赤く輝く宝石を。 夢≠叶える宝石を。










Pandra Game
- plorogue -











「快斗、起きなさい」
 とんとん、と軽く肩を叩きながら覚醒を促す。
 いつもなら呼ばなくても自分で起きてくる息子が、今日に限っていつまで経っても下りてこないからと、千影が自室まで起こしに来たのだ。
 快斗はいつもと変わりない様子で眠っているけれど、その顔が微かにしかめられているのを、彼女は見逃さなかった。
 心配になって何度か肩を揺すれば、ようやく快斗が目を覚ました。
「快斗、大丈夫? どうかしたの?」
 上半身を起こし、立てた片足に預けた腕で額を押さえながら快斗は軽く頭を振る。虚ろな目で室内を見渡していたかと思うと、まるで今気付いたとでも言うように千影を振り返った。
「母さん…」
「どうしたの、快斗? 何か様子が変よ?」
 心配そうに眉尻を下げながら覗き込んでくる母を見て、快斗はようやく現状を理解した。
 ここはいつも快斗が眠っている自室で、母と二人きりで住んでいる自宅だ。森の中でもなければ獣もいない。増して――彼女≠熨カ在しないのだ。
 快斗は自分を見つめてくる千影に苦笑を見せて、なんでもないよと首を振った。
「ごめん。寝ぼけてたみたいだ」
「ほんとに? ほんとに大丈夫なの?」
「母さん、そんなに心配すんなよ」
「だって…」
 彼女の言いたいことがよく分かっている快斗は、殊更にっこりと笑って見せてから勢いよくベッドを飛び降りた。
「ほら、俺はピンピンしてるだろ? もう…、悪夢は終わったんだからさ」
 黒い影を蹴散らし、厄の元を砕き、白い衣装から解放された。それを成し遂げたのはつい先日のことなのだから、彼女がまだ不安に感じるのも仕方ないだろう。しかも、こうして無事に帰ってこられたとは言え、快斗はかなりの重傷を負ったのだ。今でこそギブスは取れたものの、未だ包帯には厄介になっている身である。
 しかし、息子が何をやっているのか知っていながら、千影は快斗のやることに一切口を出さなかった。父親を失った哀しみを背負う快斗に「やめろ」とは言えなかったのも事実、愛する夫を奪った連中に報復してやりたいと思ったのも事実。快斗も千影が知っていることに気付いていながら、何も聞かなかった。
 そして快斗は見事組織を叩き潰し、諸悪の根元である宝石を砕いてしまったのだ。
「着替えてから下りるから、朝飯の用意頼むよ、母さん」
 すでにパジャマのボタンに手を掛け外し始めている快斗に不自然なところはない。それにようやく安堵したように短く息を吐き、千影は「分かったわ」と短く答えて部屋を出ていった。
 その様子を横目で捉えながら、快斗はマジシャンさながらの見事な手捌きで早々と制服を着込んだ。学生鞄にペンケースと携帯電話、それからウォークマンを放り込み、鏡に向かって立つ。
 そこに映っているのは、いつもと変わらない自分の姿だ。昨日までと何も変わらない。傷などどこにもないし、増して力≠ネど使えるはずもない。
 何も、証拠はないのだ。あそこ≠ノ居たという証拠は、何も。
 けれど、全ては現実であることを理解していた。あの森≠熈獣≠熈彼女≠焉A確かに存在していた。
『――集めなさい』
 声が、木霊する。
『赤く輝く宝石を。夢≠叶える宝石を』
 鼓膜を通じ脳に伝達された情報として、確かに刻み込まれている。
『蒼い宝玉を壊されたくなければ、集めなさい』
 快斗はギリ、と唇を噛み締めた。噛み締めたまま、鏡に映る自分の姿を睨み付ける。
 やっと、全てが終わったと思ったのに。

 ――終わりが始まりとなってしまうなんて。





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