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〜 邂逅スペシャル!! 出会っちゃったら運命である! 編 〜















  W.


 最後の撮影である。この撮りを終えれば快斗の役目も終了だ。
 快斗は真白のキッドの衣装に着替えると一つ深い溜め息を吐いた。

 気が重い。この撮影はある意味快斗にとって試練である。

 これから撮影に入る場面はこの回の一番の見せ場、コナンとキッドの邂逅シーン。最大のライバル達の出会いである。言わば「萌えどころ」だ(違う)。
 はっきり言って運命的なシチュエーションなのだ。興味本位に訪れた探偵の前に幻想的な登場をする怪盗。探偵の心をガッチリと掴む場面。快斗にとって嬉しい邂逅シーンである。

 その筈、だったのだが。

 気落ちしてしまう理由があった。何を隠そう快斗の台詞に問題ありなのである。

 そう、キッドはコナンをこれでもかというくらいに挑発してしまうのだ。それもよりにもよって彼の身上である「探偵」を貶す台詞で。

(………人間第一印象が大事だってのに、初対面で何つー台詞を………)
 実際台本によればドラマ内でのコナンのキッドに対する印象は最悪だ。

 チラリと視線を流せば楽し気に話しているコナンと新一の姿が見える。コナンを貶すということは、即ち新一を貶すということ。快斗は深く落ち込んだ。

 何故に一目惚れした相手に向かって悪口を言わねばならないのか。仮に同じ高校生探偵であっても、これが快斗のクラスメートである白馬に対する台詞であったなら、嬉々として演じるどころか本心で心を込め感情を込め更にはアドリブも加えて大いに貶し倒したであろうが。

 背中に暗雲を背負って快斗は数人のスタッフと指定位置に向かおうとしていた。

「あれ? 快斗兄ちゃん、どこ行くの?」
 移動を始めた快斗に気付いてコナンが駆け寄ってくる。自分とのシーンなので同じ撮影現場だと思っていたのだから当然の疑問だ。それをきちんと理解して快斗はコナンに視線を合わせるように屈み込んだ。その際マントを綺麗に捌いて後ろへと流し、それはもう優雅な動作であったところはさすがである。思わずコナンが見惚れてしまった程だ。

「俺はスタンバイ位置が違うんだよ。ホラ、登場はハンググライダーだろ? だから二件隣のビルの屋上に行くんだ」
「実際にハンググライダーでホテルの屋上に降り立つのか?」
 問いかける声は新一のものだ。快斗はそれだけで嬉しくなり、またこれからの撮影を思って再び気落ちする。

「うん、俺こういうの得意だから」
 それでも何とか表情を取り繕って答えれば、へぇ、と感嘆したような声を返してくれた。そんな新一を見て、そして自分と目を合わせていたコナンを見て、快斗はどこか必死の形相で切り出した。

「た、ただの撮影だから!!」
「「は?」」
 突然言われた言葉を把握しきれず新一とコナンは首を傾げる。何が「撮影だから」なのだろう。

「本心じゃないから! ただこの台詞を言えって台本にあったから言うだけで、誓って決して本心じゃないから!!」
「………あぁ」
 納得した。撮影のラスト、快斗が言う台詞のことだと気付いたのである。確かにあんなことを正面から言われれば気にも障るだろう。

「ホラホラ、快斗君行くよー」
 しびれを切らしたスタッフが快斗の首根っこを掴んで引き摺って行く。「絶対本当だからねぇぇ!!」と絶叫する快斗の声がドップラー効果を残して遠退いていく様を新一とコナンは静かに見送った。

「………コナン、お前もそろそろ時間だろ?」
「あ、うん! 新一兄ちゃん、見てるんでしょ?」
「あぁ。モニターの所に蘭達といるから」

 新一と別れてコナンは迎えに来たスタッフと一緒にホテルの屋上へと向かう。コナンが屋上に出るところから撮影は始まるのだ。

「本番、いきまーす」
 開始を告げる声が上がり、コナンは目を閉じて意識を切り換えた。



 コナンはゆっくりと屋上のドアを押し開ける。強いビル風に煽られながらもフェンスも何もない端へと歩み寄った。そこからサーチライトに囲まれた博物館が見え、その上空を旋回するヘリも見える。

 花火をセットしてかかってきた携帯で話していた時だ。コナンはふと空気が変わったことを感じ取った。この場に快斗がハンググライダーで降り立つことは判っている。だからと言って別に気を抜いていた訳ではないけれど、急激に緊張を強いられる雰囲気を感じたのだ。それも演技ではなく素の状態で。

(………何だ!?)
 そのタイミングは完璧だった。台本通りに彼はこの屋上にやって来た。来たのは、屋上に降り立つのは快斗だと頭では理解しているのに、本能がそれを否定する。

 風鳴りの中、唐突に布がはためく音が響く。振り向けば優雅に屋上の階段室の上へ降り立つ姿が目に入った。どこにどう隠したのかハンググライダーは影も形もない。

 シルクハットの下、ニヤリと笑う口許が覗く。

 その時コナンは演技も忘れただ魅入っていた。月をバックに佇む姿は幻想的で、そして纏う雰囲気はコナンの知っている『快斗』のものではない。

 彼は身軽に階段室から飛び降りてコナンへと近付いてくる。それをコナンも不敵な笑みを浮かべて迎え撃つ。この上ないくらいにドキドキした。こんなことはドラマに関わるようになって初めてだ。

「よぉ、ボウズ………。何やってんだ、こんな所で………」

 その言葉を合図にコナンはしゃがみ込んで花火に火を点けた。打ち上がるロケット花火を目で追いながら見上げ、弾けると殊更無邪気に笑って応える。
「花火だよ!」



「へぇ………」
 モニターでチェックしながら新一は微かな感嘆の声を漏らした。

 夜の静寂を崩すことなく現れた快斗は、モニター越しでも感じ取れる程その身に纏う雰囲気を変えていた。まさに『キッド』そのものである。キッドを知らない新一だが、それでも確信する。コレがキッドという存在なのだろう、と。キッドを生み出したのが脚本家なら、キッドを育てたのは快斗自身。いや、快斗がキッド本人なのだ。

階段室の上からキッドが飛び降りコナンへと歩み寄る。その様子を見ていた新一は目を細めた。
「………これ、音声拾ってるんですよね」
「あぁ、勿論だよ」
 傍にいたスタッフが応える。新一はそれを聞いて唇の端を持ち上げた。

 靴音が一切しない。プロの音声にも拾わせない程完全に消し去っている。

(一体、どんな特技だよ。完璧な他人のコピー、声の変換、隙のない動作に足音の消去。いくらマジックの一環だからって、これなら本当にどっかの組織から勧誘が引く手数多だろうよ)
 実に興味深い。新一は顎に手を添えて楽しそうに微笑む。

「………本当にこんな怪盗がいたら面白いだろうなぁ………。マジで遊んでみたい」

 もしもこの場に快斗がいて新一のこの言葉を聞いていたなら、「今すぐ予告状出して来る!!」とそれはもう大喜びで現実に怪盗を誕生させていただろう。この時快斗がモニターの向こうでコナンと対峙していたことを警察は天に感謝しなければならない。

「………ちょっと、蘭! 新一君、笑ってるわよ!!」
「………新一があんなに楽しそうに笑うの、コナン君絡みじゃなきゃ初めてかも………」
「コレって、ひょっとしたらひょっとするかも〜ッ!!」
 少し離れた位置では新一のその様子を見ながら蘭は唸り園子は頬を染めて狂喜している。青子は相変わらず携帯で新一の写真を撮りまくりだ。

「面白い奴と知り合えたな。………これからが楽しみかも。退屈しないですみそうだ」
 自覚のない新一が見た者すべてが堕ちそうな艶然とした笑みを浮かべながら言った言葉を、幸か不幸か快斗は知らない。



「あ、ホラ、ヘリコプター? こっちに気付いたみたいだよ!」
 コナンが指差す方向へ快斗は視線を向ける。が。

(………〜ッ、コナンくーん! 今の絶対語尾にハート付いてる! そんな可愛い姿振り撒いてたら変態さんに攫われるよ!?)
 内心でそんなことを叫んでいる快斗自身が変態である。しかしそんな様子を微塵も出さずに演技を続けるところ、一応怪盗紳士の名を背負っているだけのことはある。

「ボウズ………、ただのガキじゃねーな………」
 確信を持って問いかければ相応しく答えが返る。
「江戸川コナン………。探偵さ………」
 鋭く、自信に溢れ、そしてどこか得意気な響きの言葉。向けられた蒼い瞳は昂る感情を孕んで煌めいている。

 ふと気付いた。
(……………? 何かコナン君、楽しそうだな………)
 そして快斗は内心でそっと笑った。
 これは嬉しい傾向かもしれない。快斗は撮影とはいえコナンとの対峙にワクワクして堪らないのだ。しかし自分だけがそんな状態だなんてどこか悔しいし寂しいことでもある。
 もしもコナンも役とはいえどこの状況を楽しいと感じていてくれたなら。

 快斗はコナンを通して新一を見る。つい先程現場に来たばかりの彼は快斗とコナンのやり取りを見るのはこれが初めてだ。この場を取り巻くこの緊張感溢れる雰囲気をどう見ているのだろう。
 そしていつか、この雰囲気を新一自身と共有することができるのだろうか。

 少し考える素振りをして、快斗は徐に胸元から無線機を取り出した。その口許には悪戯を思い付いた子供のような笑み。その予想外の行動に呆気に取られるコナンを尻目に咳払いを一つした。

「あーーーこちら茶木だが! 杯戸シティホテル屋上に怪盗キッド発見!!」

 蘭のような女性の声は普通なら出すことはできない。快斗はとっくに変声期を追えた少年である。どんなに訓練を積んだところで、女性らしい声は出せても特定の女性と同じ声を出すというのは到底不可能だろう。
 更にそれは同じ男性の声でも言える。自分と似た高さや声音ならともかく、それがまったく違う音域となると容易いことではない。音域というのは何でもないようで実は非常に重要な要素なのだ。

 快斗の声の音域はテノールである。少年らしい特有の高さを持つ甘い響きを含んだ声音だ。その声を紡ぎ出す咽喉は、今まったく違う音域の低いダミ声を出している。その容姿にこれっぽっちも似合わない声音故、どうしても違和感を拭い去れない。

「えーーーワシだ! 中森だ!! 杯戸シティホテル内を警戒中の各員に告ぐ!」

 間を置かず再び違う声が快斗の口から発せられる。勿論機械も何も使っていないのは既に確認済みだ。瞬時にして声音を切り替えるその見事さにコナンは驚愕を隠せない。

 これがドラマだということを忘れそうだ。思わず素で凝視してしまう。
 快斗の、キッドの一挙一動から何も見落としたくないと向ける視線がきつくなるのを抑えきれない。

「これで満足か? 探偵君?」
 悪戯が成功したような笑みを浮かべる快斗の背後から三機のヘリが現れ、その身に着けているマントを上昇風で巻き上げる。ヘリのライトによる逆光の中モノクルだけが白く輝いて見えた。

 階段室のドアから屋上へ飛び出してきた中森警部達を丁寧な口調で軽くあしらう様はまさに怪盗紳士の名に相応しかった。他愛のない言葉遊びのようなやり取りをして、掌で踊ってくれた警察に予告状のタネ明かし。マントの下に忍ばせていた白い翼を出現させた。

 ここで快斗は覚悟を決める。余裕綽々の表情の下では情けない程困り果て、何とか覚悟を決めた今でも内心で吐く溜め息は途絶えない。

 こっそりコナンを見る。可愛い。その背後に新一の幻を見る。
 彼等に向かって言う言葉を脳内で反芻して少し遠い目をしてみた。ちょっとだけ現実逃避したい気分にもなった。常に意識して気を引き締めていなければ内面の表情がすぐにでも表に出てきそうだ。

 例え演技といえども惚れた相手に喧嘩売り。オトすための駆け引きでも何でもなく。
 俺は一体何をしているんだろう。快斗はどこか遠くでそう思った。

 しかし今現在ドラマ撮影の真っ只中。素人とはいえ一度引き受けたこと、更には快斗は既に意識はプロのマジシャンだ。完璧にやり遂げてこそ当たり前。NGなんてとんでもない。
 それにここで快斗がとちれば迷惑をかけるのはコナン(ディレクターだのスタッフだのその他の出演者はどうでもいいらしい)である。あんな台詞をまたコナンに対して言わなければならない。それだけは何としても避けなければ。

 一瞬のその時間に考えて考えて。快斗は一つの作戦に出ることにした。

 袖口から落とした閃光弾が辺りを眩い白に染める。その中で快斗は腕を上げて目を庇うコナンだけに向き合った。

「よぉ、ボウズ………。知ってるか?」
 さぁ、ここからが本番だ。快斗はその人外の頭脳を発揮させる。思い込むことはただ一つ。

(白馬だ白馬! 今俺の目の前にいるのは可愛いコナン君じゃない!! あの嫌味で気障であーだこーだって難癖つけてまわるのが趣味のちょっと頭がイイだけのムカツク白馬だぁッ!!)

 IQ400、考え抜いた作戦がコレである。

 しかし効果はあったようだ。ぼんやりとコナンの姿が霞み、代わりに白馬の姿が見えるようになってきた。恐るべし思い込み、恐るべし快斗の頭脳、である。人外は伊達じゃない。

 白馬が相手ならば快斗は無敵。遠慮も躊躇もそこには存在しないのだ。

「怪盗は鮮やかに獲物を盗み出す創造的な芸術家だが………」
 挑発的な口調、挑むような眼差しをそこにいる『探偵』に向ける。
「探偵はその跡を見て難癖つける………、ただの批評家に過ぎねーんだぜ?」

 言った。言い切った。それはもう見事な程に。快斗は今、これ以上にない程の爽快感に包まれている。
 いつもいつも突っ掛かってくる白馬だ。毎度のように叩きのめしてもへこたれない(ある意味警察向きな性格である)白馬に、そろそろ鬱憤も溜まりに溜まっていたところである。

 今自分の目に映っている白馬は悔しげに表情を歪ませている。それを見て快斗はすっかりさっぱり胸の内が軽くなった。あとはどう反論してくるかと少しワクワクしてみる。そこにカウンターをかましてこそ止めとなるのだ。が。

「なにっ!?」
 聞こえた声に我に返った。そして一気に顔面蒼白である。

 聞こえた声は勿論白馬のものではない。アレは幻だ。自分が生み出した幻影である。
 そこにいるのは最初からコナンな訳で。

 快斗は、集中すると時折何もかも忘れてのめり込む性質だった。

 マジックの煙幕を残してその場から姿を消すと、快斗は階段室の内側に隠れて頭を抱え込んだ。
 やってしまった。やってしまった。そりゃあ失敗はできないと意気込んでの結果だけれども。だってコナンの顔を見ながらあんな台詞、絶対に言える訳がなかったのだ。それが判っていたからこその認識変換だったのだが。

 ディレクターの「OK」の声が聞こえて快斗は思考の淵から戻ってきた。その瞬間に思ったことは単純明快だった。
 コナンに謝る。ただそれだけ。

「コナ………」
「いやぁ、快斗君! お疲れさんだったね!」

 階段室から飛び出そうとした快斗を捕まえたのは中森警部である。言わずと知れた青子の父親で、そして快斗の隣家の大黒柱であり警視庁捜査二課に勤める現役警察だ。
 何と吃驚、警視庁にはドラマ用に特別派遣部隊が設置されているのである(んなアホな)。勿論現役警察の彼等は事件があればそちらへも向かう二足草鞋の勤務なのだ。中森警部は『Kid the Phantom thief』の派遣員だったため現在は外れていたのだが、今回のために急遽臨時で復活である。

 現場では厳しいが身内にはとても甘い中森警部が親しい付き合いの隣の少年を見逃す筈もない。労いの言葉や近況のことを話しかけてこられ、快斗は思い切り出端を挫かれた。

 その隙にコナンはさっさとその場を通り過ぎ階下へと下りて行く。
 今まで「お疲れ様」と可愛らしく快斗へ向かって駆け寄ってきていたのに、そんな素振りを微塵も見せずに。

(………お、怒ってる………ッ!?)

 結局快斗は声をかけることもできずに、その背中を見送る羽目となった。






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ミコトさまのコメント▼

……だ、第四話目、です……。
すみません! 終わりませんでした!!; な、長くなってしまって……;
つ、次こそ最後です。完結です。今度こそ本当です;
それにしても……、これは快新になっているのでしょうか?
書いてる自分が一番疑問に思ったり(オイ)。
すみませんクロキさん。本当に本当にもう……;
ミコト

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▼管理人のコメント

ミコトさんより第四話を頂きましたvv
……めちゃくちゃ格好いい〜!!萌えvvv
あの名シーンの撮影現場を書いてもらえるとは!やったーv
快斗の心の叫びも、コナンの躍動感も、新一の不適な笑みも、全部が全部ツボでした(*´∀`*)
そして何より凄いのが……快斗の自己暗示。
キッドが閃光団を使ったことにはそんな理由があったのですね!(←笑)
今回は同時に二話戴いてしまったので、引き続き第五話へvv
ミコトさん、どうも有り難う御座いました!