がやがやと賑わう夜の東都。
 午後10時を過ぎたところで、この街が眠りに入ることはない。
 行き交う人々の半数近くはまだ未成年であり、深夜徘徊と補導されてもおかしくないこの時刻に…
 ひとりの子供が走り抜ける。
 ところどころで驚きの声を上げさせながら、特殊構造のターボエンジンを掲載したスケボーを走らせているのは、工藤新一こと江戸川コナンだ。
 しきりに黒縁眼鏡の横を操作し、巧みに人の波を掻き分けていく。
 レンズに映る赤い点を目指しているのだった。


 早くしなければ、日没から大分経っている上に長い間動かしていたせいで、このスケボーも使えなくなってしまう。
 コナンの胸中に次第に焦りが募っていく。
 その焦りが思考を狂わせたのか、一瞬の油断をついて、通行人と接触してしまった。


「きゃっ」

「わっ…!」


 ぶつかってしまった人に怪我を負わせまいと咄嗟に体を反らす。
 なんとか正面衝突は免れたが、おかげでスケボーをすっ飛ばしてしまい、コナンは強かに地面にぶつかってしまった。
 もんどりを打って直ぐさま起きあがる。
 コナンはすっ飛んだスケボーを小脇に抱えて走り寄った。


「ごめんなさい、お姉さん!大丈夫?」


 地面に座り込んでしまっている女性に手を差しだす。
 もちろん起こしてあげられる訳もないが気持ちの問題で、女性は吃驚したという表情で目を瞬かせながらも手を取った。
 こんな時間にこんな子供がスケボーに乗って現われれば誰でも驚くだろう。
 コナンは女性を助け起こすと、


「ごめんね、僕、急いでるんだっ」


 怪我がないことを素早く確かめ、そのままスケボーに乗り込んだ。
 足で操作をすると途端にターボエンジンが唸りをあげる。
 瞬間、突風のようなものが吹き出して、そのまま砂埃を巻き上げながら走り去ってしまった。
 残された女性が茫然と佇む。
 急なことに一言も発せられなかったのだ。
 けれどすぐに口角を持ち上げると、人混みに紛れるようにして暗闇へと走り去ったのだった。








































the moon knows truth








































 コナンは眼鏡のレンズに映った赤い点を見つめ、表情を改めた。
 点が止まっている。
 つまり、標的がどこかの塒へと辿り着いたのだろう。
 頭の中にこの周辺の地図を広げ、標的の場所を弾き出していく。
 このあたりは賑やかな街からは少し離れた郊外……閑静な住宅街だった。


(考えろ……俺ならどうする?どこを塒に選ぶ?)


 急がなければならない。
 移動している最中ならまだしも、止まってしまったら、彼女がどうなるかわからなかった。





 コナンは今、クラスメートである少女を追っていた。
 彼女の名は中里みなみ。
 みなみは歩美とも仲が良く、コナンとも何度も言葉を交わしたことがあるくらいには親しい。
 その彼女をなぜコナンが追っているのか。
 それは、彼女が誘拐犯に攫われてしまったからだった。


 数日前から誰かに尾けられているような気がする、と言っていたみなみ。
 実際、彼女は尾つけられていた。
 けれど彼女はそれを親や教師、或いは警察には言わなかった。


 みなみの母親は弁護士だ。
 今、丁度大事な裁判が控えており、それのために少しばかり家を空けなければならなかった。
 娘思いな母親は小学一年生のみなみを残していくことを心配していたが、みなみも母親の仕事の重大さは解る年頃である。
 そう我侭が言えるはずもない。
 自分のせいで母親の仕事に支障を出してはいけないと、尾つけられていることは口にしなかった。


 ひとりでは怖い、けれど、騒ぎにもしたくない。
 まだ幼いみなみの考えついた策はひとつだけだった。
 他の誰にも言わず、ただひとり頼れる人として少年探偵団を……というよりはコナンを頼ってきたのだ。


 コナンはみなみの気持ちをくみ、それならばと彼女に発信器を携行させ、尾行者に気を配っていたのだが。
 たまたま下校中に起きた接触事故に気を取られているうちに、猛スピードで突っ込んできた黒塗りの車に彼女を攫われてしまったのだ。





 コナンは、尾行者の存在に気付いていながらみすみす攫わせてしまった自分に唇を噛んだ。
 車とスケボーではかなりの差が出来てしまうのか、標的の位置はここからまだ少し離れている。
 この追跡眼鏡の電池が続いてくれれば良いが、コナンの願いも虚しくそろそろ電池切れだ。
 映っている点の色は大分薄くなってきている。
 頼みの綱はこのスケボーだけだった。
 …けれど。


「え…っ、嘘だろ!?」


 だんだんと減速していくスケボーに、コナンの焦りは一気に跳ね上がった。
 充電式に変わったおかげで日没後も使えるようになったというのに、なぜこんな大事な時に止まってしまうのか。
 少なくとももう数十分は稼動できるはずだ。
 漸減していく速度に舌打ちしつつ、コナンは先ほど女性と接触した際にスケボーを放り出してしまったことを思い出した。
 おそらくその時にぶつけてしまったのだろう。


「チクショ、あの時かよっ」


 以前にも一度、ぶつけたショックでスケボーが動かなくなったことがある。
 衝撃に弱いことは解っていたのにと、コナンはスケボーを抱えると駆け出した。
 こんな郊外では交通機関は頼めないし、どう足掻いても自分の足で走るしかない。
 けれど小学一年生の全力疾走など高が知れている。
 一刻を争う事態だというのに、時間を大分ロスしてしまうだろう。
 せめて追跡眼鏡の電池が生きている間に……と駆け出したコナンだったが。


 予想外に突然現われた行く手を阻む人影に、足を止めざるを得なかった。


「こんばんは、探偵君。」


 いつかの夜のように。ふわりと、音もなく。
 優雅に礼をする舞い降りた白い鳥に、コナンは驚きにその蒼い瞳を瞠った。
 上から下まで、何もかもが真っ白いその存在。
 静寂と暗闇に包まれたこの空間に浮かび上がるのは、世間を騒がす怪盗キッドその人だった。


 キッド!と叫ぼうとして、けれどコナンは寸前でその声を飲み込む。
 彼のことは好敵手と認めているし、その頭脳と技量が特出していることも解っている。
 その男を捕まえるための、コナンにとっては見逃せるはずもない絶好のチャンスではあったが……


「お前に構ってる暇はねぇんだよっ」


 言うなり、怪盗の横をすり抜けてうっすらと眼鏡に映る赤い点を目指して走る。
 けれど怪盗はこちらの事情などお見通しらしい。
 余裕のスピードでコナンを追い掛けながらのんびりと話しかけてくる。


「随分急いでるみたいだけど、それじゃ埒があかないぜ?」

「うるせぇ!壊れちまったんだから仕方ねぇだろっ」

「あちゃ、やっぱ壊れたんだ?結構デカイ音したもんなぁ〜」


 キッドの間抜けな声を聞きながら、コナンは不意に目を細めた。


「…音って…なんで知ってるんだ?」


 けれど怪盗はケロリと言い放つ。


「だって、ぶつかったの俺だもん。」

「あ゛!?」

「いやぁ〜なんか急いでる風だったし、申し訳ないと思ってさ〜」


 そのあまりにのんびりとした物言いに思わずカチンとくる。
 先ほどぶつかった女性はキッドの変装だったのだ。
 そう思うと無性に腹が立ってくる。
 コナンは怒りにまかせ怒鳴りつけてやろうとしたのだが、突然の浮遊感に襲われ、それは叶わなかった。


「ぉわっ」


 気付けばコナンは怪盗の腕の中にいた。
 自分よりもずっと速いスピードで駆け抜ける姿は、かつての自分の姿と重なって見える。
 コナンはキッドの突然の行動に……というより、抱え上げられているという事実に耐えきれずに暴れ出した。


「何しやがるっ!オメーと遊んでる暇はないっつってんだろ!下ろせ、このバ怪盗!」


 細く短い手足で懸命に足掻く。
 が、敵うはずもない。
 コナンはあっさりキッドの胸中におさまってしまった。


「こら、暴れんなって。」


 キッドが悪戯っ子を窘めるような口調で言う。


「探偵君の仕事を邪魔しちまった罪滅ぼしに、目的地まで俺が連れてってやっから。」

「!」


 キッドに抱っこされているという事実はかなり耐え難い。
 が、移動手段のないコナンにとってこれほど魅力的な申し出もない。


「……解った。」


 渋々、嫌々、仕方が無く、コナンは頷いた。


「こっから北北東に真っ直ぐ、4キロ進んでくれ。そのあたりに居るハズなんだ。」

「了解!」


 するとキッドは、サッカーをしていた新一にも信じられないほど強靱な脚で勢いよく最寄りのマンションを昇り出した。
 15階建てのマンションの階段を、休む間もなく一気に駆け上る。
 これには抱え上げられていたコナンも感嘆する外なかった。
 やはり怪盗などという普通じゃない稼業をやってのけるだけのことはある。


「左手でお前を支えてるから、後はお前がしっかり捕まってろよ、名探偵!」


 躊躇いもなく、駆け上ってきたばかりのマンションの屋上からダイブする。
 重力に従いふたりの体は落下し始め、やがてそれに対抗するように、キッドの背中に人工の翼が広げられた。
 キッドの左手はしっかりとコナンの体を抱き締めている。
 コナンも渾身の力でキッドのタキシードの襟を握りしめていた。
 ちらちらと光る夜景が真下へと広がる。
 吹き抜ける風に乗り、右手でハングライダーの角度を微妙に調節しながら、ふたりは夜の東都の上空を北北東へと向かって飛び立った。









































* * *


 言葉に表すなら、まさにひとっ飛び。
 ふたりがここまで辿り着くのに、10分とかからなかった。


 地上から約2メートルほどの距離まで下降した後、キッドは素早くハングライダーを仕舞い込み、コナンを抱えたまま音もなく地上へと降り立った。
 夜の空気が微かに震えただけで、誰も気付く者はいない。
 コナンは着地と同時にキッドから飛び降り、走り様に振り返りながら言った。


「今夜は見逃しとく。」


 丁度良いからと交通機関がわりにさせてもらった相手を、流石に警察に突き出すような真似は出来ない。
 新一は良くも悪くも探偵であり、警察のように罪を必ず糾弾しなければならない義務はない。
 逮捕権はもちろんないのだし、それならば、嫌いになれないこの不思議な魔術師を今夜だけは見逃しても良いと思ったのだ。
 けれど。


「それはドウモ。でも折角ここまで来たんだから、最後まで付き合わせて貰うぜ。」


 ニッ、と口角を吊り上げ、不適に笑う怪盗。
 ふざけていたかと思えば途端に真剣になり、そうかと思えば戯けてみせる……
 コナンは怪盗の不可思議な行動を怪訝そうに眺めながらも、その魅力に惹かれずにはいられなかった。
 どうにも変わった縁ではあるけれど、こうして行動を共にすることなどこの先まず有り得ないのだ。
 そう思えば、もう少しだけ、決して交わることはないがただの探偵と怪盗というだけではない今のこの状況を楽しむのも悪くないかも知れない。


「…邪魔すんなよ。」


 やがてポツリと返された言葉にキッドは満足そうに頷いた。


「解ってるさ。探偵君ひとりじゃ、男3人はキツイかと思ってね。」

「…3人?」

「お前が見たのは黒のセダンだろ?埼玉ナンバーの。」

「!」


 猛スピードで走り去る車のナンバーは確かに埼玉ナンバーだった。
 突然の出来事ではあったが、腐っても名探偵と称される工藤新一である。
 車種とナンバーは瞬時に記憶していた。


 事件が誘拐事件へと進展した時点でコナンはすぐに警察に連絡をとっている。
 みなみが誘拐されたことで、既にコトは騒ぎが大きくなるならないの問題ではなくなったのだ。
 犯人逮捕には警察の助力も必要になる。
 懇意にしている佐藤刑事に頼み直ぐさま検問を張って貰い、埼玉ナンバーの黒のセダンを確保するよう話してあった。
 その話を知っているということは、キッドが警察無線を盗聴でもしていたのだろう。
 そして、未確認の情報……犯人が3人であるとを知っているのは、コナンも知らない情報を彼は手にしているのだ。


「知ってるのか?」

「少しな。最近この辺りに居着き出した素性の怪しい男3人が、埼玉ナンバーの黒のセダンに乗ってんだよ。」


 コナンは運が良いとばかりにキッドの手を掴むと走り出した。


「そこに案内してくれ!そいつらが中里さんを誘拐した犯人だ!」


 なぜキッドがそんな情報を持っているのか気にならなくはないが、今は関係ない。
 コナンは、母親に迷惑をかけまいと必死に怖さを隠して笑う少女を、なんとしても助け出したかった。
 キッドはコナンの行動に驚いていたようだが、すぐに口元に笑みを刻むと走り出す。


「こっちだ!」


 握られた手を強く握り返す。
 本当は抱えて走った方がずっと速かったが……ポーカーフェイスではない笑みを浮かべるキッドはそうしなかった。










 真っ暗な部屋の中に、一条の光が差し込んでいる。
 そこからは男達の低い話し声や笑い声が聞こえ、その度にみなみは小さな体を震わせた。
 叫べば誰かが気付いてくれるかも知れないが、恐怖で声を出すことすら出来ない。
 口はガムテープで塞がれ、足首と手首はしっかりと縄で戒められている。
 その状態でこの暗い部屋へと放り込まれ、どれぐらいの時間が経っただろうか。
 実際は一時間として経ってはいなかったが、みなみには永遠にも近いほどに長く感じられた。
 恐怖に震えながらも、思うことは。


(お母さんに迷惑かけたくないよ…!)


 みなみは母親の仕事に誇りを持っていた。
 子供の幼稚な考えではあったが、悪い人に虐げられる弱い人を守ってあげる、救ってあげる仕事なのだと思っていた。
 そして、弱い人を救ってあげられる母親を、誇りに思っていた。
 そんな母の、数年に渡って行われてきた弁護の最終判決が数日後に控えている。
 弁護人のもとへと行ってしまった母の助けを求めることは出来ないし、求めたくもなかった。
 今、彼女が助けを求められる人はひとりしかいない。


 クラスの中でも一際目立つ存在。
 不格好な黒縁眼鏡に小柄な体をしているにも拘わらず、クラスの女子の人気はダントツで一番。
 どんなときでも冷静で、どんな些細な問題もすぐに解決してくれる。
 頼るなら彼しかないと思い、一も二もなく引き受けてくれた。


(…怖いよォ、コナン君…っ)


 ずっと堪えてきた恐怖が溢れそうになる。
 もうこのまま死んでしまうのかも知れない。
 そんな恐怖に囚われかけた時。


 バタンッッ


 ドアが壊れるようなけたたましい音と共に、男たちの怒鳴り声が聞こえてきた。


「何だ、てめぇ!?」

「警察だ!幼児誘拐の現行犯で逮捕する!」

「なに…!?」


 凛とした低い声が室内に木霊する。
 何事かを叫き散らしながら逃げだそうとする男たちの足音、数発の銃声、そして低い呻き声。
 みなみは暗い室内でこれ以上ないほどに目を見開き、急にシンと静まった隣室を恐怖に震えながら見つめた。
 何の音もしない。
 やがて、カツンカツンと静かに歩み寄る足音が聞こえてきた。


 みなみは警官が撃たれたのだと思った。
 男達はみな銃を持っていたし、強そうな男が3人もいたのだ。
 やがてこの扉を開くのは誘拐犯で、自分も殺されてしまうのだと、そう思った。
 ギィと開かれる扉を、まるで死刑執行を待つ囚人のような心地で見守っていると……


「みなみちゃん、大丈夫?」


 現われたのが見慣れた顔で、みなみはそれまでとは別の理由で瞳を見開いた。
 駆け寄ったコナンがミナミの体を拘束していた縄を解き、口を塞いでいたガムテープは剥がす。
 漸く自由になった口でみなみが呟く。


「コナン…くん…?」

「そうだよ。遅くなってごめんね…怪我はない?」


「ふ、…っ、コナン君…!!」


 涙を溢れさせながら、みなみはコナンに抱きついた。
 ひとりでも決して泣かなかった彼女だったが、安堵と共に堪えていた涙もこぼれてしまったのだ。


「もう大丈夫だよ。あいつらは警察が捕まえてくれるし、みなみちゃんは俺が家まで送るから。」

「うん……あ、でも、このことお母さんには帰ってくるまで言わないで!」

「無理だよ。もう連絡されてるはずだから。」

「ウソ!?」


 みなみが哀しみに満ちた表情を浮かべる。
 あの優しい母が、それを聞いて帰ってこないはずがない。
 つまり、結局母親に迷惑をかけてしまったのだ。


 けれどコナンはふっと微笑むと、優しく言った。


「みなみちゃん。お母さんは君の母親なんだから、心配ぐらいさせてあげなよ。自分の知らないところでみなみちゃんがそんな危ない目にあってたら、お母さんはきっと自分のことをすごく責めると思うよ。」


 突然行方を眩ました工藤新一。
 新一の両親もまた、一番大変な時に側にいてやれなかったことを酷く後悔した。
 コナンも昔は自分のことは自分で出来ると思っていた。
 だから彼らにも連絡を入れなかったのだが、今はそのことを悔やんでいる。
 仕事も手につかない程の心配をかけた。
 向こうの生活の全てをなげうって、息子の無事を確かめに来た両親。


 全てをひとりで出来ると思うこと自体が間違いなのだ。
 今は、助けてくれる人達がいることを、助けられて初めて出来ることがあることを幸せだと思う。


「心配かけて、って叱られるかも知れないけど…迷惑だって叱られることはないんだから。早く家に帰ってお母さんを安心させてあげなきゃ。」

「…うん。」


 みなみは服の袖で涙を拭うと、先ほどの恐怖など少しもない顔で頷いた。


「ありがとう、コナン君!それに警察の人も、ありがとう!」


 ふたりが話し合ってる隙に気絶している男たちをさっさと拘束してしまった、警官に扮したキッド。
 話しかけられ振り向くと、不適に笑ってみなみの前に跪いた。
 小さな手をふわりと手に取り、軽く口付け、片目を瞑ってみせる。


「いいえ、お嬢さん。お礼なら私に下さると嬉しいのですが…」


 ポン、と小さな破裂音とともに白い煙が上がる。
 ほんの一瞬、その煙に視界を奪われたみなみが次の瞬間目にしたのは…


「…あ!怪盗キッド!」

「おや、私をご存知ですかv」


 そう言って、花をプレゼントする変わりに飴玉をひとつみなみの手に握らせた。
 苺味の飴玉にきっと喜んでくれるだろう。
 キッドの鮮やかなマジックに、みなみは満面の笑みを浮かべ、すごいすごいと連呼する。
 その笑顔を見てキッドが満足そうに言った。


「お礼は貴方のその笑顔で結構ですよ。」


 その気障な物言いが小学生の子供に通じるはずもないが、彼女が嬉しそうに笑ってくれるだけでキッドは満足だった。
 と、コナンが突慳貪な声で横やりを入れる。


「何が笑顔で結構、だよ。」

「おや。探偵君はこんな幼気な少女に見返りを求めるんですか?」

「バーカ。」


 ふん、と鼻を鳴らすコナンに可愛げがないと肩を竦めたキッドだったが……


「……サンキュ、…キッド。」


 ぷいと横を向きながら、相変わらずの突慳貪な声で言う。
 またかコナンから礼を言われるとは思ってなかったキッドは、おや、と目を瞬いた。
 背けられた耳が赤く染まっているのは、つまり照れているのだろう。
 予想外のことに思わず緩みかける口元を、キッドは手で覆った。
 ポーカーフェイスが剥がれかかる。


「…君から礼を貰えるとは思わなかったな。」

「うるせぇ。」

「でも、礼なら別のモノが欲しいんだけど。」

「はぁ?てめぇ、俺から何をせびろうって
―――――


 振り向いた顔を捕らわれる。
 意外な程に若い、端正な顔がすぐ目の前。
 モノクルの奧に光る不可思議な紫紺の輝きを見た気がした。





「…確かにもらったぜ。」


 触れていた熱が遠ざかり、満足げな怪盗の顔が映る。
 いつのまに奪われたのか、かけていたはずの眼鏡が相手の手の中だった。


「お前のその真実を映す眼が、いつか俺を見つけてくれるのを待ってるよ。」


 そう言った怪盗の唇が頬を掠め、再び白い煙を巻き上げると、眼鏡を残して跡形もなく消え失せていた。


 茫然と、その眼鏡を見つめる。
 固まりかけている思考を無理矢理に動かし、今、何が起きたのかを考え……


「…!!!」


 今にも火を噴きそうなほどに赤面した。
 首までをも真っ赤に染まらせ、唇を押さえながら俯いてしまう。


(あ、いつ…っ、俺とのキスが礼だと!?)


 どういう嫌がらせだ!
 ぐるぐる廻る頭の中で思い浮かぶ限りの罵詈雑言を怪盗にぶつけるコナンは気付かなかった。
 どれほどに罵ろうとも、怪盗とのキスに嫌悪を感じていなかったことに。





「コ、コナン君?大丈夫…?」


 俯いたまま黙り込んでしまったコナンを心配し、同じくキッドの行動に吃驚していたみなみが話しかける。
 と、コナンがハッと顔を上げる。
 停止していたため、みなみの存在をすっかり忘れていたのだ。
 その顔は未だ赤かったが、コナンは勢いよくみなみの肩を掴むと。


「みなみちゃん、ちゃんと家まで送ってくから、だから…」

「う、うん?」


「今のことは、絶対誰にも言わないでくれ!」


 特に灰原哀に、とは言えないコナンだった。





















TOP


---------------- アトガキ --------------

THANX 40000 hits,for KEITTI sama !!

キリ番ゲッターのけいっちサマのリクエストで、Kコでございますv
大変長らくお待たせしてしまって、非常に申し訳ありませんでした;;
CP指定のみだったので、私の書きたいように書かせて貰いましたv
Kコはやはりライバル!でもやっぱらぶvv
なので、似非事件風味に仕立ててしまいました(笑)
中里みなみちゃん、全くもって誰なんでしょうね。
ちなみに。お話の中に織り込むことが出来なかったのですが(未熟者;)、
みなみちゃんを攫った連中は母親の裁判関係で恨みを持った人に
雇われただけというなんともありがちな設定です(苦)。

とんだ駄作ではありますが、書いてる本人は久々のKコでむっちゃ楽しかったですvv
けいっちさんのお気に召せば宜しいのですが…
40000hit、踏んで下さって有り難う御座いましたvv