シェフ顔負けの快斗の料理とデザート、そして新一の入れたコーヒーで一息吐いたとき、時刻は既に九時を回っていた。 普段なら、こと工藤新一にかけては世話焼きであるらしい国際犯罪者ふたりに風呂に入れと言われる時間だったが、今夜は違う。 その理由を判っている新一は素直にソファに腰掛け、快斗と白牙を前に最後の抵抗とばかりに溜息を吐いた。 「で。今度のはどういう事件なんだ?」 軽く顎でしゃくりながら話せと促してくる白牙。 その隣に座る快斗は新一が話すべきことだと、傍観を決め込んでいる。 事件の概要を関係者以外に漏らすことは厳禁なのだが、このふたりばかりは例外だと、新一は諦めたようにぽつりぽつりと話し出した。 「…コロシだよ。しかも、密入国者による犯罪の線が強い。」 「どこの国だ?」 「中国。」 白牙の眉が鬱陶しげに寄せられるのを目の端で捕らえながら新一は続けた。 「上がったのは少女の遺体がふたつ。どちらも腹部を切り開かれ、内臓がいくつか切除されてる。 中国からの密入国者は臓器密売人と言うことで容疑をかけられてるんだ。」 「……ちなみに、名前は?」 「黒星。――知り合いか?」 うぅ、と白牙が唸り声を上げた。こんなに歯切れの悪い彼も珍しい。 白牙は否定らしいリアクションは何ひとつ返さなかった。 知り合いというのも強ちハズレではないのだろうと、新一は興味深そうに白牙の反応を待っていたのだが…… 伸びてきた腕にがっしりと肩を掴まれたかと思うと。 「――頼むから、黒星には関わるな。」 |
share your fate ―運命共同体― |
白牙の生まれ故郷は中国だった。 とは言え、生まれて直ぐに捨てられた子供には名前もなく、誰の目にも留まることなくこのままのたれ死ぬのだと思っていた。 ところがそんな子供を拾った男がいた。男に名前があるのかは白牙も知らない。教えられたことがなかったから呼んだこともなかった。 ただ、男は白牙と同じく親に捨てられ、そして同じように捨てられた男に育てられたと言っていた。だから、同じように白牙を拾ったのだと。 白牙は教育を受けることもなく、ただその日暮らしの貧しい日々を送っていた。 ところが白牙は恐ろしく頭の良い子供で、漸くひとりで立てるようになった頃には男顔負けの知識を持っていた。記憶力がずば抜けて良かったのだ。 生まれてからこの方、見てきたことも聞いてきたことも総て頭の中にある。まるで棚に仕舞い込むように、理路整然と記憶が詰まっている。必要なときに手を伸ばせば欲しいものだけ手に出来る。そんな、普通の人間では考えられない頭脳をしていたのだ。 まず言葉を覚えた。次に生きていく手段を覚えた。男が手間取るような残飯探しも、たった三歳で男よりずっと巧くできた。 ただ、頭が良いと言うことは、己の状況がどういうものかも克明に知らしめた。それだけが白牙の苦痛だった。 自分を拾ってくれたことに、たとえ愛情の一欠片さえない行為だったとしても、白牙は単純に感謝していた。だから自身がどれほど生活能力に長けていても、男を見捨てることだけはできなかったのだ。 ところがそんな日常は突然終止符を打たれた。男が死んだのだ。突然の爆弾事件に巻き込まれ、身元不明の浮浪者として片づけられた。ひどく呆気ないものだった。 白牙はほんの少しの喪失感を感じながらも男の死を哀しまなかった。ただ、共にいた他人が死んでひとりになった。 そうしてひとりになったとき迷わず向かった先は、ひとりの殺し屋の住処だった。殺し屋の名前は風と言い――男を殺した本人だった。 白牙はそうと知りながら風のもとへと向かったのだ。 警察ですら知らない爆弾事件の犯人を突き止め、親同然の人間を殺されておきながら自分のもとへとやって来た子供に、風は多大な興味を持った。そしてすぐに並々ならぬ白牙の知能指数の高さに気付いた。 風は白牙を手元に置き、次第に暗殺術を白牙に叩き込むようになった。――それこそが、白牙の望みだった。 身を守る術。金を奪う手段。つまり、生き残る術を身につけるため、白牙は風に近づいたのだ。 風はそれと知りながらもあらゆる知識を与え、もの凄い速さでそれらを吸収していく白牙を鍛え上げた。そして白牙がやっと九歳になった頃には、警察などには手に負えない、一人前の殺し屋となっていた。 「俺が黒星に逢ったのはその時だ。」 じっと見つめてくる瞳に冷たい輝きが宿り、新一の背中にぞくりとした震えが走る。 積極的に聞こうとしなかったのも確かだが、あまり話したがらなかった己の過去を自ら語り出した白牙に、自然新一も快斗も身を固くしている。 新一の入れたコーヒーカップなど疾うに空になっていた。けれど、入れ直そうなどという気は少しも起こらなかった。 「……お前が九歳の時、てことか?」 「そう。まぁ、俺のカウントで九歳の時ってことだけどな。」 最初に男に拾われた日を誕生日としてだから、正確な数字じゃねぇぜ。 「その日は俺の九歳の誕生日、つまり男に拾われてからまるまる九年が経った日だったんだ。 それまで俺は風の後について援護をしてただけなんだが、風はその日初めて、仕事を総て俺に任せてくれた。 そのときの標的が――黒星だった」 「良いか。依頼は死んでもこなせ。それが、死に損ないの俺たちの唯一のルールだ。失敗するときは死ぬ時だと、よく覚えておけよ。」 ライフルの照準を覗き込みながららしくなく緊張していた白牙に、風は厳しく言った。彼は手加減というものを知らない男だった。だからこそ白牙は風を尊敬していた。 黒星は背が低く小柄で、一見して少年と見紛うようなひどく頼りない印象の男だった。九歳にしては成長の早い白牙と、見た目だけではあまり大差ない。 ところが臓器密売人としてその名を広く知らしめる黒星には、強力な後援者がいた。それが、後に白牙を受け入れることになった、当時中国の裏社会を統率していたマフィアだったのだ。そして無情にも、白牙は任務を失敗した。敗因は、黒星の後援者の存在を把握していなかった風のミスだった。 白牙と風は直ぐさま捕らわれ、散々痛めつけられた。そして風は、依頼者が誰であるかを吐かされる前に自決した。 白牙も風を追おうとした。風のことを尊敬していたし、殺されるくらいならその前に死んでやろうと思った。どっちみち、たとえどれほど痛めつけられたところで依頼者と通じていたのは風のみだったので、白牙が知るはずもないのだ。 けれどマフィアはそれを赦さなかった。次第にマフィアは白牙を痛めつけることをやめ、利用することを選んだ。 そうして白牙は、望まぬながらも風を殺したマフィアの一員となったのだった。 「黒星自身がどれほど危険な人物か、実のところ俺にも判らない。だが奴に関わればマフィアも相手にすることになる。 奴らは危険だ。…それだけは、嫌ってくらいよく知ってる。」 その組織に身を置いていたのだという白牙の言葉には重みがあった。新一も快斗も、知らずごくりと喉を鳴らす。 「たとえ今度の事件の犯人が黒星だと決まったわけじゃないとしても、俺としてはそんな危険なモンに首を突っ込んで欲しくないわけ。」 それまでの重苦しい雰囲気を払拭するように、白牙が殊更明るい声で言う。 自分で言うのも何だが、自分の過去は語るには決して楽しくない話だ。それが判っているから、白牙はあまり過去のことを語りたがらない。 話せば大抵の人は驚愕に黙り込んでしまう。或いは、ヘタに元気づけようと要らない慰めを言ったりもする。そんなものは、白牙の望むものではなかった。 ただひとりだけ、実に興味深そうに「事実は小説よりも奇なり、だねぇ」なんてのんびりと言ってくれた人もいたけれど。 ……だと言うのに。 「なんつーか、あんたの性格がひねくれたのも判る気がするなぁ〜…」 「あぁ。俺なんかよりよっぽどヤバイ橋渡ってるクセに、人のことがよく言えるぜ。」 この少年たちは、なんとも嬉しい反応を返してくれるのだ。白牙のことをよく判っている、と言うべきか。 とにかく、慰めも同情も欲しくない白牙の心を敏感に嗅ぎ取って、殊更なんでもないことのように言ってくれる。それが、ただ嬉しかった。 さすがは優作の息子、そして盗一の息子だ。 快斗のことを散々苛めている白牙だが、実際は弟のように可愛くてしょうがないのだ。 同じ犯罪者だからだろうか、どことなく自分と似た危うさを持つ少年に、彼らしくあって欲しいからとついつい必要以上に苛めてしまう。 「ほぉ。俺がひねくれてるって?良い度胸だな、快斗。」 「ふんっ。俺のこと散々苛めてくるクセに。」 「こりゃ、愛情表現ってやつだよv」 「そんなもん、ちっとも嬉しくねぇ!」 月の下では感心してしまうほどの紳士ぶりを発揮するというのに、今の快斗は高校生どころか、まるきり中学生の子供のようだ。 むっとむくれてしまった快斗をにやにや笑った後、矛先を新一へと変える。 「それに新一、俺のは不可抗力だが、お前のはどう考えたって自分から危険に飛び込んでるだろ。」 「……仕方ねぇだろ。探偵なんだから。」 「探偵だって、普通は保身を色々と考えるもんだと思うけどな?」 「……うるさい。」 少しは自覚があるのか、最後の方は小さく消えてしまった新一の可愛い反論に、白牙は心おきなく声を上げて笑った。 当然、そっくりな顔で拗ねている少年ふたりは納得していない顔だったけれど。 「とにかく、動くときは必ず声を掛けろ。動くなとは言わない。ただ、お前は狙われてるんだってことを忘れるな。」 不意に低い声でそう告げられ、新一は渋い表情で微かに頷いた。 * * * はあ、はあ、はあ…… 不規則な呼吸が零れるたび崩れそうになる体を、少女は必死に走らせた。 服はボロボロだった。体もあちこち切られ、そこからいちいち出血している。小さな傷でもこれだけ多ければ貧血でも起こしそうだ。 少女は判っていた。自分がただ弄ばれていることを。 あいつらはどこまでも追ってくる。いくら逃げたところで、まるで超能力でもあるのかと疑ってしまいたくなるくらい簡単に見つけられてしまう。 それでも逃げずにはいられなかった。逃げなければこの身がどうなるか知っているのだ。 逃げなければ――殺される。 「…っ、あぅ…!」 鋭い痛みが足を掠める。ただでさえ不安定な体は簡単に崩れてしまった。土にめり込むように勢いよく倒れ込む。 少女は素早く体を起こすと、荒い呼吸のまま辺りを窺うように何度も首を巡らせた。 流れてきた汗で目に滲みる。土に汚れた手でそれを拭い、まるで瞳を剥き出すように目を見開いた。 ……それこそが、追跡者の望むものだとも知らずに。 『……今度もはずれだな。まったく、憑いてない。』 整髪剤で塗り固められた前髪は総て後ろへ流され、目元はきつく吊り上がっている。黒いハイネックに黒いパンツ、そして黒い手袋。 まるで季節を無視した格好の男――黒星は、暗視スコープから視線を外すとうんざりと溜息を吐いた。 もうかれこれ三人目だと言うのに、一向に当たりが回ってこない。仕事を引き受けた時の予定ではこんなはずではなかった。 黒星は自身を犯罪のプロだと自負している。臓器の密売にかけてはもちろん、その臓器の提供者を秘密裏に連れ去ることからバラすところまで、警察に尻尾を掴まれずにやってのける自身があった。だからこそ今回の仕事も引き受けたのだ。 ――蒼い目の天使を知ってるか? たったのひと言。けれどそれは、どうにもひどく心に残るものだった。 己のボスと仰ぐ人に仕事の依頼をされた。 ボスとは言っても彼を熱狂的に信仰しているわけではなく、商売をしていく上で付き合っていれば何かと便利だったからだ。 そしてそれは彼の方も承知しているから気楽な付き合いをしている。仕事とは言え、黒星が嫌だと思えばいつでも断れるのだ。 けれど黒星は断わらなかった。理由は気になったからと、それほど難しい仕事ではないと思ったからだ。 蒼い目の天使。それだけでもひどく心を揺さぶる言葉だ。 その上、その天使を求めている者が世に腐るほどいるとなれば、黒星でなくとも興味を引かれるというものだ。 ひとつに、ある伝記があるのだと言う。黒星は今まで一度としてそんな伝記を聞いたことはないが、権力者の間では信じられているらしい。 その伝記によればこうだ。 天使は人の姿をしている。しかし目を見れば判る。それはこの世のものとは思えない輝きを秘めており、その輝きを手に入れた者は不老不死を与えてられる。 なんとも胡散臭い話だ。初め、黒星はそう思った。 けれど、その胡散臭い伝記を消去しようとどこぞの大物が動いているらしいと聞いて、俄然興味が出た。 本来なら臓器のブローカーである黒星だが、この件に限ってだけならと引き受けたのだった。 その時ボスはこうも言っていた。 ――私の可愛い息子が日本にいるらしい。 ボスの言うところの息子とは、裏社会で知らぬ者はいないと言うほどに名の知れた殺し屋、白牙のことだ。ボスは殊更白牙を可愛がっていた。――その表現がどんなものであっても。 そして黒星は白牙が嫌いだった。己の命が狙われたということもあるが、優れた能力を持ちながら組織を抜け出したからだ。 ボスは裏切りを赦さない。だから暗に、仕事のついでに白牙を殺して来いと言っているのだ。 黒星は一も二もなく引き受けた。だから迷わず日本に渡った。そして蒼い目の天使を探す一方で白牙を探していた。否、本命は白牙なのだが。 『あいつも見つからないし、こっちも手詰まり。嫌になるな。』 黒星は再び暗視スコープを覗き込むと、迷わず引き金を引いた。冷たい鉛玉が容赦なく少女の眉間を穿つ。少女は血を吹きながら、物言わぬ肉の塊となって地に伏した。 少女の瞳は俗に言う“オッド・アイ”というやつだ。片方だけが綺麗な青色をしている。 黒星はボスから話を聞いたとき、天使の目と言われるくらいなのだからその目は一目で他と違う何かを持っているのだろうと思ったのだ。そして、不老不死を与えるという天使さまは不死身か、或いは治癒能力に長けているのでは、と考えていた。 一人目の少女はひどく珍しい目の色をしていた。町中で見かけただけだが、その色は決して人間に出せるような色ではなかった。だから襲ったのだが、実際はただのカラー・コンタクトで、黒星は事前調査を怠ったことをひどく嘆いたものだった。次からは事前調査は必ずすると決め、ついでとばかりに臓器を持ち帰った。 二人目の少女も、黒星の興味を引くほど鮮やかな青色の瞳をしていた。たとえ北欧の人間だろうとあれほど鮮やかな色はなかなかないだろう。今度は事前調査も行って拉致したものの、ボスに引き合わせてみれば今度も「違う」との言葉を頂いた。とは言え、あれほどの瞳なら高く売れる。黒星は臓器とともに目も抜いた。ヘタをすれば青色の瞳の人間に警戒されるかも知れないが、最初のひとりはただの薄茶の目をしていたから問題ないだろうと判断した。 そして三人目にして、オッド・アイという特殊な目を狙ってみたのだが、今度も違う。確かに特殊な目をしているが、それ以外はまるきり普通だ。不死身でも治癒能力が高いわけでもない。 黒星はひとつ溜息を吐いて、少女の遺体へと歩み寄った。 死体は有効に使う。臓器は傷付けないよう注意していた。まだ高校生ぐらいの少女だから、きっと高く売れるだろう。 『ああ、でも、そろそろあいつに勘付かれるかも知れないな。』 自分が日本へ来たことはとっくにばれているだろう。そうすれば頭の良いあの男のこと、この連続殺人と自分を繋げるのは容易い。 黒星はニィ、と口端を持ち上げた。 ――それなら、宣戦布告してみるのも面白い。 黒星は懐から携帯電話を取り出した。 暗記している番号を素早く押し、コール一回と待たずに電話に出た男に言う。 『終わったよ。いつもみたく頼めるか。 …それと、ひとつ頼みがあるんだ。なに、大したことじゃない。持ってきて欲しいものがあるんだ。そう、何のでも良いんだが――』 足下に転がる少女の目が、恨めしげに月を見上げていた。 BACK TOP NEXT |
……思った以上にグロイ話になってる?汗 苦手だという方、ごめんなさい!(>_<) しかも今回説明的でおもしろみのないお話になってしまった…。 いや、私は白牙の過去とか書けて楽しいんですがvv 中国関係でオリキャラさん、重要不要に限らずわんさか出そうです; ちなみに白牙は普段は「はくが」と読みますが中国語では「バイヤ」、 黒星は「ヘイシン」、風は「フォン」と読みます。 今回は白牙メインなので、もしかしたら新一は快斗より白牙とらぶらぶすることになったりして(笑) まぁあくまで師弟の間柄ですが。 だって白牙の愛は今は亡き美煌(メイファン)ちゃんのものなのでv 04.02.11. |