目撃者
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 通りかかった草原、広い緑の中でせわしなく動いている小さな影を見つける。背の高い草に埋もれてしまいそうなその影は、どうやらまだ子供らしい。
 草の海に沈んでは浮かび、沈んでは浮かびを繰り返しながらなにかに必死になっている。
 珍しく興味を惹かれて立ち止まった。
 よく見れば顔も着ているワンピースも足も土で汚れてしまっている。そして一番泥がついている手には小さな小さな野花が握られていた。
 どうやらこの少女は花を摘んでいるらしい。
 だが広いわりに花らしい花はないのか、諦めた様子で立ち上がった。
 顔は少し悲しそうだった。

「……それをどうする?」

 なぜ口が開いたのか自分でもわからなかった。ただ少女を見ていて、いつのまにかそんな質問が出ていた。
 突然話しかけられて少女は弾かれたように顔をあげる。驚愕に目を見開いた。
 無理もないだろう。
 1人だと思ったここにもう1人いて、しかもそれが大きな身体の外国人だ。
 だが聞こえた言葉が日本語だったからなのか、少しの怯えを見せながらも口を開いた。

「お母さんにあげるの。でもいいのがなくて…」

 小さな小さな声。
 それでも研ぎ澄まされた耳にはしっかりと入ってくる。
 少し考えて、持っていた花束を落とすようにして少女へ与えた。降ってきた香りの強い花々に、また少女は驚いた。戸惑いの表情で見上げてくる。
 少女に背を向けて、今来たばかりの方向へと歩き出した。

「ならそれを渡せばいい」

 そんな言葉を残して。
 しばらく歩いたところで背後から少女の叫ぶ声が聞こえてきた。

「おじちゃん、どうもありがとう!」

 そして自分とは反対側へと駆けていく音がする。
 少女に花束を渡したのは気まぐれだ。今日はとても機嫌がいい。久しぶりに気に入った獲物に出逢えて上機嫌だ。
 だから少女は生きている。さらに花束も与えた。
 もし今機嫌が悪ければ、あの少女も葬った者たちのリストに加わっていた。それだけのこと。
 アレは今度の獲物への捧げモノだったのだが……

「まぁいい。この先にたくさんあることだしな」

 なくなったのならばまた摘めばいいだけのこと。
 これから起こすことに、にやりと口の端を持ち上げた。





 彼女は自分にとって唯一だった。
 名を呼べば嬉しそうに微笑んで、名を呼び返してくれる。美しい俺の白百合。
 あの時までは幸せだった。
 永遠の愛を誓うはずだった、あのときまでは―――――――

 何が起こったのかわからなかった。
 気付いたときにはまわりは火の海。先ほどまで自分たちを祝福してくれていた親戚たちの姿も見えない。そして自分の隣にいたはずの彼女も。
 重くて思うように動かない身体。にじむ視界。
 それでも必死になって探した。たった1人、愛している相手を。



 ――――――彼女はいた。
 とても似合っていた真っ白なウエディングドレスを真っ赤に染めて。目を見開き、恐怖の表情のまま固まって。
 ヴァージンロードに横たわっていた。

 すべてが奪われた瞬間――――――。



 くだらない財産とやらのために、君は奪われた。
 偽善者面して俺たちを祝っていたあいつらに、一瞬にして奪われた。



 君のために贄をささげよう。
 愚かで汚い人間たちを、その穢れた血で染め上げてやろう。

 あの日汚された俺の白百合。君と同じように……







* * *



 この家での自分のベッド、そこに寝転がりながら、新一は持っていた本をパタンと閉じた。まだ途中だからきちんと栞をはさんで。
 つまらない…飽きた………
 仰向けになりながら、思わずそう呟いてしまう。
 別に暇つぶしにと読み始めたこの本がつまらなかったわけではない。むしろ好きだ。
 記憶を無くす前も本の虫だったというし、それはこうなっても変わらないのだろう。
 だがこの家に着てからすでに5日。その間外に出ることもなく、他にすることもないのでひたすら本を読むだけ。あとは食事をして眠る。その繰り返しだ。
 いくら本を読んでいても、気になってしまって集中できないのだ。
 今も同じ屋根の下にいる父優作は、事件についてなにも教えてはくれない。新一を狙っているという相手についても。
 何度か問い詰めてみたがさらりとかわされてしまった。

 なにもできない。ただじっと結果を待つだけ――――。
 それがこんなにも苦痛に感じてしまうのは、記憶を無くす前の自分がやはりそんな性格だったからだろうか?
 記憶をなくしていなかったら、もしかして捜査に参加できた?
 そんなこと考えても無駄なことだが、一度はじめてしまうと止められなくて焦燥だけが大きくなる。思い出したいと思えば思うほど、頭痛が襲いかかる。
 毎晩のように同じような夢、あの赤い花のようなものを見るがそれだけだ。はっきりとしたものは相変わらず見えてはくれない。
 何かのきっかけで――――医者がそんなことを言っていたような気がする。
 きっかけ。たとえば警部たちが欲しがっていた犯人の顔を見れば…?思い出すことができるだろうか…?
 きっとそんなことを言えば、皆が皆そんな危険なこと、とんでもないと慌てるだろうが、今の新一には最善のことのような気がしてきた。

 犯人が目の前に現れてくれたら………

 そんな新一のむちゃくちゃな願いが通じたのかどうか。
 突然部屋の窓が勢いよく開かれ、冷たい風が流れ込んできたのだった。







「――――そうですか。やはりそちらには現れませんか」

 電話の相手に向かって『優作』は声をひそめて応えながらため息をつく。
 囮が向かった工藤邸では、5日経った今でもなんの動きもない。犯人の襲撃を予想していた警察の緊張も毎度空回りしてしまっているらしい。
 もしかして囮に気付かれたのでは…?
 その可能性を考えた目暮警部たちは慌ててこちらへと向かってくれているらしいが、おそらくは――。

「間に合わないでしょうね」

 くるくると持っていたペンを指でまわしながらきっぱりと言い放つ。相手が苦笑いしているのがわかる。
 犯人が向こうが囮だと気付いているなんてとっくに予想していた。だからこそこの場所に来たのだ。ほとんど民家のない、静かなこの場所へ。
 あんな街中で事を起こされたら厄介なことになるかもしれない。
 それは、警察にまったく話していないことだ。

 ふと家の気配が変わったことに気付く。
 持っていたペンを机の上に置くと、静かに立ち上がって天井を見上げた。
 ちょうどこの上が新一の部屋だ。

「動いたようです。あとはよろしくお願いします」

 視線は天井を向いたまま、それだけを告げて通話を切る。ポケットに放り込んでにやりと笑った。
 その眼光は、先ほどまで新一に対していたときの『優しい父親』のものとはまったく異なっていた。







 本当に現れやがった……

 病室に忍び込んできたときと同じように、真っ黒な覆面を付けた長身が窓を背にして立っていた。ぎょろっとした瞳が爬虫類を思い起こさせる。
 あんなことを考えてはいたけれど、まさか本当に来るとは思わず。
 新一は驚きと同時に焦りを感じた。
 コイツの実力は1度見ている。それ以前にコイツの目は危険だ。勝ち目はどう見てもなかった。
 無意識のうちに新一は侵入者の方を向いたままで後ずさりをしていた。
 だがここは部屋の中。窓は侵入者が塞いでいるし、扉もその脇を通り抜けなければならない。後ずさりをしたところですぐに追いつめられるのは目に見えていた。
 新一の怯えた様子に相手から低い笑い声が聞こえてくる。
 一歩踏み出した、と思った瞬間に新一は腕に激しい痛みを感じ、気付いたときには先ほどと同じようにベッドの上に仰向けに寝ていた。異なるのは、新一を上から押さえつけてくる存在があること。きつく肩を掴みながら、冷たい瞳が真上から新一を見下ろしてくる。

「Present for you…」

「…ッ!?」

 低い声が聞こえたかと思うと、何かがばらばらと降ってくる。新一をきつい匂いが包み込んだ。
 新一の周りに降らされたもの、それは真っ白い花だった。どこかで見たことのある花………。

 ユリの、花…?

「やはり、美しいな…汚しがいがある…」

 ぞっとするような男の物言いに、花に向けられていた新一の意識は戻された。
 狂っている……
 とっさに新一は自由になる唯一の右手で男の覆面を掴んだ。なんとか逃げ出そうともがくが、体格・腕力の差は目に見えている。
 だが暴れることを止めない新一は、その覆面を剥ぎ取っていた。
 相手の顔があらわになる。
 長めの茶色い髪と瞳、彫りの深い顔立ち。楽しげに歪んだ薄い唇。

 そして。



 頬に刻まれた、赤い、花―――――血で染められたユリの花。



 激しい頭痛が新一を襲う。抗うことができない。気持ち悪い。
 吐き気さえ覚えたとき、突然目の前が真っ白になった。





 天に浮かぶ月。響き渡る、おと。

 真っ白な月を背に立つ、同じように真っ白なひと。
 自分はその人物となにかを話していた。相手は、笑っていて。自分は憮然としていて。

 そのあと自分は暗闇の中を走っていた。なにかを求めて走っていた。
 角を曲がったところで大きな誰かにぶつかって。
 見上げてみれば、ぶつかった相手の片頬には―――赤い花の刻印。





「―――――…Bloody lily」

 新一の口からこぼれ落ちた流暢な英語に、男は笑みを深くした。
 再び男を見る新一の目には、鋭い光が戻っている。それを認めて、男は面白そうに片眉を上げた。
 明らかな変化だ。その目には怯えというものがない。挑むように、男を睨みつけてくる。
 光の加減で美しく青く輝く不思議な瞳だ。その美しさが、さらに男の残虐性を煽る。相手が美しければ美しいほど、それを血に染めたときの快感は大きい。
 だがそこには男が欲しいもう1つの要素、『怯え』というものがなくなってしまった。

 男は新一の顎を掴み上を向かせた。
 息の触れ合う距離で、互いが互いを睨む。わずかな沈黙とユリの香りが2人を包む。

「…次は俺を殺すのか?この花を俺の血で染めるのか?」

 その頬の刻印のように…

 先に口を開いたのは新一だった。

「そう…この花に囲まれ、血に染まるお前は、さぞ美しいだろう」

 応えて男はまた笑う。
 どこからか折りたたみ式のナイフを取り出し、刃を新一へと向けた。
 それをどこかぼんやりと見る新一は、ユリの香りにむせそうになる。

「さぁ先ほどのように抗ってみろ。逃げてみろ。死にたくはないだろう…?」

 ユリに埋もれる新一に目を眇めながら呟く。
 真っ白いユリの花々に白い肌、その中に浮かぶ青い瞳と真っ黒な艶髪。自分と同じ男であるはずなのに、ひどく艶かしい光景だった。
 今までの獲物の中でもかなり上等。
 その顔を恐怖に染め上げて、抗う身体を切り刻む。
 それではじめて男が望む芸術品が完成するのだ。薄汚い人間が、唯一美しくなる瞬間。

 だが男の望みを裏切って、新一は抵抗しようとはしなかった。

「なぜ抵抗しない…?」

「無駄だからな。あんたの実力がわからないほどバカじゃない」

「……死にたいのか?」

「そんなわけないだろう」

 戸惑うことなくきっぱりと返す。
 生きるために必死であるように見えないのに、嘘を言っているようにも思えない。新一の表情は真剣だ。
 おかしなヤツだと思う。こんなヤツは、今までいなかった。
 男は刃を新一の首へと当てる。少しでも力をこめれば真っ赤な血があたりを染めることになるだろう。男が望む光景。
 だがやはり新一は動かなかった。ただ変わらずじっと男を見つめるだけ。
 男は首を掻っ切ることなく、そのまま上へと移動させ、今度は頬へと当てる。すっと軽く引けば赤い線が白い頬に描かれた。血が流れる。
 変化のなかった新一の顔がわずかに歪んだ。だが、それだけ。
 相変わらず抗わないし悲鳴もあげない。

「おかしな、ヤツだ…まぁいい」

 くっと笑って男は新一からナイフを振り上げる。望んだ顔ではないが…これはこれでいい作品となるだろう。
 刃先がまさに新一を襲おうとしたとき。
 ぴたりと男の動きが止まった。ナイフを振り上げた状態のまま、フリーズする。

「―…?」

 さすがにもうダメかと思っていた新一も、そのことに眉をひそめた。
 訝しげな顔をして腕を動かしている男の様子を見れば、止めたことがコイツの意志であるとは考えられない。
 男に圧し掛かられたままでなにが起こったのか観察する新一は、男のナイフを持った腕になにか光るものが絡まっていることに気付く。
 よく見なければわからないほどに細いもの。

 糸…?

 まるで蜘蛛の糸のように絡まったそれが、男の動きを封じていた。
 だがなぜ?そう思っているうちに、今度は反対側の腕、首に糸が絡まってきて男を縛り上げる。強く引かれたらしく、男の身体が新一から離れていった。ナイフがベッドの上に落ちる。

「ぐ…っ!」

 首をしめられているためか、男がうめき声をあげた。
 わけがわからずに呆然と見つめていた新一は、突然反対側から抱き起こされた。
 一体いつのまに部屋に入ってきたのか。そこにいたのは―――

「父さん…?」

 だが返事はない。さっき見た優しい笑顔は欠片も見当たらない。
 背筋が凍るほどの冷たい表情で吊られた男を見、続いて新一を見た。正確には、新一の頬についているのだろうナイフでつけられた傷を。
 怒りの感情を、新一は確かにこの父から感じた。
 だがなにかが違う……そう思う。ぬぐえない違和感がある。

「ふ……お前が、コイツの『守り』、か…あのとき、とは姿が違う、ようだが…」

「………」

 なんとか糸を引きちぎり、片膝をつき肩を大きく上下させながら、それでも笑って男が言う。
 新一ははっとして『優作』を見上げるが、『優作』は男を見つめたまま無言のままだった。

「逃がしは、しない」

 ゆらりと立ち上がると、男は2人めがけて突進してきた。
 新一が逃げ出すよりも先にふわりと身体が浮き上がる。そして窓際まで移動していた。
 横抱きの状態。とっさに落とされないようにしがみついてしまった相手を見て、新一は目を見開く。そこにいたのは、先ほどまでの『優作』ではない。
 真っ白なタキシードにマント、シルクハット。そしてモノクル。

 今ならわかる。これが、誰であるのか。

「キッド……」

 新一が呼んだことに少し驚いたようだったが、すぐにその気配はなくなる。新一を見た瞳も、すぐに男の方へと向けられた。静かな怒りが伝わってる。
 いつもすべての感情を綺麗に隠してしまっているキッドにしては珍しいことだ。だが新一には彼の怒りの理由がさっぱりわからない。いや、それ以前になぜ彼がこんなところにいるのか。
 そう思いながらも男のほうを見れば、またゆっくりと立ち上がり、今にも襲い掛かってきそうだ。
 不意に、ふっという笑い声が頭上から聞こえてきた。キッドが、笑った。男もそれに眉をひそめる。
 キッドは新一を抱えたまま、器用に片手を挙げて見せた。そこには先ほどベッドの上に散らされた1輪のユリの花。

「―――……Present for you.」

 キッドが小さく呟いた途端、ユリの花が火に包まれた。
 燃える花をキッドが床に投げつけると、そこにあった糸に燃え移り、油が染みこんでいたらしい部屋に張り巡らされた糸全体に一気に火が回った。
 部屋の中が一気に赤く照らされる。そして部屋の中心にいた男も、火の海に取り囲まれてしまった。

「ぐっ…!」

 逃げ場が完全にふさがれて、灼熱の炎に両腕で顔を覆う。
 足元に落ちたユリの花が、一瞬で炭となったのが見える。

 同じ、だな……

 危機的な状況の中で、男は笑った。かつては美しい白百合であったものを見て笑った。
 その隙に、キッドは新一を抱えたまま、窓から脱出するのだった。









 しばらく走ったところで新一はようやく地に下ろされた。新一を担いだままあれだけ走ったのに、キッドには疲れた様子がない。
 バケモノか、コイツは………
 憮然とした表情でじっとキッドを凝視してしまう。こうして近くでみれば、やはり若い。
 じっと見つめられていることに気付いているだろうに、キッドは顔を隠すこともなく、かといっていつもの不敵な笑みを浮かべることもなく、また怒ったような表情で新一と対峙していた。

 遠くでさっきまでいた家が燃えている。古い家だ。あっという間に他の部屋にも燃え移ってしまったのだろう。
 いくら辺鄙なところでも、人の住んでいる家は他にもある。やがて気付いた人が通報して消防車やらパトカーやらが駆けつけてくるだろう。
 だがあの男は――――とても助かるまい。
 助けてくれたことは礼を言うがそれにしたってむちゃくちゃすぎる。
 非難するような目で見ながらもなにも言うことができず、しばらく沈黙が2人を包んだ。

「……なんでお前がここに…?なぜ俺を助けてくれた?」

 重い口を開いて、とりあえず聞きたいことを聞いてみた。だがキッドは相変わらず沈黙を守ったままで、じっと新一を見つめるだけだ。
 その居心地の悪さに新一が苛つき始めたとき。キッドが新一の腕を掴んでいた。
 そしてそのままキッドの顔が近づいてきて………

「!!!?」

 生暖かいものが傷ついた頬をたどった。とたんにゾクリとしたものが背筋を走る。
 慌てて新一はキッドの腕を振り払った。

「な…ッ!」

「………あまり無理をなさいませんよう」

 貴方が他人に傷つけられるのは、耐えられない……

「え?」

 あっさりとキッドは離れていって、去ってしまった。その行動はまたしてもすばやくて、あっという間に姿が見えなくなる。本当に、風のようなヤツだ。
 呆然としている新一は、キッドの最後の言葉がなんであったのか聞こえなかった。
 やっぱりよくわからねぇヤツ…。

「………礼、きちんと言えなかったな」

 まぁいいか。次に会ったときにでも言えば。もちろん、このことと2人の勝負はまったく別なことで、手を抜くつもりはないけれど。
 キッドが去った方を見、まだ熱いものが残っているような気がする頬に手を当てながら新一は微笑んだ。
 だが次の瞬間に自分の行動を自覚して真っ赤になり、なにやってんだ!?とか別に深い意味は…!と、はたから見ればおかしな自問自答をいつのまにかいた優作に声をかけられるまで続けたのだった。









 後日。

 実は最初から『B.L』にバレルことを承知であの人の少ない場所へ移ったことを優作からこっそりと告げられた新一は、結果オーライとはいえ息子を餌に使ったのかと怒った。
 記憶があればおそらく自ら囮となっただろうことはこの際目を瞑るとしても、なにも知らない新一になにも知らせずに行ったことはやはりなんとなく腹が立つ。
 聞けば警部たちにもなにも言っていなかったというし。
 そう言えば、苦笑いしながら。

「私だってそんなことしたいわけないだろう?親なのだから」

 そう応えた。
 ならばなぜ?と聞けば、笑顔だけが返ってくる。
 おそらくキッドが絡んでいるだろうことはわかるが、そもそもなぜアイツが出てきたのかとか、詳しいことは聞くことができなかった。
 もういいと言いながらもまだ納得のいっていない様子で出て行った息子を見送り、優作は小さくため息をつく。

「あんな顔であんなことを言われたら、ねぇ…」



―――工藤は、命に代えても守るから



 どこか息子に似た顔。
 そして大事な親友の忘れ形見。

 確かに犯人もおびき出せて新一の記憶を戻すのにも最も可能性の高いやり方。
 まさしく蜘蛛のように罠をはって。餌は『工藤新一』。
 だがやはり危険だった。そんなに焦らなくても大丈夫じゃないか、そう言って彼を諌めたら。



―――俺は、1分でも工藤が俺のことを忘れてしまっていることが嫌なんですよ……。

 どこか昏い光も宿した真剣な目だった。



「どうやら息子たちは、私たちとはまったく別の関係を築いていくようですよ、盗一さん…」

 それでもきっと、見守ることしかできないだろうが。
 あとは本人たちの問題だ。

 優作は酒の入ったグラスを持ち上げると、窓から見える月に掲げて飲み干した。





END



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友華さまのコメント▼

サイト2周年ありがとうございます!!
随分と長くなってしまいましたが…(汗)感謝の気持ちをこめましてv
気に入ってくださいましたらどうぞお持ち帰りくださいませv

ちょっとした解説を加えますと…(汗)
新一に付いていた優作氏、あれはキッドだったのですね。
そして黒マントの方が優作さんなのです^^;
なんだかK新とはいえませんしね;;先行き暗いし…。
こんなもんでよかったらどうぞ(泪)

こんな私ですが、これからもお付き合いくださると嬉しいです!

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管理人のコメント▼


サイト2周年おめでとうございます!
そしてまたまた何とも素敵なフリー小説を有り難う御座いましたvv
図々しくも全て頂いてきてしまいました。
今後のご活躍を期待しつつ、こっそり応援しておりますね♪

記憶がなく、怯える新ちゃんも素敵ですが…
やはり「B.L」を相手にしても平然と見返すことの出来る新一が格好良くて素敵でした!
そして何より、新一のためなら御法度の殺人すらしてしまうキッド様…
優作パパすら頷かせた彼の強い想いにドキドキでしたvv
友華さん、こんな素敵なお話をどうも有り難う御座いました!