恋人たちの一大イベント、クリスマスを数日後に控えた12月20日。
 今日のこの日、黒羽快斗はとある美術館へと予告状を出した。
 狙うジュエルは大粒のサファイア、“LA'CRYMA CHRISTI”――通称“キリストの涙”である。
 青く透き通ったその宝石はまさに涙と呼ぶにふさわしく、クリスマスイベントの目玉展示品としてイタリアから特別に借りだしたのだった。
 普段なら決して日本に来ることのない宝石の来日にいつもなら喜んで予告状を出す快斗だが、今回は渋々、と言った様子である。
 それもそのはず、宝石の展示はクリスマスの真っ只中、12月の24日と25日のたったの二日だけなのだ。
 クリスマス。
 それは恋人たちの一大イベント。
 自他共に認めるお祭り男が、何より大事な恋人と甘々らぶらぶに過ごせる日(普段もらぶらぶなのは言うまでもない)に、何ゆえ仕事に行かなければならないのか。
 が、どうにか渋りに渋りまくった快斗を新一が説得し、せめてさっさと仕事を終わらせて二人きりで過ごせるようにと、快斗は泣く泣く24日に予告を出したのだが……

「あンの白馬鹿男がぁ――っ!!!」

 夜の工藤邸に、快斗の怒声が響き渡る。

「落ち着けって、快斗…」
「俺と新一のクリスマスを返せーっ!!!」

 ご立腹らしい快斗を苦笑しながら慰める新一もちょっぴり残念だということは、快斗には内緒である。










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名探偵の恋愛事情 その7 聖夜宣誓編
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 話は今日の午前中にまで遡る。

「――というわけで、不本意ですが君を招待しますよ、黒羽君。」

 という言葉と共に、倫敦帰りの迷探偵・白馬探の顔面アップを目の当たりにした快斗は、ちょっとどころでなく後退った。
 ガタン、と音を響かせ傾いた椅子が、危ういところで転倒を免れる。
 快斗はその際どい体勢のままに尋ねた。

「……なんの話だ?」
「聞いてなかったんですか?まったく、君って人は!」

 白馬が大仰に落胆してみせるのへ、けれど快斗は冷めた視線を飛ばすだけだった。
 すでにこの迷探偵の扱いにも慣れたものだし、いちいち彼の言うことを気にするほどのカワイラシサも生憎と持ち合わせていない。
 なんの話か知らないが、今の快斗にとっては白馬の話などどうでも良いことだ。
 なにせ今年はどうしても贈りたいものがあった快斗は、イヴを潰してしまう代わりにクリスマスをどうやって盛り上げようか、そのことで頭がいっぱいなのだから。
 何より優先すべきは大事な恋人のことで、後のことは全て二の次である。
 だが、快斗はどうしても聞き捨てならない台詞を聞かされるのだった。

「ですから、24日の夜、君を現場に招待しようと言ったんです。」
「――はぁ!?」

 ポーカーフェイスもすっかりどこへやらと言った様子で快斗が目を瞠る。
 それもそのはず、24日と言えば怪盗キッドが今朝予告を出した日なのだから。
 当然、キッドであるはずの快斗が来れるはずもないと、その顔を見た白馬は満足そうな笑みを浮かべるが、快斗が驚いている理由は白馬の考えているものではなかった。
 白馬が快斗を誘うという行為自体が驚きなのは勿論だが、魂胆が見え見えなのでそれに驚いた訳ではない。
 …なぜ、どうして、新一との大事なクリスマスを仕事に邪魔され、こんな白馬鹿に潰されなければならないのか。
 快斗の驚き、もとい怒りの理由はこれである。

「冗談じゃねぇっ。どうして俺がそんなもんに行かなきゃなんねーんだよっ」
「ですから、僕としても不本意だと言ったでしょう。」
「不本意なら誘わなきゃ良いだろ!俺だって大事な用事があるんだよ!」

 噛みつくようにそう言い募る快斗に、白馬は勝ち誇った顔でフフンと鼻を鳴らした。

「おや、それは残念だ。」

 白馬は意味深な表情で、口元には相変わらずの嫌な笑みを浮かべている。
 これが本当に彼の名探偵と同じ探偵だと思うと、快斗は何だか頭痛がしてくるような気がした。
 白馬の言いたいことは判る。
 君が怪盗キッドではないと言うなら僕の誘いに乗れるはずだろう、と言っているのだ。
 勿論、快斗は以前にも一度こういった事態に陥ったことがあるので、同じヘマをしないようにとの対策は練ってある。
 そこは問題ない。
 ただひとつの大問題は、大事な恋人との大事な時間を潰される、という点なのだ。
 ヘタをすれば白馬のせいで25日まで潰されてしまうかも知れない。
 ここはどうしても譲れないと、快斗は言い募った。

「お前と違って、クリスマスは一緒に居たい奴が居るんだよ。」
「ほほう、そんな人が居たとは初耳ですね。」
「ったり前だろ。なんでわざわざお前に言わなきゃなんねーんだ。」

 ただでさえ彼の探偵は顔が広く、人気も高い。
 そんな探偵の恋人としての意外な一面など、自分だけが知っていればいいのだ。
 わざわざ言いふらすなど、そんな勿体ないことはしたくないというのが快斗の本音である。
 だが、あくまで勝ち誇ったかのような白馬の顔が崩れることはなかった。
 快斗の言い分などまるで信じていない、とその顔にはありありと書いてある。

「君がキッドではないと言うなら、喜んで来てもらえると思ったんですが……」
「イヤだね。」
「まぁ、今回は強力な助っ人を頼んでますから、いくら悪足掻きをしたところで流石の君も今度ばかりは年貢の納め時ですよ。」

 その、あまりに自信に満ちた物言いに快斗がぴくりと反応する。
 強力な助っ人を頼もうなど、自力で捕まえられないことを宣言してるに等しいというのに、白馬はそれに気付いているのかいないのか。

「助っ人?」

 思わず聞き返した快斗に、白馬は嬉々として答えた。

「そうです。あの、工藤新一君に来てもらえるよう、頼んだんですよ。」
「……なんで工藤新一が出てくるんだよ。そいつだって、クリスマスは恋人と過ごしたいんじゃねぇの?」
「いえ!彼に恋人などいません!」
「…どうしてお前にそんなことが判るんだ?」
「なぜなら、彼の恋人となるに相応しい人間が居ないからです!」

 そう、この僕以外は!
 今にも聞こえてきそうな台詞に青筋を立てつつ、それでも快斗が我慢強く言う。

「でもお前が来て欲しくっても、向こうが断わることだってあるだろ?」
「いえ、その心配は要りません。万事巧く手を回してありますから。」

 拳をぐっと握りながら満面の笑みで吐き出された言葉が、決定打であった。
 快斗の神経がブチッ、と千切れる音が響く。

「…上等だ、行ってやろうじゃねーか!」

 こんなキチガイコスプレ野郎に、新一を取られてたまるか!





 昼間の遣り取りを思い出し、快斗は新一が慰めてくれているにも拘わらずなかなか怒りを静めることが出来なかった。
 ばっちりしっかり目暮警部から携帯に連絡があり、是非ともキッドの捕り物に協力してくれと頼まれた新一。
 普段から懇意にしてくれている警部の頼み事なだけに断わることが出来ず、白馬の目論み通りに新一は現場に引っ張りだされることとなった。
 ……せっかくのクリスマスだというのに。

「新一のために色々考えてたのにさぁー…」

 怒りが静まったのは良いが、快斗は今度は落ち込んでしまった。
 だがそれも仕方ないことだろう。
 新一まで現場に駆り出されるとなると、調書だなんだと25日まで潰されてしまう可能性もある。
 それゆえの落ち込みだと判っている新一は、困ったように苦笑を返すだけだった。

「仕方ねぇだろ?」
「だって、蘭ちゃんたちのパーティを折角お断りさせてもらったのに…」
「まあ、俺も楽しみにしてたのは確かだけど…」

 その言葉に余計に落ち込んでしまった快斗に、けれど新一が笑いながら言った。

「でも、現場にはお前も居るんだろ?……一緒に居られれば、それで良いじゃねぇか。」

 そう言って情けなく歪んだ頬をぎゅっと抓む。
 快斗の気持ちも判らなくもないが、何も形式に囚われることはないのだ。
 平穏になった今、欲が出てきてしまったのかも知れない。
 互いの存在がそこにあるだけで幸せだったあの頃。
 自分が居て、相手が居てくれる、歓び。
 それを思えば、二人きりでなくとも一緒に居られるのなら、それだけでも良いかも知れない。
 ……いつかは普通の聖夜も過ごしてみたいけれど。
 快斗は自分の頬を抓る、けれど少しも痛いと思わない手をそっと掴む。
 新一の心底からそう思ってるだろう笑顔が見られるだけで、救われるような気がした。

「…そうだね。新一が居てくれれば、それ以上の我侭は言えないや。」
「だろ?欲張ってンじゃねーよ、バーカ。」

 くすくす笑って、指を絡めて。
 クリスマスにはちょっと早い、二人だけの甘い時間を過ごそうかと思ったとき――

「あら。たまには我侭言っても良いんじゃない?」

 今夜だけは共犯者改め、救世主のような志保の声が聞こえた。



* * *



 そうして12月24日。
 流石に民間人に堂々と手錠を嵌める訳にはいかないので、白馬は現場に来るなり快斗を射殺さんばかりの勢いで睨み付けていた。
 まさに彼の一挙手一投足ですら見逃さないといった様子を、現場へ到着してすぐ見つけてしまった新一は、こっそり苦笑を噛み殺す。

(無駄な努力をご苦労様。)

 表に見える苦笑とは裏腹の毒舌を心中に吐きながら、新一は窓から覗く月を見上げた。
 今年は雨が予想され、実際に数時間前までは雲が空を覆っていたというのに。
 本当に月の加護を受けているらしい怪盗と、優しく彼を見守る月にさえ嫉妬してしまいそうな自分にふんわりと笑みを浮かべた。

「よぉ、快斗。お前、そんな薄着で寒くねぇの?」
「――平気。新一こそ、体弱いんだからコート着て来いよ。」

 黒のジーンズに長袖トレーナー、マフラーを巻いただけの格好をしている快斗。
 思わず心配になって声をかけてしまった新一に、けれど快斗は呆れたような眼差しでにらみ返してくる。
 その瞳の冷たさに、後に言われるだろう毒舌を思い浮かべた新一は思わず隠しきれない苦笑をこぼしてしまった。
 それがまた彼を刺激するだろうとは思っていたが、この後のことを考えると、コートは邪魔になってしまうのだから仕方ない。

「……君たちは知り合いなんですか?」

 と、二人の遣り取りを呆然と見守っていた白馬が怪訝そうに尋ねてきた。
 それに快斗は意地悪げに口端を持ち上げるだけで、

「さあね?」

 不適な笑みで曖昧な返事を返す。
 それへ、白馬は明らかに不快そうにムッと柳眉を寄せた。
 そうして白馬が言い募ろうとした、そのとき――

 ジリリリリリリリ……

 けたたましい警報が館内に響き渡った。
 下らない遣り取りをしているうちに、いつの間にか予告時間になっていたようだ。
 白馬はハッとして、目の前に立つ快斗から目を離すまいとじっと視線を懲らす。

(さあ、黒羽く……いや、怪盗キッド!動けるものなら動いてみろ!)

 が、見られている本人はと言えば、全く気にした様子もなく辺りを見渡しているだけだった。
 館内には警報が鳴り響くものの、いつものように照明が落とされたり閃光で目を眩ませられることはない。
 白馬は瞬時に、何らかの方法で警報を鳴らしたが自分がいるために快斗は動くことが出来ないのだと、自分の勝利を確信しかけた、が。


「Ladies and Gentlemen !!」


 狭くもないが広くもない室内に響き渡る、声。
 その、人をくったような冷涼な声に、誰もがあの怪盗が現われたのだと緊張を強いられた。
 ただひとり、快斗を睨み付ける白馬だったが……
 バサリ、と舞い降りる白い影。
 風にマントを靡かせ、シルクハットを目深に被り、鍔を掴むその手の隙間からは口端をクイと持ち上げた不適な笑みがのぞく。
 カツッと小気味よい音を立てながら着地した怪盗は、集まった視線に満足そうな笑みを浮かべた。

「今晩は、紳士淑女の皆さん。今宵は私から、ささやかながらプレゼントを差し上げましょう。」

 その気障な物言い、隙のない身のこなし。
 どれを取っても怪盗のものでしかないソレに、驚いているのは白馬だけで。
 怪盗と快斗とを、何度も首を巡らせながら困惑に満ちた顔で見比べている。
 そこへ、中森警部は相変わらずの熱血ぶりで怒鳴り声を上げた。

「何がプレゼントだ!貴様が大人しく捕まるとでも言うのか!?」
「欲張ってはいけませんよ、警部殿。ささやかな、と言ったでしょう?」
「なにぃ〜!?」

 キッドはモノクルに隠れていない方の目をパチリと瞑ると、微かな声でカウントを始める。
 何が起こるのかと焦った警部は、部下達に声を張り上げてキッドを捕まえるよう促すが、一足遅い。
 ゼロ、と声高にキッドが叫ぶのと同時に、展示室の四隅から白い煙が吹き出した。
 一瞬、眠り薬の類かと身構えた警部たちだったが……
 白い煙はキラキラと、光を弾いて輝きながら舞い始めた。
 ゆっくりと風に遊ばれるように舞い踊る光は、いつの間にか落とされた照明の下に美しく映え、まるで聖夜に降り積もる粉雪のようだった。

「キレー…」

 誰かが呆然と呟いた、直後。

「今夜はイヴ……お付き合い下さった警察の面子のためにも、今回のみ、宝石は見送ることに致しましょう。」

 それが、私からのプレゼントです。
 にっこり笑ってそう言った怪盗に、警部が面食らったような顔を向けるが、次の台詞に再び固まった。

「ただ、工藤探偵を私へのプレゼントに頂いていきますね♪」
「――なにぃ!?」

 再び先ほどと同じ台詞を吐いた中森警部だったが、怪盗の動きは早かった。
 ポン、という小さな破裂音とともに新一の姿が消え、次の瞬間には怪盗の腕の中にすっぽりとおさまっている。
 新一自身も予想していたこととは言え、やはりタネの解明できないマジックに小さくうわぁ、と声を上げてたりする。
 怪盗は探偵を手に、偽りの白い翼をバッと背中に広げた。
 その腕の中で、新一は快斗にふと視線を投げる。

『後できっちり暖めてもらいなさいよ。』

 唇の動きだけでそう言った快斗に、新一は今更だとは判っていても思わず顔に熱が集まるのを止めることは出来なかった。

 そう。
 今黒羽快斗としてそこに居るのは、快斗の変装をした志保だった。
 普段ならばかっぷるに当てられるのはごめんだと傍観を決め込む彼女だが、今夜ばかりはクリスマスプレゼントと称して彼らに協力してくれたのだ。
 プレゼントは、イブの夜からクリスマスにかけての二人だけの時間。
 普段からあまり無欲とは言わないが、本当の意味で我侭を言うことのない彼らへ、彼女なりの優しさのつもりなのだ。
 そしてそれを、快斗も新一も有り難く受け取ることにした。

『…サンキュ。』

 新一もまた唇の動きだけでそう伝えると、今度は志保が快斗の顔で不機嫌そうに眉を寄せる。
 素直ではない彼女の、彼女を良く知る者にだけ判る照れ隠しだった。
 どこか遠くで、12時を知らせる鐘の音が聞こえてくる。

「Merry christmas!!」

 怪盗はそう声高に言うと、白い翼でふたり分の体を支えながら夜空に飛び立った。
 …そのショーケースに収まる宝石が、怪盗の手によってイミテーションとすり替えられ、後日こっそりと元に戻されることには誰ひとりとして気付かぬまま。



* * *



「…帰ったら志保ちゃんにお礼言わなきゃな。」
「…ああ。」

 杯戸シティホテルの屋上にひっそりと佇みながら、ふたりはそんな会話を交わしていた。
 今夜は予め予約を取っていたこのホテルに泊まる予定なのだ。
 夜中の12時を過ぎたというのに、この東都は眠りを知らないのか、眼下には幾億もの灯りが瞬いている。
 その煌びやかな夜景を見つめながら、新一が言った。

「メリークリスマス、快斗。」
「…メリークリスマス、新一。」

 白い衣装のまま、包み込むように快斗は背中から新一を抱き締めた。
 風に晒された衣装はひんやりと冷たかったけれど、すぐにその奧の暖かさがじんわりと伝わってくる。
 今年も去年同様に慌ただしいクリスマスになってしまったけれど、去年よりずっと幸せなクリスマスにもなった。
 闘いの中で気持ちを抑え付けていたあの頃とは違う。
 互いに思いを打ち明け、受け入れ、何より強く望んだ存在をお互いに手に入れて。
 それが何よりの幸せだと、思う。

「俺からのプレゼント……受け取ってくれる?」

 不意に、どこか切なげな声で快斗が囁いた。
 耳元に直に吹き込まれたその言葉に、新一は不思議そうに振り返る。

「当たり前だろ。今更何を心配してんだよ、お前。」
「ん…心配って言うか、緊張って言うか…」

 先ほどまでの不適な態度はどこに落としてきたというのか、なんとも情けない表情の快斗に新一は小さく声を上げて笑った。
 こんな些細なことにどんどんと惹かれていく自分が嬉しくて。…嬉しくて。

「俺からも、あるんだけど。…要るか?」

 ふっと微笑みながら囁くと、快斗は笑顔になって頷いた。

「要る、要るっ!新一のプレゼントなら、何だって喜んじまうって!」
「へぇ、アレでも嬉しいのか。」
「ぅっ………アレでも、嬉しいことは嬉しいよ…」

 口をへの字に曲げながら頷く快斗に、新一は冗談だよと笑いながらくるりと向き直った。
 快斗と正面から向き直り、抱き締めていた手をそっと掴む。
 しなやかで大きくて綺麗なマジシャンの手から、シルクの手袋を取り上げて。

「俺からのプレゼント。」

 そっとその指に嵌め込む、銀のリング。
 快斗が瞠目した。

「……永遠の戒めだ。」

 ニッ、と不適に探偵の顔で笑ってみせれば、途端に快斗は新一を力の限りに抱き締めた。
 恋人同士の間で贈られるペアリングとは訳が違う。
 永遠を誓う者だけが贈る、それ。
 永遠の戒めとは、なんとも新一らしい言い方だけれど……

「……二度と、返さねぇぞ。」
「当たり前だ。ンなことしやがったら承知しねぇ。」
「…この先のモン全部、俺、縛っちまうぞ。」
「勘違いするな。俺がお前を戒めるんだよ。」

 確保不能の怪盗を捕まえるのは、これまでもこれからも、俺だけで充分だ。
 誰にもやらない。誰にも奪わせない。
 ……誰にも、お前が心奪われることを、赦さない。
 自信に満ちあふれたその言葉に、けれど快斗は嬉しさを隠しもしない笑みを向けるだけで。

「じゃあ、これは俺からのプレゼントだよ。」

 そう言って新一の手を取ると、今度は快斗が新一の指に銀のリングをそっと嵌める。
 新一が吃驚眼を向けるが、もう快斗は笑みを崩さずにはっきりと言った。

「俺からも、永遠の戒め。」
「快斗…」
「新一を一生離さない。…離れることも、赦さないから。」

 新一に先越されちゃったけどね、と苦笑する快斗。
 新一は小さく「バーカ」と呟くと、逃げるように快斗の肩に顔を埋めてしまった。
 背に回された腕の力強さが、快斗に微笑を浮かべさせる。



 何を約した訳でもなく、ふたり揃ってシルバーリングを贈りあった。
 まるで運命のようなそれに、信じてもいない神をほんの少しなら信じても良いかと思った。

 今、生きていること。
 ふたりでいられること。
 ほんの少し。
 叶わないと知りながらも。
 今、この時、世界中の全ての生き物が幸福であれば良いとさえ、思える。



「「…たとえ何があっても、この想いは消えないことを、誓う…」」

 世界中が寒い寒い冬に包まれる中、ここだけが唯一の暖かい場所だった。



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