7月のデイリリー
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「工藤、黒羽と付き合うとるってほんまか?」
朝練帰り、教室に入ってきた平次が開口一番に言ったその台詞に、新一は思わず机に突っ伏した。
隣の机に座る尚也が楽しげに声を上げて笑う。
やがて新一は飛び起きると、もの凄い剣幕で平次を睨み付けながら言った。
「…男と男が付き合うと思うのか?」
けれど尚也に鍛えられた平次は少しも堪えた風もなく…と言うより、新一が睨んでいる理由を履き違えて、怯えるどころか宥めるような笑みを浮かべた。
「心配せんでも俺、同性愛に偏見持ってへんで?」
「そういう問題じゃねえ!つーか俺は黒羽と付き合ってなんかねえ!」
どこの馬鹿がそんなことを吹き込んだんだ、と頭を抱える新一に、平次は呆れたように言った。
「なに言うとんねん。そんなん、学校中で噂しとるで」
新一の顔がびしりと凍り付く。
眉間に皺を寄せたまま、目には驚愕を滲ませて、声にならない声を詰まらせた口は虚しく開いている。
それを見た尚也は一層笑いを深めた。
あんまり笑いすぎて目尻にはうっすら涙が浮いている。
「鈍い鈍いとは思ってたけど、ここまでとはね…!」
「な…っ、尚也、てめえ知ってたな!」
「当たり前だよ。知らないのなんか新一ぐらいだよ」
なにせ、ここ数日の快斗の行動は明らかに以前と違っていた。
それまで気が向いた時にしか行かなかった学校にも毎日通い、行きも帰りも、更には休み時間からお昼休みまでずっと新一にべったりなのだ。
これで気付かない方がどうかしてる。
しかも、新一(だけ)は知らないことだが、快斗は数日前にとんでもない爆弾発言をしている。
と言うのも、
「工藤君にべったりで、貴方まるで彼の恋人みたいよ」
とからかった志保に、
「みたい、じゃないよ。俺、あいつをオトすから」
と、快斗は笑って答えたのだ。
その話は瞬く間に学園中に広まった。
そして、尾ひれ背びれが付いた噂はいつの間にか「工藤新一と黒羽快斗は付き合っている」というものにまで発展していたのだった。
「だから言ったでしょ?二人なら巧くいくって。新一ってばすっかり黒羽君を手懐けちゃったね」
そんな風に言われても新一はちっとも嬉しくなかった。
確かに快斗のことは嫌いじゃないし、先日の件で彼と親しくなれたことは素直に嬉しいと思う。
けれど、それとこれとは話が別なのだ。
嫌いじゃないからと言って、では恋愛対象として好きなのかと言われれば当然「ノー」だ。
それにそもそも新一は親しい友人を作る以上に、恋愛というものを意図的に避けている。
「…まあ、どうせ一時の気の迷いだろ。すぐに馬鹿らしくなってやめるさ」
そう言った新一に、尚也は笑いを少しだけ苦いものに変えた。
新一と快斗の間にはまだまだ大きな壁がある。
快斗の多くを新一が知らないように、快斗も新一について知らないことが山ほどある。
それをひとつずつ知っていくには長い時間が必要だろう。
けれど、自分や平次では超えられなかった壁も、或いは彼なら超えられるかも知れない。
そんな風に思ってしまう辺り、結局どこまでいっても尚也の世界は工藤新一を中心に廻っているのだった。
「それより、期末の結果はどうだと思う?」
と、尚也は急に話題を変えた。
一学期の期末試験はつい三日前に終わったところだ。
三日間の試験期間に、二日間の答案返却期間。
そして三日目の今日、全ての答案用紙が返却され、学年における順位が廊下に張り出されることになっている。
つまり、その順位によって来学期のクラスが決まるのだ。
「工藤はどうせまた全教科満点の首席やろ?」
ふんっ、と拗ねたように平次が言うが、けれど尚也は確信に近い、ある別の予想を立てていた。
ざわっ、と廊下が騒がしくなる。
HRの五分前ともなれば、そろそろ順位が張り出される頃だ。
自分の順位を見に行った生徒たちが騒いでいるのだろう。
けれど、どこかいつもと違う、いつもよりずっと騒がしいその様子に新一が不審を抱き始めた、その時……
「――工藤!」
Sクラスのドアを押し開けて、快斗が飛び込んできた。
目を瞠る新一と平次を余所に、尚也はしたり顔で笑みを浮かべる。
「黒羽、何をそんなに慌てて…」
「来学期は俺もSクラスだ」
「へっ?」
「全教科満点。つまり、俺とおまえが学年首席ってこと♪」
これからは休み時間毎に教室を訪れなくてもずっと側にいられる。
そう言って微笑う快斗に、新一はもう何も言い返す言葉が浮かばなかった。
来学期は今学期以上の波乱が起きる予感がする。
新一は再び机に突っ伏したのだった。
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次作へ繋ぐためのエピローグですv
来学期では晴れて新一さまと同じクラスな快斗くん。
これでまさしく四六時中新一と一緒です。良かったね!笑