「お前は、何を望むんだ・・・」

「さぁ・・・」

 細身の男に問われながら、少年臭さの残る華奢な男は曖昧に笑う。

 自分が何を望んでいるのかなど、解らない事だったから。
 何かを望まなければ、生きていけないのだろうか・・・。

「アンタは、何を望むんだ?」

 血だらけの両手で、何を掴もうとしてる?

 逆に問われ、寝そべっていた細身の男はにっ・・・と口の端を持ち上げた。
 問われずとも決まっている、何の為に一つのベットを共有しているのかと・・・。

 折れてしまいそうな腰に腕をまわし、そのまま引き寄せた。

 
「・・・そろそろ、戻らないと・・・」

 時間になるぞ。

 漸く起き上がる事が出来るまでに回復した体調、とりあえずシャワーでも浴びなければと起き上がった
のに、後から伸びてきた手によって連れ戻されてしまうのだ。


「まだ、イイだろーが」

 もうちょっと、ゆっくりしていけ。
 ベットの端に常備してあるタバコとライターを器用に片手で取り、一本銜えて火をつけた。

「・・・寝タバコはやめろよ・・・」

 俺、煙いのは苦手なんだからな・・・。
 
 顔を顰める年下に、男はしてやったと思う。
 こうすれば、また・・・少しは動こうとしないだろう。



「俺が望むのは、お前との時間だけだ・・・」


「・・・半分なら、信じるよ」


「たった半分か?」


「悔しかったら、アンタを望む様に変えるんだな」



 そんなのをしたら、つまらないだけだと・・・ジンは目を細め工藤を見た。




















-----------------------------------

渇愛
writteen by puchan

-----------------------------------





















 自分でも呆れてしまう、こんな自分の半分程度しか生きていない小僧に骨抜きにされるとは。

 だが、こんな事も悪くない。
 コイツは、何も言わずに聞かずに居る。
 自分の事もあまり話したがらない、だから俺の素性にも興味を示していない・・・。

 関心を持たないらしいと、気付いた。


 少し離れた場所で、身を潜める様に生活している俺の元へ・・・コイツは週一に来ていた。

 
 知り合ったのは、些細な偶然。


 俺は小僧を知っていても、小僧は当然ながら俺を知らなかった。
 素顔をハッキリ見た事はなかったはずだ・・・。

 一般人と有名人の差だな・・・。






「・・・なにしてる・・・」

 大人しいと思ったら、後で一まとめにしていた髪を弄っていた。
 手櫛で梳いてる・・・?

「俺、アンタとこうやってるの好きだよ」

 アンタの髪を触るのも、好き。

「その調子で、俺だけ見てろ」 

 そうすれば、俺の全部を信じられるだろう?

 くすぐったさを堪えるように、ジンはタバコをふかす。
 この時間が、何よりも気に入っていた。

 
「・・・シャワー浴びても良いだろ、気持ち悪いんだよ」

 まだ、帰らないからさ。

「俺とお前とのでベトベトだったな」

 ああ、どうせなら清潔なシーツの上で抱き合っていたい。
 このままだったら、拗ねてしまう場合だってあるからな・・・。


 漸く腕を解いてやると、白すぎる裸体には鬱血した跡が目につく。

 先程まで、欲を受け止めていた場所からは白い残滓が零れ出して腿を伝っていく。 


「・・・りないな」 

「ん?」

「足りないな・・・」

「ジンのスケベ」


 真赤になってバスに消えていった恋人に、ジンはくくくくっ・・・・と笑う。

 可愛くて仕方ない、こんなにも愛しいと感じる心が自分にあったなんて驚きだった。
 少し前までは、そのままに殺してやろうと狙っていたはずなのに。


 シーツだけ換えれば、問題ないな。

 そう判断して、ジンはのそりと身体を起した。











 スケベなんだから・・・と、思う。

 自分に対して、こんな事をしようとするヤツが居たなんて驚きだった。
 それよりも、嫌がらなかった自分に驚愕した。


「・・・」


 偽ったままに生きていくことよりも、本来の姿を取り戻す事を選んだ。

 そうして・・・あの日。

 帰り道で打っ倒れたらしい・・・良く覚えていないのだが。




『気付いたか?』 

『・・・』

『打っ倒れていたから、拾ったんだ。警察や医者は嫌いでな』

『・・・こ、こ・・・』

『俺の住処だ、気兼ねせずに居ろ。お前は工藤だろう?』

『・・・アンタは?』

『ジンだ、しがない労働者だと思ってろ』



 記憶の奥では、そっくりの男を知っていた。

 だが、明らかに別人の気配と雰囲気を持っていたから・・・。


 看病をせずとも、傍に居てくれた。

 髪を撫でてくれる指が、優しかったから・・・。


 居心地が良かったのか、お礼と称して訪ね・・・かなり通っていた。

 求められても、拒む理由は無かった。







「・・・」 

 夕暮れかと、ジンは窓の外を見ながら思う。

 そろそろ工藤は帰らなければならない、周囲が心配するだろう。
 自分とは異なり、工藤には帰りを待つ者達が居る。


 たとえ、自宅に誰も居なくても。

 工藤がそれを必要としなくても・・・。



 何も望もうとしない工藤は、心が壊れているのかもしれない。




「ジン、シャワー使えば?」

 髪についた水滴を拭き取りながら、工藤は言う。

「・・・ああ、帰るんじゃねーぞ」

 気が抜けない、繋がっているとき以外は。
 何時か、飛んでいってしまう鳥のようで・・・。


「信用ねーの」


 少しだけ笑うようになった工藤に、まぁ良いかと思う。

 嘘は一度たりとも言わない工藤だから、ちゃんと居るだろう。
 




 工藤から聞く気は起きないが、あの日に何があったかは知らなければと・・・熱いシャワーを浴びながら。

 ふと、考えた。


 浮んだのは、気障で邪魔でしかない怪盗だった・・・。



TOP * NEXT