夢幻夜行 |
「よぉ。あんた、今暇?」 突然かけられた声に男がビクリと肩を震わせて振り向いた。 二十歳を少し越えたところと言った感じの青年。 服装こそラフではあるが、靴や装飾品など、ブランド物をしているあたり結構金回りが良いらしい。 金に近い細い髪をムースで軽く立たせ、耳には数個のピアスが犇めいている。 どこから見ても東洋人にしか見えない男の目は蒼かったが、おそらくカラーコンタクトの類なのだろう。 一見してただのチンピラのようだが、どこかの組織の末端だろうと二人は考えていた。 腰の当たりに違和感がある。 不自然な形の凹凸は、おそらく拳銃の類をしのばせているはずだ。 男は声をかけてきたのがただの子供二人だとわかると、目に見えて軽く息を吐くのが解った。 「俺たちちょっとお金に困っててさ。カード得意だったらちょっと賭けない?」 「……生憎、そういう気分じゃねンだよ。どっか行け、ガキ。」 「大人げないなー。駄目だよ、そんな余裕がないと彼女に愛想つかされちゃうぜ?」 「うるせぇっ…!ガキはすっこんでろっ」 男はこの店に来る前から酔っていたのか、手にしたバーボンはほとんど手つかずだというのに顔はすでに赤かった。 苛立たしげにグラスを指で弾きながら、視線だけで睨め付けてくる。 普通の相手ならそれなりに怯んだかも知れないが、生憎と彼が相手にしているのは平成のホームズとルパンだ。 少しも動じた様子はない。 それどころか、ひょいと肩を竦めた鍔付帽の少年に合わせるようにニット帽の少年も手を挙げてみせる。 その仕草が妙に様になっていて、どこか似た雰囲気の彼らに一瞬気を緩めそうになった男だが、軽く瞬いて振り払う。 「あらら、フラレちゃったね、シン。」 「しゃーねー、他当たるっきゃねーか?」 表面上は軽口を叩いてる少年二人だが、台詞とは裏腹に、瞳では別のことは語っていた。 “どうする?コイツ、口固そうだぜ?” “一旦引く。” 違うことなくしっかり伝わったのか、二人はまた元居た席へと戻っていく。 案外良いコンビネーションである。 「で、この後どーする?」 「あいつが出たら俺も出る。誰かと接触するかもしれないから尾行する。」 「俺“ら”にしろって。俺もついてくしv」 「……なんで。」 「面白そうだからv」 「……お前って暇?怪盗ってそんな暇なのか?」 「失礼な奴だなぁ。好奇心旺盛の探偵さんに言われる筋合いないと思うんだけど?」 「なんでも良いけど邪魔すんじゃねーぞ。」 どこから出したのか、快斗はトランプを持った手をくるりと翻した。 と、次に見えたときにはトランプは白いバラになっていて、それを新一に向かって差し出した。 「心得てますよ、麗しの名探偵殿v」 一瞬驚いて瞳を瞬かせた新一だが、次の瞬間には不機嫌な顔が現われた。 誰が麗しいってんだ、と文句を言いながら快斗の手をぺちっと払う。 予想していたが受け取ってくれない新一に快斗は苦笑を零したが、新一の視線が照れくさそうに揺らいだことに気を良くした。 再びくるりと手首を返せば、次に出てきたのはとても小さな何かの機械。 「なんだ?」 「超小型拾音器とイヤホン。尾行時の会話方法だよ。」 快斗が新一に寄れよ、と手を招くと、新一は大人しくそれに従った。 トレーナーの襟の内側に拾音器を、一見ただのピアスにしか見えないイヤリング型イヤホンを右耳に付ける。 快斗も自分でそれらを付ける。 取り付ける際に、使うときはここを押してと言われた小さな突起を押す。 途端、イヤホンから周囲の音が入り込んできた。 なるほど、これは高機能なメカだなぁと新一は思わず関心する。 何か小声で喋ってという快斗に促されて二人で感度を確認し、問題ないとわかると再びボタンをオフに切り替えた。 「便利なモン持ってるな。」 「仕事で役に立つよ。全部俺の手製だから足はつかないし、高性能だしv」 「…馬鹿みたいに頭良いからな。」 「馬鹿って…、シン…」 ガックリ項垂れる快斗を見て新一が楽しそうに笑う。 なんだかこうしてると普通の(と言っても今は格好がアレだが)友人同士みたいだと思う。 けれどまず有り得ないことだと快斗は苦笑で雑念を振り払った。 怪盗と探偵、追われる者と追う者の関係で、こうしてふたりひとつのテーブルに腰掛けていること自体有り得ないことなのに。 これ以上の高望みをしては罰が当たりそうだ。 が、一瞬にして新一の気配が冷たいものに変わった。 凛とした気配が肌に気持ちいい。 快斗も気持ちを改めて男を見れば、会計を済ませに立ち上がるところだった。 二人は無言で拾音器のスイッチをオンにして、男が扉を出た時を見計らって席を立つ。 会計はするからと視線で示せば、新一はひとりで扉へと向かった。 新一には知らせていないが、取り付けた拾音器には発信器も内蔵されている。 今ここで姿を見失ったところで快斗には容易に見つけることが出来る。 意味深な笑みを浮かべているマスターに苦笑で返して、快斗も新一の後へと続いた。 階段を音もなく駆け上がれば、まだそんなに進んでいない男と新一の姿があった。 極薄くなっている新一の気配にさすがだと快斗は感心して、同じように気配を消して新一の元へと急ぐ。 誰にも聞き取れない声で快斗は拾音器越しに新一に声をかけた。 『目立つから別行動する。』 『…わかった。』 極々短い言葉で、それきり黙ったまま二人は別れた。 新一は男の後方30メートルほどをキープして、快斗は持って生まれた身体能力を生かして。 男に気取られないように慎重に動く。 その後、男は何度か同じようなバーに立ち寄っては時間を潰して出る、という行動を続けていた。 時計を見る回数も多いことから、多分何かの約束の時間を待っているのだろうと判断する。 時刻は既に午前1時をまわっている。 と、そこで快斗からの声が聞こえた。 『…名探偵、おそらくあいつは2時に○○倉庫に向かうつもりだ。』 『なんでわかるんだ?』 『俺の情報の中で、今夜午前2時に○○倉庫で取引があるんだよ。拳銃のね。』 なるほど、と短く新一は答えた。 それからしばらく何事か考えていたかと思うと。 『…なんでそんな情報を知ってる?お前には必要ないんじゃないのか?』 快斗は沈黙した。 咄嗟に何も答えることが出来なかったのだ。 表向きの怪盗キッドとは、ビッグジュエルと呼ばれる宝石を狙う怪盗なのだ。 拳銃取引のことまで知る必要はない。 まさかとある巨大組織を壊滅させるために動いてる、とはさすがに新一と言えど教える訳にはいかない。 黙ってしまった快斗に新一はふっと息を吐いた。 『…今のナシ。』 『…へ?』 『俺、泥棒になんか興味ないし、聞いたってしょうがないし。』 新一の突き放したような言い方にホッとしたものの、快斗は少し哀しくなった。 けれど。 『……俺が、自分の力で暴いてやるよ。』 凛とした透明で綺麗な声が、快斗の耳を通じて心の奥にまで響く。 なんだかひどく嬉しくなって、快斗はくしゃりと再び顔を歪めるはめになった。 どうしてこんなに何の抵抗もなく、この人は俺の中に入ってこれるのだろう、と。 どうしてこんなに、欲しい言葉をくれるのだろう。 何も聞いて欲しくない、だって言えないから。 だけど忘れられたくない、“快斗”も“キッド”も自分だから。 誰もわかってくれないと思ってた。 これは我侭だという自覚はあるし、解って貰おうと努力もしなかった。 それなのに。 それなのに、この人は。 言って欲しい言葉を、心を。 こんなにもすんなりと与えてくれる。 もう離せねーよ?名探偵…… 『…期待してますよ、名探偵。』 『言ってろ、バーカ。覚悟しやがれ。』 * * * 男の様子を店の外から伺っていた新一は、快斗の言ったように2時前になって動き出した彼の尾行を再開した。 無駄話は無用とばかりにあれから二人に会話はない。 が、新一は快斗がまだ近くに居るだろうと感じていた。 気配はしないがなぜかわかってしまうのだ。 キッドとは全く関係ないことだと言うのに、面白いからと言って自分から関わってきた怪盗。 変な奴だな、と思う。 けれど反面、自分ひとりではどうしようもなかったので内心有り難くもあった。 裕貴が工藤邸に来てからすでに四日が過ぎた。つまり、失踪から今日で十日目になるのだ。 いい加減、学校の方でも噂になりかけている。 警察に隠し通せるのも時間の問題だし、何より芳樹の身の安全が心配でならなかった。 悪くしたら、もう…と、悪い予感も耐えなかったが、それでも諦めるつもりは少しもなくて。 この繁華街に来て手に入れた情報だが、芳樹の友人の久保田はこの男のような危険な人物と接触があることがわかった。 見せて貰った久保田の写真を頼りに繁華街をうろついてみたり、そういう危険人物との接触を図ろうとしたが、この四日間まるで駄目だった。 そういう者はなかなか表に足を運ばないようで。 今日のようなバーも、新一ではなかなか見つけだすことは出来なかっただろう。 ここに来て漸く見つけた接点を、絶対に無駄にするわけには行かない。 キッドは不思議な男だが、決して悪い男ではないと思っていた。 たまに小馬鹿にしたような笑いをするけれど、新一は嫌いではない。 彼が何かの目的の上に行動をしていることも長い付き合いのうちにわかったことのひとつである。 今日のようにたまに沈黙することはあったが、敢えてそこを聞こうとは思わなかった。 どうしても知りたくなったら、知りたくて仕方なくなってしまったら。 そこは探偵らしく自分で暴いてやろうと思うのだ。 言えないのなら聞かない、けれど何もしないほど大人しくもない。 男は快斗の言ったように取引の相手だったらしく、2時になる10分前に倉庫へと来ていた。 そこで何をするでもなく煙草とジッポを取り出すと、火を付けて吸い始める。 恐らく時間までここで暇を潰すのだろう。 新一はそこから数メートル離れた倉庫の影に身を隠した。 月明かりが丁度影を造ってくれている。 と、背後に微かだが風の動く気配がして振り返ると、立ち並ぶ倉庫のひとつから身軽に飛び降りた快斗が、新一の背後に着地したところだった。 顔を合わせた二人は互いに口角を吊り上げてニッと笑うと、ただ無言で男の様子を伺った。 少し肌寒い程度のこの季節でも、夜になれば結構冷え込む。 長時間外で張り込んでいたために新一の肌はすっかり冷え切っていたが、背後から覆い被さるようにして佇む快斗の熱が背中から伝わって。 新一はぼんやりと暖かいな、と感じていた。 それに気付いた快斗が、倉庫の壁に添えられていた新一の手をぎゅっと握って引き寄せる。 『…名探偵、冷え切ってる。』 ぼそりと低い掠れた声が聞こえて、新一は後ろの快斗を仰いだ。 快斗は握った手を、熱を分け与えるようにそっと自分の頬にひきよせる。 妙に真摯な瞳が目の前で、新一は慌てて手を取り戻すと顔を前に戻してぶっきらぼうに言う。 『お前だって一緒だろっ』 『名探偵ほどじゃないけどね。』 『るせっ』 なんだか慌てている自分に腹が立って、新一はわけもわからず機嫌が降下するのを感じた。 けれどそれとは裏腹に妙に心臓が煩くて。 れらを振り払うように、男を食い入るように見つめることに専念した。 どうやら新一を不機嫌にしてしまったらしいと感じた快斗もひょいと肩を竦めて、再び視線を戻す。 と、一台のバイクが現われた。 男はバイクに乗った人物へと近寄っていく。 なにやら一言二言会話をしている様子で、バイクを降りてメットを取った男から鍵のようなものを受け取っていた。 そこで新一の体が微かに動いたのを快斗は見逃さない。 『なに?』 『…あいつ、あのバイクの男…久保田章弘って男だ。』 『名探偵のお目当て?』 『いや、居所知ってるはずの奴。』 ふぅん、とだけ返す快斗。 何も動かずに見守っていると、二人の男は鍵を手にひとつの倉庫へと近寄ると、カチリと鍵を開けて中へと入り込んだ。 おそらく取引の拳銃でも隠してあったのだろう。 さすがに近寄って中を覗きに行くわけにもいかないので、快斗と新一は二人が出てくるのを待った。 しばらくすると、二人が木箱のような物を担いで出てきた。 ちょっとしたスペースの空いている場所まで運んでくると、二人はその横に佇む。 時計の針が2時を指そうかという頃、漸く一台の車が入り込んできた。 久保田の止めたバイクとは反対側に止まった黒の車体。 盗難車かもしれないが、新一は一応バイクと車の両方のナンバーを記憶する。 車から降りてきたのは二人の男。 ひとりは恰幅が良いが素行のひどく悪い、軽く50は越えていそうな男。 もうひとりはこちらに比べて随分若いが、久保田ともうひとりの男に比べると上だ。 煙草を銜えた、スーツを着崩した様子が“いかにも”という感じの男。 どこかの金融会社関係だろうか。 声は聞こえないが在り来たりの取引の様子に、一応玄人ではあるが大したことないな、と快斗は肩の力を抜く。 もともともしかしたら組織の連中かと思って手に入れていた情報で、新一のことがなくても行ってみるつもりではあったのだ。 新一も思わず黒の組織かと力を入れたが、出てきた男は黒のスーツどころか派手派手しい格好をしていた。 このまま見逃すつもりはないが、取り敢えず優先すべきは芳樹のことである。 新一は飛び出してしまいたいのを堪え、取引が終了し、久保田ともうひとりの男だけになるのを待った。 しばらくして何事もなく木箱とアタッシュケースが交換されると、派手なスーツを着込んだ男達は再び車に乗って戻って行った。 『どうする?』 『決まってる。久保田に話を聞かなきゃならない。』 『…このまま出るのか?』 『生憎、時間が惜しいんでね。』 新一は快斗を振り返らずにずいと進み出る。 背中に感じていた温もりが消えて、一気に夜気に晒された。 アタッシュケースを前に会話をしていた二人の男のもとへと新一は臆することなく歩んで行った。 快斗は、ここから先は自分の踏み込む領分ではないと判断し、ただその場に留まって見守る。 ここから先は“探偵”としての顔に戻るはずだからだ。 うまくいった取引に気をよくしたのか、雑談をかわしていた二人は突然現われた少年に警戒を強めた。 二人してバッと腰に手を当てているところを見ると、どうやら二人とも拳銃を所持しているらしい。 金髪の男は一度新一を見ているだけに驚いているようだ。 「なんだてめぇ、なんでこんな処に居やがるっ」 「泰、知り合いか?」 「知らねーよ、バーで声かけてきたガキだっ」 「ふん…見られたんじゃねぇ?」 取引現場を見られていたとすれば、このまま放っておく訳にはいかないだろう。 無言の少年になぜか泰と呼ばれた男は恐怖心を持って、腰に添えていた手を動かすと拳銃を構えた。 どうやら生かして帰すつもりはないらしい。 「運が悪かったな、ガキっ」 お決まりな台詞を吐いて、いくらか不慣れな動作で安全装置を外す。 が、一向に怯えた様子を見せない少年に泰は眉を寄せた。 久保田も驚いているようだ。 と、それまで無言だった少年が、両手をポケットに突っ込んだぞんざいな態度のまま口を開いた。 「用があるのは久保田さん、貴方ですよ。」 およそ格好とは似つかわしくない口調で、知らないはずの名前を呼ばれた久保田は驚いて目を見開いた。 今度はこちらも拳銃を構える。 「なんで俺の名前知ってんだ?」 「聞きたいことがあったので少々調べさせて貰いました。貴方は立川芳樹の行方をご存知なんじゃないですか?」 「……芳樹の知り合いか?」 「そんなところですよ。」 否定しない久保田に当たりをつけて、新一は尚も続ける。 「立川はどこに居るんですか?」 「…聞いてどうすんだ?お前はここで死ぬんだぜ?」 手にした拳銃を振って見せ、恐怖を煽ろうとする。 「…扱い慣れてない腕で拳銃を使ったところで、衝撃に耐え切れませんよ。」 「うるせぇっ!構わない、泰、やっちまおう!」 「おおっ」 両手で銃を構えると、二人は同時に発砲した。 新一は素早く走り出し、まともに照準さえしてない為に弾は見当違いの方向へ飛んでいく。 両手でしか銃を扱えないところからして素人じゃねーか、と新一は皮肉気に口端を持ち上げる。 そして、以前コナンとして動いていたときに阿笠博士が造ってくれたベルトからサッカーボールを取り出すと、泰に向かって蹴り上げた。 ボールは素晴らしいコントロールで泰の右手に当たり、拳銃が弾かれて宙を舞う。 カツン、と言って地に落ちたそれを、いつのまに移動したのか快斗がひょいと拾い上げた。 「快斗っ」 「危なっかしいなぁ、名探偵は。」 ほらよ、と言って拾い上げた拳銃を放って寄越す。 強かに痛めた右手を握りしめていた泰と久保田は、突然のもうひとりの乱入者に再び目を丸くする。 注目を浴びた快斗は満足そうに微笑した。 白い衣装こそないが、それはまるで怪盗キッドそのものだった。 が、周囲から響いてきた無数の足音に二人の気配がすぅっと冷たくなる。 どうやら現場付近に待機していた仲間が、銃声を聞きつけてやってきたらしい。 みるみるうちに姿を現したのは、妙にガタイの良い男が6人。 泰と久保田を合わせると全部で8人だ。 手に手に拳銃を持っている当たり、あまり良い状況とは言い難い。 「探偵だと!?お前、何モンだっ!」 久保田が声を荒げる。 新一は手にした拳銃を手慣れた様子でガチャガチャと弄ると、片手で久保田へと構えた。 口元に浮かぶのは皮肉な笑み。 夜気がすっと払われて、そこに響いた冷涼な声は。 「…工藤新一、探偵さ。」 ごくりと息を呑む音があちこちから聞こえてくる。 あまりに有名なその名前に、姿こそ違えど皆一様に驚いているようだった。 快斗はひとり楽しそうに見守っている。 「芳樹は俺の友人だ、連れ戻させて貰うぜ?」 パン、と夜の静寂を銃声がうち破って。 片手で構えた拳銃は、けれど正確に的を射た。 久保田の握る拳銃をはじき飛ばし、それを心得ていたかのように快斗が受け取る。 それを引き金に、男たちは一斉に銃を二人の少年へと撃ちだした。 * * * 新一は憤然とした態度で、快斗の右腕に止血を施していた。 時間にしてほんの数分、二人は8人もの男たちを一気に倒してしまった。 …もとい、そのほとんどを成したのは快斗だったが。 新一は手にした銃で相手の拳銃を弾き落として丸腰にさせ、そこを快斗が会心の一撃で次々と沈めていく、といった感じだ。 二人のコンビネーションは見事なものだった。 しかし、一度にひとりしか相手に出来ない新一には当然隙が出来てしまう。 それを狙われた新一がまさに銃弾を喰らいそうになった瞬間、快斗が体当たりで庇ったのだった。 その結果、かすり傷程度だが肩に怪我を負ってしまい、現在に至る。 今は完全に伸びてしまっているが、意識を失う前に久保田に問いただし、芳樹がまだ生きてることを確認した。 芳樹は今、泰の家に監禁されているらしい。 取引に失敗して落ち込んでいる久保田の元へと向かった芳樹は、そこで偶然、拳銃を広げていた泰とばったり会ってしまい。 殺すか殺さないかという話になったが、未だ人を殺したことのない半端な二人にはあと一歩で思い切ることが出来ず、監禁という形で留まっていたのだ。 あわよくば仲間にひきこんでしまえば話が早いと思ったのだが、芳樹は一向に頷かなかったのでずっと監禁されているらしい。 男達のほとんどは気を失ってる。 ひとりは脇腹を押さえたままピクピクしている。 快斗を撃った男だが、怒った新一が黄金の右足で超高校級の蹴りを見事ヒットさせたのだ。 肋にヒビぐらい入ってそうな勢いに、驚いたのは快斗の方で。 無言だが明らかに怒った気配を纏った新一に、正直混乱していた。 こんなに怒ることだろうか、と。 「…名探偵?なんでそんな怒ってんの?」 「うるせぇ、この馬鹿。」 ピシャリと返されてしまい、快斗は殊更困惑顔になる。 というか、このIQ400の彼に馬鹿と言い切ってしまうのは新一ぐらいのものだ。 快斗の手持ちのハンカチで止血が終わると、新一は憤然とした態度のままギロリと睨み上げる。 自然、畏まってしまう快斗だが。 「勝手な真似してんじゃねーよ。」 「勝手な真似って…庇ったこと?」 「そうだよっ」 「うーん…まぁ名探偵には俺の力なんか要らなかったかもしんないけどさぁ…」 少し情けない顔になった快斗に、新一はそうじゃねぇ!と怒鳴った。 「そういうことじゃなくてっ……怪我したら、お前が困るじゃん。」 「…へ?」 「……だってお前……マジックとか、やるし…それってやっぱ手が……大事だし………。」 新一の声はどんどん尻すぼみになっていくが、それと同じぐらい頬が赤くなっているようで、快斗は思わず綻びそうになった口を必死で引き結んだ。 無理に引き結んだために思わず変な顔になる。 それを見た新一が口を尖らせたので、快斗は今度こそ綻ぶままに笑ってしまった。 ポーカーフェイスもどこへやら、とても嬉しそうにくしゃりと笑う。 「心配してくれたってこと?」 「そっ、んなんじゃっ…」 否定しかけて押し留まると、新一は深く溜息をついてぽつりとこぼす。 「だって、俺の所為で怪我とかされたくないんだよ。俺の行動はいつも無茶だって知ってるけど…それに誰も巻き込みたくないし。」 「良いんだよ、名探偵。だって俺が好きでやってんだもん。」 「だけど」 言いかけた言葉が途中で詰まる。 見上げた怪盗の顔が。 笑顔が。 いつものシニカルな笑みじゃなくて、もっとずっと暖かくて優しいものだったから。 紫紺の瞳がキラキラしてて、漸くまともに見た顔はどこか自分と似ていた。 「お前が怪我すんのヤだし。勝手に動いちゃったんだもん、しょうがないでしょ?」 だから誰も責めなくて良いよ。 キラキラした目のまま快斗が言う。 新一はなんだか眩しい気がして、蒼の双眸をスッと細めた。 勿論、自分の所為で誰かが怪我をするのは嫌だけど。 俺だって“お前”が怪我をするのが嫌だったんだ。 その言葉は声にはされず、新一の中にだけ響いた。 「で、この後のご予定は?」 「芳樹を迎えに行く。ここには警部を呼ぶから…」 少し眉を顰めた後、お前は帰れよ、と言った。 犯罪者を庇うかのような行為に少しだけ抵抗があるが、新一は敢えて言う。 キッドが居なければここまでこれなかったのは事実だし、キッドがそう言ってくれてもこの怪我は自分の所為だ。 ただ完璧な機械のように“犯罪者は捕まえる”ことは出来ない。 どこまでいっても自分は不完全な人間でしかないから。 そんな新一の葛藤を知ってか知らずか、快斗はくすりと笑みをこぼす。 「好意は有り難いけど、せっかくだから最後まで付きまとわせてよ?」 「芳樹のとこまで来るのか?」 「そうv」 呆れたようにはぁ、と溜息をついたが、新一は駄目だとは言わなかった。 短縮を押して目暮に連絡し、なぜ今そこに居るのかと聞かれそうになったが詳しい話は後回しにしてさっさと電話を切った。 電源まできっちり切ってしまうと、二人は泰の家へと向かった。 そこは安物のアパートで、こじんまりした造りになっている。 ひとり暮らしの学生や老人が多いらしく、隣人同士の交流もあまり有るとは思えない場所で、監禁場所としては申し分ない。 鍵はあっさりとキッドが開けてしまったので、二人は労せず部屋の中へと上がり込む。 男のひとり暮らしだと言うことで室内はかなり散らかっていて薄暗い。 玄関の直ぐ隣にトイレがあるが風呂場はない。奥に進むと簡素なキッチンがあり、その奥が寝室、といった様子だ。 食べ残しやら雑誌やらが散らかってるが、寝室には人の影はない。 新一は迷うことなく奥に進んで、備え付けのクローゼットの戸を開けると、そこには猿ぐつわをされ両手両足を戒められた芳樹が、疲れているのか眠っていた。 眠っている芳樹を引っ張り出して、戒めを解いて口にあてがわれた布を取り払う。 ぴくりともしない芳樹の頬を数回叩いて覚醒を促した。 「ヨシ、起きろよ。ヨシ!」 あんまり起きないものだから睡眠薬でも嗅がされているのかと思いだした頃、芳樹がうっすらと瞼を持ち上げた。 「ヨシ!大丈夫か?俺、誰だかわかる?」 「ん〜……新?なんでこんなトコ居んの…?」 「バーロ、寝ぼけてんじゃねぇよ。」 のっそりと起きあがった芳樹は、次第に記憶が鮮明になったのか、目を見開いて慌てたようにまわりを見渡す。 「新、危ねーよ、ここ!早く逃げねーとっ」 「大丈夫だって、もう俺が片づけたから。お前を迎えに来たんだ。」 「まじ!?」 更に目を見開いた芳樹に苦笑する。 と、それまで壁にもたれ掛かってその様子を見守っていた快斗に気付いたのか、芳樹は誰?という顔をしている。 「あ、こいつは快斗って言って…お前見つけんの手伝ってくれたんだ。」 「そっか!サンキュー、快斗!」 初対面で呼び捨てとは馴れ馴れしいが、人懐こい笑顔は悪い気分にはさせない。 快斗はどこか自分と似た奴だなぁと思いながら笑って構わないとだけ言った。 そして、芳樹の父の裕貴が尋ねてきたことや助け出すまでの経過など、問題のない部分だけをかいつまんで話した。 芳樹は心底嬉しそうに笑って、突然がばりと新一に抱きついて礼を言う。 既に芳樹がこうして抱きつくのは日常と化しているため、新一はあまり気にしなかった。 「まじありがとな、新。俺、ひとりでどうにかしようと思ったんだけど、最初に睡眠薬みたいの嗅がされちゃって、その間に縛られちゃって動けなくってさぁ。」 「ま、これに懲りてもう少し控えるんだな。お前、今回テストも全部受けてないだろ?」 「あー、そうだ!忘れてた!!」 頭を抱えてうんうん唸る芳樹を横目で笑う新一だったが、突然芳樹から引きはがされたかと思うと、別の温もりに抱き締められた。 なぜか新一は、今度は快斗の腕の中におさまっていたのだ。 「あー!新に抱きついてんじゃねぇよ、快斗!」 「ヤダねっ♪シンは俺のっ!」 一瞬頭が真っ白だった新一だが、快斗の「シンは俺の」発言に現実へと引き戻される。 「なっ!誰がお前のだっっ」 みるみる顔の赤くなっていく新一を、おや?と思いつつ眺める快斗。 じたばた暴れ出した新一だがあまり意味はない。 相手は怪盗キッド、新一より遙かに力が強い。 その後、芳樹も一緒になって俺のだ俺のだと騒ぎ出した。 新一のカミナリが落ちるのも、そう遠くない。 BACK TOP NEXT |
似非事件もの。 …シメがいまいち。というか、いつもうまくシメれません。苦。 一番書きたかったところは「工藤新一、探偵さ。」です!! この台詞ダイスキーvv オマケに続きます。 |