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〜 邂逅スペシャル!! 出会っちゃったら運命である! 編 〜















  V.


 次の撮影現場は船内である。コナンと怪盗キッドの対決のシーンだ。その他のシーンは後日に後回しで、先に快斗が出るシーンだけを撮っておくらしい。

 そして現在、快斗は赤いドレスを着た蘭の姿になっている。

「うわ、すっごい! 本当に蘭そのままじゃなーい!」
「今までドラマでも見てきたけど、実際生で見ると迫力あるわね………」
「快斗兄ちゃん、すごーい!」
「ありがとう、コナン君」

 快斗は声も仕草も蘭そのものでコナンに笑いかける。コナンは更に目を輝かせ、その姿を見て快斗は既に至福の境地だ。

「ずっと声とか吹き替えだって思ってたけど、地でやってるって知った時には本当に驚いたわよ」
「ホント。コナン君のメカでさえ驚きだったのに、何も使わないでいろんな人の声を真似できちゃうなんて、最初は信じられなかったわ」
「マジックの一つとして身に付けた特技だったから」

 そしてドラマの主役に抜擢された原因である。更に相変わらず蘭の声と口調だ。さすがはエンターテイナー、どこまでも芸が細かい。

 快斗としては気合が入って当然だった。次の撮りは見せ場の一つであるコナンとキッドの対決シーン、つまりは姿こそ蘭ではあるがコナンと二人きりの撮影なのである。快斗は浮かれた。

「本番いきまーす」
 場所は客船の機関室。快斗は備え付けの電話の傍に立つ。その電話にコナンがサッカーボールを蹴り当てるところからの撮影だ。

(当たった瞬間に壊れる仕掛けにでもなってんのかな)
 快斗は軽い気持ちで電話の受話器を取り上げた。その時である。

 快斗は風を切り裂く音を聞いた。

 ドンッという音と共にボールがとてつもない威力で自分の真横に叩き付けられる。仕掛けも何も必要ない。電話は見事に破壊されていた。
 快斗は演技も忘れ、素で目が点状態だ。

(な、何て正確なコントロール。てかそれ以上に有り得ねーだろ、この破壊力は! 当たったら死ぬぞコレ!? 小学生のキック力じゃねぇよ!!)

 見ればコナンの足元は放電し青白い光を散らしている。暗い機関室の中、放電の僅かな光に照り返されるコナンは身震いする程の雰囲気を纏っていた。

「お前を巨匠にしてやるよ、怪盗キッド………」
 ニヤリとコナンが不敵に笑った。快斗の全身をゾクリとした感覚が駆け巡る。
「監獄という、墓場に入れてな………」

 背筋が震える。ゾクゾクする。演技だと判っているのに、興奮してくる自分を抑えられない。

 そう、コナンは演じているだけなのだ。工藤新一という人物を。快斗はコナンを通して新一を見ている。コナンを通して新一と対峙している。
 与えられた役なのに、素の自分が彼を対決しているような錯覚すら起こる。

 実際に今快斗はコナンの醸し出す雰囲気に追い詰められていた。それなのにこれ以上にないというくらい気持ちが昂揚している。ワクワクして、次に相手がどう出るのか楽しみで堪らない。

 そして思った。ショタコン疑惑に続いて自分はマゾ疑惑追加だ。

 真珠をコナンに投げ返し胸元からブラを取り出してニヤリと笑うと、快斗はすかさず閃光弾を床に叩き付ける。マジックの煙幕を残してドアの外側へと隠れた。
 まだゾクゾクしている。手が微かに震えている。大きく息を吐き出した時ディレクターの「OK」という声が聞こえた。

 変装を解くとパタパタとコナンが駆け寄ってくる。演技で見せた鋭さは綺麗さっぱりなりを潜めて微塵も気配を残していない。あるのは快斗を骨抜きにしそうな勢いの可愛さだけである。

「お疲れ様、快斗兄ちゃん! いつのまに着替えたの?」
「それは企業秘密だよ、コナン君」

 その時、快斗はコナンの微妙な変化に気付いた。どこがどう違うのかと問われたら何となくとしか返しようがないのだが、確かにコナンの様子が微かに沈んでいるように感じたのだ。

「………コナン君、どうかした?」
「………え?」
「何か、元気が………」

 そこまで行った時である。コナンの表情が忽ち嬉しそうに輝き出したのだ。音を付ければまさしく『パアァッ』ってな勢いである。その目は快斗を通り過ぎ後方に向けられている。コナンにそんな顔をさせたのは勿論快斗ではなく、故に快斗はコナンとは逆に不機嫌になった。それを表に出すような愚は決して犯さないが。

「新一兄ちゃん!!」

 コナンが喜色満面の笑顔で叫んで駆け出す。その後を追うように快斗はゆっくりと、離れた位置で青子は今にも襲いかかりそうな様相(それを視界の端に認めた時快斗は他人の振りに徹しようと無駄な努力を誓った)で振り向いた。

 振り向いたその先で見た光景に快斗はただ呆然と見惚れた。

 足元に駆け寄ってくるコナンを優しい微笑みで迎える少年がいる。その年頃の少年にしては体つきは華奢だが、しかしそれを払拭する凛とした気配が内側から溢れているようだ。背筋は真っ直ぐに伸び毅然としていて彼の意志の強さを窺わせている。しなやかで細く長い手足。目を瞠るような白磁の肌は肌理が細かく、長い睫に縁取られたその瞳はコナンと同じ神秘の蒼。射干玉の髪は柔らかく風に揺れ、その襟足が項の白さを際立たせている。

 新一はコナンの身体を抱き上げた。新一とコナンの顔が並んで血の繋がりというものを余計に納得させられる。コナンが成長すればこうなるだろう、そう思わせる容姿だ。しかし快斗にはまったくの別人として認識される。コナンとどこまでも似ているが、同時にどこまでも似ていない。

 息苦しさを覚えて、その時ようやく快斗は自分が呼吸も忘れ彼に魅入っていたのだと気付く。震えるように空気を吸い込む。肺が痛い。胸が痛い。

「キャアァーーーッ!! 工藤君よ工藤君、生工藤君―――っ!」
 いつのまにやって来たのか隣で青子が狂ったように絶叫している。快斗は恥ずかしいと意識が遠くなる気持ちで思った。この騒ぎぶり、TPOだのマナーだの教育し直した方がいいのではないかと幼馴染を本気で心配してみたりもする。

 青子の声に気付いて(これまた大声で叫んでいるので当たり前である)コナンと新一は快斗達の方に顔を向けた。コナンが何事かを言い、下ろして貰うと新一の手を引っ張って快斗達のもとにやって来る。彼等が一歩ずつ近付いてくる毎に快斗の心臓はまるで壊れたかのように激しく脈打ち、ただ呼吸を繰り返すだけで精一杯の状態だ。

 そんな快斗が置かれている状況など知る由もない新一は快斗の前に立つとにっこりと微笑み、それを間近で目にした快斗は魂が昇天しかけた。

「初めまして、工藤新一です。今回はコナンがお世話になります。宜しくお願いします」

 自分に似た声なのに甘い響きを持っているように感じる彼の声。快斗の心臓に直撃で再び呼吸困難に陥りかける。

「く、黒羽快斗です。こ、こちらこそ、宜しく………」
 あぁ、今の自分はきちんとポーカーフェイスを保てているのだろうか。人間第一印象というものはとても大切なのだ。変な顔して変な印象だけは、この人に持って欲しくない。

 ただひたすらそんなことを思う快斗は、普段以上にポーカーフェイスを意識し過ぎて普段以上に無表情になっている。何の感情も垣間見せない顔でどもりながらの自己紹介は、余計に変なものになっていることにこの男は気付けない。そんな余裕は残っていない。

 そんな快斗に内心首を傾げながらもそれを表情に出すような愚は犯さない新一は、快斗に営業用の微笑みで返し無意識に快斗を更に追い詰めた。

 あぁ、人生とは混沌なり。まさにその真っ只中に佇む自分を意識しながら快斗は思った。

「あ、新一! 事件解決できたの?」
 新一に気付いて蘭達がやって来る。
「よう、蘭。もう終わりか?」
「コナン君と黒羽君はまだ後一つあるのよ。ホラ、この回の一番の見せ場のシーン」
「それよりも新一君! すごいと思うでしょ、『Kid』の二人と共演できるなんて! あたし楽しみで夕べ眠れなかったのよねぇ」
 新一の背中をバシバシと叩きながら言う園子に、新一は少し怪訝な表情を向ける。
「………二人って、キッドってのは怪盗のことだろ? 台本見たら一人しかいなかったみてぇだけど二人組みだったのか?」
「「え?」」

 新一の言葉に今度は蘭と園子が唖然とした。ちなみにコナンは少し遠い目をしてあらぬ方向を見やり、快斗は相変わらず呼吸困難を起こしながら新一を見つめ、青子は携帯で写真を撮りまくっている。

「………ちょ、新一。あんたまさかとは思うけど………」
「怪盗キッド様を知らない………なんて言わないわよね?」
 恐る恐る訊いてくる二人に新一はやや憮然とする。
「知ってるに決まってんだろ。ちゃんとコナンに台本見せて貰ってるんだから。今回のスペシャルで登場するコナンのライバルで正体不明の国際的犯罪者。変装の名人で機械も使わず声色を変える。マジックの使い手で、ハンググライダーを使うのも特徴的だよな。本当に存在したら面白いかも。ちょっと興味ある相手だな。KIDってのはそのシークレットナンバーを捩った読み方で裏設定では俺の父さんが付けたことに………」
「んなこと聞いてんじゃないわよ!!」
 顎に手を添えて語り出した新一に園子がキレる。その様子に新一はきょとんとした表情を見せ、更にそれを見た快斗は自分の心臓部分を鷲掴んだ。

「ドラマの話よ!『Kid the Phantom thief』!! 日本国民99.9%が知ってる超絶有名人気ドラマよ! あんただって見たことあるでしょーがっ!!」
 絶叫して息切れを起こした園子を蘭が慌てて支える。それを見やり新一は頬をポリポリと掻きながら視線を彷徨わせた。さすがに蘭も眉をしかめる。

「………新一。まさか本当に知らないの?」
「………俺、ドラマとか全然興味ねぇし」
 その台詞に蘭とコナンは溜め息を吐き、園子はブルブルと震えている。
「信じられない、信じられないわ!! あのドラマを知らないなんて現代人じゃないわよ新一君!!」
「おい、そこまで言うことねぇだろ!?」
「………コナン君、新一ドラマの放送時間、何してた?」
「事件で呼び出されるか、推理小説読んでた」
「………そーよねぇ。新一っていったらそーよねぇ………」
 更に深い溜め息を吐いた蘭を新一は頬を染めて軽く睨む。快斗はその新一を見て今度は過呼吸を引き起こした。

「し、仕方ねぇだろ! 事件は起きるんだし、ドラマより事件の方が大事だし、本読み出したら俺止まらねぇんだから」
「でも新一。いくら何でもそれじゃあ黒羽君達に失礼よ? 今回の台本貰ってからだって時間はあったし、事件にだって呼び出されてなかったんだから。ドラマのビデオ見ることくらいできたでしょ」
「う………」

 新一は気まずげに快斗へと向き直ると、申し訳なさそうに上目遣いで見つめてくる。
「………あ、のさ。俺、そういうのに疎くって。気を悪くさせてしまったなら、本当にすまない」

 新一の上目遣いで昇天しかけていた快斗は、その言葉に慌てて我に返った。そしてどさくさに紛れて新一の手を握ると勢いよく首を横に振る。
「そ、そんなことねぇよ! 俺だってほんと言うとこのドラマのこと知らなかったし、それにアレだ。99.9%っつーことは日本人口プラスαで約1億3000万人、1000人に1人知らねぇ確率だから単純計算して13万人は知らねぇ………」
「だからその紙一重はやめろっつってんのよ」
 またも青子に頭をはたかれて快斗は続けようとしていた言葉を中断させられた。

 そのやり取りを見ていた新一は小さく吹き出す。肩を震わせながらクスクスと笑う姿はまるで花が綻ぶようだと、快斗は未だ新一の手を握り締めたまま夢見心地で思った。

「………何か、お前って変な奴だな」
 そう言って向けられた笑顔は営業用のものではなく素のものだ。また快斗の胸は高鳴った。
「………いやぁ、それ程でも………」
 最早ポーカーフェイスなど崩れ去って欠片もない。照れ臭そうな、しかしとても嬉し気な笑みを快斗は浮かべた。

 その様子を蘭と園子は少し離れた位置から見守っていた。
「………今のは照れるところかしら?」
「明らかに違うわ。新一君の言葉、別に褒め言葉じゃないわよね」
「あぁ、快斗は馬鹿だから」
「………それにしても、まさか黒羽君まで………」
「同じ顔だから今回は、と思ったけど。アヤツもやるわね。また記録更新だわ」
「新一は自覚ないから………。自覚さえあってくれれば、まだ良かったのに………」
「ひょっとしてバ快斗一目惚れ!? 工藤君に悩殺されたのね! すっごーい工藤君!!」
「「………何が?」」

 いつのまにか混ざっていた青子の言葉に蘭と園子は首を傾げる。幼馴染だとは聞いてはいたが、二人の様子から甘い雰囲気とは無縁だろうと悟っていた。しかし青子の言動は根本的に何かが違うように感じられた。

「だって快斗って天才だけど馬鹿だし、普通じゃないし。頭の中は四六時中マジックのことしかないのよ。そんな快斗を一発でオトすなんて工藤君も普通じゃないでしょ!!」
「………なるほど」
「一理あるわね………」
 奇妙な説得力を感じ蘭と園子は納得する。二人に同意を得た青子は得意気だ。

 そんな盛り上がる三人を見やり、そしてすぐ傍でほのぼのと和みつつ会話をしている新一と快斗を見て、コナンは一人溜め息を吐いた。

 自分の兄が類稀な人間だということは知っている。生まれた時からの付き合いだ。触れれば切れるような雰囲気を身に纏いながら変なところで驚く程無防備になる。自分もそうだが、母親譲りの美貌は男も女も魅了して。そのことを未だにさっぱり自覚していない。外見も中身も、この兄はどこか普通とは違うのだ。

 そして今その兄と話している快斗も兄と同じ人種だと気付いていた。驚くべきIQの持ち主で天才マジシャン。そしてやはり普通ではないらしい。特技なんかを見れば頷ける。いくらマジックのためとはいえ、他人に完璧になりすますなんて普通以上にできっこない。それをやってのけ機械も使わず声音まで完全なコピー。解剖学的に非常に興味をそそる存在だと思った。そして持って生まれた天性か、人を惹きつけて止まない魅力も備わっている。

(やっぱり。快斗兄ちゃん、新一兄ちゃんとそっくり)

 前に快斗に告げた言葉をコナンは再び胸の内で繰り返した。
 容姿は勿論、その中身も特異性も。普通じゃない点なんて最たるものだ。

 そしてコナンは、離れた位置で盛り上がっている少女三人を見やった。

 蘭は普通じゃない空手の腕と普通じゃない許容量と母性の持ち主で、いつも新一とコナンを優しく見守っている。
園子は普通じゃない財閥の普通じゃないお嬢様だ。普通のお嬢様なら男漁りなんてしないだろう。更に彼女の普通じゃないところは男の新一を恋のライバルとして見ている点である。
 そして快斗の幼馴染の青子もやはり普通じゃないのだろう。快斗の幼馴染という点で既にその域に達している。普通であったなら快斗の幼馴染なんてやっていられないだろうし、何より現在彼女達が盛り上がっている話の内容を見ても大喜びの様子から納得だ。

(………こういうの、類友って言うんだよね。似た者同士というか同類の人間は惹かれ合って集まってくるものなのかな)
 完全なる第三者に徹してそんなことを思ってみる。

 しかし、普通じゃない兄を持ち、普通じゃない容姿を持ち、普通じゃない演技力を持ち、普通じゃない頭脳を持つ、普通じゃない小学生のコナンは知らない。

 自分もまた、その『普通じゃない』一員に数えられていることを。






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ミコトさまのコメント▼

第三話目でございます。やっと、やーーーっと新一君の登場です;
そしてお約束というか、快斗君一目惚れでございます。このパターンが大好きなのです〜;
何だか最後の方は何が言いたいんだかよく判らんことになってしまいました。
早い話が、どいつもこいつも普通じゃない、と(笑)。……す、すみませーーん;
えー、予定では次で完結、です。その筈です。
が、長くなっているような気がしてちょっと焦っております。……四話の筈……。
「予定は未定であって、決定ではない」とは素晴らしいお言葉ですッッ!(オイ)
毎度毎度こんな話ですみません、クロキさん; もうちょっとお付き合い下さい。
ミコト

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▼管理人のコメント

ミコトさんより第三話目を頂いてしまいました〜vv
こんなに連続して頂けるとは思ってなかったのですっごくすっごく嬉しいです!
そして…漸く新一との対面!キャーvv
快斗、一目惚れですか??ドギマギしてる快斗が激しく可愛いですvv
さすが新一、あの快斗を一発で悩殺とは…!
とにかくどいつもこいつも普通じゃないヤツらの集まりですが、そんなところが好き!
そしてやっぱりコナン君もただ者ではありませんよね(笑)
次回で完結予定ということで…早く読みたいような終わって欲しくないような複雑な心境ですが、
ミコトさん、続きも楽しみにしておりますねvv
有り難う御座いました!