三人目の犠牲者が出てから今日で三日が経つ。
 警告が出されてからたったの二日で第三の犠牲者が出たからか、近辺の住民も漸く危機感を持ち始めたらしく、若者の夜歩きはだいぶ減っているようだった。
 とは言え、全てを規制することはできていない。
 とにかくあれから三日が経つが次の犠牲者は出ておらず、それと同時に警察の必死の捜査も虚しく犯人もまだ確保されていない。
 新一の進言により容疑者を黒星とほぼ断定した形で捜査を行っているが、中国政府が何十年も逃してきた相手なのだ。
 そう簡単に捕まるはずもなく、未だ捜査は難航している。

 そして今日で連日三日警視庁に入り浸り状態となってしまっている新一は、目暮と共に資料と睨めっこをしていた。


「やはり一筋縄ではいかんな…」

「ええ。」


 目暮の顔には疲労の色がありありと浮かんでおり、目元に刻まれた隈がそれを克明に知らしめている。
 対する新一も休息などほとんど取れない日々を送っているのだが、限界値が遙かに遠いためか、目暮ほど疲れた表情は見せていなかった。
 手元には中国から新たに取り寄せた黒星の資料とここ数日の捜査結果などがあるが、実際は目暮も新一もこんなものを眺めてみたところで意味がないのはよく判っていた。
 警察は未だに被害者の共通点を割り出せずにいる。
 住居、身体的特徴、行方を眩ました時間、果ては彼女たちの趣向まであらゆる可能性を考慮してみたが、まるで共通点がない。
 否、あると言えばあるのだが、それを言い出せばこの国にあとどれだけ候補者が居るのか……
 唯一挙げるとしたらやはり年若い少女、というだけだ。
 だが黒星の餌食となった者は性別に関わりはなく、更には年齢にも関わりがない。
 この国に住む者全てを警護するなど不可能だ。
 つまり警察は黒星が次に動くまで身動きの取れない状況なのだが、だからと言って黙って犠牲者が出せるはずもなく、よって埒のあかない資料との睨めっこなどをしているのだが…

 ふと、隣にいる新一を目暮が見遣る。
 何を考えているのか、一心にモンタージュ写真を見つめている新一。
 世に名探偵と謳われる彼のことだから現在がどういう状況か、そしてそれを打破するにはどうするべきか、この途方もない慧眼は見抜いているに違いない。
 不意に心配になって目暮が言った。


「…工藤君。囮捜査は絶対にせんからな。」


 工藤新一とは事件となれば全てを擲ってまで解決しようとする男だ。
 或いはそれを無茶とか無謀とか、向こう見ずと呼ぶ。
 つまり、自らの危険を顧みずに事件の解決を最優先するのが新一の常だった。
 目暮が案じるのも無理はない。
 おそらく目暮の経験からして、新一は自身を囮にしてでも犯人を誘き出そうと絶対に一度は考えたはずだ。
 実行したかは別として。
 けれど難しい顔をしている目暮を新一はきょとんと見返すと、次いで苦笑を浮かべて言った。


「目暮警部。そんな危険な真似、僕はしませんよ。」

「…本当かね?」

「そんなに信用ないですか?」

「工藤君は無茶をしかねんからな…」


 ぼやく目暮に新一は大丈夫ですよと返して、再び資料へと視線を落とす。
 目まぐるしく閃くその頭脳が何を考えているのか、目暮に限らず、共犯者の男以外に判るはずもなかった。
















share your fate
―運命共同体―















 東都の夜景を一望できる杯戸シティホテルに、白牙は居た。
 シングルのベッドが二つ、そのどちらも使われていることから同居者がいることが判る。
 同居人は今シャワーを浴びているところで、白牙はベッドの片方に胡座をかいて膝の上にノートパソコンを置き、カシャカシャと忙しなく指を動かしていた。


「…くそっ、見つからねぇっ。」


 長い黒髪をぐしゃぐしゃと掻き回し、小さく悪態を吐く。
 白牙が黒星と接触してから三日が経つが、あれ以来ぱったりとその姿を見ないのだ。
 まだ時期が早いと、そう言っていた。
 おそらく効果的に白牙の動きを封じ、その上で嬲り殺せる手段でも講じているのだろう。

 あの後、結局工藤邸に戻ることはできないと判断した白牙は同居人――仕事を持ち掛けてきた男へと連絡を入れた。
 そして都合良くこのホテルに滞在していると聞き、半ば押し掛けるようにして転がり込んだのだ。
 万が一のために工藤邸に仕掛けられた数々の機器を駆使し、今のところ快斗も新一も無事であることは確認できているが、いつ黒星の手が伸びるか知れない。
 白牙はとにかく黒星がふたりの存在に勘付く前に黒星を捕えようとしているのだ。
 しかし相手もプロ。
 一旦姿を眩ました黒星を見つけるのは容易ではなく、おかげでこうして白牙は苛立ちを募らせるしかなかった。


「珍しく荒れてるな。」


 と、いつの間にかシャワーを浴び終えた同居人が、物珍しげな表情で白牙を見ている。
 白牙は平静を装うのも面倒だと、語気も荒いままに言った。


「…あんたがさっさと奴を捕まえてりゃよかったんだ。」

「オイオイ、そりゃお前も同罪だろ。一度接触しておきながら仕留め損ねたハンターにゃ言われたくない台詞だな。」

「…」


 白牙の眉間の皺が深くなる。


「そう荒れるなよ。相手もプロだがお前もプロだろう?その、大事な宝石とやらが誰かは知らないが、そう簡単にはばれないさ。だから奴も三日も現れないんだよ。」


 確かに彼の言うとおりで、ただでさえ色んな者から狙われている新一を守るために白牙はこれ以上ないほど慎重に行動してきた。
 だからそう簡単にばれることはないのも確かだが、ばれないという確証もないのだ。
 新一が大事であればあるほど、白牙の焦燥は募っていく。


「俺たちも必死に捜してるんだ。俺たちに、お前に、日本警察。三方から捜してりゃ、奴が見つかるのも時間の問題だろ。」

「…そうだな。」

「そうさ。最近の日本警察は少し頼りないが、俺とお前がいるんだから。」


 最近の日本の犯罪検挙率は確かに高いが、だからといってイコール優秀というわけではない。
 日本の治安の悪さは増すばかりで、つまり犯罪件数が増えたからその分検挙率も上がったに過ぎないのだ。

 けれど漸く調子を取り戻しつつある白牙はそんな同居人に、意地悪く笑うと。


「――それはどうだろうな。確かに日本警察はのんびりしてるが、最強の救世主さまがいるんだよ。」


 クツクツと笑う白牙に、彼は怪訝そうな視線を投げた。





 その、ほぼ同時刻。
 工藤邸ではなく隣の阿笠邸に、件の救世主は居た。


「あんまり無茶すんなよ、新一。」

「お前こそな。」


 予想通り工藤邸へ帰ってこなくなって白牙に、新一も快斗も苛立ちを感じていた。
 自分たちの倍近く生きている白牙に子供扱いされることはある意味仕方ないのかも知れないと思う。
 それでも、新一を中心に魂のどこかで繋がった存在だと言うのに、まるで突き放されているようで納得できなかった。
 だが、快斗も新一も大人しく待つほど素直ではない。
 まるで悪戯を思いついた子供のように笑うふたりを横目に、哀は呆れたような溜息を吐くばかりだ。
 けれどそんな彼らの覚悟が決して遊びではないと知っているから、こうして危険な行為にも手を貸している。


「とにかく、逐一連絡すること。それが唯一の命綱よ。判ってるわね?」

「「了解。」」


 もうこれで三日目となる確認を済ませ、三人はそれぞれ互いの無事を祈ると三手に分かれた。










* * *


 女は人通りの多い交差点を歩いていた。
 既に夜の八時を過ぎていたがまだまだ早い時間で人通りも多い。
 近頃この近辺で発生している連続殺人は恐ろしいとは思うが、こんな町中で襲われることもないだろうと楽観的に考えていた。
 殺人とは得てして人気のないところで行われるものだ。
 その点この交差点は非常に人通りも多いため、別段心配する必要はない。

 この通りは人を観察するには最適な場所だった。
 色んな人が通る。
 学生も、恋人たちも、家族も、老人も。
 皆それぞれの目的の場所へと進みながら、すれ違う人々にはまるで干渉しない。
 女のように人を観察するのが好きな者であれば、理由もなくここを通るのは案外楽しい暇つぶしになる。
 きっと自分以外にもそんな目的で歩いている者もいるだろう。
 女はそんなことを思いながら歩いていた。

 ふと、正面から歩いてくる少年の姿が目に入った。
 少年にしては小柄な、160pもあるかどうかと言った少年。
 長身の女と比べればまるで男と女を逆にしたほどにも差があった。
 長い黒髪は後ろへと流れ、覗く顔立ちはまだ中学生ほどの若さに見える。
 格好いい、と言うよりは可愛らしいと言われる部類だろう。
 黒曜石のように鋭く光る目は忙しなく過ぎゆく人々を眺めている。
 女は咄嗟に、この少年も自分と同じように人間観察の好きな者なのだろうと思った。
 ただ、女と違うのは――まるでその目が獲物を探す肉食類のように残忍な光を宿していることだろうか。

 なんとなく目が離せなくなって少年をじっと見つめていると、その視線に気付いたのか、少年もこちらを見た。
 その目が微かに瞠目するのを、女は見つめていた。
 やがてその口許に酷薄な笑みが浮かんだかと思うと、徐にこちらへと歩を進めるではないか。
 女は瞬時に、自分がこの少年の獲物に定められたのだと理解した。
 けれど動じることなく少年が来るのを待ち、ポケットの中へと仕舞われた指が小さな機械を操作する。
 女がそれを終えるのと少年が辿り着くのはほぼ同時だった。


「今晩は。お姉さん、暇なの?」


 少し癖のある話し方。
 きっと女以外なら聞き流してしまうほどの微かなニュアンスだったが、女は聞き逃さなかった。
 ただふわりと、花の綻ぶような笑みを浮かべて。


「そうよ。あなた、相手してれる?」


 その言葉に、少年は満足げな笑みを浮かべた。










* * *


「ちょっ、伍!これ見ろ…!」


 パソコンとの睨めっこを再開していた白牙に呼ばれ、同居人――伍はどうしたと歩み寄った。


「なんだ、何か判ったか?」

「いいから!」


 白牙はだらだら歩いてくる伍の襟をひっ掴むとぐいと引き寄せ、パソコンのモニターに映る映像を見せた。
 そこには、防犯カメラの映像の一部を拡大したものが映っていて、それが人の顔だとはすぐに気付いた。

 映っているのはひとりの少年。
 まだ中学生とも思えるほどの若さだが、伍はすぐにその違和に気付き目を細めた。


「これは、…黒星だな。」

「だろっ?ビンゴ!」


 白牙は指を鳴らして声を上げた。
 けれど伍は怪訝そうに白牙を見る。


「…これはどうしたんだ?」

「ちょっとな。警視庁のデータ、ハッキングしてたんだよ。」


 その言葉に伍が僅かに眉を吊り上げるが、白牙は気付かない振りで続けた。


「黒星は不貞不貞しい野郎だ。絶対、こそこそするような奴じゃないと思ったんだ。
 案の定、真っ昼間っからこんな人通りの多い道を堂々と闊歩してやがった。」

 大方“仕事”の品定めでもしてたんだろうよ。


 白牙は黒星の仕事について、ただいつものように臓器提供者に適した人材を捜している、という程度にしか考えていなかった。
 それが“蒼い目の天使”を捜してのことだと知っていれば、決して工藤邸を離れることはなかっただろう。
 だが、この時点で白牙はまだ黒星の真の目的には気付いてもいなかった。


「とにかく奴の目星はついた。はっ、自分の背を逆手にとってガキに変装するとはな。これじゃ警察の捜査にも引っ掛からないはずだぜ。」

「ああ。奴の資料にあるモンタージュ写真にしろ、目撃者なんざ皆無に等しいからな。あれじゃあ何の目安にもならない。」


 黒星の情報を正しく有している者にしか、黒星を黒星だと見分けることは難しいだろう。
 その点、白牙も伍も黒星についてはよく知っていた。
 問題はない。


「…で、伍。あんたは動けるのか?」

「一応はな。だがお前と行動を取るとなると、表立っては無理だ。」

「その方が都合がいい。」


 白牙はパソコンの電源を落とすと、枕元に置いてあった銃を取り出した。
 慣れた仕草で弾の数を確認し、予備の弾を準備していく。
 その様子を黙って見ていた伍が静かに言った。


「――殺るのか。」


 白牙は動きを止めず、振り返りもしない。


「殺しは卒業じゃなかったか?」


 諦めたように続けた伍に漸く振り返る。
 その顔は先ほどまでの喜怒哀楽に富むものではなく、最強と歌われた冷酷な夜の支配者のものだ。
 感情の全く見えない、ポーカーフェイスでうっすらと笑んでいる。


「言わなかったか?俺は、必要があればいつでも虎になる。」


 あの穢れない魂に誓った。
 必要のない殺しはしない。
 娯楽となる、生きるためではない殺しはしない。
 だが、生きるためには虎はいつでもその強靱な牙を突き立てるのだ。


「黒星は俺の大事な宝石を脅かす存在だ。だから――狩る。」


 きっぱりと言いきった白牙に伍の溜息が返る。


「…判った。お前がそう言うなら、全力でかかればいい。優作との約束を違える気がないなら、それでいい。」

「ああ。俺は優作を裏切らない。」


 優作にはこの命を預けているのだ。
 白牙が命を奪えばその命をも、優作が背負うことになる。
 だから必要な仕事しか金輪際しないと誓ったのだ。
 それに新一は白牙にとっての命であり、優作や有希子にとっての命でもあるのだから。
 何としてでも守り抜かなければならないのだ。


「だが言っておくが、俺はそれを阻止させてもらうからな。」


 と、伍がしかめっ面で言った。
 それに白牙は判ってるとばかりに頷いて、苦笑をこぼす。


「仕方ねぇよな。――伍警部。」





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ありゃー。ごめんなさい、師弟vs師匠までいきませんでした。。
一応新一も快斗も動いてくれてるんですがこれじゃあ全く動きが伝わりませんね(=_=)
今回漸く名前が出せた伍(ウー)警部。
一番最初に白牙と電話していた相手です。
この人が出したくてこの話があったんだ…!笑
この人が後の輝石乱舞でも関わってくることになると思います。
ただ、予定は未定で既に大幅でズレているんですが(爆)

04.02.24.