世界一嘘吐きな君を、哀しいほどに、愛してる。
Liar , Liar...
指先の感覚がなくなりながらも、新一は無事組織のメインコンピュータにバグを送り込むことに成功した。
途中、何度も組織の構成員とはち合わせたが、その度に何とか打ち負かして。
そうして新一は今、最終局面を終えた後にキッドと落ち合うはずの場所に立っていた。
「………遅ぇ…。」
予定時刻はとっくに過ぎている。
新一がここに辿り着いた時、すでに時刻をオーバーしていた。
相手が相手なのでそれは致し方のないことだが、それにしても、一向に姿を現わさないキッド。
新一の中に、まさかという焦りが生まれる。
彼に限ってなどという言葉は、この組織を相手には存在しないのだ。
どんなにずば抜けた頭脳を持っていようと、優れた身体能力を持っていようと、彼も自分もまだ高校生で。
つまり……何があっても、おかしくない。
「早く、来いよ…!」
新一は、知らず指で唇をなぞっていた。
彼と最後に触れ合った場所。
まだ、ここには彼の温もりが鮮明に残っているというのに。
(約束だろ?…一緒に還るって、約束じゃねーか!!)
ふたりで還って。
こんな、組織との戦いなんてものとは関係ない、普通の生活を楽しもうって。
もう隠れる必要もなくなったら、思いっきり笑ってやろうって、約束したんだから…!
祈るようにぎゅっと瞼を瞑ったとき、新一の携帯が振動を伝えてきた。
慌ててそれを取り出す。
この携帯は、今はキッドとしか連絡を取れないようにしてある。
つまり、これにかけてくる人物は彼しかいないということ。
新一はまだ生きているという安堵と未だ現われない不安に苛まれながらも、通話ボタンを押した。
「キッド!」
『ごめん、遅くなって。』
「そんなの良いからっ。お前、平気なんだろーな!?」
まさか奴らにやられたなんてこと…!?
『まだ何とか生きてるよ。』
受話器の向こうから、変わらない苦笑の気配が伝わってきて、新一は心底安堵した。
けれどその安堵も、長くは続かずに。
『でもごめん。……一緒に、帰れない。』
新一は自分の耳を疑った。
聞こえてきた声を言葉として脳が処理出来ずに、何度も頭の中で廻る。
それでも心は動揺を隠せずに、まるで早鐘のように鼓動が早く打ち付ける。
「な、に…?なに言ってんだよ……」
自分でも驚くほど、弱々しい声だったと思う。
喉がカラカラに渇いていて、掠れた声を絞り出すようにして紡ぐ。
ごくりと唾を飲み下せば、ジリジリと滲みて痛みが残った。
困惑と同時に競り上がってくるのは、怒りだった。
なぜそんなことを言うのか。
まだ生きているというのに……生きるのを放棄するとでも、言うのか。
「お前、今どこで何やってんだよ!?」
とっつかまえてやると言う思いでそう怒鳴った新一に、けれど返ってくるのは妙に落ち着いた静かな声音で。
『新一はそのままそこを脱出して、警察が来るのも時間の問題だから保護してもらうんだ。』
「…ッばかにしてんのか、お前!!俺がお前を置いてくと思ってんのかよ!?」
携帯を握る手に自然と力がこもる。
「奴らに捕まったのか?」
『違うよ。』
「なら、動けないのか?」
『新一、違うんだ。』
「そうなら、だったら、すぐに行くから…っ」
『新一。そうじゃない。』
強い否定の言葉に言いかけた言葉を呑み込む。
それなら。
違うというなら。
一体なんだと、言うのか。
「ンだよ、お前…!わけわかんねーよ、解るように説明しろよ!」
『………ごめんね。でも、新一にはここから逃げてもらいたいんだ。』
落ち着いた声は、すでに彼が決めてしまっているから。
これは頼みではなく、命令だ。
新一が快斗の“頼み”を断れないと知っての“命令”だ。
理由も話さず、ただ、ここから離れろと。
……自分ひとりで。
「…死ぬ、気、かよ……?」
訳の解らない恐怖で、新一の瞼の奧が不意に熱くなる。
大事な者を失ってしまうかも知れないという、恐怖。
それでも必至で熱が溢れないよう堪えているのは、まだそうと決まった訳ではないから。
まだはっきりと言われたわけではないから。
「死ぬときは、そん時は、一緒って……言ったじゃねーか…」
声が震えた。
……まるで、心の震えが伝わるかのように。
言いたいことはたくさんあるのに、うまく言葉に出来なくて。
もどかしさに唇を噛みしめていると、変わらない静かな声で快斗が言った。
『…ごめんね。でもやっぱ俺、お前には……笑ってて欲しいって、思うんだ。』
世界が、歪んだ気がした。
堪えていたはずの熱が、一筋溢れ、流れる。
続くようにもう一筋、また、もう一筋。
透明な雫が頬を伝っていくのを、新一は気付くこともなく茫然としていた。
囁かれた言葉は、完全な肯定だ。
つまりは……キッドは……快斗は死ぬ、と。
「………つ、き……!」
抑えていた感情が、爆発する。
「嘘吐き…!」
『…うん。』
「嘘吐き、…馬鹿野郎!!」
『うん。…ごめん。』
「お前が、そんなこと言ったら…!!!」
お前がそう望むなら。
俺は、死ぬことも出来ないじゃねぇか…!!
『うん。わかってる。わかってて言ってるんだ。ごめんね?』
「快斗…っ、快斗の、嘘吐き…!」
『うん。でも、愛してるから。』
俺が、愛してるから。
『ずっとずっと……永遠に。』
言の葉が。
魔術師の紡ぐ言葉の魔法が。
棘のある鎖となって、戒めていく。
まるで魔法にかかったかのように、その言葉に拘束され、従わされてしまう。
遠く耳に聞こえてくるサイレンの音。
すでに爆発し、崩壊を始めたカ所もある。
大規模な爆発と、事前にされていた通報によって、警察がここへ乗り込んできたのだろう。
全ては、魔術師の意のままに。
彼らに保護されるのも、時間の問題だ。
「俺、は、お前と一緒に、居たいのに…っ」
『……俺も、居たかったよ。』
「嘘吐き……信じてやんねーよ、もう……。」
誰にでも優しくて、俺にだけ残酷な魔術師の言葉なんて。
だから、せめて。
せめて、最後のその時までは。
その声で、その言葉で、俺に嘘を囁き続けて。
『愛してる……』
その言葉さえ、嘘だったなら。
* * *
疲労が溜まれば、嫌でも眠気に襲われる。
空腹になれば、食事をしなければならない。
それは、生きてる証。
そういった人間の“生”への執着が………今は、大嫌いだった。
嫌でも思い知らされる、“生きている”こと。
三日に及ぶ捜査に酷使された新一の体は、確実に休息を求めていた。
けれど真っ直ぐ家に帰る気にもなれなくて、新一は疲れた体でふらりと外へと出掛けていた。
向かう場所はいつも同じ。
怪盗キッドと初めて対峙した、時計台。
マジックをする黒羽快斗と出逢った、時計台。
正体を明かされた、手を組むと決めた、……好きと告げられた、時計台。
丁度夜七時を示す鐘が鳴り響いている。
間近で聞く音は大きくて鼓膜にびりびりと響いたが、今はそれすらも愛おしい。
「……キレー。」
塔の上から見下ろす夜景は、何度見ても心に響くモノがある。
……ただの感傷かも知れないけれど。
「灰原の奴、怒るかなー。」
不摂生な生活を送るうちに、自然と夕食は隣で取るようになっていた。
すでに定時は過ぎている。
事件に呼び出されていたのは知ってるだろうが、すでに解決済みということも知っているだろう。
けれど今は、それすらもどうでもよくて。
ただこの景色を眺めていたかった。
何度となく彼と眺めた景色。
ことある毎に訪れていた場所。
ここには、彼の気配が今でも感じられるような気がしてならない。
どこまでも白く輝くような、月のように冷涼な。
優しく包み込むような、太陽のように暖かな。
そして、大好きだった、彼の声。
“最低4時間は絶対寝ること!”
――ああ、ちゃんと寝てるよ。
“少なくても良いから、三食は食べなきゃ。”
――大丈夫、食ってるさ。
“……笑ってて欲しいって、思うんだ。”
――…笑ってるよ……お前が、いなくても。
“――愛してる。”
「嘘吐き……なら、今すぐ、俺の側に来てみろよ…!」
側に来て、抱き締めてみろ。
じゃなきゃ、信じてなんかやるもんか。
お前の声は、今でもこの耳に焼き付いてる。
ひとつひとつ、鮮明に。
全ての言葉を思い出せるほどに、覚えてる。
本当に、愛してるなら。
お前のこの戒めから、さっさと解放してくれ。
お前がいないから、生きられない。
お前がいないから、生きるしかない。
あの日、束縛された瞬間から、俺はずっと――
「…………本当に、愛してるよ…」
聞こえてきた声に、新一は目を見開いた。
それはとても聞き慣れていて。
けれど、もう聞けないと、思っていて。
ずっとずっと、頭の中で繰り返し流れていた声だから……幻聴かと、思った。
けれど。
幻と疑う前に。
確かな腕の中に、抱き締められたから。
(……これが幻なら……幻を、選ぶさ…)
「しんいち……」
流れたモノは、狂おしいほど自分を苛み続けた、苦しみ。
流れ、こぼれ落ちる。
地に落ちて、消えていく。
突き刺さっていたはずの棘が、抜け落ちた。
「……ぃ、と…っ」
夢 で も い い か ら。
俺から彼を、二度と取り上げないで……
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予想していた方もいるんじゃないかと思うけど。バッドエンドは無理です(キパ)
快斗さんには出てきてもらいましたvv
次は快斗サイドで書きます。