五月五日。
再び病院に逆戻りしたコナンは、担当医にきつく安静を申し渡されていた。
やはりと言うか、当然傷口は悪化していたし、更には後頭部にまで傷をこさえて帰ってきたコナンは、蘭はもちろんのこと小五郎にまできついお叱りを食らってしまった。
ああ見えて小五郎はなんだかんだとコナンの身を案じてくれるのだ。
それゆえの説教なのだと思えば、まあ多少うんざりさせられても、素直に聞いてしまうコナンだった。
「――じゃあ、奴らのボスは捕まらなかったんだ?」
「ええ。彼らにしてみればスネイクと言う男もトカゲの尻尾でしかなかったってことね」
コナンが横になっているベッドを囲むようにして、ジョディ、ジェイムズ、赤井秀一の三名がずらりと並んでいる。
蘭はコナンの服を取りに、小五郎はコナンが見つかり説教が済むや否やさっさと事務所へと帰ってしまったため、ここにはコナンとFBIの人間しかいない。
もちろん、その時を狙っての訪問だ。
彼らの訪問理由はあくまで『お見舞い』だが、実際は事情聴取である。
あの屋敷にいた男たちとリーダー格のスネイクという男は、FBIによって無事逮捕された。
だが、結局それ以外の組織の中枢部分にはまるで手が届かなかった。
FBIで無理なのだから、今の日本警察など到底及ばないだろう。
男たちを逮捕する直接のきっかけとなったコナンだが、身の安全を考慮して、この件とは無関係を装おうことをジョディたちとの話し合いで決めていた。
そのため、もともとFBIが追っていた組織を追跡中にコナンと遭遇した彼らが、コナンを病院まで運んだということで日本警察には口裏を合わせてもらった。
そのFBIにしても、コナンは全てを話したわけではない。
そのひとつが、キッドに関することである。
コナンは、キッドが自分を病室から連れだして組織のアジトと思しき場所に連れてきたこと以外、なにひとつ告げなかった。
その目的も、彼らとの関係も、なにひとつ。
別に告げたからと言ってあの男が恨むわけはないだろうし、どうせコナンから告げずともいずれ捕まった男たちの誰かから漏れることだろうとは思ったのだが、どうにもうまく言えそうにないからと、口を噤むことにしたのだ。
しかもアテが外れたように男たちは誰一人として口を割らなかった。
自供するくらいなら自殺する、そういう教育を施されている連中だから、FBIも慎重になっているのだろう。
派手な退場をした所為で蘭から小五郎に、小五郎から目暮や中森へと伝達されて結構な騒ぎとなってしまった警察の『怪盗キッド幼児誘拐疑惑』も、コナンが「知らぬ存ぜぬ」を貫き通してしまえば、もう一人の当事者であるキッドが捕まらない限り、その真意を知ることもできない。
どんな理由があるにせよ、怪我を負った子供を無理矢理外に連れだすなんてと、キッドに対して青筋を立てて怒ってくれた中森には悪いが――なにせ連れ出せと迫ったのは他ならぬコナンなのだが――この謎だけは迷宮入りにさせてもらうことにして。
結局、全ての真相を知るのはコナンとキッドの二人だけということで、事件は一旦の解決と相成った。
ただ一人――なにも言わないけれど、だからこそいろいろと見抜かれていそうな赤井を除いて。
「それにしても無茶するわね、コナン君! 一歩間違えれば組織に君の存在がマークされていたところよ」
「はは……ボクもそう思う」
アジトにまで乗り込んだコナンだが、結局あの場にいた者にしか存在を知られずに済んだ。
と言うのも、唯一上の者と連絡を取っていたスネイクがコナンの存在を知ったのは、地下通路を探っていたコナンが彼らの一人に捕まってからだったため、その時既にキッドの罠に填められていたスネイクは己の失態に対する処罰を恐れ、上に連絡を取らなかったのだ。
お陰でコナンの存在は組織の上層部に知られることなく、彼らは皆FBIの手に落ちた。
彼らの組織と黒の組織に関わりがあるのか、それはまだ分からない。
もしかしたら全く関係ない可能性もあるが、もし繋がりがあるなら、今回コナンはかなり危険な行動を取っていたことになる。
とは言え、繋がりがあるのではないかと疑ったからこそ必死で追いかけたわけだが。
とにかく、こうしてコナンが何事もなく過ごしていられるのはキッドのお陰だった。
組織の連中の目につくような行動は全てキッドがこなしてくれたお陰で、コナンはただ彼らの確保を手伝った、と思われるだけで済んだ。
実際は地下通路に仕掛けられていた爆薬を弄ったり、他でもないスネイクを昏倒させたのがコナンだったりするわけだが。
あの混乱の中、サッカーボールを蹴った主に気づいた者はまずいないだろうし、なにより怪盗キッドという怪盗の名のもとに、江戸川コナンの存在は綺麗に隠された。
流石はキッド、真実を謎で覆い隠すのが上手い怪盗である。
それよりも、コナンが気に食わないのは宝石のことだった。
昨夜確かにポケットに仕舞ったはずのそれが、気付けば入っていなかった。
どこにいったかなど考えるまでもない。
すぐ側に天才的な大怪盗がいたのだから、宝石のひとつやふたつ、無くなったところでなにもおかしいことはない。
つまりあの時、コナンはキッドにまんまと嵌められたのだ。
なにがハッピーバースデイだ。
考えれば考えるほどに腹が立ってくる。
「はいはい、いつまで病人の部屋にいるつもりですか? 彼は絶対安静ですよ!」
出てった出てった、と言いながら担当医の古賀が現れた。
そろそろ検診の時間だ。
コナンは見舞いに、もとい事情聴取に来てくれたジョディたちにぺこりと頭を下げた。
「今回は本当にありがとうございました」
「いいのよ。今まで何度も助けてもらったのはこっちだし」
「それに、犯罪者を捕まえるのは我々の義務だ。礼を言われる筋合いではない」
「そうそう。毛利さんのためにも、貴方は早く元気になることね!」
グッバイ、クールキッド! とジョディがウインクを投げる。
そうして三人は病室を後にした。
三人の姿がなくなると、コナンは思わずはあ、と溜息を吐いた。
昨日から今日にかけて随分と濃い一日だった。
「疲れたかい、コナン君?」
「ううん、大丈夫だよ」
本当はへとへとだったけれど、そんな様子は見せずににこりと笑いながらコナンは緩く首を振った。
なんだかんだであれからたくさん眠ったし、解熱剤のお陰で熱も随分下がった。
それでもどことなく熱っぽいのは熱の所為ではなく、単に心がまだ落ち着かないだけだった。
「この調子ならもう大丈夫そうだね。でも、あまり無茶したらいけないよ。君の歳でこんな傷を持っているなんて、決していいことではないからね」
優しく諭され、ごめんなさい、と謝りながら、つい先ほども似たような台詞を言われたところだと苦笑を噛み殺した。
「そう言えば、コナン君宛に贈り物が届いていたよ」
「贈り物?」
「昨日、誕生日だったんだって? プレゼントらしいから、渡しておくね」
検診が済むと、古賀はポケットから取り出した小さな包みをコナンに渡し、そのまま病室を出ていってしまった。
プレゼントだなんていったい誰からだろう。
首を傾げながら包みを開いたコナンは、目を瞠った。
中に入っていたのは、キッドに奪われたはずのビッグジュエル、蒼光のダイアだった。
となると、送り主はキッド本人と言うことになる。
コナンは慌ててベッドから飛び降りると、古賀を追いかけようと病室を飛び出した。
彼が直接受け取ったのなら、もしかしたらキッドの顔を見たかも知れない。
けれど、廊下に飛び出したコナンは、誰もいない廊下に唖然とした。
たった今病室を出たばかりの古賀の姿が見当らない。
そうしてはたと気付いた。
あれが、古賀こそが、キッドの変装だったのだと。
その時、ひらりと手の中から一枚の紙が落ちた。
なんだろうと拾い上げてみれば、そこには英語でなにかが印字されていた。
そしてその文字を読んだ途端、コナンは思いっ切り顔をしかめた。
(あいつ…!)
舐めた真似しやがって!
悔しそうに唇を噛んだコナンの顔は、けれど誰が見ても微笑っているようにしか見えなかった。
――I got your heart !
キ ミ の コ コ ロ は 頂 い た !
「返して欲しけりゃ取りにきな」
黒い学ランを着た少年がひとり、青空の下楽しげな笑みを浮かべていた。
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