それは、偶然だったのか――それとも、必然だったのか。















-----------------------------------

... 風の残り香 ...

-----------------------------------















 都心部から遠く遠く離れた、辺鄙といえるような場所にある山荘で――

























「こうしたなら、部屋にいても、自動的に絵を倒せるでしょ?」



 にっこりと子供らしく微笑みながら、小学生程度の少年は言った。

 なるほど、と誰かが頷き、誰かがへぇ……と感嘆のため息を零す。



「で、犯人は!? 誰なの、浩二(こうじ)を殺したのは!?」



 ヒステリーを起こしたように叫ぶ女性に、少年は、小首を傾げて言った。



「この仕掛けをするには、一度リビングから出て、それから戻って来なくちゃいけない……よね?」

 一度リビングから出て、それから戻ってきた人……たった一人でしょ?



 無邪気に言う少年の言葉に、そこにいた全ての人の視線が、ある女性に向いた。

 そう、と少年は呟く。



「犯人は、柳沼(やぎぬま)香織(かおり)さん……貴女だ!」



 顔を蒼白にした女性に、少年は高らかに告げた。


























 少年の名前を、江戸川コナンという。現在小学一年生。

 だがその正体は、日本警察の救世主とまで言われた高校生探偵・工藤新一。ある取引現場を見ていたら見つかって、薬を飲まされ――体が縮んでしまったのだ。おかげで、体は小学一年生、頭脳は大人顔負けの推理をする高校生探偵という、なんとも奇妙な存在になってしまった。

 その彼が何故ここにいるのかというと、彼の小学生としての友人・歩美のせいだった。彼女の親戚がこの近くに住んでいて、彼女に「友達を連れておいで」と誘ってくれたのだそうだ。ニ、三日家を留守にする歩美の父母から頼まれたらしい。それで、彼女は友達を四人ほど誘ってきたのだ。

 四人とは少年探偵団のメンバーで、コナン、元太、光彦、哀の四人。いつもはついてくる博士は、今回に限り発明品の売買契約のせいで来れなかった。代わり、くれぐれも周囲の人の迷惑にならないよう、危険な真似はしないよう、少年探偵団に言い含め、コナンと哀には、彼らのお守りを頼んでいった。

 しかし着いてみたら泊まる予定だった山荘で小規模な火災が起こったとかで、隣にあった山荘に急遽泊めてもらうことになったのだ。



 そちらにいたのは、五人。この山荘は柳沼家のもので、まずは柳沼家の令嬢、姉の伊織(いおり)と妹の香織。伊織の恋人の浩二、浩二の姉・舞(まい)、そして最後に、歩美の親戚である船形(ふながた)さん。彼はここら一帯の山荘の管理を伊織と香織の父に任されていて、使用の許可を得てから歩美らを呼んだのだが、突然の火災のせいで、彼もこちらの山荘に泊めてもらっていたのだ。



 そして――そこで起こった、殺人事件。



 まず香織が何者かに昏倒させられ、あわや溺死させられかけた。

 次に、伊織。彼女はシャンデリアの下敷きになりかけたが、間一髪で助かった。

 そして、第三の事件では、哀が誘拐されかけた。偶然近くにいた伊織のおかげで事なきを得たが、犯人は決定的なミスを犯していた。



 仲間意識の強い少年探偵団の心に、火をつけたのだ。



 具体的に言うと……



『許せないっ! 灰原さんを狙うなんて!!』

 他の人ならいいのか、とか。

『大丈夫でしたか? もうこうなったら、僕たちも黙っていられませんね!』

 最初から黙ってなかっただろうが、とか。

『そうだそうだ! 犯人の野郎、ぜってー逮捕してやる!! 観念してお縄を頂戴しやがれってんだ!』

 お前、時代劇でも見たのか、とか。



 多々、突っ込みどころはあったが。

 いつもなら「おいおい……」と止めるコナンでさえ、頭に血が上っていた。



『大丈夫なんだな、灰原?』

『ええ。未遂だったし』



 そう言う哀。しかしコナン(+少年探偵団)の怒りが収まろうはずもなく。



『おーしっ! 灰原に手ぇ出したことを後悔させてやろうぜ!』

『『『おーっ!』』』



 ……ってな感じだった。



 しかし時すでに遅く、その日のうちに、浩二の遺体が発見された。どうにも、飾ってあった絵画の下敷きになったらしい。司法解剖の結果、彼が殺されたのは哀が攫われるより前だった。その時間帯にアリバイがない人はおらず……(しいて言うなれば、少年探偵団諸君にはなかったのだが、彼らは最初から除外されている)。

 これは外部犯なのか? とも思われたが、コナンたち少年探偵団はそうは思わず、コナンの指示によって、少しずつ証拠を集めていった。













 さてさて。いつもの如く謎を解いた江戸川コナン、もとい工藤新一は、ふと思った。



(…………誰に推理させよう……)



 警察の方々? いやしかし、彼らに面識というほどのものはない。それに、妙に連携だけはとれているので、隙をついて……など、出来なかった。必ず、二人以上で行動しているのだ。

 被害者たちの誰か? ちょっと待て、少年探偵団の面々と大した知り合いでもないのに、彼らの(主に自分の)拾ってきた証拠を提示させていいものか。

 歩美の親戚の、船形さん? しかし、どうにも体が弱いらしい彼に麻酔針打ち込むほど、自分は非道になれない。

 じゃぁ、少年探偵団? 子供に推理させてどうする。



(………………ああもうっ! なんで博士はいないんだよ!?)



 どれだけ喚こうと、大阪に出張した博士に届くはずもなく。



(しゃーねぇ、オレがやるかっ!)



 仕方ない、と自分に言い訳しつつ、とても嬉しそうな少年、外見年齢六歳、実年齢十六歳。

 いつもいつも、手柄を毛利のおっちゃんに横取りされ(まぁ、これは許そう。自分の浅はかさが招いた事態だ)、自分の推理を自分で披露できないのだ(欲求不満)。いくら工藤新一として言えないにしても、せめて! せめて、自分の口で言いたいのに!

 だから嬉しく、しかし表には出さずに、彼は探偵団の面々に手伝うように頼んだ。











 …………しかし、そんな思いを唯一見破っている少女、灰原哀。

 なんとしてでも博士を連れてくるべきだったかしら、と彼女はちらりと考えた。そうすれば、おそらく自分が誘拐されかけることもなかっただろう。おかげでうるさかったわ、と思いつつ、嬉しいとも思う。自分が危機にさらされたことを、彼らは真剣に心配してくれたのだ。

 そして、何より、彼が。彼が、あの後さりげなくずっと傍にいてくれたのだ! これを喜ばずしてなんとしよう。

 しかしコナン同様にそれも表に出さず、彼女はコナンの嬉しそうな笑顔に負けた。



(ま……たまには、いいわよね)



 誰にも気づかれていないが、彼女は彼に甘い。

 恋は惚れた方の負け、というのは――どうやら、彼女にも当てはまるようだった。


























「――そうよ、私が殺したのよ……!」



 泣き崩れた香織は、「でもっ!」と言う。



「でも、彼が悪いのよ! 彼が、伊織に乗り換えたりするから……! ずっとずっと付き合っていた私を捨てて!」



 キッと彼女は姉を睨んだ。伊織はただ、そんな妹を見つめている。

 代わりに言ったのは、舞だった。



「そんな理由で浩二を殺したの!? ふざけないでよ、あの子は、私に残されたたった一人の家族だったのよ……っ!」

「私にとっても、たった一人の恋人だったわ! なのに、伊織は私から彼を奪ったのよ。彼は、私を捨てたのよ! だから、二人まとめて殺してやろうと思ったのに……! あんたがシャンデリアの下敷きになっていればっ!!」



 香織は手を伸ばし、伊織の襟を掴んだ。手に力が込められ、襟がしまる。



「や、やめなさい!」

「来ないで頂戴! ――来たら、殺すわ」



 静かな口調だった。けれど、状況は切迫している。



 ――そんな中。



「やめなよ」



 静かに、コナンは言った。



「やめなよ、香織さん。そんなことしても、意味ないよ」

「わかってるわよ、探偵気取りのぼうや! けどね、私は――」

「そうじゃないよ」



 コナンはそれでも辛抱強く言った。静かな静かな瞳をして。

 何が言いたいのかわからず、香織は混乱した。



「香織さんは、伊織さんを殺したいんでしょ? だったら、無駄だよ」

「なっ、何がよ!」

「だってその人、伊織さんじゃないもん」

「――え?」



 香織は伊織を見た。皆の瞳が、伊織に釘付けになった――その瞬間。

 コナンは足元にあった蝋燭立てを思い切り蹴った。

 超高校級と言われた彼が蹴った蝋燭立ては香織の肩にあたり、彼女の手が伊織の襟元から離れた。



「歩美、元太、光彦! 今だ!」

「はいっ!」

「元太くん、こっちに回してください!」

「お縄につけーっ!」



 ばっと後ろから現れた三人の少年少女によって、彼女はあっけなくロープでぐるぐるに巻かれた。



 事件は、終わったかに見えた。


























「やったよ、灰原さん!」

「そうね」

「へへーん、少年探偵団大活躍!」

「コナン君、足大丈夫ですか?」

「へーきへーき!」



 実は平気じゃない。

 金属製の蝋燭立てをスリッパで蹴ったのだ。メチャクチャ痛い。どーしようもなく痛い。しかし、大活躍大活躍! と喜ぶ彼らに水をさしたくなかった。哀もそう思っているのか、はたまた歩美らに拘束されているせいか、今は静かだ。いつもなら怪我一つでも負おうものなら容赦なく責めたてるのに。

(けど、二人になったら何言われるか……)

 しばらく歩美らをクッションにしよう。コナンはそう思った。



「じゃぁ、ぼうず。世話んなったな」

「え、あ……う、うん!」

「警部、行きましょう」

「おう」



 香織を連れた警官たちが出て行こうとしたところで――コナンは、声をかけた。



「ねぇ、刑事さんたち」

「ん?」



 どうやらこの一件で信頼を得たらしい。彼らは振り向いた。

 コナンは彼らに、母親譲りの演技力で、子供らしい笑顔を見せた。















「どうせなら、この人も連れてってよ」















 指の先には――伊織。



「コナン君? どーして、伊織さんが警察に行かなくちゃいけないんですか?」



 光彦の疑問に便乗するように、伊織も言った。



「そうよ、コナン君。どうして私が――」

「とぼけんな」



 有無を言わさぬ口調で、彼女の声を遮って。

 周囲が驚くのも気にせず、彼は言った。



「これは偶然か? 必然か? ま、んなことどうでもいいけどよ」

「コ、コナン、君……?」



 声をかける歩美も意識の外において、コナンは言う。彼の意識には、今は眼前の人物しかいない。

 覚えてる、この気配。

 沈黙して両者を見守る者たちとは一線を画した、凛とした気配。



「ここには何しに来たんだ? 次の獲物の下見か?」



 黙っていた伊織が、口元だけで笑ってみせる。

 そんな笑みを浮かべる人では、なかったのに。



「い、伊織……?」



 香織が口を開くが、誰も目を向けなかった。

 キッとコナンは眼前の人物を睨み据えた。















「さっさと正体現せ、怪盗キッド!!」

















 バサァッと、鳩が伊織を――否、伊織に扮していた人物を中心に、現れた。



「きゃ……っ!」

「怪盗キッドだと……!?」















「大正解だ、名探偵!」

















 現れたのは、純白の衣装に身を包んだ怪盗――通称『月下の魔術師』怪盗キッドだった。



TOP * NEXT