「ご迷惑はおかけしません。お邪魔でしたら、僕一人で動きますので」 そう言って、半ば強引にキッドの捜査に介入した。 キッドを専任する中森警部はもちろんガキの探偵なんて煙たがったし、ロンドン帰りの高校生探偵も俺の実力を知らないせいか苦笑していた。 でもそれも最初の内だけで、すぐに俺の捜査への参加は認められた。 キッドが俺の仕事がやりやすいようにと、宝石を俺伝いに返すようになったから。 「盗んだ宝石は…名探偵、あなたにお返しすることにしよう」 二度目の捜査であいつはそう言うと、閃光で警察の目を眩まし、気付けば宝石は俺の手の中。 警部にも白馬にもキッドの行動の意図はわからなかっただろうけど、おかげで捜査にはいつも参加するようになった。 あいつは約束を違えず、いつも鮮やかに驚くような手口で盗んでいく。 標的こそ奪い返せても、いつも飄々と逃げられる。 だけど追い続ける。 怪盗キッドを、捕まえるため。 |
K.I.D. |
涼しい夜風が頬を撫でて通り過ぎていく。 夜間飛行にはもってこいの風。 きっと今夜もこの風に乗ってあらわれるのだろう。 「中森警部。警官を数名、おかりしても良いですか?」 「借りても良いかと言われてもねぇ……」 事前に割り出した、今日の盗みの通過点になるだろう場所に張り付く。 けれどそれには新一ひとりではさすがに難しい。 中森警部は苦い顔をしていたけれど、数人…というよりむしろ、新一のまわりにいた警官達が騒ぎ出した。 「警部、私が行かせて頂きますっ!」 「それなら私も!」 「僕も行きます、任せて下さい!」 「なんだ、お前ら………?」 勢いよく自己主張をし出した警官に驚きつつも、新一にぜひと詰め寄られ、応と答えてしまった。 けれどあまりに人数が多かったため、3分の2ぐらいの警官は残される。 運良く許可の出た十数名の警官達は、新一に連れられ、もとい新一のまわりをぐるりと囲って、目的の場所へと歩み出す。 「それじゃすみません、有り難う御座います、警部」 「あ、あぁ…警備の方は任せたまえ」 残された二十名余りの警官達は、恨めしそうに「いっつも逃げられてるくせに…」と思った。 「それじゃ、それぞれコレをつけてもらえますか?」 そう言って手渡すのは、眼鏡のようなモノ。 なんだろうと思いながら警官達は受け取る。 かけてみれば視界が暗くなり、サングラスなのだとわかった。 「これは、知り合いの博士に作ってもらった特殊なサングラスです。これならキッドの閃光弾にも目が眩んだりしませんよ」 「さすが工藤君ですね…」 「いえ、すごいのは博士ですよ。あ…ちょっと足りないですね…僕の分、宜しかったらどうぞ」 ニコリと笑顔付きで渡されたサングラスを受け取り、警官は喜びに顔が崩れる。 けれど新一はそんなことには気付かない。 「警備についてもらいたい位置は、それぞれこことこことここと…二人以上でお願いします。キッドはハングライダーで迂回して、ここにまず降りるはず」 新一の説明にうんうんと頷いて、それぞれが指定の位置に身を潜める。 新一は一人で行動する。 それからどれくらい時間がたったか。 ときたま吹き付ける風の音と、遙か下方から聞こえる喧騒の他には何も聞こえない。 時計に目をやれば、あと数秒で予告時間と言うときだった。 ビルの屋上に、小さな白い鳥が舞い降りる。 よく見ればそれは鳩で……… そう思う内に、ぽんっという破裂音と共に没薬臭い臭いが充満する。 夜風がその煙を追い払えば、どういうマジックなのか、そこにはキッドが立っていた。 指定の位置に立っていた警官達が、わっと飛び出す。 四方八方からキッドめがけて飛びついて。 けれど新一は一人、まだ動かない。 「残念………」 キッドの冷涼な声が響く。 けれどそれは警官達の群がるそこから聞こえた声ではなく、警官は混乱した。 再び煙が吹き上げたかと思うと、掴んでいたはずのキッドは鳩となって夜空に舞い上がる。 そこから数メートル離れた場所に、キッドは悠然と佇んでいた。 その白い鳩がキッドのもとへと帰ってきて、 「あなた方の動きは把握済みですよ」 不適な怪盗は目深にかぶった帽子の奧で笑っている。 余裕の態度で鳩に視線をやる瞬間に、新一はすぐ側の物陰から飛び出した。 「残念、俺も把握済みだぜ…ッ」 言うなり捕まえようと手錠を握る手を差し出した。 一瞬驚いた表情を見せたかと思うと、キッドは閃光弾を床に叩きつける。 辺りを光が支配した。 眩しさに目が眩み、新一はうめくと、闇雲に手を伸ばす。 キッドはその腕を掴んだ。 「惜しかったですね…少々、意表をつかれましたが」 「うるせぇっ離せ、この!!」 見えない相手に悪態をついた。 あとちょっとというところでの失敗。 阿笠博士の新アイテムのサングラスを警官に渡してしまったことを後悔する。 けれど、 「おいこら、工藤君から離れろ!!」 「逃がさねぇぞ、怪盗キッド!!」 「新一くん大丈夫かい!?」 口々に叫びながら、サングラス装備の警官達は閃光弾をもろともせずに突っ込んできた。 キッドは今度こそ驚いた。 飛びかかろうとする警官達から飛び退いて、新一の腕を解放すると、キッドは声高に叫ぶ。 「失礼、先に進ませて貰いますよ!!」 「待てぇーーーー、怪盗キッドぉ!!」 「コノヤロウ!」 「いや、良い、後は警部に任せよう!それより工藤君だっ」 追いかけようとした警官を警官が呼び止め、まだ光に奪われて戻らない視力でふらつく新一のもとにわいわい集まった。 「大丈夫ですか?」 「俺がサングラス、貸りちまった所為で…」 「いいえ、平気ですよ。目も慣れてきましたし。キッドは逃がしちまったけど、警部がなんとかしてくれるでしょう。みなさんも応援に行ってくれますか?」 瞬きを繰り返す新一に、「でも…」と警官達は躊躇っている。 「平気ですから。キッドから宝石を守って下さい」 ニコリと笑みを向けると、警官達は後ろ髪を引かれながらも現場へと向かっていった。 誰もいなくなってから、ようやく視力が全回復すると。 「さて、と…そんじゃ俺も行きますか…」 非常階段を通って、現場には寄らずに、新一はすでに馴染みとなっているビルへと向かう。 ああ言ったけど、多分というか絶対キッドは盗んでくるだろう。 宝石を受け取る内に、いつの間にか指定の場所になってしまったそこ。 結果が分ってるってのも情けねぇなと苦笑しながらも、足早に移動する。 すでに彼はもう盗み終えてるかも知れない。 「遅かったな、名探偵」 「バーロォ。オメーみたいに便利な足がねぇんだよ」 「まぁね、俺だとひとっ飛びだから」 ここまで走ってきた新一は、上がった呼吸を整えるために背中を壁に預けた。 涼しい顔してる怪盗にちょっとムカッ腹が立つ。 「あーでも今日は結構びびった」 「ぁん?」 「名探偵があそこから飛び出てくるとは思わなかったからさぁ。まぁ張ってるとは思ったからああやってコイツを先に行かせたんだけど」 ごそ、とポケットから白い布を取り出し、その中から鳩を取り出す。 「ま、警官達はひっかかってくれちゃったみたいだけど」 「俺はそう簡単には騙されてやんねぇよ」 「わぁーってるよ」 「それより、…盗ったんだろ」 「もちろん。ちょっと待ってな」 キラリ、と月にかざされた宝石が輝く。 別段興味もなさそうに、落胆した様子もなく、キッドはポイとそれを投げてよこした。 「これも残念賞?」 「そ。がっかりぃ」 大してがっかりもしてないくせに、とちらりと睨んだ。 「あー………そういえばさぁ………」 「なんだよ」 「お前って警官にモテてんの?」 しばらく返事に間が空く。 あーちょっと待て。今なんつった。 えーと俺の聞き間違いじゃなきゃ……… 「……はぁ!?もてるぅ!?」 思い切り呆れた声を出した。 正直呆れてたんだけど。 キッドはなにやら唇をとがらせている。 「だって、お前の手ぇ掴んだときに迫ってきたあいつら、尋常じゃなかったぜ」 「いやそりゃお前、お前がキッドだからだろ。捕まえんのが警察の仕事じゃん」 「そうなんだけど。それとは違うって言うかさ。…って、自覚ないの?」 「あるわけないだろ。っていうかそもそもそんなこと有り得ない」 「………なんで?」 「…オメーの面についてるそれは、目じゃねぇのか」 「目に決まってんだろ」 「それじゃあわかるだろ。誰がヤローに惚れるんだよ」 やっぱ自覚ないんじゃん、とキッドは思う。 ヤローとかジョローとか、そんなもん以前の問題で、お前ってすげー綺麗なんだぜ、と。 そりゃあ警察の方々が惚れてしまうのも仕方がないというものだ。 「まあいいや、そういうことにしとこう」 「なんだそれ。お前なんか今日おかしいぞ」 「あー多分、名探偵に驚かされたからだよ、きっと。捕まりそうだったしなぁ」 確かにおしかったな、と思った。 あとちょっとで捕まえられたのに。 そう思うと、どこかがチリリとした。 …………あれ?なんだ今の。 腹の、あばらの奥の方がチリと灼けるような感覚。 けれどキッドの言葉にすぐにそんな疑問は消えてしまった。 「まぁお前、気を付けろよ」 「なに?なんで?」 「いや、たまには俺の忠告も聞いとけよ」 「は?」 「うん。ま、そゆこと。そんじゃ俺そろそろお暇するわ」 「はぁ?!ちょっと待てよオイ…」 「そんじゃあまた今度、名探偵。次の勝負も愉しみにしてるぜぇ」 言うだけ言ってビルの上からダイブする。 残された新一は、はっきり言って訳が分らない。 気障な怪盗の消えていった空を仰いで、 「なにに気を付けろってんだよ。…お前にかぁ?」 キッドの忠告むなしく、新一にはさっぱり全然全く届いてなかった。 BACK TOP NEXT |