明け方の森は気持ちいい。
 昼間の突き刺さるような陽光もなく、昏々とした夜の不気味さもない。
 霞色から白へと次第に色を変えていく空、眠りから覚めた小鳥たちのさえずり、吹き抜けていく風に踊る木の葉……

 そんな気持ちのいい明け方の森を堪能しながら、肩に小さな従者を連れた快斗はなぜかキノコを取っていた。










Beauty Beast !!










「悪いね、黒羽君。お客様なのにこんなことさせちゃって…」
「気にしないでよ、高木さん。」

 申し訳なさそうに眉を寄せて礼を言う高木に快斗は屈託のない笑みを返す。
 初めこそ宮野女官長のサイズに驚かされた快斗だが、次から次へと似たようなサイズの従者や女中がワラワラと現れたため、このサイズにも既に慣れっこだった。
 快斗が獣の王子に拾われてから数日が経ち、こうして朝の食材探しに乗り出すのも三回目である。
 ただでさえ広大な森はミニサイズの彼らにはまるでジャングルで、いつもなら王子の肩に乗せてもらって探していたらしいのだが……
 高木曰く、好奇心の強い王子はすぐに目的を忘れて別のものに没頭してしまう、とのこと。
 つまり通常サイズの快斗は従者たちにとってはとても有り難い存在なのだ。

「でもほんとに助かるよ。」

 はぁ、と溜息を吐く高木に快斗は目を瞬く。

「どうかしたの?」
「あ、いや、大したことじゃないんだけど…」

 そう言って口ごもる高木に快斗は更に首を傾げる。

「実はね、王子はあの通り獣と言っても綺麗な方だから、猟師に狙われることがあってね。」
「そんな…危ないじゃないですかっ」
「いや、狙われると言っても殺されるってわけじゃなくてね…」
「…は?」

 猟師が獲物を狙って殺す以外にどんな目的があるのだろうか。
 そりゃああれほど見事な毛並みを持った獣なのだから、討ち取って剥製にでもしてしまえば猟師としての腕を誇示できることだろう。
 しかしそれ以外の目的となると皆目見当のつかない快斗だ。
 すると高木はなんとも情けない表情で言った。

「その猟師っていうのが、狼に襲われていたところを王子に助けられた人たちでね。それ以来王子にすっかり惚れ込んじゃったみたいで、何かと王子につきまとってくるんだよ。」

 だからできるだけ人が住んでいる場所の近くには王子を近づけたくないんだ、と高木は話した。

「へぇ…人たちってことは何人かいるってことだよね?」
「そうなんだ。ふたりなんだけど、町でも腕がいいと評判の猟師で、よくふたりで競い合うようにして猟をしてるんだ。歳は君とそう変わらないんじゃないかな。」

 快斗はふぅん、とだけ返し、群生するキノコの中から充分に育ちきったものだけを摘み取っていく。
 たまに高木からあれもいいかな?とお願いされながら朝食に間に合うだけの大体の食材を手に、城へと踵を返した。

「それにしても、どうして王子は獣の姿になんかなってんの?」

 なんとなくずっと気になっていた疑問を口にする。
 国の人々は新一王子のことを行方知れずと思っているのだから、こんな場所で獣の姿になって暮らしているなんて知るはずもない。
 もちろん快斗も知らなかったことだ。
 正式な発表もなく行方不明、とだけ告げられていた言葉に国民は嘆いていたが、生憎と顔も知らない相手のことを嘆く趣味は快斗になく、今まで大して気にすることもなかったのだが。
 こうして顔をつきあわせて知り合ってしまうとそうも言ってられない。
 元来の新一王子にも負けない好奇心によって尋ねたのだが、高木は慌ててぷるぷると首を横に振った。

「ごめんっ、それについては何も言えないんだ!」

 新一にかかった魔女の魔法を解くには、獣の姿である新一に愛を誓って貰わなければならない。
 新一が王子だからと、魔法を解くために愛を誓うのではだめなのだ。
 真に愛し、愛されなければならない。
 それゆえ、森に暮らす獣が実は王子なのだとばれるのはできれば避けたいことだった。

 必死に首を振る高木に快斗はそれ以上追求する気にはなれず、その場は何も聞かずにふたりは城へ帰った。
 なにせ、快斗にしてみても彼らには言ってないことがたくさんあるのだから。











* * *

 朝食の後、快斗と新一は森へと散歩に出掛けた。
 以前は新一がやっていた食事の後かたづけも、女中や従者たちが王子にいつまでも養われているわけにはいかない!と自分たちで独自に編み出した方法でしてくれている。
 そのため仕事のなくなってしまった新一は逆に暇なのだが、ここぞとばかりに読書に耽るのがいつもの日課だった。
 けれどいつまでも閉じこめられた空間にいるのはどうにもストレスがたまるようで、快斗が城に来てからの三日は、新一は読書よりも快斗との会話を優先していた。

 鬱蒼と木々が生い茂る森の中、一カ所だけぽっかりと拓けた広い空間がある。
 日光浴ができるからなのか、そこには黄色い小さな花が一面に咲いていた。
 その花の中に埋まるようにして寝転びながら、新一は尻尾をぱたぱたと振って同じように隣に座っている快斗に視線を投げてくる。
 花に気を取られていた快斗は新一の視線に気付くと、なに、と首を傾げた。

「お前さぁ、外の様子に詳しい?」
「うん?外の様子って?」
「国の情勢とか、事件とかだよ。城にある本を読み漁るのもいいけど、やっぱこう隔離されてると外の動きが判んねぇから…」

 確かに初めの頃は、何ものにも追われずに好きなだけ本を読めるという状況に胸を躍らせた新一ではあるが、それも一年にもなれば嫌気がさしてくる。
 何しろ人から離れた場所にいるせいで情報源は何もないのだ。
 獣の姿で人前に出ることはできないし、掌サイズの従者たちに危険な真似もさせられない。
 昔の事象は本から学べるが現在の事象が新一にはさっぱり判らなかった。

「…詳しいかどうか判らないけど、知りたいことがあるなら答えるよ?」

 実は、ちょっとどころではなく詳しかったりする快斗だ。
 もともと頭のデキが逸脱していることなど五歳の時には悟っていたし、あまり大きな声で言えたことではないが、国家間の機密事項まで知っていたりもする。
 まぁそれは快斗の特殊な身の上ゆえなのだが、まず答えられない質問はないだろうと思いながらも快斗はあえて黙っておいた。

 それから新一は山のように質問を浴びせ、特に問題ないと判断したものには快斗も流暢に答えていった。
 やはり一国の王子であるだけあって新一の質問は高度なものが多かったが、快斗もちょっと……どころではない天才だったため、新一に後れを取ることなく会話についていった。
 主にスペード大国の政治情勢だとか町の様子、最近起こった大きな事件などを知りたがった新一に、快斗は己が怪しまれない程度に話したのだった。

「お前、すげぇ詳しいな。」
「そう?興味がある事件とかはついつい調べちゃうんだよね。」
「こんなに充実したのって久しぶりだ。ほんと、お前拾ってよかったよ。」

 そう言った新一の髭はぴくぴくと小刻みに動いていて、言葉通りにとても満足そうだ。
 けれどふと疑問に思ったことを口にする。

「でもさ、さっき高木さんに聞いたんだけど、新一王子がここにいるってばれたら駄目なんだろ?獣の姿になった理由も聞かないでって言われちゃったし。」
「…まぁな。」

 渋々頷いた新一に快斗は不思議そうに聞いた。

「なら、なんで俺を拾ってくれたの?」

 ばれて拙い割りには快斗を拾ったりあっさり正体をばらせてみせたりと、していることが矛盾している。
 獣姿の新一を王子と告げるだけならまだしも、新一は自ら本名を名乗って彼のスペード大国の第一王子であることを快斗にばらしてしまった。
 この不思議な城に第三者を招き入れてしまえばどんな噂が広まるかも判らないというのに……

 だが新一はけろっと言うのだ。

「面白そうだったから。」

 その発言に快斗は思わず突っ伏してしまった。

「面白そうだからって…ひどい…」

 この王子の抱える秘密は果たしてそんなにも軽いものなのだろうか。
 王子の好奇心ひとつに左右されるほど。
 しかも己はその好奇心を揺さぶらなければ放っておかれた、ということだ。
 けれど快斗のそんな様子にくつくつと楽しげな笑みをもらす新一は、冗談だよ、と言った。

「生憎この体じゃ町には連れてけないからな。それなら、俺や志保で看病すりゃいーか、と思ってさ。」
「…そんなんでいいの?俺が至上最悪の凶悪犯とかだったらどうすんだよ。」

 もし、どこかからこの城の秘密が漏れていて、それを聞きつけた誰かによってよからぬ陰謀が企てられでもしたら。
 この王子はいとも容易く嵌められてしまうのではないだろうかと、快斗は真剣に心配になってしまった。
 王子のくせに自炊したり、王子のくせに敬語を嫌がったりと、新一はまるで王子らしくない。
 だからこその親しみやすさについてくる従者たちも多いのだろうが、本当にこれがあの噂に名高い聡明な王子なのだろうかと疑ってしまうのも仕方ないだろう。
 城下町から外れた町に住んでいた快斗は新一王子の顔すら知らなかったのだが、その手腕は噂で耳にしている。
 快斗と変わらない年でありながら国王である工藤優作にも負けない敏腕振りだ、と。
 けれど己と相対している時の新一にはまるでそんな様子がない。

 吹き抜ける風に気持ちよさそうに目を閉じている新一をついまじまじと見つめていると、不意に新一の蒼い瞳に悪戯な色が浮かんだ。
 普段より少し鋭くなった双眸は獣姿であることも相乗して凄みが増し、快斗が知らずこくりと喉を鳴らすと。

「たとえお前が犯罪者でも、怪我してりゃ怪我人だし倒れてりゃ病人だろ。」

 その言葉には流石の快斗も呆気にとられた。
 あんまり意外すぎて言葉も出てこない。
 だって、人間誰しもイイヒトとは限らないのだ。
 助けられた人間がみんな感謝するかと言えばそうではない。
 恩を仇で返す者もいるし、下手をすれば新一の命すら危うくなる。

 だというのに、新一は誇らしげに言うのだ。

「俺は自分の洞察力には自信を持ってる。それに溺れる奴は愚かだが、それを信じられなくなっても終わりだ。
 ――お前は絶対俺を謀ったりしねぇよ。」

 そのきっぱりと断定された言葉に再度快斗は声を失う。
 しかも何だか今度は動悸すら早まったかも知れない。
 快斗はドキドキいってる己の心音にすら気付かずに、ただ呆然と新一を見つめていた。
 その内心はと言うと。

(なんか知んねぇけど、すっげぇカッコイイ…!)

 初めて自国の王子たる人物が尊敬に値する人物だと知って、少しどころでなく感動していた。
 その新一の内心が――「謀ったりしねぇ」じゃなくて「させねぇ」の方が正しいけど。――なんて俺様な思考であることにも気付かずに(笑)。



 と、座っていた新一が突然立ち上がった。
 三メートルはあろうかという獣が視線厳しく前方を見据える様はひどく迫力がある。
 新一は耳をぴくぴくと小刻みに動かし、ぽつりと小さく呟いた。

「…騒がしいな。」

 何が何だか判らずに隣に座ったまま快斗が目を白黒させていると、暫くしてから新一の見つめる方向が何やら騒がしいことに気付いた。
 木々の中から鳥たちがばたばたと飛び立ち、何匹もの狼の吠えたてる声と何だか耳に煩い叫び声が聞こえてくる。
 新一の反応の速さはさすがに獣並だと快斗はこっそり感心した。

 そしてもう暫くして漸く姿を現した騒ぎの本人たちは、新一の姿を見つけるやいなや叫び声を歓声に変えて口々に言った。

「やぁ、美しい野獣殿!またお逢いしましたね!」
「こないなんべんも逢うっちゅーことは、俺らって相当気ぃ合うと思わんか!?」

 襲いかかってくる狼たちを巧みに避けながらにこやかに話しかけてくる様は一種奇怪ではあったが、既に慣れたもので、新一は溜息を吐きながら言った。

「気が合うも何も、そもそもお前らがわざわざこんな森の奥深くまで入って来こなきゃ会うはずがねーんだよ。」

 しかも毎度毎度狼に追われながらの登場で、さあ助けてくれとばかりに顔を出す彼らに新一はうんざりしている。
 狼たちもよくもまあ飽きもせずに追いかけていられるものだ。
 新一は変化がなくつまらないものが一番嫌いだった。

「そんな連れんこと言わんと、そろそろ家に連れてってもろてもええやろ?」
「そうです、何かとご不便でしょうからお手伝いしますよ。」

 ふたりを追いかけていたはずの狼は新一を目の前にして急に大人しくなった、というより新一に懐きだした。
 それを爪で傷付けないように撫でながら、新一は素っ気なくふんと鼻を鳴らした。

「人手なら足りてる。必要ない。」

 その様子を花に埋もれたまま見ていた快斗は、彼らが高木の言っていた猟師に違いない、と思った。
 なるほど、しつこく新一に付きまとっているらしい。
 何だか蚊帳の外な雰囲気に快斗はほんの少しむっとした。

「人手なんてどこにおんねん?あのちっこい連中じゃ使いモンにならんやろ。」
「もし誰かに襲われても彼らでは守ってくれませんよ?」

 新一に助けられた身でよく言う。
 快斗は鼻の頭に皺を寄せながら思った。
 初めて新一に逢った時、猟に出て狼に襲われていたところを新一に助けられた猟師たちだ。
 そんな連中が新一を「守る」など笑止千万だ。

 快斗は花の中から立ち上がった。
 背の高い花に囲まれていたせいで快斗の存在に気付いていなかった猟師たちは、突然人間が姿を現したのを見て驚いた顔をしている。
 それにニッと笑いかけながら言った。

「――俺が守るよ。」

 今度は新一までもが驚いた顔をしている。
 快斗は再度言った。

「俺が守るからいいんだよ。大体、いつも狼から助けられてるくせによくそんなこと言えるな?」

 明らかに嘲笑の混じった揶揄に猟師のひとり、浅黒い肌をした少年がくらいついた。

「やかましい!ほんまは逃げんでもええんや!せやけどこの野獣が不必要な猟はするな言うから手ぇ出せへんだけなんやっ」
「そうです。襲ってくるからと言って撃ち殺せばいいわけではありません。」
「――へぇ。」

 色黒の少年に続いて長身の少年までが睨み付けてきたけれど、快斗は少しも退かなかった。
 くるりと新一へと向き直り、新一に身を擦り寄せている四匹の狼をじっと見据える。
 快斗の視線を察知した狼たちはすぐに毛を逆立てて快斗に向かって牙を剥きだし、威嚇の唸り声を発した。
 それに怯むことなく快斗は狼たちにすっと手を伸ばす。
 新一は快斗が何をするのだろうかと黙って見届けていた。

「何も、守り方はひとつじゃねぇだろ。」

 言って、狼の頭をするりと撫でた。
 と、今にも噛みつきそうな勢いで牙を剥きだしていた狼は不思議と噛みつこうとせず、それどころか自ら快斗の手へと鼻先を擦り寄せ始めた。
 その様子に猟師ふたりは目を瞠っていた。

「よく言うじゃん。動物は相手が自分の敵かどうか見分けられるって。つまり、アンタたちはこいつらの敵だと思われてるってわけ。」
「確かに――こいつらが宮野たちを襲ったことは一度もねぇな。」
「でしょ?無駄な狩りはしないって言ったって、結局はこいつらにとってあいつらは猟師にすぎないってことなんだよ。」

 ま、そもそもこいつらが新一を襲うはずないだろうけど。

 森に出ればあっという間に動物に囲まれてしまう新一だ。
 飢えた狼でさえ例外なく懐いてしまうに違いない。
 おかげで猟師なんていう厄介なドウブツにまで懐かれてしまったのだが。

「それにしてもすげぇな、快斗。こいつら宮野にだって懐いたことねぇのに…」
「……その理由はなんとなく判る気がするけど。」
「やっぱり快斗を拾って正解だったな♪」

 あの完璧に人を見下した双眸を前に怯まずにいられる者が果たして存在するのだろうか。
 きっとこの狼たちも動物の本能で危険を察知し、襲う気力もなく圧倒されてしまったのだろう。
 まるで何か珍しいものを見つけた子供のように新一が目を爛々と輝かせていると、暫く傍観に徹していたふたりが途端に抗議の声を上げた。

「ちゅーか、自分はなんやねんっ」
「随分と親しげですが、君は彼の何なのですかっ」

 快斗がおや、と目を瞬く。
 たった今新一が「拾った」と言ったばかりだと言うのに彼らは聞いていなかったのだろうか。
 まぁ、新一が親しげに「快斗」なんて名前で呼んだせいで聞き逃してしまったのだが……

 何事か思いついた快斗はにやりと口端を持ち上げた。

「あれ?見て判んない?俺たち、こんなにらぶらぶなのにー。」

 そう言って快斗は自分より遙かに背の高い新一の体にぎゅっと抱きついた。
 さらさらの毛並みが頬にあたってくすぐったい。
 だが、それどころでないのは新一を含める快斗以外の者全てだった。

「なっ、なっ、なにをっ、」
「そんな…っ、悪い冗談です!」
「何で冗談なわけ?ヤダなぁ、もしかして嫉妬してんの?」
「誰が嫉妬なんか…!大体彼が君なんかを好きなわけないでしょう!」
「そう?少なくともアンタらよりはマシだと思うけど。」
「なんやてぇ〜っ!」

 ぎゃあぎゃあ騒ぐ人間の中に、固まる獣ひとり(いっぴき?)。

「そんなん野獣に直接聞いた方が話が早いわ!」
「ええ!野獣殿、彼の言ってることは本当なんですか!?」
「えぇっ?その、本当も何も…」

 突然話を振られても新一が咄嗟に返事を返せないでいると、快斗は抱きついたまま鼻先に掠めるようなキスをおとした。
 びしっ、とその場の空気が固まる。
 けれどそうさせた本人はと言えば、至って楽しげに宣った。

「しんいち、愛してるぅ〜〜vv」

 その様子は恋人と抱擁を交わしている――というよりは、小さな子供が自分より大きなぬいぐるみにしがみついている様子と大差ない。
 けれど快斗の台詞に憤慨した猟師ふたりはそれどころではなく、今や彼らを追いかけていた狼以上に犬歯を剥き出していると……


「ぎゃ―――――!!!!」


 ただひとり(いっぴき)動けずにいた新一が突然叫んだかと思うと、普段は二本足で歩くくせに四本の足全てを駆使していきなり駆け出した。
 それはもう、もの凄いスピードで。
 今の新一は獣であるだけあって快斗や猟師たちにはとても追いつける速さではなかった。
 そしてそのあまりに凄まじい速さに驚いている間に、新一の姿は跡形もなく消えてしまったのだった。











* * *

「宮野!どうしよう、俺!」

 突然ドアを蹴破って入ってきたかと思うと、新一はデカイ図体で半ば泣きつくようにそう言った。
 いくら取り乱していても手乗りサイズの志保を潰さないように力を加減しているところは流石だろう。

「どうするもなにも、何があったのか話してからにしなさい。」

 そんな普段の様子とはかけ離れた新一の様子に、気持ちの半分以上は聞きたくないと思いながらも切り出した志保は――

「俺、俺…、快斗と結婚しなきゃならなくなったー!」

 聞いてしまったことを僅か0.1秒で後悔した。

「だってあいつがいきなり俺の断わりもなくキスしやがったんだ!」
「キスって…。何してたの、あなたたち。」
「またあの猟師たちが来たんだよ!そんでいつもみたいに適当にあしらってたら、快斗が急に…!」
「……そう、……それは大変ね…」

 志保は新一の腕の中でどこか遠い目をしていた。
 だがそれも仕方ないと言えるだろう。
 今のこの新一の意味不明な言動も、どれもこれもその全ての元凶は現国王とお妃である新一の両親なのだから。

 新一はあの一癖も二癖もある手強い両親のおかげでとても逞しく育った。
 それはもう、たかだか十七歳で国政をひとりで行えるほどには。
 巷で噂される慧眼は本物だし、頭のデキだってずば抜けて良好だ。
 けれどその反面、たったひとつだけ問題があった。
 それは新一の恋愛に関する知識についてだった。
 両親が息子を溺愛するあまり、幼少時代からずっと言い続けていたこと――

 いいかい、新一。口付けは将来お前が結婚する人としか交わしてはいけないんだよ。

 そんな少女漫画な夢を見ている人など今時女の子にだってそういまい。
 だがどれほど乙女思考だろうと、幼少時代から言い聞かされていた新一はそれが真実だと信じて疑わなかった。
 国王たちは要はそれを口実に愛息子に悪い虫を近寄らせまいとしたのだが、おかげで今、志保はこうして非常に迷惑を被るハメになったのだ。
 だから――半ばヤケクソになってしまった志保にそう罪はないだろう(と本人は思っている/笑)。

「それじゃあ、黒羽君と愛を誓うしかないわね。」

 そうすれば魔法も解けるし一石二鳥だわ。

 けれどこの時志保はまだ、後にこの発言を激しく後悔することを知らなかった。




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たまきさんへの捧げもの小説の続きです!
もう「美女と野獣」の「び」の字すら感じられない話になってしまいました(爆)
そして御免なさい、もう一話続きます。
あと一話で終わらせます!宣言!(とか言って終わんなかったらどーすんだ…)
人様に捧げる話をあまりダラダラと続けるものではありませんね;
何よりお待たせするのが一番申し訳ない。。
受け取って下さると嬉しいです!! (>_<)

04.04.06.