手に入れるって決めたから。
今度こそ君が欲しい。
|
月に望みを ..... special thanks for クロキ安曇様
------------------------------------------------------------------- |
「おっはよー♪」
「……(疲)」
新一はこの扉を開けたことを心底後悔した。
そこにあった擬音で示すならば「にっこにっこ」となるであろう顔を引っ叩きたくなった。
無言でそのまま扉を閉めようとするが、それも相手の長い足によって阻まれた。
「ちょ、ちょっと酷くない!?」
「煩い。俺はお前なんか知らないんだ。知らないヤツを邪険にして何が悪い」
「まったまたぁ。新一は頭いいんだから、そう簡単に俺のこと忘れたりするわけないっしょ?」
「知らん。俺はお前なんか知らない」
すっぱりと言い切って新一は扉を閉めようと更に力を込める。
―――そこで迂闊にも、相手の顔を見てしまった。
「知らない」と言い切られて心底泣きそうで捨てられた子犬のような表情をしていた。
「……しんいち…」
小さく名前を呼ばれても、新一は振り切って扉を閉めた。
気にするな、気にするな。
アイツは怪盗なんだ。
あんな顔、作ろうと思えばいくらだって作れるんだよ。
―――あぁっ、もう。
なんで俺がこんなにヤツに気を使わなければならねーんだよ!!
心の中で自分にも相手にも悪態をつきながら、新一は再び扉を開けた。
そこにはまだヤツが同じ表情で立っていて。
「……入ればっ!?」
ぶっきらぼうに言った新一の言葉に、沈んでいた快斗は一気に浮上して心の底から笑みを浮かべた。
「コーヒー飲む?」
「あ、ミルクと砂糖つきで〜」
招かれざる客人をリビングに座らせ、新一ははあああと深いため息を吐きながら、コーヒーを淹れた。
ん、と渡すとどばどばっとミルクと砂糖を入れて、黒かった液体がみるみるうちに肌色に近くなっていく。
思わず新一は顔を顰めた。
「どしたの?」
「…うまいのか、それ」
「飲む?」
「いらねー」
快斗は本当においしそうにその肌色となった液体を飲んでいる。
新一はそれは見なかったこととした。
話題を転換しようと切り出す。
「で?」
「ん?」
「何の用だよ」
「え?遊びに来ただけだけど?」
あっけらかんと言い放つ快斗に一瞬殺意が芽生えた。
新一はそれを無理矢理押し殺す。
「……怪盗が探偵の家に気軽に遊びに来てんじゃねー…」
「いいじゃん。俺と新一の仲なんだし」
「オマエとどんな仲にもなった覚えはねーし」
「ちゅーまでした仲じゃ〜ん」
「思い出させるな、気色悪ィ」
ぞっとした顔を新一がすると、目の前に座っていた快斗がふっと真剣な顔になってソファを移動してきた。
やんわりと肩を抑えつけられてそのままソファに押し倒される。
別に力は篭ってない。それなのに逃げることが出来なかった。
「……気色悪い?」
「…ちょっ……」
「男が、男に欲情するなんて…」
言いながら、快斗は新一の首筋に唇を寄せてちぅと吸った。
新一の白い肌に赤く跡がつく。
「でも、好きなんだよ…本当。これだけは信じて。嫌いに、ならないで…」
酷く弱弱しい言葉で言われて、何も言えなくなってしまう。
これだけ真摯に言われてしまったら―――。
快斗の顔はまだ新一の首筋を辿っていた。
新一は快斗の身体を思い切り突き飛ばした。
快斗はそのまま後ろに転がった。
「痛いよ、新一〜〜」
「自業自得だ!」
うえ〜〜ん、と泣き真似をいつまでも止めない快斗に新一の方が先に折れた。
床に転がったままの快斗の手を取って、立ち上がらせる。
「…わかった」
「…新一?」
「ちゃんと、考えるから…」
少しだけ時間が欲しい。
怪盗でなくても、黒羽快斗にしても、日常に受け入れるには早過ぎて。
数奇な体験をして、日々事件に携わってきた新一は更に他人に敏感になってしまっていたから。
「うん…いいよ。だって毎日口説きに来るから」
「…あれ、マジだったのか?」
「当たり前じゃん。新一に俺のこともっと知って欲しい」
大好きだよーとへらっと笑う快斗に、新一は苦笑してみせた。
それから毎日。
快斗は飽きることなく、工藤邸に顔を出している。
例えば、事件がなくて家でのんびりとしている時だとか、学校から直で警視庁に向かった時でも家に帰って来ている時にタイミングよく現れる。
「こんばんはーvv」
「…また来やがった」
まさか家に盗聴機でも仕掛けているのではないかと思い、問いただせば「新一センサーが働くんだよvv」と冗談みたいことを言うばかりで。
実際もし仕掛けられていたとしたら、自分も時々出入りしている灰原だって気付く筈だから、その可能性は低いが。
時には。
「おっかえりーv」
「オマエが今来たんだろが」
「だって新一もさっき帰って来たんでしょ?まだ制服だし」
訪問してきたというのに、「おかえり」と言って出迎えたりする。
寝不足気味の新一を見ては心配し、全然変わらない冷蔵庫の中身を見ては「不健康過ぎる…」と小言を漏らすこともあった。
「新一は俺が守る!」とキッチンはすっかり快斗のテリトリーだ。
いつも、自分との共有時間を穏やかに過ごして、特別な何をするわけでもなく暫くして快斗は帰っていく。
一緒に居て気楽だった。
それでも新一は既に快斗の居場所が出来ているのを自覚することを無意識に避けていた。
そんな生活が続いていた、1ヶ月後のこと。
大事件が勃発して、捜査は困難を極めた。
最初は都内で起きていた事件も南下して、ついには大阪にまで及んだ。
新一も服部と合流し、捜査に臨んだ。
進まない捜査。
被害者は2桁に上った。
犯人は巧妙に現場の情報操作を行い、新一もあと一歩のところで尻尾を掴むことが出来ない。
「……くそ…っ」
助けられずに散っていく命。
悔しさと悲しさが混乱して自分の中に渦巻いていた。
どうしたら止めることが出来るのだろう。
これ以上哀しみは増やしたくないのに。
自分はこんなにも無力なのだ。
「工藤君のせいじゃないよ…我々警察が力量不足だから……」
「あまり自分を責めちゃいけない」
みんな自分に気遣って言葉をくれた。
判ってる。
自分を責めたって解決にもならないし、仕方がない、なんてことは…。
それでも……。
糸口を求めて、新一が思考に沈もうとした時…。
ブルルルッ
ズボンのポケットにマナーモードで入れていた携帯が突然震えた。
警部か?と思い急いで取り出し、画面に表示されている番号は見知らぬもの。
誰だろう?と思いつつ、新一は電話に出た。
「もしもし?」
『もしもし?新一?俺、黒羽だけど』
「……え?」
そういえば毎日のように会っていた黒羽とかれこれ1週間は会っていなかったことに気付く。
声を聞くのも久しぶりで。
快斗の声は新一の耳に心地よく響いた。
『いきなりゴメンー。でも、元気かな…と思って……』
「……オマエはいつもイキナリだろ。番号教えてたっけ?」
『知ってたけど、…ちょっと卑怯かなと思ったんだけどね』
「調べたのか?」
『そんなとこ。新一に直接聞くまでは掛けないつもりだったんだけど、新一、いつ帰ってくるの?もう快斗君、新一欠乏症だよ』
「ばーか…何言ってんだよ。そうだな、でもまだ掛かると思う」
『そっかー…哀ちゃんも心配してたよ。連絡してあげてね』
「あぁ、そうだな」
自分の心配を人一倍にしてくれる隣人を思い出し、新一は苦笑した。
やはり自分は事件にのめり込むと周りのことを忘れてしまうらしい。
『―――新一に、会いたいなー…』
切実に言われる言葉が嬉しかった。
こんなにも彼は自分を必要としてくれているのか、と…。
『…今、会いに行ってもいい?』
「悪ィ、今、俺東都じゃないから…」
『知ってる。大阪でしょ。ニュース見たし』
「そう。あと少ししたら帰れると思う…」
いつ解決するかなんて判らないけれど。
新一もふいに急に快斗に会いたくなった。
快斗だったら、泣きそうな自分を優しく受け止めてくれるだろうから。
「俺、も…会いたいな……」
聞こえないくらい小さく言った言葉。
言ってみて、新一は自分の中の快斗の居場所がどんどん大きくなっていることを自覚した。
『本当?』
「…ん」
嬉しそうにトーンが上がって確かめられる。
快斗に会って、抱き締めて、大丈夫だって言って欲しいよ。
それは本当に切実な望み。
「『俺もすごく会いたかった…』」
耳からと後ろからと声が同時に響いた。
そのまま新一の身体は力強い両腕に抱き締められる。
「新一…」
それはまさに待ち焦がれていた人だった。
「オマエ…、なんで、ここに…」
「会いたくなって、来ちゃった」
「来ちゃった、って…」
「だって新一なかなか帰って来ないんだもん」
優しい腕に抱かれて心底泣きたくなった。
快斗は愛しそうに、新一の感触を堪能している。
「新一分が不足してる〜〜〜」と言いながらぐりぐりと頭を押し付けている。
快斗がぎゅうっと抱きしめるのをそのままにしておいた。
今はこの腕の中がとても安心出来るから。
人の温かさを感じながら、新一はそっと自白する。
皆は「自分を責めるな」と言った。
快斗なら。
快斗なら、なんていう…?
「何人も死んだんだ…」
「……」
「事件はまだ解決しない。もう何人もの人が殺されてる」
「…新一」
「俺は……助けられなかった…」
「新一のせいじゃない。罪深きは犯人だ。でも新一は彼らの死を忘れちゃいけない。―――それがまた糧となるから」
快斗の中の暗い部分を見た気がした。
快斗の言葉はまだ続く。新一を癒すように。
「忘れないで。新一に助けられた人はたくさんいる。―――俺もね」
「…うん…ありがとう」
新一の携帯がまた鳴った。
多分、今度は警部だ。
チラと画面を確認すると、『目暮警部』と表示が出ていた。
「携帯、鳴ってるよ」
出てもいい、と促す。少し迷った末、新一は通話ボタンを押した。
「はい、工藤です」
『工藤君かね。…また、起こったんだよ』
「そう、ですか…」
また助けられなかった命が消えてしまった。
新一は唇を強く噛んだ。
「今からそちらに向かいます」
『そうしてくれるかね』
通話中、快斗はタクシーを呼びとめておいた。
戸惑った表情の新一に快斗は優しく微笑んだ。
「あのね…」
「うん?」
「これ」
快斗が取り出したのは一枚のFD。
「事件の鍵」
「お前、これ…ッ」
「…哀ちゃんとも協力したんだ。こういうのは得意分野だから」
「………」
新一の手にMOをぎゅっと握らせた。
「待ってるから。行っておいで」
快斗はそう言ってもう一度ふわっと微笑んだ。
「…かいと」
新一が小さく名前を呼んだ。
「ありがとう」
名前を名乗って半年。
新一が初めて快斗の名前を呼んだ。
タクシーの中で素早く自分のPCで先ほどのフロッピィの中身を確認する。
どこからこんな情報を得たのか、最重要と思われる人物のプロフが写真つきで載っていた。
事件の裏づけまで取れている。後は証拠だった。
驚いたことに彼の住所は大阪市内であった。
フロッピィに入っている情報を一通り頭に入れて、タクシーを降りた。
玄関先で待ち構えていた警官の一人が今日起こった13番目の事件について概要を教えてくれる。
「13番目のガイシャは、神崎鴻、32歳、独身女性です。死亡推定時刻は、午後17時。場所は○×川の土手です。道路は国道からも離れていてあまり人気もありませんでした」
警官は早歩きながらも続ける。
「殺害方法は―――石で頭を強く殴られています。その石は土手で発見されました。鑑識に回しましたが指紋は恐らく出ないでしょう。犯人は石で殴った後、首を絞殺。遺体はこれまで通り綺麗に寝かされていました」
想像出来る状況で新一は「もう結構です」とファイルだけ受け取った。
捜査本部に着いて素早く警部にファイルを見せて、やるべきことを提唱する。
さすがに幾人かが情報の出所に不審な目を向けたが、新一はそれに気付きつつも無視することにした。
ここでアイツらのことを説明するわけにはいかないから…。
「時間がありません。次の事件が起こる前に―――証拠を、掴みましょう」
新一は力強くそう言い放ち、特設された捜査本部を後にした。
その後、事件は驚くべきスピードで解決へと向かった。
浮上した一人の人物の自宅からは、犯行に使われたであろう凶器、デジカメに納められた被害者たちの写真などが押収された。
「後のことは我々警察に任せたまえ」
「はい。では僕は一足先に東都の方へ帰ろうと思います」
「そうしなさい。よく休んで」
そう警部に見送られて、警視庁を出ると入口では快斗が立っていた。
「お疲れ」
「あぁ…ありがと、な」
「どういたしまして〜。新一の為ならこのくらい」
「……」
「あーでも、お礼がしたいっていうなら、新一くんを俺にくれればそれでいいよ」
さらりと言う快斗の意味が初め理解出来ずに、思い当たった時にはかあっと赤くなった。
「な、何言って…」
「冗談じゃないよ。一体何度同じこと言ってると思ってる?」
そうだ。思えば彼はいつだって、いつだって同じことしか望んでいなくて。
「泥棒は嘘吐きかもしれないけど、怪盗は嘘はつかない」
「……」
「俺は新一と一緒に居たい。ただそれだけ」
新一の前には快斗がいた。
その存在に酷く安心している自分がいる。
数日東都を離れていて、淋しく思っていた自分。
―――それはどうして?
存在1つで満たされた、その理由は…?
「…俺も、オマエと一緒に居たい…」
「オマエが、好き…」
途端にぎゅうっと抱き締められる。
息が出来ないくらい強い抱擁だった。
「快斗、苦しい…」
「2回目だ。新一が俺の名前呼んでくれたの」
「…そうだっけ?」
「そうだよ。だからいっぱい呼んで」
「…快斗」
「もっといっぱい」
飽きる程に名前を呼んで。
それから愛の言葉も囁いて。
それでも僕は君から離れない。
「―――もう絶対離さないよ、新一」
BACK * TOP
|
written by koo hiduki ... 04,06.23 |
-------------------------------------------------------------------
▼管理人のコメント
[c*]の樋月空さまから頂いてしまった素敵地雷小説です☆
頂いてからアップまでに随分と時間が空いてしまって申し訳ないです(>_<)
こちらは空さんの運営されるサイトに掲載されている「月に願いを」というお話の続編となっております。
素敵!素敵!もう、続きのありそうな展開に続きが読みたいな〜と思っていたところなので、
空さんのグッドタイミングな地雷報告に大喜びでお願いしてしまいました♪
快斗よりの可愛いキッド氏に振り回される名探偵…vv
しかも、更に続きまで頂いてしまったので、嬉しいやら申し訳ないやらでいっぱいいっぱいです。
本当に有り難う御座いました!!
記念すべき地雷ナンバーは89898でしたvv |