キミに囚われのボク





















 見ているだけで満足していた。ただ彼が視界に入るだけで、それだけで自分は本当に良かったのだ。
 その筈、だったのだが。

「よ、新一! 何、今日も早いじゃん」
 現在新一が抱える悩みの原因の登場である。自分の隣に腰かける快斗を見ながら、どこか遠くで何故こんなことになったのだろうかと考えた。勿論答えは何も出ない。

「あれ? 新一、弁当は?」
「あぁ、今日は志保が持って………」

 そこまで言って新一はハッと気付く。今日快斗もここで昼食を食べることを志保に話すのをすっかり忘れていたのだ。別に疚しいことは何もないのだが何故か気持ちが落ち着かない。

「あら。珍しい人がいるわね、黒羽君?」

 その直後である。やはり気配なくかけられた声に新一はビクリと肩を揺らした。更にも妙な後ろめたさを感じている時だったため身体が大きく跳ねる。一方快斗は別段驚いた様子もなく、悠然と背後の志保に振り向いた。
「昨日新一と一緒に食べようって約束したんで。お邪魔してます」
「あら、そうなの」

 意味あり気な視線を快斗に投げかけながら志保は新一の隣に腰を下ろした。志保と快斗に挟まれて新一は何か訳の判らないプレッシャーを両脇から感じ、落ち着かない様子で視線を周囲に泳がせる。

「し、志保。快斗のこと知ってんのか?」
「………えぇ、彼有名じゃない。大学設立以来の高得点首席者。で、目立ちたがり屋のお祭り男。彼を知らない人なんていないでしょう」
 軽く含まれた志保の毒舌に新一は内心慌てた。しかし快斗は気にするでもなくにこにこと受け流している。

「いやあ、知っていて貰えたなんて光栄だね。そちらのこともよく耳にするよ。女子内では大学一の美人で高嶺の花。何かいかにも怪し気な実験室も与えられてるって噂の薬学部二年の宮野志保ちゃん」
 こちらも歯に衣着せぬ快斗の物言いに新一は思わず驚く。しかし志保は当然のことのように軽く聞き流した。

「それにしても、工藤君。もうお互い名前で呼び合う仲なのね」
「えっ、あっ、そ………」
「そうなんだ。俺達、すっごく気が合っちゃってさ。なぁ、新一」
「あ、あう………」

 いきなり志保に話を振られ思わずどもった新一の横から快斗が応え、更に彼から向けられた言葉に新一の意識はついていけない。

「フフ、つい昨日までは遠くから羨ましそうに指を銜えて眺めているしかなかった、以外にオクテな臆病者だったのに結構な強気ね」
「まぁ、猛犬注意の看板は侮れないからね。番犬が狼なら用心もするさ」
「コソ泥のようにこそこそと隙をついて忍び寄るしか手段がなかったという訳ね。百戦錬磨の魔術師が聞いて呆れるわ」
「つきっきりの番ってのも疲れるだろ? いつまでも独り身って寂しいし。あとは俺が喜んですべて引き受けるから後腐れなく引退してくれて構わねぇよ」
「中々言うわね、ひよっこ風情が」
「子離れの時期は疾うに過ぎてるぜ」

 両者にこやかな微笑みを湛えたままの会話、いや、牽制である。

 あぁ、ブリザードが見える………。新一はどこか遠くでそう思った。両隣から受けるプレッシャーは益々強まり、今や目の前で不可視の火花が激しく飛び散っている。荒れ狂う猛吹雪の幻覚が背後に感じられて恐ろしい。

 何故自分はここにいるのだろう。新一は生まれて初めてな程真剣に悩んだ。

 現在、大学内における三大美人と称されている三人が同じベンチに座っていることで人々の関心は集中の一途である。しかし真ん中に座る大学一の美貌の持ち主を除いた二名が醸し出す、互いに向けた最凶のプレッシャーは新一に与える以上に周囲に被害をもたらしていた。ベンチから半径10メートルは誰も近付くことができない。

 しかしそのこれ以上ない程険悪な時間は唐突に終わりを迎えた。原因の二人が急にその雰囲気を打ち消したのである。

「………いいわ。とりあえず合格ね」
「さすがだな。噂以上だ」
「…………………は?」

 新一は首を傾げた。何が合格なのか、何が噂以上なのか。それよりさっきまでのプレッシャーはどこへ行ってしまったのだろう。

 そんな新一に構わず二人は話を続ける。
「あら。貴方のお弁当、美味しそうじゃない。手作り?」
「そうだよ。コンビニも学食も口に合わなくてさ。まぁ、コレも趣味の一環かな」
「…………………おい」
「何かしら? 工藤君」
「何? 新一」

 まるで何事もなかったかのように和やかな雰囲気で気の抜けるような会話をする二人に、振り回されている感の否めない新一は声が低くなるのを抑えられない。しかしそれを不思議そうに見つめてくる快斗と志保に、思わず頭痛を覚えながら新一は『コイツラ絶対似た者同士だ!』と胸の内で叫んだ。

 負けるもんか。新一は思った。一体何に対してそんな意志を持たなければならないのか、またその必要があるのか、浮かぶ疑問は大気圏を突っ切って遥か月にまで届きそうな勢いだが、新一はそう思わざるを得なかった。

 まずは冷静になろう。深く深呼吸する。
 最初の会話から見て快斗と志保はこれが初対面だ。そこでいきなりあの牽制合戦である。一体何に対して牽制し合っていたのか不明だが(新一は自分のことに対して非常に疎い。それが彼の幼馴染達の一番の悩みの種である)、それはこれ以上にない程敵意を持っている相手か、またはこれ以上にない程気の置ける相手でなければあんなやり取りはできないだろう。それが急になりを潜め互いに認め合ったかと思えば、それまでの雰囲気が嘘のような和やかさでまるで主婦の世間話のような会話を始めた。敵意を抱く者同士があんな会話を交わすだろうか。いや、交わす訳がない。

 結論。二人は初対面でこれ以上にない程気が合ったのだ。

 以上のことを約三秒で考えた新一は己が出した結論に少し、いや大分凹んだ。小さく溜め息を吐きつつチラリと二人を見やる。

「………お前等、仲良いんだな」
 ぼそりと呟く。途端に、
「何言っているの、工藤君」
「何言ってんだよ、新一」
 ハモリで二人に否定を食らう。

「や、だって」
 傍から見ていて、誰だってそう思うに決まっているではないかと新一は思った。自分の分析はきちんと理論が成り立っている。現に今こんなにも仲良さ気に話しているではないか。

 間にいる自分のことなど、完全に無視して。

 そう思って新一は自分が嫌になった。まるで構って貰えなくて拗ねている子供のようだ。情けないと思うと同時に寂しくなる。

 ひょっとしたら快斗は最初から志保が目当てで自分に近付いたのではないだろうか。そうでなければ人付き合いの悪い自分なんかに声をかけてくる訳がない(とにかく新一は自分のことに対して信じられない程疎い。それが彼に想いを寄せる者達の一番の嘆きの種である)。そして気が合った様子から志保も満更ではないのかもしれない。

 そんなことを新一が考えていると知ったなら、快斗と志保が天地がひっくり返ってもあり得ないと怒涛の勢いで否定したことだろう。しかしその考えを新一が口にすることはなく、自己完結に一人沈みかけていた。

 それを覆すように。
「私と彼は仲良しなんかではないわ」
「そうだよ。どっちかってーとライバルだな」
「…………………は?」
 何が? 何の?
「大切なもの、欲しいものが一緒なのよ。あとその望むポジションも近いわね」
「んー、とにかく独占したいって感じ。誰にも譲れねぇってのは同じだな」

 さっぱり判らない。新一は眉間に皺を寄せて疑問符を飛ばす。
「………じゃあ、今の和やかな雰囲気は一体何だ?」
「実力を推し量っての一時休戦ってトコロかしら」
「健闘の称え合いかな。全面衝突か協定結ぶか探り合いとも言えるけど」
「…………………何の戦争やってんだよ…………………」

 新一は思い切り脱力する。違う次元でグルグル考えていた自分が馬鹿らしい。そしてこの二人のやり取りにまともに取り合わない方が賢明だと悟った。気付けば二人の間で主婦的会話が再開している。

 新一はのろのろとバスケットを開けた。やはり今日も低カロリーの内容である。それを口に運びながら新一はこっそりと快斗を盗み見る。

 自分の想い人。明るくて周りにいつも人が絶えない人気者である。志保が言った通り大学始まって以来の高得点首席の天才児。そして将来を期待されているマジシャンでもある。それが新一が知っている黒羽快斗という人物だ。

 実際接してみて、確かに明るい。人見知りの激しい自分に何も気まずいものを感じさせない態度や雰囲気。始終絶えない笑顔。頭が良いのも判る。退屈しない会話の内容は高度なもので、更に打てば響くように言葉が返される。その知識の幅広さにも感心した。マジシャンとしての実力は既に高校の文化祭で確認している。

 彼は紛れもなく天才だろう。しかし、と新一は思う。

(紙一重だ)

 何かが違うのだ。どこか普通から逸脱している。それも天才の宿命なのだろうか。
 そして今度は志保の方を盗み見た。

 自分の大切な幼馴染の一人。もう一人の幼馴染はどちらかというと母親のようで、一つ年上の志保は姉のような存在だ。厳しくも常に自分を優しく見守ってくれている。また薬学の天才で、特別に個人の研究室も大学側から与えられている。無意識に甘えていると自覚せざるを得ない相手で、誰よりも頼りにしている相手でもある。それが新一にとっての志保だった。

 実際に現在の自分の生活は彼女によって成り立っている。昼食だけでなく夜も隣に住んでいる志保の世話になっているのだ。研究熱心で自宅にも研究室を構え、内容は不明だが何かしら実験をしている。少々マッドの気もあるが彼女の開発した薬は自分にとって大変助かるものばかりなのだ。何より素の自分を曝け出せる数少ない相手である。

 常に冷静沈着な大人の女性、それが志保だった。しかし、と新一は思う。

(志保も紙一重だ)

 今回認識を改めた。マッドであることは知っていたが軽く境界線を越えてしまうことに初めて気付いたのだ。更にも彼女は新一バカである。

 二人に対する認識は改めたが抱く感情に何も変化が起きなかったことは、果たして良かったのか悪かったのか。微妙だと新一は遠い目をして思った。







「………で、どうかしら? 工藤君」
「…………………へ?」

 唐突に話を振られた。今まで自分の思考に耽っていたので勿論何も聞いていなかった新一は、どこかぼんやりとした顔を志保に向ける。その途端に両サイドから溜め息を吐かれた。

「………工藤君。むやみやたらにそんな顔をしては駄目よ」
「そうだよ新一。殆どの人が免疫ないんだから」
「………免疫って、何だよソレ」
「あら、貴方は免疫があるとでも言うの?」
「まさか。新一相手に免疫なんてあってもなくても一緒だよ。要は精神力の問題さ」
「ちょっと待て。俺は病原体か!?」

 新一は憤慨する。当たり前だ、まるで身体に有害なもののように言われたのだから。いくら想い人の言葉でも聞き流せるものではない。

「違うって。綺麗な華には虫は寄ってくるものだろ? そういう意味だよ」
「………全然意味が違うと思うんだけど………」
 新一は頭を抱える。どうも意思疎通が上手くいかない。

「早い話がフェロモンの誘惑には勝てないということよ」
「そう。芳しい芳香と最上の蜜を持つ至高の華には、駆除されてどんだけ痛い目見ても虫は群がってくるってこと」
「………………………」

 新一は相手の言葉について考えることを放棄することにした。無駄だということを再び悟ったのである。言葉は判るが、言っている意味がさっぱり理解できない。というか、したくない。

「それより工藤君。貴方、話を聞いてなかったの?」
「あー………、悪ぃ。ちょっと考え事してた」
 志保の呆れを含んだ言葉に新一は気まずげに視線を泳がせた。しかしその考え事の原因も今自分を気疲れさせている原因も、この両隣の二人である。言ってしまえば諸悪の根源というやつだ(何か違う)。
 謝って損した。新一はそう思った。

「だから、明日からの貴方のお弁当。黒羽君に作って貰ったら、と言ったのよ」
「…………………はぁっ!?」

 新一は驚愕した。尋常レベルではなく、目をこれ以上にない程見開いている。ここまで新一が驚いたことなど生まれて初めてと言っても過言ではないくらいの驚きようだ。快斗は勿論、志保も物珍しそうに新一を見ている。
 寝耳に水どころではない。一体全体、何故にどうしてどうやったならそんなところに話が飛んで行ってしまったのか。そもそもこの二人は何の話をしていたというのか。

「お弁当の内容」
「は?」
「低カロリーでしょう。ここ最近」
「………あぁ」

 切り出された言葉には一瞬首を傾げたが、その言っている意味は判った。新一も疑問を抱いたことだ。

「博士が最近太り気味なの。このままだと健康にも障るからカロリーの調整をしているのよ。博士にもお弁当を用意しているし。でも貴方もカロリー制限させることになってしまって、実際どうしようかと思っていたのよ」
「で、俺だったらそんなことねぇだろ? 一応バランス考えて作ってるし、一人も二人も作る分量は変わらねぇし。逆に一人分しか作らねぇってのは実はマイナスなんだよな」
「だから工藤君のお昼は彼に任せようかと………」
「待て待て待て待て待て!」

 新一は喘ぐように制止を入れた。当の本人を放って進めていた話にしてはちょっとおかしすぎやしないか。そう思った。

「そこまでして貰う必要ねーよ! ちゃんと飯なら食うし、そんな、迷惑………」
「新一、全然迷惑じゃねぇよ」
「そ、それに志保だって同じ低カロリー内容だろ? 俺は別に………」
「私は構わないの。工藤君のカロリーバランスの方が重要問題だわ。ただでさえ貴方は足りてないんだから」
「で、でも………」
「「問答無用」」

 言い切られて言葉が続かない。

「いいじゃない、工藤君。お昼の食費を出せば、きちんとした依頼になるわ」
「俺は別にそんなの気にしな………」
「貸し借りは容易に作るものではなくてよ。だからそうすれば問題もないでしょう」
 途中快斗の言葉を遮り志保は嫣然と微笑んで新一を見る。志保の言葉に快斗は微妙に不満気だ。勿論志保は気にも留めない。

 新一は二人の顔を交互に見た。
 この申し出は、きっと断ろうとすればできるだろう。しかしそうすれば確実に志保は新一のためだけに違うメニューを一人分だけ新たに作り始めるに決まっている。彼女は新一がコンビニなどの出来合いの弁当などを摂ることをひどく否定しているのだ。これまでも志保には迷惑をかけ続けだったのに(志保本人はこれっぽっちも思っていない)、今まで以上にそんなことになるのは絶対に嫌だった。

 そして。もしも快斗に頼んだとしたら。
 快斗は自分に昼食を渡すために毎日ここへ来ることになる。あの噴水ではなくこのベンチへ。ひょっとしたら昨日今日のように一緒に食べれるかもしれない。

 結局快斗は自分の想い人であって、新一は快斗の傍にいることができるなら、まして会話を交わせるならそれだけで本当に嬉しいと思うのだ。この申し出は願ってもいないことなのかもしれない。

 しかし、快斗は構わないと言うがやはり迷惑ではないだろうか。まったくの他人のことなのだから。それに今まで忘れていたが、快斗はいつもあの噴水で友人達と過ごしていたではないか。自分のことで快斗の交友まで邪魔するなんて新一は許せることではない。

「………でも、快斗いつも友達と飯食ってるだろ? 俺のことは気にしなくても………」
「友達?」
 本気で首を傾げられて新一も思わず目を瞬かせる。
「ホラ、いつも噴水の所で………」
「………あぁ、アレね。別に友達って訳じゃねぇんだ。顔見知りだけど辛うじて名前を何とか覚えてるってくらい。だから毎日違う奴等ばっかだし」
「………え?」
 いつも快斗だけしか見ていなかったため、その他の顔はまったく覚えていない。

「ほ、本当に迷惑じゃ、ねぇ?」
「勿論。ちっとも全然構わねぇよ」
 満面の笑顔で言われ新一はおずおずと頷いた。
「じゃあ、あの………、宜しく」
「任せとけって!」

 妙に嬉し気な快斗に新一は僅かに首を傾げながら、それでもふわりと微笑んだ。
 それを見て新一の両サイドからは再び溜め息である。

「それより志保。お前は大丈夫なのか? 博士に付き合って低カロリーなんだろ?」
「別に平気よ。成年男性のカロリー制限なんて女性にとってはあまり制限している内容ではないし、それに女は痩せているに越したことはないもの」
「何で? お前は別にそんな必要ねぇじゃねーか。今のままで充分だろ」

 新一の言葉に志保は思わず息を呑み、快斗は額に手を当てて遠い目をする。
「………工藤君、お願いだから間違っても余所でそんなこと軽々しく言わないで頂戴」
「ホントだよ新一………。気安く女の子の前でそんなこと口にしたら襲われるよ?」
「………何だソレ」

 再び理解不能なことを二人は言い出す。新一は半眼になって溜め息だ。最も志保と快斗に言わせればそんな状況なのは自分達の方だろうが。

「まったく………。自覚がないというのは本当に困るわ」
「同感だね。危なっかしくてもう閉じ込めておきたいくらいだよ」
 快斗の言葉に志保は少し剣呑な眼差しを向ける。
「………あら。その台詞の本音はまったく違うところにあるのではなくて?」
「これまで散々独占してきた人に言われたかねぇな」

 なりをすっかり潜めていた凶悪なプレッシャー復活である。落ち着いていた雰囲気にそろそろと近付いてきていた周囲のギャラリー達はまたも半径10メートルから弾き出される結果となった。

 そして周囲のことなど気付いていない新一は、自分の両脇から放出される剣呑な雰囲気にうんざりとした表情でこめかみを押さえる。
「………もういい加減にしてくれ」

 牽制し合ったり仲良くなったり、そう思えばまた牽制し始めたり。この二人は一体何がしたいのだろう。
 荒れ狂う猛吹雪の幻覚を背後に、新一はこの日何度目になるのか最早判らない溜め息を吐いた。







 講義もすべて終了し後は帰るだけだという時間、新一は志保と一緒に構内にあるカフェテラスの一角にいた。

 何故この二人がこの時間こんな所にいるのか。
 理由は一つ。彼等は、いや正確には新一は快斗を待っているのである。

 あのあと。
 新一の昼食を快斗が受け持つという結論に落ち着いて、その後何をどうしたのか新一は快斗と一緒に新一の家へ帰ることに決定した。
 その理由はきちんとある。理論付けもされている理由だ。それでも新一は何故と思わずにいられない。頭で何となく理解していても微妙に理解できないのだ。

 話は新一の昼食を志保が用意している理由から始まり、そこから新一の普段の夕食も隣の志保の家で摂っている話へと移り、そこからやはり最近の夕食も低カロリー内容だという話に移り、そして結果、快斗が新一の夕食も自分が受け持つという話へとなったのだ。

 勿論新一は反対した。そこまで面倒を見て貰う謂われがないと。これに関しては快斗の傍にいる機会が増えるなんて、そんな楽観的な考えを持つことを新一はできなかった。それなのに。

 新一は快斗と志保から猛烈な抗議に出られ、更にも巧みに丸め込まれたのである。この二人に口で勝てる相手がいるのならば会ってみたいと新一は本気で思った。

 よって。
 新一は現在、このカフェテラスで快斗が来るのを待っているのである。

 チラリと新一は自分の前で紅茶を飲む志保を見た。それに気付いて志保は微笑む。
「何かしら、工藤君」
「………お前、何であんなことしたんだ?」
「あら、あんなことって?」
 クスリと笑う。それを見て新一は少し憮然とした表情になった。

「何で快斗にあんなこと言ったんだよ。判ってんだぞ。こうなるようにお前が企んでたってことは」

 新一は幼馴染をよく理解していた。志保が許さなかったらどんなに新一が望もうとも、快斗がこんなに自分の身近へとやって来ることはなかった筈なのだ。普段は無自覚だが新一はこういったことには自覚がある。

 今回のことははっきり言って志保の勧めだ。乗り気でなかったのはどちらかというと新一の方である。快斗が自分の想い人だから志保が勧めた、なんて気楽なことは思ってはいない。どんなに新一が好きであろうと、志保が認めない限り新一には僅かでも近寄らせないに違いないのだから。

 だからこそ新一は気になった。何故、志保は快斗を認めたのか。

 志保は微笑んだまま新一を見ている。その視線を受けながら新一も真っ直ぐに志保を見つめ返している。
 ふと、志保の視線が和らいだのを新一は感じた。
 微笑みは変わらない。いや、更に慈愛が含まれてそこに在る。

「………工藤君。私はね、貴方が幸せならそれでいいのよ」
 新一は思わず目を瞬かせる。それを見て志保の笑みは更に深くなった。

「貴方に害を為すならば決して許さないけれど。………本音を言うと譲る気もなかったんだけど。工藤君が幸せなら、それでいいのよ」
「……………お前等は俺に甘すぎる……………」

 僅かに頬を赤く染め視線を泳がせながら新一はぼそりと呟いた。志保はその様子に声を立てて笑う。更に新一は憮然とする。
 志保も、そしてもう一人の幼馴染も新一には甘い。とにかく新一を大切にしているのを、その心を一身に受けている新一は誰よりも感じ取っていた。嬉しいけれど、男としての立場から見ればどこか悔しいとも思う。それ程に彼女達は新一を護ろうとしてくれている。
 家族愛に似た、それよりも深い愛情。自分達の絆は何よりも温かい。

「………でも、今回はちょっとやり過ぎだ。快斗は本当は迷惑だったかもしれねぇのに」
「あら。それこそ私は知ったことではないわ。貴方さえ良ければ、他人はどうだっていいんだから」

 何でもないことのように言う志保に新一は頭を抱えた。志保が本気で言っていると判っているからだ。

 しかし志保は新一のその様子に小さく笑う。
「大丈夫よ。本当に彼は迷惑になんて思ってもいないわ」
「何でそんなこと判んだよ?」
「私はそこまでお人好しではないの。他人の代弁なんてごめんよ。ある意味憎たらしい相手に有益なことなんて、これ以上したくないわ」

 そう言うと志保は立ち上がる。
「志保?」
「もう行くわね。彼も来たことだし」
 言われて振り返れば走ってくる快斗の姿が見えた。
「じゃあね」
「あぁ。付き合ってくれてサンキュな、志保」
「あら、特権だもの」

 クスクスと笑って踵を返す後ろ姿に新一も少し笑って。そこへやって来た快斗は呼吸を微かに弾ませていた。
「ごめん、遅くなって」
「いや、そんなに待ってねぇし。もう用事はいいのか?」
「あぁ。じゃ、行こっか」

 いつもよりざわめいているカフェテラスを後にして新一は快斗と帰路に就く。その際新一はこっそりと快斗の横顔を盗み見た。

 不思議だと思う。つい一昨日までは遠くから眺めているしかなかった存在。接点も何もなく、違う次元にいるようだった片想いの相手。
 それが今、こうして並んで歩き、会話をしながら自分の家へ一緒に向かっている。
 急激に変化した日常。見ているだけで満足していた頃とかけ離れている現在。

「………ん? 何?」
 新一の視線に気付いて快斗が新一の顔を覗き込む。それをしばらくじっと見つめて。
「………何でもない」
 新一は花が綻ぶように微笑んだ。

 見ているだけで満足なんて、もうできない。
 何がどうしてこうなったのか、快斗が何故自分に声をかけてきて、こうすることを選んだかは判らないけれど、それでも志保の言葉を思い返す。

『工藤君が幸せなら、それでいいのよ』

 うん、幸せだから、いいか。







 少し前を歩く新一は気付かない。
 新一の微笑みに、快斗が顔を真っ赤にさせていたなんて。







 彼を初めて見たのは高校の文化祭。幼馴染に連れて行かれたそこに彼はいた。
 自分すべてを奪われるような錯覚。それが彼に囚われた瞬間。

 自分の心が囚われた魔術師と、偶然同じ大学で再会して。
 見ているだけで良かった。それだけで満足していた。遠くからこっそりと、ただ見つめているだけで本当に良かった。

 本気でそう思っていた日々。遠い存在だった彼。



 そして今、彼は俺の隣で笑っている。







 自分の想いなんてとても告げられそうにないけれど。

 こんなにも彼に囚われて、それが幸せだから、いい。












 初めて彼を見た時に、既に囚われていたんだ。
 陽射しの中で柔らかい雰囲気を纏っていたその姿に、視線を奪われて。
 浮かべるその微笑みを自分に向けて欲しいと強く願った。
 自分に。自分だけに。他のヤツなんか見ないで。俺だけを見て欲しい。

 そして。
 できるなら、その隣を俺の居場所にさせて欲しい。

 初めて、自分から望んだこと。



 あの時から彼のことが忘れられない。



 あの瞬間、俺は彼に恋をしたんだ。







 初めて彼を見たのは何気ない日常の何気ない街中。長い黒髪の少女と共に歩く姿。
 それが、一番最初の彼の記憶。
 降り注ぐ陽射しの中、浮かべていた柔らかい微笑みに視線を奪われた。

 次に会ったのは高校の文化祭。俺のマジックを見てくれていた。やっぱり隣にはあの時の少女。嬉しくて嬉しくて、そして胸が痛んだのを覚えてる。

 調べて調べて、そして入学した彼と同じ大学。
 けれど知り合うこともできずに、ただ偶然を装って通らなくていい道を通って彼と擦れ違ったり、講義で彼の近くの席に座ったり。
 まるで道化師のようだと自分を嘲笑った。

 彼の傍らにはいつも同じ少女。それは今までに見かけた少女とは違ったけれど、聞こえてくる噂や彼が彼女だけに見せる表情から、絶望的な気分にもなって。嫉妬を通り越して彼女に憎悪すら抱いた。

 ねぇ、俺を見て。そんな表情、他のヤツなんかに見せないで。俺だけに見せてよ。

 届かない想い。初めての望み。彼の意識を自分に向けさせるために動き出したいけれど、その傍らの存在のために近付くことすらできない日々。

 そんなある日、訪れるチャンス。

 彼がいつも座るベンチ。それを知って、そこがよく見える噴水に俺は毎日通うようになった。そこへ向かう途中目にした背中。いつもより早く来ている彼。
 彼女はいない。彼は一人で昼食を摂り始めた。即ち、彼女は今日ここへは来ない。

 息を呑む。身体は無意識に彼に近寄る。彼女がいない、今しかない。
 彼の傍へ行く、彼の意識を自分に向けさせる、チャンスだ。

 知らず気配を殺して彼の背後に近付いた。手を伸ばせば届く距離。焦がれた瞬間。

 今までの平行線の立場を壊すために。俺と彼の関係を交わらせるそのために。

 すべてを変化させる一歩を              踏み出せ!!







「今日は一人?」












 あぁ、こんなにもキミに囚われのボク。

 僅かに震えた声には、どうか気付かないでよ?




Fin










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ミコトさまのコメント▼

長々とすみませーーん; 何か無理やり二話に詰め込んだような……。もうこれ以上区切れる場所がなくて;
何だかとてつもなく乙女な新一君にしてしまった気が。
そして男の子らしい快斗君を目指した筈が微妙にセコい人になってしまった気が……;(オイ)
志保さんが最強なのは予定通りです!(笑)
はい、冒頭は実は快斗君の心情だったのです。先に惚れたのは快斗君だったのです!
しかも街中の雑踏でフォーリンラヴです(笑)。……こんな話でごめんなさい、クロキさん……。
とりあえず、どうぞお納め下さい。
そしてこのような駄文に付き合って下さいまして、本当にありがとうございました!
……ちゃんと快新になっておりますでしょうか? ただもーそれだけが不安です……;
ミコト

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▼管理人のコメント

ミコトさん、有り難う御座いました!!
素敵なお話に、最初から最後まで萌え通しでしたよvv(笑)
ちょっと乙女な新一さんですが、恋愛に鈍い彼はある意味乙女ですよねvv
何より、冒頭あたりの快斗と志保ちゃんの言葉の応酬に爆笑させてもらいました。
すごく彼ららしい遣り取りだなぁ、とv
UPが遅れてしまい、二話同時の更新となりましたこと、すみませんでした。
何より素敵なお話を頂いてしまって、本当に感謝の気持ちで一杯ですvv
どうも有り難う御座いました!