「よっ♪」
再び素顔で現れたソイツに、俺がどうしようもなく神経を疑ってしまったのは言うまでもなかった。
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月に祈りを ..... special thanks for クロキ安曇様
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新一はらしくもなく、いきなり現れたソイツに対して即座に反応を返すことが出来ずに固まった。
口もあんぐりと言った感じである。
「あー、ダメだよ、美人さんがそんな顔しちゃ」
はい、お口は閉じようねーと優しく顎に触れて口を閉めさせる。
新一はハッとして、その手を乱暴に振り払った。
「テメ、何しやがる」
「何って。新一君がだらしなくないように」
「余計なお世話だ。っつーか何でオメーがココにいるんだよ!」
「何でって。俺、学校が、江古田だし」
「だあああ〜〜真面目に答えてんじゃねえ〜〜〜」
もはやキャラクターが崩れている。
工藤新一という優秀な高校生探偵に夢を抱いている輩が見たら悲しむだけでは済まないかもしれなかった。
いや、むしろ新一の方とて、かの白き怪盗にイメージを崩されて打ちひしがれているわけだが。
「ドコに探偵に本名どころか高校までバラすバカがいるんだよ」
「ココにいるじゃん♪…バカは酷いなあ、新一が聞くから答えただけなのに」
「新一って呼び捨てにしてんじゃねえよっ!!」
「えー。新一も快斗って呼んでくれていいんだよ〜?」
「誰が呼ぶか!」
突然大声で喚くように喧嘩を始めたイイ男2人が目立たない訳もなく。
快斗は段々と集まってくる視線に、苦笑しつつ新一の相手をしていた。
今日、こんなところで―――江古田高校の最寄駅近くなのだが―――会ったのは本当に偶然だった。
快斗の誕生日であるところの6月21日に、(勝手に)工藤邸にお邪魔して以来の邂逅だった。
あれからも数度キッドとしてのお仕事はこなしていたが、新一はそもそも殺人事件を担当することが多く、キッドの予告には顔を出さない。
ついつい嬉しくなって、気軽に声を掛けたのだが、名探偵はどうもお気に召さなかったようだ。
先程からギャーギャーと喚いている。
だって、仕方ない。
怪盗だとか関係なくて本当に新一が欲しいんだから。
こうして新一が、キッドとして対面している時には知らなかった顔を見せてくれることがこんなにも嬉しいのだから。
「ま、落ち着いてよ。そだ。これ、あげるからさ」
鞄を漁ってゴソゴソと1枚の白いカードを差し出す。
「おま、…まさか、これ……!」
「そ♪新一が俺に対して唯一望んでくれるもの」
「何で、鞄の中から…」
間違っててでも誰かに鞄の中を覗かれたりしたらどうするというのだ。
…って、なんで俺がコイツの心配してやらなきゃならねーんだよ!と結局新一は心の中で逆ギレした。
「しょーがねーじゃん。今から警視庁に出しに行くトコだったんだし」
「はああああああ!?」
だからなんだってコイツは!
探偵に堂々と「犯行行動」を知らせているのだ。
「おっと。やべ。ホントはこのままずーっと一緒に居てやりたいんだけどー…」
「居なくていい」
「ツレナイねえ…名探偵君は」
つい、と新一は顔を背けた。
何で俺が。
こんなふざけた怪盗に付き合わなければならないのだ。
「待ってるから」
快斗は勝手にそれだけ告げて、新一の頬に―――キスした。
自覚した新一が振り返った時には既にその姿はなくて。
新一が望む通り…なのかはさておき、意図的に人込みに姿を消した。
「…って、おい…!」
新一が呼びとめようとしたがそれにも応じなかった。
切欠は渡した。「待ってる」と、こういう言い方をすれば新一が来るだろうことは予想出来ているから。
そして新一はカードを見て絶叫した。
「……上等じゃねえか!」
早く帰って手に持ったカードを―――そう、恐らく予告状を、解こうと帰路を急いだ。
新一には見えないように路地に入った快斗は、去っていく新一の後姿を見送ってから壁にもたれかかった。
―――ああ、ビックリした。
こんな街中で会うと思っていなかったのだ。
予想外の出会いにすっかり高まってしまった気分を強引に落ち着かせようと何度も息を吐く。
「さあて♪張り切って準備しないとな」
快斗もまた、会える約束をしたことへの喜びで、一杯であった。
―――警視庁。
新一は着くなり、一課ではなく二課へと直行した。
先程彼は「出しに行く」ところだと言っていたから、今行けば必ず会えるだろうことは予想出来た。
とにかくこの予告状は確かに本物なのだ。
苛々を感じつつも、新一は対キッドの作戦を立てようと警視庁を訪れた。
もっとキッドのことを知らなければならない。手口、獲物、逃走経路…。
二課の中森警部はお堅い人だと聞いている。
そこで新一は何度か話したこともある白馬に話しを聞くことにした。
幸い、予告状が出たばかりだったこともあり、白馬も警視庁に来ていたのですんなりと会うことが出来た。
呼びとめると、白馬も快く応じてくれる。
「白馬!」
新一は目的の人物を視界に入れるなり、大声で呼んだ。
「工藤君?どうしたんです?」
「予告状。出ただろ」
「…なんでご存知なんです?」
…しまった。
まさか本人から渡されましたとは言えない。(当たり前)
新一は少し慌てて、「裏情報を、な」と適当に誤魔化した。
あまり誤魔化しになってなく、白馬が首を傾げたことは仕方ない。新一も見なかったことにした。
「今回俺も参加させてくんねえかな」
「勿論。工藤君が来て下さるのでしたら百人力ですよ。是非お願いしたいです」
「サンキュ。俺、あんまりキッドのこととか白馬より知らねえからさ、資料とか見せて貰えないかと思って」
「いいですよ。では、今から中森警部のところへ行きますので一緒にどうですか?」
「ああ、行くよ」
「それから、よかったらうちへ来ませんか?独自の資料がありますので」
「そりゃ、是非見せて欲しいね」
「では、迎えを頼んでおきますね」
白馬が家(だと新一は思った)に連絡を済ましてから、2人で二課へと向かった。
二課の扉を白馬が軽くノックをして、開けた。
「失礼します。白馬です。…中森警部はいらっしゃいますか?」
「あ、白馬君。警部ならそちらにいらっしゃるよ」
「有り難う御座います」
「あれ?そっちは……」
「工藤新一君です。今回のキッドの事件に協力を申し出てくれたんですよ」
「わあああ。有名な工藤君に協力して貰えるなんて!よろしくね、工藤君!」
二課でも下っ端らしい彼はぎゅ、と新一の手を握った。
新一は苦笑しながらもその挨拶に応じた。
やんわりと離れて2人は二課でも奥に位置する警部の元へと向かった。
「中森警部」
白馬が声を掛けると、その姿を一瞬見て顔を顰めたもののすぐに笑顔になった。
「警部。今度のキッドの予告の件ですが……」
「ああ、そこに資料があるから持って行きたまえ。…白馬君、そちらは?」
新一は半歩前に出て軽く手を出した。
「工藤新一です。中森警部のお噂はかねがね」
そこで新一はにっこりと素敵な笑顔を浮かべた。
「今回、警備に参加させていただけないかと」
「探偵坊主に用は……」
「是非一度警部の手腕をお近くで拝見したいと思っていたんですよ。…足手まといになるかもしれませんが、僕にも警部のお手伝いが出来ないかと思いまして」(微笑)
きらきらと微笑んで話す新一はまさに小悪魔。
「そ、そうかね…(照)では、よろしく頼むよ」
隣人と似た顔で、これまたにこにこと微笑まれてさすがの鬼警部も負けたのだった。
「では、資料の方お借りしていきます」
最後まで爽やかなままで去っていき、新一の内心は打倒キッドで燃えていた。
白馬の車で、家まで行き、資料を大量に借りて、ついでに夕飯までご馳走になったりして(さすが警視総監宅、料理もかなり豪華であった)、新一が自室で倒れこんだ時には既に11時を回っていた。
眠い頭を奮い立たせて、新一はベッドサイドの明かりを点して資料を読みふけった。
警部に貰った予告状のコピーを眺める。
文章は前文新一が貰ったそれと同じものだった―――前半は。
余計な一文が新一の持つ予告状には添えられていたが…。
解いてみればそれも場所で、恐らく逃走経路の一箇所なのだろう。
―――面白い。会ってやろうじゃないか。
新一はその『ご招待』に応じることを決め、にやりと笑った。
そして次の日、朝の新聞には一面でキッドからの予告状が報じられた。
―――予告時間、30分前。
新一は館内をぶらぶらとぶらついていた。
同時に警備に穴がないかをチェックしていく。
白馬は反対側を見張っているから、彼とは別行動だ。
『工藤君。そちらはどうですか?』
「異常なし。上から来るか、下から来るか…」
『多分、そうですね、僕が彼ならアレを使いますね』
「…奇遇だな。俺もだ」
『では、予定通りに』
「ああ」
いつどこで彼が盗聴しているかも判らない。
そんな状況で明確に言葉を発するのは不可能だ。
会話は曖昧なもので済ませ、新一は持っていたトランシーバーをズボンのポケットに無造作に突っ込み、イヤホンを付けた。
こんなことをしても心のどこかでは無駄なような気がしていた。
あの怪盗は、それは優雅に目的の獲物を盗んでいく。
ピンチの時も―――そう、自分が追った時計塔の時も―――見事な機転で、たった一人で修羅場を抜けてきたのだ。
犯罪だと判っていても、強い精神を感じる。
…嫌いじゃないのだ、多分。
行きついた結論を消すように頭を振って、新一は警備に意識を集中させた。
「キッドだ――――!」
会場の警備を担当していた警官の一人の声が響いた。
新一と白馬にもイヤホンを通じて、キッドが侵入したことを知る。
新一はきゅ、と気を引き締めた。
『キッドはどこから!?』
白馬の声がして、『二階の窓からです!』と即座に警官からの返答が入る。
二階の窓…?
新一はその言葉に首を傾げた。
自分たちの予想では地下通路、もしくは一階の通風孔からだった。
二階から来るとどうしても通らねばならない一点があって、そこはきちんと警備されているからいくらキッドでもキツイ筈……。
―――ならば考えられるのは。
自分の方が白馬より展示室に近い。
新一は全力で展示室へと駆けた。
勢いよく展示室の扉を開けると、白い煙にまみれている。
警備をしていた筈の警官たちは皆床に倒れていた。
新一は咄嗟に腕を口に当てて、上を向いた。
そして、やはりそこに白い姿を見つける。
「キッド!」
やはりさっきの無線の警官はキッドだったのだ。
既にキッドの手の中にある今回狙っていた宝石を目にして新一は舌打ちした。
「さすが名探偵……。追って来いよ!」
「…、待てッ!」
ハングライダーを広げて飛び立つキッドを新一は急いで追った。
外に止めてあるバイクに飛び乗る。
余計な一文に書かれていた、場所。
この方角は―――解読は間違ってない。
新一は先回りすべく、脇道を猛スピードで飛ばしていった…。
カンカンカン…
屋上まで駆け上がっていく。
辺りを見回せば、気配は自分一人しかなかった。
カチ、と今ではすっかり相棒となっている時計型麻酔銃を構える。
その時ふわりと風が揺れて、張り詰めていた雰囲気に別の気配が加わった。
ぎ、とそのビルの屋上の端を睨んだ。
空から舞い降りた鳥―――怪盗キッドは殊更楽しそうな声で言った。
「本当に来てくれたんだね!名探偵」
翼を仕舞って、そのまま新一を抱きしめてくる。
表情は心底嬉しそうで返って新一の方が酷く脱力した。
「離せよ!」
我に返った新一は、乱暴にその腕を振り払った。
「ちぇ。せっかく会えたのに」
「…俺はお前に文句の一つでも言おうとここまで来たんだ!」
意気込んで新一はキッドにびしっと指をさした。
「どこに探偵に素顔明かす犯罪者が居るんだ!」
「だからここに居るじゃん」
「しかも名前も本名名乗りやがって!」
「えー。だって自己紹介は大切でしょ?」
「高校まで!!」
「恋愛の基本はお互いを知ることでしょ」
「犯行予告に待ち合わせ場所とか書いてんじゃねえ!」
「こうでもしないとゆっくり会えないじゃん」
「ゆっくり会ってどうすんだよ!」
「そうだなあ…俺としては朝まで一緒でもいいんだよv」
「朝まで何しようってんだよ!」
「…何ってナニとか?」
「は?お前意味わかんねえ」
「…はああ。新一君もまだまだ子供だなあ」
笑いながらキッドは腕を新一の身体に回した。
「オメーに心配される筋合いはねえ。それに俺は今はもう子供じゃねえんだよ!」
「そうだね〜。今の新一は確かに見た目は大人だな。ちゃんと予告もしたもんね〜。……じゃあ分かるよね?」
「だから何が……」
なおも言い募ろうとした新一の言葉はそれ以上続かなかった。
―――口を、塞がれてしまったから。
新一が抵抗するよりも早く両手はあっさりと拘束される。
こんなに密着していては足技もかませなかった。
顎に添えられた片腕で、無理矢理上を向かされ、その咥内は遠慮なく貪られる。
「……ん、んぅ…ふ」
吐息が漏れる。
新一の口の端からどちらのものとも取れない唾液が溢れた。
やがて離れた時に繋がっているものが目に入り、新一は頬が熱くなっていくのを感じた。
怒り任せに相手を睨みつける。
それから思いきり右足を蹴り上げた。
―――ムカツクことにキッドはそのどちらもなんなく避けたが。
「テメ、避けてんじゃねー」
「…とはいっても…、本能的なモノだし」
「大体なんだ、いつもいつもふざけやがって……」
「ふざけてる?いつもいつも真剣だけど?」
「どこがだよ!ふざけてるんじゃなくて、どこに男に二回もき、キスするやつがいんだよ!」
どうやら新一はキスまでされておきながら、冗談で済ましたいらしい。
―――判らないでもないが、キッドは深い溜息を吐いた。
どうやらこの探偵さんには婉曲した言い方では伝わらないらしい。
とん、と地を蹴って、ビルの端へと移動した。
「冗談で済ませたい気持ちも判らないでもないのですがね…」
探偵である自分がまさか怪盗キッドに求愛されている、なんて頭のどこかではわかっていても受け入れたくはないのだろう。
「それでも譲れない一線というのもありますし」
少しだけ振りかえって、キッドはニヤリと口許の端を上げた。
「―――ですから、明日から毎日口説きに行きますから、覚悟してくださいね」
言い逃げするように、バサと人口の翼を広げた。
そしてそのまま空中へ。
「ッッ、待てよ!」
新一の制止の言葉も今は無視する。
さて、明日は何時に彼のもとへ行こうか?
あ、そうだ。ついでに今日の獲物も返して貰おうかな。
これでちゃーんと会いに理由も出来たよな。
『どうしても欲しい』って言っただろ?
怪盗は諦めが悪いからな、覚悟しろよな、名探偵!
屋上で一人叫んでいる新一を残して、暗い空を飛行し続けているキッドは楽しそうに笑みを浮かべた。
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written by koo hiduki ... 04,05.22 |