちの年齢差は関係ない」
「前世??」
すっかり疑問符を飛ばしまくっている新一の頭にぽんと掌を載せ、快斗が神妙に言った。
「あのな、新一。メイちゃんは白牙のフィアンセだった美煌って人の生まれ変わりなんだ」
――美煌。
確かにその名前には聞き覚えがあった。
以前日本の工藤邸のリビングで、優作との出会いを語ってくれた白牙が口にしていた女性の名前だ。
だが、よもやその女性が生まれ変わって、新一の守護者として目の前にいるなんて。
あまりに非現実的すぎるその発言に唖然とメイを凝視する新一だが、非科学・非常識・非現実の塊のような男が、今更反論できるはずもなかった。
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あああ…総勢八人の掛け合いを書くのはムズカシイ…!
一度にこんなに大勢出したのは「月の欠片」の十話以来かな。
それぞれ一度は喋ってると思うけど、こんだけ個性豊かな連中が集まるとこゆい、こゆい…。
ベルモットと白牙の関係(元殺し屋同士)についてもっと言及したかったけど、それは追々ということで。
08.06.09.