初めて彼を見た時に、既に囚われていたんだ。 陽射しの中で柔らかい雰囲気を纏っていたその姿に、視線を奪われて。 浮かべるその微笑みを自分に向けて欲しいと強く願った。 自分に。自分だけに。他のヤツなんか見ないで。俺だけを見て欲しい。 そして。 できるなら、その隣を俺の居場所にさせて欲しい。 初めて、自分から望んだこと。 あの時から彼のことが忘れられない。 あの瞬間、俺は彼に恋をしたんだ。 |
キミに囚われのボク |
彼を初めて見たのは高校の文化祭。幼馴染に連れて行かれたそこに彼はいた。 彼は壇上で華々しくマジックを披露していた。 翻す優雅な手から次々と生み出される数々の魔法。弾ける炎。踊るトランプ。羽ばたく鳩。それらを静かに支配する魔術師は、しかしこの上なく楽し気にその瞳を煌めかせて。 まさに彼は支配者だった。その空間は、その世界は彼一人のものだった。観衆すべてを魅了して抗えない引力で惹き込む。 目を、離せない。 その中の一人となって。 俺は彼を見つめていた。 目を奪われ、感覚を奪われ、意識を奪われ。まるで自分というすべてが奪われるような錯覚。 彼に、囚われた瞬間だ。 大学構内にあるその広場は、緑が多く噴水もあってちょっとした公園のようだった。学生の憩いの場となるように設計されたのだろう。あちこちに休めるようクラシックなベンチが置いてあり、多くの学生が設計者の思惑通り使用している。 工藤新一もその一人だ。 毎日決まった時間、新一はこの広場の特定のベンチで本を読んでいる。丁度木陰になるそのベンチからは右斜め前方に噴水が見えた。そこには数人の学生が集まっている。 その中に、彼の姿もある。 黒羽快斗。あの日、新一が囚われた魔術師。 偶然にも同じ大学であったことを知ったのは入学式でだ。首席代表として彼は壇上にいた。つくづく彼を見るのは壇上での姿らしいと、頭の片隅でぼんやりと思ってみたりして。 さすがに学部までは同じではなかったけれど。 それでも新一が快斗の姿を見かける機会は多かった。すぐ近くにその存在を感じる機会も多かった。何気なく擦れ違ったり、選択した講義で近くの席に座っていたり。その度に新一は胸を高鳴らせてそれを必死に押し隠して。 そして彼は昼休みになると決まってあの噴水にやって来る。友人だろうか、いつも数人の学生に囲まれて談笑している。その様子を新一はこのベンチからこっそりと見ているのだ。 (まるでストーカーみてぇ) 持っている本の内容だって殆ど頭に入っていない。自分の行動に苦笑した。それでも快斗の姿を少しでも見たいと思うのだ。 自分がこんなに特定の誰かに拘る日が来るなんて微塵も思いもしなかった。それ故この感情に振り回されがちで毎日戸惑ってばかりいる。しかしそれすらどこか楽しいと感じてしまうのだからどうしようもない。 新一は持っている本で口許を隠して溜め息を吐いた。 「何を愁いて黄昏ているのかしら?」 突然背後からかけられた声にビクリと肩を揺らす。声をかけてきた人物のことは良く知っているから問題ないが、声のかけ方に問題ありだ。気配を消すのはやめて欲しい。 「………志保」 幼馴染の宮野志保を新一は軽く睨み付けるが、彼女はそれを軽く受け流して新一の隣へと腰を下ろす。 「気配に気付かないなんて、工藤君にしては珍しいんじゃない?」 「あのな………、いくら何でも、気配消されてちゃそう簡単に判る訳ねーだろが」 「あら。私の気配の消し方ぐらい、普段の貴方なら難なく気付くのではなくて?」 クスリと笑いながら言われれば返す言葉もない。確かに志保の言う通りである。この時間、この場所でさえなければどんなに彼女が気配を殺していようとも自分は気付いた筈なのだ。その辺りまで悟られている様子に、新一は自分の幼馴染達は決して侮れないと思い知らされる。 最早何を言う気も起こらず新一は手渡されたバスケットを開けた。志保がここに来るのは新一にお昼のお弁当を渡すためである。その一連の行為に新一の意思はあまり反映されていない。 「………ったく、ガキじゃねーんだから昼飯いちいち用意してくれなくていいっつってんのに」 「そーいう台詞は普通の食生活を普通に送っている人が言う言葉であって、貴方は言えた義理じゃないのよ」 「…………………」 そう切り返されると判っていながらそれでも言わずにはおれず、そしてやはり返された言葉に押し黙るしかない。 限定された相手の前ではかなり子供っぽくなる新一に志保は微笑みを浮かべた。 こんな時志保は決して容赦をしない。もう一人の新一の幼馴染である毛利蘭から大学内での新一の生活を託されているのである。新一の生活関与は言わば志保の使命なのだ。それ以前に、もとより誰にもこの立場を譲る気はないのだが。 ひょっとしたら譲ることになりそうな人物を視界の端に捕らえて、志保はポットから紅茶をカップに注ぎながら切り出した。 「で。意中の彼とはいい加減会話くらいしたのかしら」 途端激しく噎せる新一に紅茶を差し出す。それを飲み干し何とか息を整えると新一は志保に向き直った。 「志保っ!! おまっ、いきなり、何………っ」 「私が判らないとでも思って? 貴方の日々の行動や視線の方向から、あの中にいるんでしょう」 少しだけ志保が噴水の方へ視線を向けるのを見て、新一は頭を抱えた。蘭以上に志保は決して勝てない相手である。判ってはいたが頭痛がした。 真っ赤に頬を染め微かに唇を尖らせて上目遣いで睨んでくるその様は、普段綺麗という形容詞を使われている姿からかけ離れていてとても可愛いものだ。志保は湧き起こる微笑を隠そうともせず新一の頬をつついた。 「工藤君、そんな可愛い顔を気安くしては駄目よ」 「可愛いって何だよ! 男にそんな言葉使うな!」 「だから貴方は無自覚だというのよ」 志保はウーウーと唸る新一に余裕の笑みを見せ、しかし次の瞬間にはそれを引っ込めると呆れたような溜め息を吐いた。 「それにしてもまだ話しかけてすらいないなんて、随分なオクテね」 「悪かったなっ! 別にいーじゃねぇか、俺の勝手だろーが!!」 「工藤君のことじゃないわよ」 「はぁ? じゃ、お前誰のこと言ってんだ?」 「意外と臆病な挑戦者よ」 そう言って志保はチラリと視線をどこかへと流した。その瞳が微かに剣呑な光を帯びて細められるが、別の方向に向けられているため新一はそれに気付かない。志保の言葉にひたすた疑問符を飛び交わせている。 「まったく、今にも私を刺し殺しそうな視線を寄越すクセに」 「……………? 何か言ったか?」 「いえ、何でもないわ」 志保は食べ終わった新一と自分のバスケットを片付けると、時間を確かめながら本日の最大の目的である用件を告げた。 「明日、私は実験で大学に来れないから朝家に寄ってね。お弁当用意しておくから」 「………別に、コンビニで買うか学食行くからいい」 「嘘仰い。講義後ここに直行して、飲まず食わずで時間いっぱい彼を観察するクセに」 断言である。決め付けられた自分の行動予想に、しかしその通りかもしれない内容だったため、新一は再び押し黙る結果となった。 具体的に名前は出してこないが、恐らく志保には自分の想い人が誰か判っているのだろう。下手に逆らって知り合ってもいない彼にまで被害が及んでは堪らない。新一の生活を保つためならば志保は何でもやり兼ねないのだ。長年の付き合いでそれは嫌という程判っている。 「工藤君、午後の予定は?」 「あぁ………休講挟んで一講義。あ、教授に提出のレポートあったんだった」 そう言ってふと顔を上げた瞬間、新一は快斗と目が合った。気のせいではなく完全に視線は交わっている。 途端に高鳴った胸に新一は慌てて、しかし自然な動作で快斗から視線を外す。流した先に見えた教授の存在に助かったと思いながら立ち上がった。 「わり、志保。教授いたから俺行くわ。昼飯サンキュな」 「えぇ、私ももう行くわ。じゃあ夜に」 「あぁ」 新一はそのまま駆け出した。志保の顔すら見れそうにない。快斗のいる方向なんて更に無理だった。ただ目が合っただけだというのに顔に熱が集まってくるのが判る。今自分がどんな顔をしているかなんて知りたくもない。 真っ赤になって、情けない表情を晒しているに違いないのだ。 建物の中へ消えた教授を追って入って行く新一の後姿を見送り、志保は軽く溜め息を吐くと手荷物を持って立ち上がる。その際、新一を見送った方とは逆方向に視線を巡らせて。 そして小さく不敵な笑みを零した。 「………そろそろ動くかしらね。どう出てくるのか楽しみだわ」 誰に告げるでもなく、そのまま志保は踵を返した。 翌日、午前中最後の講義が休講になり図書館で時間を潰した後、新一は早めに指定席のベンチへ来て過ごしていた。 手元の本に落としていた視線を上げ噴水へと向ける。そこに快斗の姿はない。いつもは新一より先に快斗はここへ来ているのだが、さすがに今日はまだのようだ。 新一は今の内に昼食を摂ってしまおうと志保から渡されたバスケットを取り出した。中身は野菜を中心としたサンドイッチである。最近はどうもカロリーが押さえ気味のメニューばかりだ。 (ダイエットでもしてんのかな、アイツ。必要ねぇのに) そんなことを思いながら口に入れた時だった。 「今日は一人?」 突然背後からかけられた声にビクリと肩を揺らす。いつもならば相手は志保だから問題はない。しかし今日彼女は休みである。気配もなく、更に聴き慣れない声。問題はありまくりだ。 「だ………っ、ング………ッ」 タイミングが悪かった。丁度サンドイッチを食べた直後だったため、新一は喉に詰まらせてしまった。その様子に慌てたのは声をかけた人物である。 「悪い! 大丈夫か!?」 そう言って背中を摩りながらミネラルウォーターのペットボトルを差し出す。それを受け取って何とかサンドイッチを流し込んだ新一は、今度は原因となった人物を見て固まってしまった。 間近で自分を覗き込んでいるのは、紛れもなく黒羽快斗だった。 「あー吃驚した。ホンットごめんな。まさかあんなタイミングだとは思わなくてさー」 そう言って苦笑する快斗の顔がすぐ傍にある。あまりにも突然で新一の脳は対処しきれず、ただ快斗の顔に見入っていた。 「……………? どうかした? あ、もしかして具合悪くなった!?」 途端に心配そうな表情になった快斗にようやく新一の脳は活動を再開する。 「………あ、いや、大丈夫。ちょっと驚いただけで。………これサンキュな」 新一はペットボトルを返そうとして止まった。既に自分が口を付けてしまったものである。このまま返す訳にはいかない。 「あの、新しいの………」 「いいよ。ソレやるよ。今のお詫び」 にっこりと笑いかけられて新一は思わず俯く。頬が少し熱い。顔が赤くなっていないかそれだけが気になる。 「今日は彼女と一緒じゃねぇの?」 「え?」 「ホラ、いつも彼女と一緒に飯食ってんじゃん」 「……………あぁ」 一瞬何を言われているのか判らなかったがようやく理解した。 「志保は彼女じゃねぇよ。幼馴染だ」 「あ、そなの? 噂になってたからてっきり………」 「噂? 俺とアイツが?」 「有名だぜ? 美形カップルって。だから告白とかしてくる奴いなかったろ」 言われてみれば確かに。思い返して新一は納得したように頷く。 「あぁ………そう言やそうだな。中身はアレだが確かにアイツ美人だし、モテてもおかしくねぇよな。何だ、そんな噂あったのか」 顎に手を添えてナルホドなんて呟いていると、快斗が脱力したように肩を落とした。 「………や、彼女のことじゃなくて。彼女も美人だけど………」 「は?」 「……………ま、いっか。ね、隣いい?」 問われて新一は条件反射のように身体を少しずらす。快斗はサンキュと言いながら、肘と肘が触れそうな距離を置いて腰を下ろした。 (………何かがおかしい) 新一はサンドイッチを片手にぼんやりと思う。つい昨日まで偶然目が合うことはあっても言葉一つ交わしたことさえなかった自分の想い人が、今日は声をかけてきて同じベンチに座り自分の隣で弁当を広げている。しかもまるで従来の知り合いであったかのような気安さだ。静かにそんなことを考えている辺り、表面にこそ出してはいないが新一の頭は結構混乱しているのかもしれない。 「ん? どした? 食わねーの?」 「………お前も弁当組なんだ」 混乱する頭はまったく関係ない話題を押し出した。 「あぁ、うん。コンビニとか学食ってメンドイじゃん」 そう言う快斗の手元を覗き込むと、それは明らかに手作りである。ふと新一の心に影が落ちた。思い込むにはまだ早い。母親が作ったものかもしれない。けれど。 もし、彼女が快斗に作ったものだったら。 「………何?」 「………彼女の手作り?」 「へ?」 目を瞬かせて快斗は自分の手元に視線を落とす。続いて笑いながら言った。 「そんなんじゃねぇよ、俺彼女いないし。これは自作弁当」 寂しーよな、と明るく言う快斗に、新一はこっそりと胸を撫で下ろした。彼女がいないという言葉に嬉しく思う自分に嫌悪を感じながら。 「そーゆーソッチは幼馴染の手作り?」 「あぁ。別にいいって言ってんのに、人のこと食生活破綻者とか言ってさ。まぁ、作ってくれること自体は確かにありがたいけど」 「食生活破綻者って………、そりゃまたあんまりな言われ方だな」 「だろ? たかが二・三日食べないくらいで」 その発言に快斗は思わず顔を引き攣らせて新一を見つめる。 「……………二・三回じゃなくて、二・三日?」 「………何だよ」 「………そりゃ充分食生活破綻者だよ。言われても仕方ねぇな」 「わ、悪かったな!」 頬を染めて上目遣いに睨んでくる様はとても可愛らしく、快斗は苦笑しながら新一のその頬をつついた。 「そんな可愛い顔、あんまりしちゃ駄目だぜ?」 「か、可愛いって………! 俺は男だぞ!」 「更に自覚なしだな。深刻問題だ」 そんなことを言いながらしかし顔は嬉しそうに笑っている快斗に、新一は訳の判らない溜め息を吐いた。今のやり取りに強い既視感を感じたのだ。まったく同じようなことが昨日もあったような気がする。いや、彼の登場の仕方から既視感は続いていた。 「はぁ………、志保といいお前といい、何でこんなそっくりな言動を………」 「彼女にも同じこと言われたんだ?」 そう言って楽し気に笑う快斗の顔が自分のすぐ近くにある不思議を感じ、その横顔を新一は戸惑いながら見つめた。疑問に思うことはたくさんあるのにそれが形にならない。まだ新一の頭の中は混乱状態から抜けきっていないのだろう。 そんなことをぼんやりと思ったその時である。 「あ! 大事なこと思い出した!」 「え、な、何だよ?」 快斗は新一に向き直る。 「俺、黒羽快斗。工学部一年。宜しくな」 笑顔でそんなことを言われて新一は思わず呆けてしまった。唐突に自己紹介である。まさか急にそんなことを言われるとは予想もしなかったのだ。唖然としていたが、快斗の何かを期待するような瞳に気付いて、未だに日頃のペースが取り戻せない頭で言葉を紡ぐ。 「………俺は工藤新一。心理学部一年。あの………宜しく」 「うん、宜しく。な、新一って呼んでいい? 俺は快斗でいいからさ」 「あ、あぁ………」 新一の言葉に快斗は嬉し気に微笑むと再び弁当を食べ出した。つられて新一も食べ出すが、はっきり言って味はさっぱり判らなかった。 その後快斗の巧みな話術で会話を続け、明日も一緒に昼食を食べる約束もいつの間にか交わしていた。好きな相手とまた一緒に過ごせることは嬉しかったが、しかし何かが違う。そもそも今日は何故彼と一緒に昼食を食べるということになったのか。本当に昨日までは接点すら何もなかったのだ。 (………何かがおかしい) 新一は一人首を傾げていた。 TOP * NEXT |
----------------------------------------------------------- ミコトさまのコメント▼ ……すみません、性懲りもなくまた続き物です。 こ、今回は二話で終わる予定ですから! コレは本当です!!; 冒頭はシリアスぽく始まっているのに、申し訳ありません。これギャグ調です。 ……所詮、私が書く代物なので……。 「軽いパラレル」というリクでしたので、どの辺がパラレルかと言いますと、まず大学生。 新一は探偵じゃない。快斗も怪盗じゃない(笑)。新一と志保が幼馴染。この辺です。 ……通常どの辺りまでが軽いんでしょう? と、とりあえず。次で終わりです。てか終わらせます。なのでもう少しだけお付き合い下さいませ; 続きもすぐお届けしますから; あーもう。ホントもう。 毎度毎度、こんなもので本当にごめんなさいです、クロキさん(泣) ミコト |
----------------------------------------------------------- ▼管理人のコメント ミコトさん、どうも有り難う御座います〜vvv 思わず、やはり頂いて良かった…!とガッポーズしてしまいましたよvv ミコトさんの書かれる小説はどうしてこんなに魅力的なんでしょう? 読んでると、次は次はとすごく気になる展開にクラクラです。 志保ちゃんの良い味出過ぎてるキャラももちろんですが、やっぱり新一が良い…vv キミに囚われたボクは新一さんなんでしょうか?v 次も楽しみにしまくってます(笑) 素敵なお話をどうも有り難う御座いましたvv(*´∀`*) |