森の奥深くに、まるで人目を避けるかのようにひっそりと建った城があった。
 石造りのそれは一目で高貴な人間の城だとわかるが、こんな人里離れた土地に好んで住む者はそうそういない。

 城の一室、大きなバルコニーのある日光が最もよく当たる部屋には、円筒形の天辺が弧を描くガラスの筒がある。
 窓辺のテーブルに置かれたそれは、色鮮やかな装飾の施された見事なものだった。
 青と金を基調とし、春の花をあしらった飾りが縁を彩っている。
 そのガラスの中には、不可思議な光を放つ一輪の薔薇が咲き誇っていた。
 美しくも神秘的な輝きを魅せる蒼い薔薇。
 よくよく見れば浮いているそれは、この城に住む者達が何よりも大事に扱っているものだった。
 ――いつか叶うだろう、望みをかけて。

 けれどその時はまだ来ない。
 薔薇の花びらも一枚、また一枚と枯れ落ちていた。

「…王子。閉じこもってばかりいないで、たまには外の空気を吸ってみたらどうです?」

 人の良さそうな顔をしたまだ若年の従者が、遠慮がちに声をかける。
 従者の目の前で大きな天蓋つきのベッドの上にごろりと横になっているのは、この城の主にして国の一粒種である王子だった。
 しかしその姿は、おおよそ人のそれとはかけ離れている。

 指を通せばさらさらと流れていく、絶妙の質感の濃い茶のなめらかな毛。
 スラリと伸びた四肢には不必要なものなど何ひとつなく、大きく、それでいて繊細な指には鋭利な爪が生えていた。
 なめらかな背中の線を辿っていけば、ふさふさの何とも触り心地の良い尻尾がぱたぱたと揺れている。
 ピンと張った漆黒のヒゲは、彼の人の内情を現わしているかのように真っ直ぐだ。
 鼻梁の通った端整な顔立ち。
 大きく左右に裂けた口元からは、白く頑強そうな牙がのぞいている。
 頭上には日光を浴びて気持ちよさそうにぴくぴくと動く獣の耳があり、顔の中心には見たこともないほど美しい蒼い瞳があった。

 そう。王子は獣の姿なのだ。
 従者の声に俯いていた顔を僅かに上げた顔に、儚げな色が浮かぶ。
 覇気のない声音で王子が言った。

「良いんだ。この姿で出て行けば、……どういうことになるか良くわかってるだろ?」

 従者はハッとして、口の中で小さく王子…と呟いた。
 王子が再び視線を落とす。
 まるでその様は全身で哀しみを現わしているようで……



「――読書に耽る暇があるなら、さっさと適当な女見繕って来なさい!」
「いってぇ!!」

 書物に夢中で生返事ばかり返す王子に、やたら小さいキレた女官長は力いっぱいヒゲを引っ張った。










Beauty Beast !!










 とある国に、とてもとても愛されているひとりの王子さまがいました。
 王子は名前を新一と言い、とても美しい容貌ととても優しい心の持ち主でしたが、ほんの少し口の悪い方でした。
 そして彼はとても頭の良い、真実を見極める慧眼の持ち主だったのです。
 15歳にして立派に政治能力を持っていた王子に、王と王妃はさっさと国政を任せてしまうと、旅行だ何だとお忍びで各国を飛び回るようになりました。
 残された王子は無責任な親を恨みましたが、書物が豊富な城を出る気はなかったので、読書のついでに国政を行っていました。

 そんなある日、新一王子の城にひとりの魔女がやって来ました。
 魔女は目が覚めるほどの美貌と長い黒髪を持った妖艶な美女でした。
 好奇心旺盛な王子は、魔法について色々知りたいという下心もあり、旅で疲れているだろう魔女を喜んで迎え入れました。
 しかし歓迎してくれた王子に魔女が喜んだのも束の間、彼女は王子の顔を見るなり態度を豹変させました。
 何かとんでもないものを見たように瞠目したかと思うと、次いで悔しげに顔を歪め、魔女は王子に向かって魔法を使ったのです。
 王子は召使いたちが止める間もなく魔法にかけられてしまいました。
 しかも王子だけではなく召使いたちも魔法をかけられて、なんと手に乗せられてしまうほど体が小さくなってしまいました。
 そうして王子は見るも恐ろしい獣の姿に――と思いきや、あまりの美貌のため、美しい獣の姿になっていたのです。

 魔女はすぐに、高笑いを残して城から姿を消しました。
 その時彼女が言ったのです。

『元の姿に戻りたければ、真実の愛を捧げ、捧げられる者と口付けを交わさなければなりませんわ。…ただし、その薔薇が枯れてしまうまでに!』

 その言葉に召使いたちは絶望に打ちひしがれ、為す術もなく魔女を見送ることしか出来ませんでした。
 一方なぜか上機嫌な王子は、獣になって180度変わってしまった世界に夢中になっておりました。
 獣の世界は視点の高さも違えば、嗅覚も聴覚も全ての五感が発達しています。
 暗やみに紛れるコウモリの数も見分け、5キロ先の音も聞き分け、10日前に通った旅人の痕跡すらかぎ分けてしまうのです。
 好奇心旺盛な王子としては、なってしまったものは仕方ないのだから楽しんでやる、と思ったのかも知れません。

 何はともあれ、そうこうして突然行方を眩ました王子を、国民は嘆き悲しみました。
 そして王子の居なくなった今、戻ってきた王と王妃は息子の悲劇を哀しみ、時に愉しんで国政を行っています。
 獣の姿の王子は人々の前に姿を現わすことが出来ず、仕方なく王と王妃が森の中に雲隠れ用にと造っていた城に移り住みました。
 勿論、その時に魔法をかけられてしまった召使いたちも一緒です。

 けれど薔薇が枯れるまでになんとか王子を愛してくれる姫君を捜し出さなければ、王子は勿論召使いたちも元の姿に戻ることが出来ません。
 ただ、問題なのは王子でした。
 獣になってなお美しい王子が人々の心を捕えることは可能かも知れませんが、鈍感な王子に恋心を抱いてもらうとなると一苦労です。

 結局、姫君が見つからないまま長い月日が経ちました。
 王子が森に住む野獣として暮らしだし、そろそろ一年が経とうとしていたのです。











* * *

 後ろについてくるウサギや肩に留まってくる小鳥たちに苦笑しながら、新一は二足歩行で森の中を歩いていた。
 2メートルはあるんじゃないだろうかと思われる野獣に動物が群がっている様子は異様ではあるが、これもいつもの光景である。
 なぜか外に出ればこうしていつも動物たちが寄ってくるのだ。

「何も追い出すことねぇだろぉ…」

 ちょっと曲がってしまったヒゲをぴくぴく動かして、新一は情けない声を出した。

 彼女……宮野女官長は新一の最も信頼する者であると同時に、最も頭の痛い存在なのだ。
 王子である自分を相手に全く気兼ねなく文句を言ってくれる。
 が、新一はおよそ王子らしくない王子だったため、普通に接してくれる彼女に頭が痛いと同時に嬉しくもあった。
 そのため、志保には弱いのだ。
 今だって新一は突然美女に逢うわけがないだろうと思いながらも、彼女に言われるままに森の中をうろついている。
 大体、元に戻りたいから愛を誓うというのは何か違うんじゃないかと、まだ誰かを愛するという感情を抱いたことのない新一は感じていた。
 自分を綺麗と形容する者は多いし、醜いよりは綺麗な方が良いのだろうけれど、それではどうも人格を見てもらえていないような気がする。
 人間なんて薄皮一枚剥げばただのタンパク質の塊なのだから、そんな皮よりは中身を見るべきじゃないのか……

 と、思考に耽ってもくもくと歩き続けていた新一は、いつの間にか沢の近くまで下って来ていた。
 いつもならあまり来ない場所だったが、サラサラと流れる水の音につられ、新一はそのまま進んで行く。
 この森は広大で、未だに全ての場所を知り尽くしたと言う訳ではないのだ。
 目新しい場所を散策するのもたまにはいいかもしれないと、新一は軽い気持ちで沢へと下りていったのだが、そこで思わぬ拾いモノをした。

「…………鳥?」

 にしちゃ、でけーよな……。

 川に半身を突っ込みながら蹲っている、白いモノ。
 新一は持ち前の好奇心でその白いモノへと近寄り、それが鳥ではないことに気が付いた。
 白い服に白いマントを羽織った、れっきとした人間。
 近くには白いシルクハットが転がっており、おそらくそれもこの人間の持ち物だろうことが知れた。

 新一はその何もかも白い人間をひょいとつまんで川から拾い上げる。
 ごろりと転がしてみれば、その人間は少年だった。
 驚いたことに、その顔はどことなく自分に似ている――もちろん人間の時の、だが。
 蒼白い顔を軽く叩いて新一は覚醒を促してみるが、少年に目を開ける気配はない。
 新一の中でムクムクと好奇心が膨らんでいった。

 なぜこんな森の奥深くに少年が倒れているのか。この奇抜な格好はなにゆえか。
 迷子か、行き倒れか、事故か、事件か……
 何にしても、退屈していた新一にとっては嬉しい“厄介事”でしかなかった。

 新一は荷物よろしく少年を肩に担ぎ上げると、もと来た道を引き返していく。
 生憎と新一は医療の専門知識に豊富というわけではなく、ちょっと面倒だけれど医療知識のある女官長に看てもらわなければいけない。
 なんだかんだ言って、行き倒れている少年を放っておけるような人(獣?)ではないのだ。
 それゆえに彼の周りには好んで人が集まってくるのだが、困ったことに本人にはまったく自覚がないのだった。











* * *

 パタパタと、規則的に手に当たる気持ちいい感触に、快斗は次第に意識を浮上させていった。
 このさらさらしたものは何だろう。
 まるであやされているようなそれがやたら気持ちよくて、浮上しかけた意識が再び沈みそうになる。
 けれどすんでの所でそれを堪えると、うっすらと瞳を開けた。
 まず視界に映ったのはやたら遠い天井で、しかも何やらアーティスティックな絵が描かれている。
 時代を描いたようなダイナミックさはなく、宗教を描いたような神秘さもなく、ただ森や動物、空などの風景画が描かれたそれは、見ているだけで気分が和んでしまいそうだ。
 この絵を絵師に描かせた人物は趣味が良いな、と取り留めもないことを考えていた快斗は、ふと未だに手に当たる感触に思考を向ける。
 それが何かを確かめようとして――大きく目を見開いた。

 もこもこだとか、ふさふさだとか。
 そんなことも頭の中を巡ったが、何より驚いたのはその姿だ。
 人のそれより大きな体をした獣が隣ですやすやと寝息を立てている。
 本来なら恐怖に絶叫してもおかしくない状況だったが、快斗は恐怖することも叫ぶこともなかった。
 なぜなら、眠る獣があまりにもあどけない顔をしているから。
 こんなに大きな体をしていると言うのに、顔だけを見ているとまるで子犬のそれのように愛らしい。
 パタパタと手に当たっていたのは獣の尻尾で、その綺麗な毛並みはおよそ野生の獣らしくなかった。

 これはいったいどういう状況なのだろうか。
 どう見たってここは高貴な血筋の者だけが住むことを赦されるような城だし、どう見たって目の前にいるのは獣でしかない。
 あまりのアンバランスさに、さすがの快斗もすぐに状況を呑み込むことが出来なかった。

「ようやく気が付いたようね。」

 と、そこへ声が掛けられた。
 気配のしなかったそれに吃驚して辺りを見回すが、そこにはやはり人の姿はない。
 快斗が困惑して首を傾げていると……

「ここよ。貴方のベッドの横、ナイトテーブルの上。」
「へ?」

 ぐりん、と首を巡らせる。
 言われたようにナイトテーブルを見てみれば、そこには見たこともない小さな人間が、とてつもなく偉そうに腕組みをして見下ろしていた。
 角度的には快斗が見下ろす形ではあるが、その場の雰囲気的にどう見ても彼女は快斗を見下ろしている。…むしろ見下しているかも知れない。

「全く。彼もつくづく厄介事が大好きよね。周りの苦労も少しは考えて欲しいわ。」

 彼女はナイトテーブルから勢いをつけて飛び降りると、快斗の横になっているベッドの上へとぽすんと落ちた。
 こうしてみると大したことなさそうだが、彼女のサイズにしてみればかなり恐い高さである。
 さすが、自分より何十倍もでかい人間を見下すだけあって、度胸のデカサも半端じゃないらしい。
 快斗が驚いて声も出せずにいると、どうやらかなりの美人らしい手乗りサイズの女性が言った。

「王子に感謝しなさいよ。彼が見つけていなかったら、貴方今頃まだ川の中を流れてたんだから。」
「王子?」
「そう。そこで寝転けてるケモノのことよ。」

 快斗は再び目を見開いた。
 目の前のこの獣が王子だと言うのも驚きだが、王子を相手に「寝転けてる」などと宣う彼女にも驚きだ。

「彼、水に濡れて凍傷にかかりかけてた貴方をずっと看病してたんだから。」

 そうして言われたその言葉に、快斗は三度驚かされたのだった。


 美女を拾いに行ったはずがなぜか少年――しかも何やら訳ありそうな――を連れ帰ってきた新一に、志保は開いた口が塞がらない、と言った様子だった。
 新一が傷付いた動物を連れ帰ることはそう珍しくもないが、さすがに今回のように人間を拾ってきたのは初めてである。
 とは言え最終的に新一に敵わない志保は、溜息を吐きながらも治療を引き受けたのだ。
 まだ辛うじて暖かさの残る季節ではあるが、長時間水の中に浸されていれば凍傷にかかってもおかしくない。
 そして治療を始めた志保だったが体の小さい自分にできることは少なく、よって獣の手に苦戦しながらも実質快斗を看病したのは新一だった。

「ようやく貴方の容態が落ち着いてきたから眠っても良いと言ったの。でも看てるって聞かなくてね。そのままここで寝てしまったんでしょう。」

 志保は呆れたような溜息を吐くが、その視線は言葉を裏切る優しいものだ。
 彼女にとってこの獣の王子さまはとても大事な存在なのだろうと思い、快斗は素直に「ありがとう」と礼を言った。

 と、眠っていた獣の身じろぐ気配が伝わってくる。
 どうやらふたりの遣り取りに目を覚ましたらしい。

「王子。」
「…、ぁに…?」
「貴方の拾いモノが目を覚ましたわよ。」

 相変わらず寝覚めの悪い獣、新一王子に内心で苦笑を零しながら、志保はヒゲをつんつんと引っ張った。
 朝に弱い彼は声を掛けた程度では起きないので、すでにヒゲを引っ張るのが習慣となっている。
 けれど、都合の良いことに今日に限って新一は直ぐさま起きあがったのだった。

「マジ!?」
「ぅわぁっ」

 突然立ち上がった獣の大きさに、快斗は驚いて思わず声を上げてしまう。
 それでも「うわあ」程度に済むところが、やはりタダモノではない。

「良かったな、お前!」
「あ、その…おかげさまで…」
「この俺が看病してやったってのに、死にやがったらタダじゃおかねぇと思ってたんだ。」
「…はい?」

 にわかには信じられずとも、一応この獣は王子なのだと思い言葉を選んでいた快斗だったが……
 本当にコレが王子なのだろうか。
 そう思わずにはいられない、王子とは――もとい上流階級者とは到底思えない言葉を聞いた気がした。
 思わず目が点状態になっている快斗に、志保が助け船を出す。

「王子。彼、お腹空いているんじゃないかしら?半日以上眠ってたんですもの。」
「そうだな…判った、作ってやるよ。」

 王子が自炊すんのか。
 すかさず突っ込みを入れてみるが、手乗りサイズの女性を見て快斗は納得する。
 確かに彼女ではフライパンはおろか菜箸ですら持てないだろう。
 とは言え、見るからに獣の姿をしたこの王子に、果たして巧く料理をつくることが出来るのだろうか?
 肉球やら爪やら、全身を覆う綺麗な毛だって料理をするには邪魔になる。
 快斗が不思議そうに眺めていると、端正な顔(でも獣)が覗き込んできた。

「お前、何食える?」

 自分の顔より大きな顔には鋭利な白い牙がのぞいていたけれど、快斗は不思議と恐いとは思わなかった。
 それは、真っ直ぐ見つめる瞳がどこまでも理知的な輝きをしていたからかも知れない。
 飢えた獣のそれでも、陥れようとする人のそれでもなく、ただ真っ直ぐに見つめてくる深い蒼の瞳。
 王子だか獣だか、本当のところは何だかよく判らないソレを目の前に、快斗は無条件で信頼してしまっている自分に気付いた。

「えと…何があるんでしょう?」

 何となく敬語を使ってみると、なぜか端正な顔は険しくなってしまった。
 獣であるだけにちょっと恐い。

「あの…?」
「いや、別に良いけどよ。なんかソレ、ムカつくんだよな、俺。」
「は…?」
「こっちはこんなアヤシイ獣だし、こんなのが王子だなんて言われたって俺だって信じねぇから、身分なんてもんは半分捨ててんのに。
 つーか信じてもない奴にそんなのされたって、馬鹿にしてるか同情してるようにしか思えねぇ。」

 それ以前に、そういうの嫌いだって言ってんのにどいつもこいつも…

 何やらブツブツと愚痴り出した獣。
 快斗はその獣を前にある考えに達し……まさかと思いつつ尋ねてみる。

「……敬語が嫌、とか?」
「当たり前だろ。」

 当たり前ときたか、このケモノは。
 仮にも王子なら威厳やら気品やら、そんなもんが必要なんじゃなかろうか。
 けれど快斗は、この獣の王子と手乗りサイズの(多分)女中を前にすべての常識を捨てることにした。

「なら、地でいかせてもらうよ。もともと苦手なんだ、へりくだるのとかって。」

 コロリ、と態度を変えて不適に笑った快斗に、獣は一瞬驚いたような表情をしたけれど、直ぐさま嬉しげな笑みを浮かべた。
 獣でも結構表情って判るもんなんだな、と快斗は妙なところに感心している。

「お前、変わってるけどイイヤツだな。」
「…変わってるは余計だよ。」
「そうか?俺のこと見て吃驚しないのも、捕まえようとしないのも、お前が初めてだぜ?」

 いや、あれでも一応驚いてはいたのだが。
 そう思った快斗を余所に、獣はすでに別の話題へと移っている。

「とにかく飯だな。あ、言っとくけど肉はあんまりねぇぞ。一度会話しちまうと、情がうつっちまってもう無理。」
「あー…そりゃそうだろうねぇ…」

 快斗は引きつったような微妙な笑みを浮かべた。
 自分だとて、どんなに食に困ろうと相棒の鳩に手を出したりは出来ない。
 まして獣である彼が動物たちと会話できると言うなら、余計に手を出すことなどできないだろう。
 まるで腹が減ったからと隣人を食べるのと同じぐらい残酷な話になってしまう。
 思わずリアルに想像してしまいゾッとした快斗だったが、更にもゾッとするような台詞が獣の口から飛び出した。

「あ、さっき沢で取ってきた魚ならあるぞ。」

 おそらく自分で獲ったのだろう、獣は得意げに話していたが、快斗はベッドの上で(横になっていたはずなのに)思い切りずっこけた。
 その顔には「何てことを言うんだ」とばかりの驚愕と恐怖とが混じり合った表情が浮かんでいる。
 そして盛大に首を横に振りまくりながら、半ば叫ぶようにしていった。

「冗談!あんなモン、体内に取り込んだら死んじまうっ」
「…は?」

 訳が解らないと獣が首を傾げる。
 と、いち早く状況を理解した聡い(この場合聡くなくても理解できるだろう)女官長・志保が、快斗に変わって説明した。

「王子。彼は魚が嫌いなのよ。」
「わーっ!名前も言わないでー!」
「………なるほど。」

 獣相手には余裕のくせに、たかが魚を相手にこの有様とはなんとも情けない。
 しかも名前を聞くことすら嫌だとは随分だ。
 けれど両手で耳を塞いで聞きたくない聞きたくないと首を振る快斗がどうにも可笑しくて、獣は楽しげにくつくつと声を上げて笑った。

「なら、サ……のつくアレ以外で適当に作ってやるよ。」

 仕方ねぇな、と言う口調で言われた言葉に、快斗は半分涙目になりながらもしっかりと頷く。
 その様子がまた可笑しくて、獣は笑みを深めた。
 それから料理を作りに行くために「行くぞ」と志保に声を掛けると、差し出された獣の手の上に彼女がよじ登る。
 柔らかい肉球がバランスを取りにくいのか、ちょっと嫌そうな顔をしていた。

「お前、名前は?」

 彼女を自分の肩へと上がらせながら、獣が改めて快斗を振り返る。
 恐ろしいはずの野獣は、それでも王族の威厳と優雅さを持ち合わせた物腰で問いかけるのだ。
 快斗はほんの少し息を呑んで。

「――黒羽、快斗。」
「それじゃあ…快斗。こんな変なとこだけど、歓迎するぜ。
 彼女はこの城の女官長、宮野志保。それから俺は――」

 ニヤリ、と獣の口端が持ち上げられた。
 白い牙が顕わになるが、まるで悪戯を企む子供のような顔はむしろ愛嬌を感じさせる。
 息を呑んだまま、続く言葉を待っていた快斗だが……

「――工藤新一だ。」

 スペード大国の第一王子にして王位継承者であるその人だと知り、驚愕に目を瞠った。
 これが、美しい獣の王子と快斗との出逢いであった。




End...?



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たまきさんのサイト、[ AAA ]の10,000 hit のお祝いにと、クロキが勝手に押付けた小説です(爆)
ぜひ一度書きたいと思っていた「美女と野獣」のパロディですvv
……ここで終わったら最低ですか?笑
「美女と野獣」のパロを書こう!と書き始めたのは良いものの、予想以上に長くなってしまって;;
人様に続き物を差し上げるのはどうかと思いつつ贈ってみたり。
すみません、すみません!涙
たまきさん、宜しかったらお受け取り下さると嬉しいです。
日頃の感謝と今後のますますのご活躍を期待してvv

04.01.25.