愛してるから、君のために嘘を吐く。




















Liar , Liar...





















 冷たい風に晒されながら、まるで互いの体温に縋るように抱き締め合って。
 逢えなかった、触れられなかった時間を取り戻すように、ずっとずっとそうしていて。
 新一も快斗も、もうとっくに涙は止まっていたけれど。

 泣いているのは、ふたりの心。


「皮肉だよな……“永遠”を葬ろうとしてた俺が、不老不死なんて…」


 自嘲に歪む快斗の顔を見てられなくて、新一は引き寄せると唇を奪った。
 何もかもが悔しくてやりきれなくて、けれどそれ以上に新一のことが大好きで、快斗は応えるように口付けを深める。

 新一はその口付けを受けながら、何も変わっていないのにと思う。
 ここにいるのは、新一のよく知っている快斗で。
 自分とどこか似た顔も声もそのまま、話し方もキスのくせですら以前と変わらない。
 ただ違うのは、その瞳の色だけで。
 けれどその違いが……絶望的な相違なのだ。

 “永遠”を憎む心は、快斗も新一も変わらない。
 快斗は父を奪われ、新一は生活を奪われた。
 それでもこうして今を生きているのは、その馬鹿げたモノを葬り去る覚悟と、互いの存在があったからこそ。

 それなのに。
 ようやくそれを成し遂げたと思った時に、こんなことになるなんて。


「おかげで死なずに組織は潰せたけどね。……やるせないよ。」


 ひとりで全てを背負い、真実も話さずに姿を消した快斗。
 快斗の苦しみは生半可なものではないだろうと思う。
 けれど、と新一は思うのだ。


「不老不死でもなんでも、お前は生きてる。なのに俺の前から消えたのは…俺がお前を拒絶すると思ったからか?」


 もし、そうなら。
 自分の快斗への想いが信じられてなかったのだ。
 事実、不老不死となった今の快斗を見ても、何の嫌悪感すら抱かないのに。
 自分は、ただ、快斗が側に居てくれると言うだけで、良いのに。

 もしその心を疑っていたというなら、許さない。
 そう思って問いつめた新一だったが、快斗は違うと首を横に振った。


「違う、そうじゃない。新一のことは信じてる。俺が……こんなでも、きっと笑って、生きてて良かったって言ってくれるだろうって。」
「ならなんで…っ」

「側にいたら、無理矢理にでもお前を奪っちまうから。」


 快斗が、ふ、と笑う。
 まるで今にも消えてしまいそうな儚い表情で。
 瞳に宿る赤が、一層鮮やかさを増したようだった。


「お前がいなきゃ耐えられない。永遠なんて、耐えられない。狂っちまう……」


 俺が年を取らなくたって、そんなことは構わない。
 新一が年を取ったって、一緒にいれば笑ってられる。
 だけど、駄目なんだ。
 老いるってことは……いつか死ぬってことだから。
 新一がいなくなったら、そんなのは、俺には、絶対に耐えられない。


「逢ったら、声を聞いたら、…触れたら、絶対に奪っちまうと思った。お前が嫌がっても、無理矢理でも同じ“永遠”に戒めるだろうって。」


 だから、逢ってはならないと思った。
 声を聞くことも、まして触れることなんて、絶対にしちゃいけない、と。
 大好きだから。
 愛してるからこそ、それはしちゃいけないことだと、思った。

 だから、最初で最後の大きな嘘を……君のために。

 その瞬間、バチン、と言う音が響いた。
 続いて頬に走った痛みに、快斗は茫然と、そうした人を見つめた。
 この体に傷がつくことはもうないが、痛みは感じる。
 新一は手がじんじんするほど強く快斗を殴ったが、それでも気が収まらないのか、そのままガッと掴みかかった。


「…っ馬鹿にすんなッッ」


 涙が、溢れる。
 気持ちが高ぶって、ただ、どうして、と思う。
 どうしてコイツはこんなにバカなんだろう。


「俺が嫌がっても俺を奪っちまうからだと!?見くびんじゃねぇ!!」


 襟首を掴んでいた手が、縋るようになって。
 睨み付けていた双眸からは、とめどなく熱がこぼれて。
 新一は快斗の胸に顔を埋めると、声を絞り出すように吐き捨てた。


「いつだって同じだけ想ってきた…同じだけ求めて、同じだけ必要としてた。」


 お前の言葉に戒められてしまうほどに、ただお前だけを想って。


「…自分が狂う方を選ぶほどに、お前が俺を想ってくれたんなら……俺だって同じだけ、狂いそうなほど、お前を想ってるんだから…!」


 お前がいれば、お前さえいれば良いから。
 永遠も不老不死も、組織もパンドラも、全部全部どうでも良いから。
 想うことは、ただ、ひとつだけ。

 もう二度と、離れないでくれ……


「しん、い、ち…っ」


 風が冷たくて。
 胸は熱くて。
 体はフラフラで、頭はグラグラで。
 もう、何がなんだかわからなくて。

 わかってるのは、これだけ。
 愛しい人を失いたくない。
 それから、その人も自分を失いたくないと、言ってくれる。
 ただ、それだけのこと。


「良いの…?ほんと、に……」

 二度と離れないってことは、つまり、……不老不死になるってこと、だよ?


 遠慮がちにぽそりと囁かれた言葉に、新一はむっと眉を寄せた。
 それから不機嫌も顕わな声で言う。


「シツコイぞ。」
「だけど……」
「大体、初めっから言ってんじゃねーか。」

 “お前がいれば良いから、ちゃんと、俺も引きずり落とせ”って。


 快斗のその瞳を見た瞬間から、どういうことかは大体わかってしまった。
 知りたかったのはそれまでの経過と、あんな、生き地獄でしかない嘘を吐いた理由だ。
 快斗に言われるまでもなく、新一だって快斗と一緒に居たいと心底思っているのだから、何も問題はないのだ。


「お前がばかなんだよっ」


 何も気にせずにさっさと逢いに来ていれば、どちらもこんなに苦しい想いはしなくて済んだのに。
 それをひとりで思い悩んで、吐かなくても良い嘘を吐いて。

 けれど、よくわかっているのだ。
 その嘘が誰のためのモノか、なぜこんな苦しい想いを選んだのか。
 全ては、自分のため……





『快斗…っ、快斗の、嘘吐き…!』


『うん。でも、愛してるから』


 ――ずっとずっと、永遠に。





 あの時はその言葉の意味なんて解らなかったけれど、今なら、その重さがよくわかる。
 望まない“永遠”を手に入れてしまい、葛藤し、けれど自分のために自ら苦しみの方を選んだ快斗。

“愛してるからこそ、それはしちゃいけないことだと思った。”

 その心は、嬉しかったから。
 だから。


「俺と…永遠を生きてくれるか?…快斗。」


 泣き笑いのような顔で、それでもしっかりと頷いてくれた快斗に、新一は漸く笑うことが出来た。
 もう随分と浮かべることの出来なかった、心からの微笑み。
 誰もが心奪われて止まない、…大怪盗の心ですら奪った、微笑み。

 快斗もまた、名探偵の心を奪った鮮やかな微笑みで。


「喜んで。…新一。」



 貴方となら、永遠もきっと、悪くない。










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短いですが、次で完結予定。
快斗が嘘を吐いたのはこんなワケでした。
新一は信じられるけど自分は信じられない。
うちの快斗はこんなんばっかだな…;