「---ってなわけでな、このおっちゃんは隣人の坂下さんの下駄の音が聞こえたんで、とっさに返事してしもたんや。ほんまは坂下さんの坊が遣い頼まれて下駄つっかけて来ただけやったのになぁ。」


睨み付ける服部に、指された男性は視線を逸らした。
組んだ手が微かに震えている。


「相当焦っとったんやろ。何せ目の前に、たった今殺したばかりの宮崎さんがおったんやから。」















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Students 2  by Ako
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心臓の音がうるさい。


服部は、マンションの一室についてからまだ一度も動こうとしない少年に目をやった。

勝負を受ける、と言ったのは彼。工藤新一だ。
殺人現場となったマンションに服部を連れてきたのも彼。

それなのに、その場にいた刑事を説得して服部が現場を検証し始めても、新一は素知らぬ顔で立ちつくすだけ。
その一挙手一投足に、過剰に反応する己を悔しく思いながら推理を展開する。


導き出された結論から、犯人を追いつめたその時だった。


「焦ってンのはどっちだよ、大バカ野郎。」


スコン。

耳当たりの良い声が響くと同時に、頭に走った衝撃。


その場の視線が一点に集中する。
玄関からつながる、リビングのドア。新一が凭れていた壁のすぐ横。

そこには、もう一つ同じ顔があった。


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「---詐欺やろ。」


ぼそりと呟く。手に握りしめているのは、投げつけられた『彼』の携帯電話。
今にも壊しそうなその様子に、新一は慌ててソレを取り上げた。

快斗は呆れたように溜め息を吐く。


「まだ言ってんのかよ。」

---しつこいとばかりの言い草だが、服部は更に食い下がった。

「せやかて!自分らなんでそんなにややこしい顔しとんのや!!」


種を明かせば、なんのことはない。

服部が編入したクラスにいたのは、『工藤新一』とそっくりな顔を持つ『黒羽快斗』で。
事件現場にいて何もしなかったのは、もちろん彼に推理するつもりなどなかったから。

ついでに付け加えるなら、服部の混乱を助長するためでもあった。


功を焦ったつもりはなかった。
だが、ライバルと認めた新一(と思っていた快斗)の視線に、指が震えてしまうほど緊張したのも確か。

結果として服部は小さな手がかりを逃し、犯人を取り違えてしまったのだ。



「快斗に現場行くから帰り遅くなるってメールして、到着してみれば誰かさんがショーを始めててさ。現場検証しつつ推理聞いてたら、途中までいい調子だったのにポカしやがるンだもんなぁ。」


聞こえよがしな新一の声。それに笑って答える快斗の声。


「で、思わず持ってた携帯投げつけて、推理始めちゃったわけ?」


コクリ、と頷く新一の後ろ。


「こんなん詐欺や…東京モンは嘘つきばっかりや……。」


ブツブツと繰り返す背中には、微かに哀愁が漂っている。

新一は快斗へと視線を移した。ニコリと向けられた笑みから、思いっきり顔を背ける。


「し、新一〜〜!?」


焦り声に、チロリと視線を戻した。ついでに小さく囁く。


「どういうつもりだよ。」


新一にも分かっていた。
白馬曰わく『何も考えていないようで、色々と考えてる人』である快斗が、ただのイタズラで現場をかき回すような真似はしないだろうと。


探るようなその視線に苦笑を返して、未だに「ウソや…」とぼやいている背中に声を掛ける。


「服部。」


うつろな目と、生気を湛えた目が交叉する。


「『賭け』はオレの勝ちだな。」



****



「で、黒羽くんは見事に工藤くんの相部屋を勝ち取ったわけですか。」


大きな風呂敷包みを片手に肩を落とす服部を、面倒くさそうに見やる白馬探。
心の中では『そんなことじゃないかと思ってました。』などと思いながらも、服部の誤解に気付いていて正さなかったのはいずれ『こう』なることが分かっていたから。


黒羽快斗と白馬探は相部屋で。
寮長でもある工藤新一は、今まで入寮者が奇数名だったこともあってひとり部屋だった。
一説には、醜い争いを避けるための処置だったという噂もあるが…ソレは余談として。

編入し、ついでに寮生を希望した服部のことは事前に知れ渡っていた。

『工藤新一』の同室『予定』者として。

そのニュースが流れたのはむろん寮内だけでなく、学校中。


そして同時に、誰もが悟っていた。
『服部平次』が新一の同室者になる可能性はないだろうと。

虎視眈々と狙われていたその座に現在最も近い男、黒羽快斗がソレをさせないだろうと。




そして、今ここに平次がいる。

届いたばかりで開けてすらいないダンボール箱2つと、大きな風呂敷包みと、クリーニングに出すつもりで忘れられていた制服。

幸い明日から2連休で、高速クリーニングとやらを使えば月曜までには帰ってくるだろう。

そんなことを考えながら、白馬は新たな同室者を荷物と一緒に部屋の隅に追いやる。
同時に、晴れて恋人と同室になった元同室者のことも、頭の隅に追いやった。





****





ぼす。
ベッドへとダイブし、枕元に放り出してあったマジック用のコインを引き寄せる。
つるりと手に馴染んだ感触が心地良い。


反対の右手には、更に馴染んだ感触。
つん、と引かれて顔を向ける。


「なに?オレもう消灯時間に追い返されなくていいんだろ?」


手を握られたままで意地悪く笑えば、新一は頬を膨らませた。
ついでに鼻から息を吐く。

フン。

思っていた以上に空気を抜きすぎたのか、酸素不足でせき込みながら両手を快斗の右手から離して口と鼻を覆った。

コンコンと咳き込む恋人の腰を自由になった右腕右手で抱き寄せ、胸の上に乗せる。
背中をさすってやりながら、快斗は囁いた。


「ごめん。意地悪だった?」


やっと呼吸が収まってきたらしい新一は、まだちょっと苦しそうに。でもしっかりと彼に視線を合わせて言う。


「寮長が先頭切って寮則破ったらマズイだろうが。」

寮則第12条『消灯(10時)を過ぎたら、他の部屋との行き来はしない。』


寮則を盾にとって。でもどこか後ろめたそうに。
一緒にいたかったのは自分もだと、遠回しに伝えてくれる、不器用な恋人。


笑みを深くして腕に力を込める。
引き寄せられ、身構えるまもなくその唇を塞がれて、新一は小さく身を捩った。


視界の隅に写るのは、ベッドの上に散らばったトランプ。



実は、快斗の荷物は既に新一の部屋に全部持ち込まれていて。

『廊下を通らなければ良いんだろ。』なんて理由で消灯後は窓から侵入してくる恋人が居て。

今日からは晴れて、後ろめたさを感じることなく一緒にいられて。



最高に機嫌の良い新一に、快斗はもう一度キスを送った。




やっぱり事前の情報収集が大事だよな、なんて。
頭の隅で考えながら。





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阿子さんのコメント▼

お、終わった……(ぜえぜえ)
かなり一気書きでした。すみません、ホントに2時間くらいで。誤字脱字が怖い…。
前半は頭のなかで固まってて、後半は勢いで。結果→イメージと全然違うよ(泣)
でもまぁ、オチは一応あるのかな。良かった良かった。
(返品可ですので……/汗)

by 峰 阿子  2004.8.29.

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▼管理人のコメント

阿子さんから頂きました、1,000hitのキリ番小説で御座いますvv
新ちゃんにバケて服部を弄る快斗萌え!!
哀愁の漂う平次の背中にもう愛が芽生えました(笑)
アテウマ話は大好きですが、やっぱり私は平ちゃんも白馬も愛しちゃってるので
こういう形のアテウマが大好きです!
見事クロキのツボを直撃して下さった阿子さんに感謝感謝ですvv
そして……
アップが大変遅れまして申し訳ありませんっ(>Д<。)
頂いた日は↑にありますように8月のことなのです。すみませんでした。。
何はともあれ、阿子さん、どうも有り難う御座いましたー!!