夢幻夜行















 事件が一段落を迎え、新一と快斗は芳樹を自宅へと送った。
 事前に携帯で連絡していたため、安心したのと喜びとで顔がくしゃりと歪みきった父親が出迎えてくれた。
 目の前で親子の熱い抱擁を見て、こいつの抱きつき癖はここからきてるのか、などと納得して。
 しきりに礼を言ってくる裕貴を慰め、明日は事情聴取に付き合って下さいとだけ残して立川家を後にした。


 立川家から工藤邸へと戻る途中に、新一は携帯の電源をオンにして、言い訳が途中だった警部へと連絡した。
 当たり前のように警部からの小言をもらったが、連日新一がほとんど寝ずに調査していたと知ると、今日は良いから帰って寝なさいと、逆に心配されてしまった。
 事件となれば寝食を忘れる新一を、警部も嫌と言うほどよくわかっている。




 結局最後まで付き合うことになった怪盗と、漸く落ち着いて向かい合ったのはそれから。


「サンキュ、キッド。おかげで助かった。」
「あらら、名探偵から素直に礼を言われるなんて思わなかったな。」
「テメ、俺をどんな奴だと思ってんだよっ」


 ムッとして、睨み付けてやろうと快斗を振り向いた新一だったが、その拍子に軽い眩暈を起こして、不自然に立ち止まってしまった。
 当然それを見逃すほど間抜けな男ではない快斗は、すぐさま支えるように腕を伸ばす。
 が、大丈夫だと返されてしまった。


「事件解決したら一気に眠気が出たみてー。」


 いつものことなんだけどさぁ、と言う新一。
 一体どれほど寝てないのだろうかと思って聞いてみた快斗だが。


「四日前から、学校から帰ったらネットとか友人関係あらってたし、その後は毎日繁華街通ってほぼ朝方まで詰めてたから…一時間寝れたら良い方?」


 などと軽く返されてしまい、快斗は怒るのを通り越して呆れてしまった。


「もうちょっと体大事にしろよ…探偵は体が資本だろ?」
「でも……10日も行方不明だったんだ。眠いなんて言ってらんねーよ。」


 心配して待ってくれてる人もいるんだぜ?

 快斗は満足そうにそう言う新一に、お前にも心配する人がいるだろうが、と思う。
 例えば幼馴染みの彼女とか、ご両親とか、…それから、自分も。
 その反面、そんな姿勢の新一がひどく好きだったりする。
 だからあまり強く言えなかったりするのだが…今回は例外だ。
 いい加減寝ないと倒れてしまうし、それは絶対遠慮したい。



「もう午前4時まわってるぜ?まさか、明日学校出るつもり?」
「当たり前だろ。小学生やってたから日数ヤバイんだよ、俺。」
「ふぅん。」


 ふむ、と快斗は考え込む。
 彼はやると言ったらきっとやるだろう。
 が、ここは一日ぐらい大事を取ってしっかりと眠っていて欲しいと思う。
 新一はなにやら考え込んでしまった快斗を不思議そうに見遣ったが、やがて何事か思いついた快斗がにやりと笑った。
 その企んだような表情に新一は嫌な予感を感じたが。


「名探偵、俺、欲しいモンがあるんだけど。」
「…は?」
「怪盗キッドは無報酬では動かないんだよ?」


 それはつまり、助けてやったんだから何か寄越せ、ということで。
 勝手に自分から関わっておいてそれはないんじゃないかと思う新一だったが。
 自分の変わりに怪我まで負ってくれた苦労賞ということで、簡単なことなら聞いてやっても良いかな、などと思ってしまった。


「なんだよ、欲しいモンって。」


 言っとくけど大したモンはやれねーぞ、と言う新一に、快斗はにっこり笑って片目を瞑ってみせる。
 繁華街を離れた時点で帽子を脱いでしまった快斗は、すでにその素顔を晒していた。
 これが素顔であるかどうかは知らない新一だが。
 新一もニット帽とサングラスをはずし、ズボンも靴もきっちりはき直している。


「別に大した物じゃないよ。俺にとってはかなり大事だけど…ねv」
「…?なんだ、それ…っ」


 まだ少し続くはずだった新一の言葉は、突然覆い被さった快斗の唇に奪われる。
 突然のことに目を白黒させる新一だったが、気付いた途端羞恥が沸き起こり、快斗の胸を思い切り突こうとした。
 が、腰と後頭部ににがっちりとまわった腕がそれを許さない。
 最初は押しつけるだけのキスだったが、呼吸が苦しくなった新一の僅かに開いた唇に快斗の舌が強引に侵入し、深いものへと変わっていった。


「…んぅっ、…」


 歯列を割って入り込んだ快斗は、奧に逃げてしまった新一を強引に絡め取る。
 角度を変えて、何度も何度も。
 どんどん深くなるキスに、比例するように新一の意識も霞がかる。
 どちらのものともつかない唾液が二人の口内で混じり合い、こくりと新一の喉へと飲み込まれた。
 それと同時に入り込む異物。
 それでも離れない快斗に翻弄され、新一はほとんどされるがままになっていた。


 漸く唇が解放されると、飲みきれなかった唾液がツ…と新一の顎を伝う。
 強引な仕草でそれらを拭い取ると、羞恥に赤く染まった顔で快斗を睨み付けながら新一は怒鳴った。


「…は、ぁ…っまえ!何飲ませやがったっ!」
「睡眠薬だよ。明日の昼ぐらいまではグッスリ眠れるようなやつ。」
「なっ!?」
「…頑張りすぎだよ、名探偵。明日一日ぐらいはゆっくり休んで?それが俺へのお礼。」


 何言ってんだ、と言おうとした新一だったが、急激な眠気に襲われて先の言葉は言えないままに終わった。


「言い忘れたけど、即効性なんだ。オヤスミ、名探偵。家まで送るからさv」


 ちゃっかり新一のキスまで貰って、上機嫌で快斗は工藤邸へと向かったのだった。





 それから、新一が目覚めたのはキッドの言うとおり午後2時で、すっかりお昼を回っていた。
 今更学校に行くのも馬鹿らしいので、今日は大人しく寝ていることにする。
 実際疲労も睡眠不足もたまっていたので、有り難くもあったのだが。
 あれが“礼”だとは、怪盗キッドも随分欲がないな、と思う。


 無断欠席になるかと思って学校に電話を入れた新一だったが、すでに連絡は貰ったと言われて呆れてしまった。
 どうやらご丁寧にも、怪盗キッドは新一の声で休みの連絡をいれてくれたらしい。


 案外甲斐甲斐しい怪盗だな、と思う新一だった。





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終わり。
本編があんまりラブってなかったから、つい…!