弱くなるだろう自分が怖くて、白い影に蓋をした。

























 あの事件から、三週間。
 快斗が新一と暮らしだして、すでに三週間の時が過ぎようとしていた。
 ブラウン管越しでさえ言いようのない衝撃を与えた事件も、人々の脳裏から忘れられようとしている。

 ニュースに流された、一台のカメラが捉えた衝撃映像。
 ……血にまみれた、探偵。
 おそらく高木刑事あたりが持って来たのだろうサイズのあわない白いシャツから覗く、血を吸って黒ずんでしまった青いはずのズボン。

 新一が現場にたどり着いたとき、少女はまだ生きていた。
 虫の息ではあったが、それでもまだ生きていたのだ。
 逆上した犯人が新一へと襲いかかってきたが、有無を言わさぬ強烈な蹴りで早々に地に伏して。
 新一は少女を助けようと、あらゆる救助を試みた。
 救急車を呼び、不規則な呼吸を助け、出血の激しい体をブレザーとシャツを使って止血し……

 けれど。
 全ては手遅れだった。
 少女の命は、助からなかったのだ。
 警察も、救急車も、漸く辿り着いたとき、少女はすでに息をしていなかった。
 その部屋にあったのは、気を失っている男と、血を流し四肢を投げ出した少女の遺体と、その血を体中に付着させた探偵の姿だった。

 彼の名探偵の心に出来てしまった傷は、本人が思っているほど浅いものではないだろうと、快斗は思う。
 もっと深くもっと治りにくい、実に厄介な傷。
 更に厄介なことに、その傷は一切の薬を受け付けないのだ。
 薬をつけてなおすことを本人が拒絶するうちは、他人がどうこう出来るものではない。



 雨が降っていた。
 激しくもなく、それでいて止むでもなく。
 しとしとと確実に地上を濡らしていく雨は、まるで天からの涙のようだった。

 まるで、泣けない彼のかわりに天が涙を流しているようだと、快斗は思った。




















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慟哭
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「……行くのか?」


 こんなに、雨が降っているのに。
 暗にそんな意味を込めた新一の問いに、快斗は苦笑で振り返る。


「そりゃね。予告状出しちゃったし」


 ひょいと肩をすくめた快斗に、新一は呆れたように盛大な溜息を吐いて見せた。

 快斗は今夜、仕事に出掛ける予定だった。
 仕事と言っても、違法行為ではあるが。
 杯戸美術館で展示される最大級のビッグジュエルが、キッドの今夜の獲物だった。

 怪盗キッドは、雨だからと言って犯行を中止することは出来ない。
 予告状は警視庁に届けられてしまっているし、何よりこの機を逃せば海外まで足を伸ばさなければならなくなる。
 そうなれば、アリバイ工作が後々面倒なのだ。
 執拗に自分を付け狙う、倫敦帰りでホームズかぶれの探偵が同級生にいたりするのだから。


「新一は来ないんだろ?」
「ああ」
「じゃ、終わるまで待っててよ。御飯作るからさ」
「……別に、わざわざ作らなくたって良いだろーが」


 何も、犯行後の疲れた体で飯を作れと言えるほど、新一は鬼畜ではない。
 鬼畜でないどころか、疲労を心配してしまうほどだ。

 怪盗キッドはその並ならぬマジックの腕で、警察を翻弄し鮮やかに標的を盗み出す。
 が、とにかく彼は高校生なのだ。
 新一と歳のひとつも変わらない、マジシャン希望のただの高校生なのだ。
 そんな彼が、例えポーカーフェイスの下に全てを隠してしまっていたとしても、優秀な日本警察を相手に疲れないはずがない。


「だって、俺の作ったモンを旨いって食ってくれるのが嬉しいんだもん」


 それなのに快斗は、にっこり笑ってそんなことを言うのだ。
 新一はその笑顔を前に言い返すことが出来なくて、あっそ、と話を切り上げてしまった。

 快斗の手料理は確かに美味しくて、新一は大好きだった。
 けれど新一が好きな理由は、美味しいからというだけではない。
 それを作ってくれることが、そして一緒に食べれるということが、なんだか嬉しくて。
 だからきっと、待ってろと言われたのだから待ってしまうのだろう。

 そうして、快斗は予告時間の2時間前に工藤邸をあとにした。




















* * *


 カタリと音がして、新一は手元に落としていた視線を上げた。
 時計を見ると、もう10時をまわっている。
 キッドの予告時間は9時20分のはずだから、もうとっくに帰ってきても良いはずの時間だ。

 新一は読んでいた小説を閉じて隣に置くと、音の聞こえた部屋へと向かった。
 おそらく、玄関から入ることを絶対の習慣としていない怪盗が、窓から帰宅してきたのだろうと当たりを付けて。
 そう言う場合、快斗は必ずと言って良いほど新一の寝室の窓から入っていた。
 帰ったら真っ先に新一の顔が見たいから、とふざけたことを言っていたのを思い出す。
 大きな窓が出入りに最適なのだろうと新一は思っていた。

 けれどとにかく、今夜は部屋に新一がいないのは一目瞭然だ。
 寝室は真っ暗でリビングに灯りが点いているし、何より待ってろと言ったのは快斗なのだから。

 怪訝に思いながら、新一は自室の扉を開けた。
 ふわりと視界に入ったのは、風に靡く白いカーテンと、それに紛れるようにして佇む怪盗。
 灯りを付けなくても眩しいようなその光景に、新一は微かに目を細めた。
 いつの間にか雨は止み、空には月がのぞいていたらしい。
 月に加護される、月下の奇術師。
 その奇術師に歩み寄ろうとして、いつもと気配が微妙に違うことに新一は気が付いた。
 伝わってくる彼の気配は、苦笑しているようだった。


「………快斗?」


 語尾を上げてどうしたのかと尋ねれば、シルクハットを取りながら快斗が苦笑を濃くする。
 一件自然としか見えないその仕草に、新一は疑問を抱いた。
 上げられたのは、左手。
 必然的に両利きとなっている快斗だが、それでも普段は右手を使う。

 苦笑したまま、名探偵には敵わないなぁ、と快斗が呟いた。


「心配かけるかなぁと思って、こっそり窓から帰ってきたのに」


 なんでバレちゃったんだろうと言う快斗に新一は歩み寄り、隠すように脇に添えられた右手を奪い取る。
 強引に、けれど優しく。
 なんとなく、なぜ彼がそんなことを言うのか確信してしまったから。
 快斗は隠そうとした割りに抵抗はせず、されるがままに手を差し出した。
 白い衣装が、暗闇でもそうとわかる赤に染まっている。
 二の腕のあたりに黒い焦げたような痕。
 微かに鼻孔を刺激するのは、嗅ぎ慣れた硝煙だった。


「おまえ……撃たれたのか」
「撃たれたって言うか、掠っただけなんだけどね」
「……ばか」

 掠っただけでも、血が出てるじゃないか。


 新一がくるりと体の向きを変えて、快斗の右手を優しく掴んだまま歩き出す。
 快斗は引かれるままに歩いた。
 階段を降り、リビングに入ろうかと言うとき、新一が呟きに似た微かな声で言った。


「俺に、隠そうとすんな」


 快斗の苦笑が一層濃くなる。
 一番隠したかった相手は、新一だと言うのに。
 心配させたくないと思うのに、心配されて喜ぶ自分がいるなんて、どうにも矛盾している。
 けれど、まるであの出逢ったときと正反対のこの状況が、嬉しくもあった。

 あの時、手を差し出したのは快斗の方だった。
 今は、新一から手を差し出してくれている。
 その手の温度は、あの頃と少しも変わらない暖かさだ。

 掴んだ手の温度をもう離せないと思っていたのは、快斗も同じだった。

 快斗をソファに座らせて、新一は救急箱を取りに奧へと消えた。
 けれどすぐに戻ってくると、快斗の座るソファの前に膝をついて、腕の手当を始めた。
 大人しく治療されながら、俯いている新一を快斗は見つめる。
 長くて綺麗な黒髪が表情を隠していて、快斗には新一の感情を読みとることは出来ない。
 けれど痛いほどの沈黙が、彼が怒ってることを示しているようだと思った。

 隠すなと言った新一。
 怪我をするなでも、無茶をするなでもなく。
 彼はわかっているのだ。
 キッドを続けなければならない理由も、キッドが怪我をしてしまう理由も。
 だからヤメロとは言わなくて、言えなくて。
 けれど知らぬふりも出来ないから、怪我をしたら隠さずに言えと、そう言ってるのだ。

 治療が終え、快斗の二の腕にはしっかりと包帯まで巻かれた。
 快斗の血で赤くなってしまった指先を見つめ、新一は微動だにしない。
 快斗は声をかけようとして、ハッと気付いた。

 黒髪の合間から、雫となって床へと落ちるもの。
 ぽつぽつと零れるのが涙だと知って、快斗は驚いた。
 どんなにどんなに傷付いても、決してなかなかった彼が。
 今、泣いているのだ。

 快斗は新一の顔をぐいと掴み、俯いていたのを無理矢理にあげさせる。
 蒼い瞳からは透明な雫が幾筋も幾筋も溢れ、流れていた。


「なんで、怪我したら治療するのか。漸くわかった気がする……」


 新一は包み込んでいる快斗の手に、瞳を閉じて頬を擦り寄せる。
 サラリと髪が流れて、快斗の指を擽った。


「負った本人よりも、周りにいる奴の方が…怪我って痛いんだな」
「新一…?」
「お前のこんな怪我みてると、どうしようもなく、痛い」

 ここが、痛い。


 そう言って新一は、胸元をぐっと強く握りしめた。
 爪が突き刺さるほど強く、手が白くなるほど強く、握り込まれた拳。


「泣かないって決めたのに…!」


 自分の意志に反してボロボロとこぼれ落ちるそれを、拭うことすら忘れてしまうほど、ずっと泣かなかったのに。

 快斗が新一をぐいと引き寄せた。
 ソファに腰掛けた快斗に、頭を抱え込まれるようにして抱き締められる。
 新一はその胸元に顔を埋めた。


「なんでそう決めたの?」


 快斗の柔らかい声が響く。
 漸く涙を思い出した探偵を、大事に大事に抱き締めている。


「俺が探偵だからだ」
「探偵は泣いちゃいけないって?」
「違う。ただ……探偵になると決めたときから、強くいると、決めたから」


 感情は時に真相究明の壁になりかねないから、犯人を暴く自分と犯行を哀しむ自分を、意識的に切り離した。
 そうでなければ、殺人事件に携わる探偵でいられない。
 けれど快斗の言葉は、新一のそんな凝り固まった思考でさえも、易々と解きほぐしてしまうのだった。


「泣くのは弱いからじゃないよ」


 人の気持ちを感じ取ることの出来る人間を、弱いとは形容しないだろ?


「泣くことで弱くなることもある。けど、強くなることもある」
「強く…?」
「なぁ、新一。殺された女の子の父親……すごくすごく泣いてたけどさ。弱いと思った?」
「……思わなかった」


 だろ?と言って、快斗の手が優しく新一の髪を梳きだした。


「泣きながらでも、彼は言ったよね。このことを忘れないように…これから、こんな犯罪を赦さないように…私が動きますって」
「…ああ」
「彼女をすごくすごく愛してたんだろうね。だから泣いたんだ。痛かった心を癒して、これから戦うために」


 彼は泣いて、強くなった。
 そういうこともあるんだよ?

 ……それに。


「新一は、俺のこと大好きでしょ。」


 いきなり突拍子もない方向に話が飛んで、咄嗟に新一は言葉を返すことが出来なかった。
 その言葉を正確に理解するのに、さすがの名探偵も数秒の時間を要した。
 何度も反芻し、漸く優秀な頭脳がそれを処理すると……


「……なっ、…!」


 真っ赤になって快斗から体を起こす。
 吃驚して涙も止まってしまった。
 久しぶりに泣いたりしせいで、新一の目と頭はガンガンと痛む。


「新一が泣いたのは俺のことが好きだからだよ。その気持ちが強いほど、胸の痛みは強いはずだから。泣くほど、お前は俺を心配してくれたんだろ?」
「だ、誰が…!」


 後退する新一を快斗が追い掛ける。
 コツンと背中にテーブルがぶつかって、新一はそれ以上さがれなくなった。
 それでも快斗は迫って来て、吐息も感じるほどに快斗の顔が近くなる。
 新一は、一気に顔に熱が集まってくるのを感じた。
 ドキドキとうるさい鼓動が、ともすれば快斗にも聞こえてしまいそうだと思ったとき。


「俺は好き」


 コツンと額がぶつかって、快斗の紫紺の瞳が熱を帯びているのを見た。


「新一が好きだ」


 唐突に自分のそれと重ねられた、快斗の口唇。
 羞恥や嫌悪を抱く前に、それが優しく暖かいと新一は感じてしまった。
 羽のように優しく、ふんわりと重ねられただけのキス。
 たっぷり数十秒はしていたんじゃないかというキスの後、漸く快斗の顔が離れた。
 熱でどうにかなってしまいそうだと思いながら、新一は硬く瞑っていた瞳をゆっくりと開ける。
 同じように熱い瞳をした快斗が視界に入った。


「嫌だった…?」


 カァッ、と新一の頬に血が上る。
 答えはそれで充分だった。

 快斗が嬉しげに微笑んで、ゆっくりと、口唇がまた重なる。
 同じ優しさで、けれど今度は何度も何度も啄むように触れてくる。
 優しく下唇を噛まれ、新一は吐息とともにうっすらと口を開いた。
 途端に入ってきた他人の舌に驚いて身を引こうとしたが、いつの間にか後頭部にしっかりとまわされた腕がそれを赦さなかった。
 逃げまどう新一を追い掛け、絡め取り、自分の口内へと導く。
 快斗の口内は驚くほど熱くて、新一は目が眩む思いがした。

 他人の舌が己の口内を蹂躙する。
 どちらのものともつかない唾液が溢れ、流れ伝う感覚ですら敏感に感じ取ってしまう。
 歯の裏側をなぞるように辿られれば、思わず背中に震えが走った。


「ん…」


 零れた、自分の声とは思えないほど甘く熱を孕んだ声に、恥ずかしさが増した。
 初めてするディープキスに翻弄され、快斗の手がスルリとシャツの下へと差し込まれたのに、新一は気付かない。
 ゆっくりと、肌の感触ですら堪能するように、快斗の手が新一のシャツを捲っていく。
 深く深く繰り返されるキスに、新一はもう自分で体制を維持することが出来なくなっていた。
 くるりと体を回され、床の上に押し倒される。
 当たり前のように覆い被さった快斗の口唇が、白い咽に羽のような口付けをおとしていった。


「んぁっ…」


 チクリとした痛みが走る。
 そこで漸く、新一は自分が今どんな状態かを理解した。
 すっかり前を肌蹴られ、袖が通ってるだけでシャツの役目を果たしていない服と、見下ろす熱の籠もった瞳。
 これから何がどうなるのか、新一は怖くなって快斗の名前を呼んだ。


「快、斗…」
「大丈夫だよ。全部俺に任せて?」
「でも…お前、腕……」


 快斗は不意打ちを喰らったように目を丸くして、次いで子供のようなあどけない笑みを返した。
 行為そのものは受け入れてくれるらしい、新一。
 ただ気になるのは、怪我した腕で平気なのか、と。


「こんな掠り傷大したことない。新一が手当してくれたっただけで、もう治っちまったよーなモンだし」
「何、ばかなこと……あ、んっ…」


 顕わになった白い胸にある赤い飾りを、快斗の指がきゅっと摘んだ。
 それだけでビリッと走った痺れが、新一を喘がせる。
 快斗は胸に顔をおとすと、舌と歯で片方を、右手でもう片方を弄り出した。
 円を描くように舌で舐め、口唇で挟んで刺激する。
 甘噛みすれば、胸の飾りはぷっくりと膨らみを増した。


「あ…やぁ…っ」


 震える手で快斗の癖毛をぎゅっと掴む。
 やめろと言っているのかやめるなと言っているのか、新一にももうわからなかった。
 しなやかな指が、膨らんだ飾りをこねるように動くと、新一の濡れた口唇から耐えきれず甘い嬌声が漏れる。


「ゃぁ…、ぃと…!」
「可愛い声…。もっと聞かせて?」
「か、かわぃ…とか、言う、なぁ…っ」
「なんで…?だってこんな可愛いのに…」
「んあぁっ」


 新一の体が跳ね上がる。
 蒼い瞳をいっぱいに開いて、白い咽を顕わに仰け反らせ、体が小刻みに震えていた。
 いつの間にか下肢へと移動した快斗の手が、ゆっくりと新一を扱いたのだ。
 快楽へと溺れかけた体は、快斗のもたらす刺激に容易く反応を返す。
 先走りの雫が、快斗の手指を汚していく。


「新一、感じてくれてるんだ…?」
「…ばかっ…ンなこと、言うな、って…!」


 新一のソコはもうかなりきつそうで、それだけ感じてくれているのかと快斗は嬉しくなる。
 快斗は手で扱いていたそれを、躊躇いなく口に銜えた。


「やっ、かいとっ」


 びくりと体が跳ね上がり、堪えきれない快感に新一は涙を流した。
 ねっとりと絡められた舌が、新一など思いもよらないような動きで追いつめていく。
 熱い口内は、それだけで達してしまいそうだった。
 零れ出す精液と快斗の唾液が混ざり合い、卑猥な音が木霊する。
 五感全てを犯されるようで、新一は堅く目を瞑り、両手を交差させて顔を隠した。
 押し寄せる快楽にどうにかなってしまいそうだった。


「んな可愛いことしたら、理性が持たなくなるでしょ」


 快斗の手が、顔を隠している新一の手を取り外す。
 涙に濡れ、熱に浮かされ、とろとろに蕩けた瞳が快斗を睨み付けてきた。
 その目線ですら快斗を煽っていくことを、新一は知らない。
 漏れそうになる声を必死に堪えようとする、震える口唇ですら愛おしい。
 快斗は引き寄せられるように、その口唇にかぶりついた。

 貪るような激しいキスをしながら、体を這い回る手が新一を追いつめていく。
 覆い被さるような快斗の体の、張りつめた雄が新一のそれと擦れ合い、新一の体がびくりと震えた。
 驚いて瞠目している新一に苦笑して、快斗は耳元でそっと囁く。
 わざと、掠れたような低い声で。


「わかるだろ…?新一が欲しくて、しょうがない…」


 快斗の手が降りてくる。
 胸から脇腹へ、脇腹から大腿へ、大腿から…自分で触れることすらない、場所へ。


「やぁ、やだっ」


 新一の体が一瞬にして強ばる。
 円を描くようにして指で辿った後、ツ…と秘部に差し入れられたのだ。
 本来受け入れる場所ではないそこは、快斗の侵入を一切拒むように締め付ける。

 快斗は秘部に差し入れた指をそのままに、限界近くまで張りつめている新一を再び口に含んだ。
 唇で挟み、絶妙な刺激を与えながら上下に動かす。
 先端を舌で弄り、やんわりと歯を立て、喉の奥まで誘って口内の全てで新一を犯す。
 新一は堪えきれない快楽に嬌声を上げながら太腿を震わせた。
 抵抗しようと体を動かせば、余計に快斗の舌を感じてしまい、体の力はどんどんと抜けていく。
 いつの間にか、拒絶していたはずの快斗の指はすっかりと入ってしまっていた。

 差し入れた指を、内壁を傷つけないように蠢かす。
 確かめるようにゆっくりと辿り、新一の感じる場所を探り当てる。
 達しない程度に前にも刺激を与えながら、一本、もう一本と指を増やした。
 今、新一の秘部は快斗の指を三本、しっかりと銜えている。
 燃え上がるように朱に染まった体は、壮絶なまでに艶めかしい。
 快斗が知らず咽を鳴らす。


「新一、一度出す?」


 問いかけても、新一はもう何も考えることが出来ずに、ただ首を振るだけだ。
 快斗はそれを了解と取って、新一を絶頂へと追いつめる。
 舌をうごめかせ、張りつめているそれを口を窄めてきゅっと強く吸い上げた。
 新一の体が堪えきれずに跳ね、熱を解放させながら小刻みに震えている。


「ぁ、ぁ…ぁ……」


 ぎゅっと瞳を閉じ、薄く開いた唇からのぞく赤い舌にぞくりとした。
 恍惚とした新一の表情。
 たまらなく可愛く、たまらなく綺麗で、たまらなく愛おしい。

 快斗は余韻に浸る間も与えずに、すでに立ち上がっている自身をぐっと押し当てた。
 瞬間、びくりと新一の体が震えたが、充分に解きほぐしたそこは快斗を徐々に呑み込んでいく。


「、痛くない…?」
「ん……へ、き…っ」


 意識もすでに白濁しているが、それでも新一は頷いてくれる。
 快斗は嬉しくなり、ゆっくりと腰を進めていった。

 と、新一の手が快斗の首に回された。
 それまでは衣服やカーペットを握っていた手を、背中にまわして抱き締めてくれたら、などと考えていた快斗。
 回された手に少し驚いていると、綺麗に頬を染め上げた新一が、唇を震わせながら言った。


「かい、と…」
「なに…?」
「……お前、以外……何も見えないぐらいに、しろ…っ」


 壮絶な殺し文句に、快斗が瞠目する。


「は、恥ずかしいから、…そんなのわかんないぐらいに、しろ!」


 新一が快斗の胸の中に逃げ込む。
 ぎゅうっと顔を押し付けて、背中にまわした腕にも力が加わる。
 快斗はこれ以上ないほど口元を綻ばせて、耳元で小さく、了解、と囁いた。

 倒していた体を起こし、新一を抱え上げる。
 突然の体重移動に、新一は快斗の全てを受け入れるような形になった。
 悲鳴に近い嬌声が上がる。


「んあぁぁっっ」
「……んっ」


 今までにない力で締め付けられ、快斗も小さく呻く。
 新一の中は熱く、甘い刺激を与えてくれる。
 狭いそこも丹念に解したおかげで、快斗をしっとりと包み込んでくれる。
 初めての行為で、更に男同士だと言うことで、新一には多少の痛みもあるだろうが、それでも表情を見る限り快感の方が強いようだった。


「……動くよ?」


 荒くなった呼吸を、快斗の肩に額を押し付けて整える新一を優しく撫でて。
 漸く落ち着いてきた頃に、快斗はゆっくりと腰を使い出した。
 新一が、おそらく無意識なのだろうが、快斗の背中に爪を立てる。
 鋭い痛みも心地よいとしか感じずに、快斗は新一を突き上げた。

 内部を擦る音が耳を犯していく。
 先走りの液で滑りがよくなってきた頃、快斗がある一点を刺激すると新一の体が大仰なほどに跳ね上がった。
 白い足がガクガクと震えている。


「ココ…気持ちいいの?」
「ゃっ、やぁ、ダメッ…!」
「良いんだ…」


 見つけたポイントを、ここぞとばかりに重点的に攻める。
 その度に跳ねる体を、震える体を、快斗は愛しそうに抱き締めて。
 また立ち上がりかけている新一からは、すでに白濁した雫が零れている。
 精液が新一の白い太腿を伝う光景は、ひどく艶やかで扇情的だ。
 快斗は無意識に煽られ、さらに突き上げを激しくした。


「……と、…ぃと、かい…とぉ…!」
「…んいち……っ」


 新一がギリ、と口唇に歯を立てる。
 快斗はそれを阻むように赤い口唇へかみついて、舌を舌で絡め取った。
 口付けの合間にも、切羽詰まったような新一の喘ぎがもれる。
 耳元で熱く吐息する新一に、快斗もどんどんと追いつめられた。
 堪えていたものなどどこかに吹き飛び、そうしたいと思うがままに突き上げを激しくし、ふたりして快楽の波に呑まれていく。


「アア――!」
「しんいち…っ」


 一際高い嬌声を上げながら、新一が熱を吐き出した。
 びくっ、と震えながら快斗の腹へと精をぶちまけ、快斗を銜えた秘部をきつく締め付ける。
 中に感じる快斗が、どくんと強く脈打った。
 そう感じたのも束の間で、熱い何かが体内でほとばしるのを感じる。
 その熱すぎる熱を受け止めながら、新一は振るえる腕で快斗に縋り付いた。




















 絶頂を過ぎ、甘い甘い怠さがふたりを襲う。
 新一は暫くの間、肩で息をするように忙しなく胸を上下させていた。
 それだけ新一にとってきつい行為だったのだろう。
 さすがにこれ以上の負担をかけるわけにはいかないと、快斗はまだ挿れられたままだった自身をそっと引き抜いた。
 それですら感じるのか、新一が息を詰めた。


「しんいち、大丈夫か?」


 気遣ってかけた声に、けれど新一は反応を示さない。
 快斗は腕に抱き締めた愛しい存在を確かめるように覗き込んだ。
 瞳いっぱいに涙を溜めて、真っ赤な顔をした新一。


「ごめん…そんなきつかった?」
「………なぃ…」
「え?」
「そうじゃ、なぃ…ただ、……は、恥ずかし、いだけっ」


 言うなり、ぷいっと顔を背けてしまう。
 快斗は笑った。
 なんだか久しぶりかも知れない。
 ずっずっとわだかまっていた何かが、漸く解放された気分だった。
 なんだか気分が良くなって、そうしたらこの可愛い存在をちょっとだけからかってやりたくなった。
 漸く、自分に涙を見せてくれた、愛しい人。


「ねぇ……そんな可愛い顔してたら、襲っちゃうよ…?」


 言いながら、ふぅ…と耳に吐息をかけて。
 途端、びくりと跳ねた体を、快斗は力いっぱい抱き締める。


「ンなの、体がもたねー!」


 真っ赤な顔をしたまま新一がそう叫んで、快斗の腕から逃げ出そうと暴れ出した。
 けれど快斗の腕はしっかりと体に回されていて、新一より強い力がぎゅうぎゅうと抱き締めている。
 無駄だと思いながらも新一は腕と足をばたつかせながら暴れた。
 漸く諦めた頃には、またもやすっかり呼吸が上がってしまった。
 相変わらず快斗の腕の中におさまったまま、ふうと息を吐く。
 それから、ギッ、と睨み付けて言った。


「……れも、…キ……から…」


 ほとんど聞き取れなくて、快斗がこきりと首を傾げる。


「俺も…スキ、なんだからっ、な…!」


 吃驚眼が視界に入る。
 新一はなんだかもうヤケクソだ。


「快斗の手だから、取ったんだから!」
「しんいち…」
「あの時、ほんとは…泣きそう、だったけど。お前がいれば大丈夫だった。俺はまだ頑張れる、貫けるぞ、って」


 哀しんでる暇はなかったから、泣きたくなかったから。


「だから……俺には、隠したりすんな。俺も、お前がそうだったように…お前を支えてやりたい、から…」


 こわいぐらいの真剣さをこめた瞳が、快斗を射抜く。

 コワイ、と思った。
 この瞳を前にしたら、どんな嘘も偽りも、偽物はすべて通用しないのだ。
 けれど、そう思うのと同時に嬉しいと感じた。

 …この瞳は、自分にだけ向けられているから。
 自分と同じように、自分にだけ向けられているから。

 だから。


「うん。大丈夫。俺の死に場所はお前の腕の中だって、さっき決めたから」


 誰にも、いつまでも、譲ったりしない。



 胸に秘められた慟哭を、他の誰にも、聞かせたりは、しない――。





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いつだってハッピーエンドさー。
なんていうかエロについてはコメれません。ノーコメントで…。笑
予定より随分間が空いた…。