翔べない天使
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右を見ても左を見てもカップルだらけ。
仲良さそうに手を繋いでいるところもあれば、喧嘩でもしたのか、不機嫌そうに眉間に皺を寄せながらも側を離れない人もいる。
たまにちらちらとこちらに視線を投げてくる女の子だけのグループもいるけれど、快斗はそれらを全て綺麗に受け流していた。
女の子の視線を集めるのに悪い気はしない。
自分は二枚目だとかひけらかす気はないけれど、少なくとも見目は悪くないと自負しているし、もて囃されて喜ばない男はそういないだろう。
けれど、こんなカップルだらけのデートスポットに快斗が一人で立っているのは、他でもない大事な恋人がここにやって来るからなのだ。
その人の前には、どんな可愛い女の子だろうと快斗の気持ちを一ミリだろうと動かすことは叶わない。
「快斗!」
その恋人が息を切らせて駆け寄ってくる。
誰にも媚びない強い眼差しが自分を見つけて和らぐだけで、快斗の鼓動は呆気なく跳ね上がる。
「悪ぃ、待たせたな」
「来れただけ上出来だって。もう片付いたのか?」
「あぁ、なんとか。後は警部たちだけで何とかなると思うし」
お疲れさま、と声を掛けながら、快斗は新一に映画のチケットを渡して館内へと先導する。
ここ一ヶ月ばかり、新一はある事件に掛かりっきりで休む間もなく警視庁に通い詰めていたのだった。
先月の上旬、新宿都内で起きた爆弾事件。
人通りの多い路地での爆発がその後二件続き、新宿都内連続爆弾魔事件と称された。
その事件の犯人が捕まったのがつい一週間前のこと。
日本警察の救世主こと名探偵工藤新一が捜査に駆り出されたのは二件目の爆弾事件に偶然巻き込まれたせいではあったが、それはそれ新一のこと、迷宮無しの名探偵は事件が解決するまで決して手を緩めないのが鉄則だ。
おかげで犯人逮捕後の事情聴取が済んだその直後、取調室を出た瞬間に睡眠不足からによる貧血を起こして倒れたりもした。
快斗の忠告を無視しての無茶な捜査の結果ゆえ、新一はその後二日は自宅に軟禁状態。
漸く外出許可が出たのが三日前で、つい今し方まで事件の処理を手伝っていたのだ。
「…ありがとな、快斗」
指定の座席に腰掛けながら、新一はついでのようにぼそっと言った。
彼を知らない人なら「心が籠もってない」と文句のひとつでも言われてしまいそうなものだけれど、快斗は違う。
その、照れ隠しのように零された呟きこそが、何より意地っ張りな彼の精一杯の本音だとわかっている。
だから快斗は、散々無茶をして大いに心配をかけてくれた恋人だけれど、「一緒に映画を見に行くんなら、それでチャラにしてあげる」のだ。
「たまにはのんびり映画ってのも悪くねぇな」
始まりのブザーとともに暗くなる館内で、彼の顔が薄く朱に染まって見えたのは錯覚ではないだろう。
快斗は綻ぶ口元を隠すことなく、恋人の耳元にそっと吹き込むように「そうだろう」と囁いた。
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