「準備は?」 「Okay!」 青年実業家風の、スーツをビシッと着こなした男がふたり。 顔を見合わせてニヤリと笑い、夜の町を歩き出す。 その整った美貌に道行く人々が振り返ったが、一方は楽しげに笑い、一方はまるで気にもしなかった。 |
夢幻恋夜 |
二日前、新一の携帯電話に怪盗キッドこと黒羽快斗からのメールが届いた。 内容はごく短く、簡潔に。 “二日後 20時 BAR” すぐにそれが行動を起こす日だろうと直感し、新一は楽しげに笑った。 なんだかんだと文句を言っても、新一は別にキッド…快斗が嫌いなわけではない。 ただからかわれるのが気に入らないというだけ。 あれほど頼りになるジョーカーもいないし、何よりキッドとの仕事は面倒だが楽しかった。 今回は組織も関わってくるということで、厄介な事件になるだろう。 気を引き締めてかからなければこちらの命が危険になる。 けれどいつかはぶつからなければならない相手だ。 逃げていられる相手ではないのだから、こちらから仕掛けて行くも良いだろう、と。 カラン、と鳴って扉が開く音に振り返る。 そこに現われた人を見て、快斗は満足そうに笑った。 「よぉ、シン。時間ピッタリだな。」 「バーロ、遅刻なんてしてたまるかよ。」 ふんと鼻で息を吐き、新一は快斗の座っているテーブルの向かいに座った。 ふたりとも、誰とも判断されにくい格好をしている。 快斗は相変わらずの帽子で顔を隠し、新一もサングラスにニット帽で顔を隠す。 と、そこですかさず盆を持ったマスターがやって来た。 「快ちゃん、ほらよ、ソーダ水。シンちゃんも久しぶり。」 新一の顔が盛大に歪むのを見て、快斗は笑いを堪えきれずに吹き出した。 突然ケラケラ笑いだした快斗にマスターは怪訝そうな視線を寄越し、不機嫌そうに眉を寄せる新一を不安げに見る。 何か拙いことをやったのだろうか、と。 「マ、マスタァ、こいつに“シンちゃん”はねーぜッ!」 「え?だって、シンって言うんだろ?」 「そりゃそうだけどさ!あ、あはは…っ」 腹を抱えながら机に突っ伏す快斗は放っておいて、マスターは新一に向き直る。 「なんか拙かったかい?」 「……シンで結構ですよ、マスター。」 仏頂面で短くそう返した新一を、マスターは不思議そうに見遣る。 以前と雰囲気がまるで違って感じたのだ。 以前来たことがあるこの少年は、一目でマスターの眼鏡に敵う人であったにも関わらず、あれきり一度として姿を現わしたことはなかった。 その理由に、親しげに見えてまるで敵対心を剥き出しにしていた快斗のせいだろうと思っていた。 否、敵対心というよりは警戒心に近い。 得体の知れない相手を探っている状態で、刺々しい気配だった。 けれど今は、その快斗が目の前に座っていても、馬鹿笑いをしていても、新一は仏頂面にはなっても拒絶している風ではない。 マスターのあれこれの観察をどう取ったのか、新一は苦笑して付け加えた。 「その呼び方されると、嫌な顔が出てくるんで。」 いつも過度なスキンシップを好む母親にそう呼ばれている新一は、他人に同じように呼ばれることにかなり抵抗があるのだった。 それに気付いた快斗がまた盛大に吹き出し、 「お、おふくろさんね…ッ!」 と、のたまった。 日本中の男性の視線を奪った女優、藤峰有希子の…多分素の方を想像したんだろう。 新一はいい加減快斗の馬鹿笑いに腹が立ってきて、にっこりと笑って快斗の足を思いきり蹴った。 「!!!」 「あ、マスター。コーヒーなんて頼めますか?」 「ああ、良いよ。」 「じゃあそれでお願いします。」 「あいよ。」 これ以上ふたりのじゃれ合いを身近で見ているとこちらにも火の粉が飛んできそうだと、マスターは早々にその場を後にした。 「名探偵……ひどい……。」 「五月蠅い。自業自得だ、馬鹿。」 ちょっと涙目で訴えてくる快斗に、少しやりすぎたか…と思ったけれど。 そんな罪悪感はものの五秒で消え去ったのだった。 漸く脛の痛みから立ち直った快斗は、まだ少し涙目のまま言った。 「今回はちょっとヤバイから、俺の特殊メイクで変装してもらうぜ?」 「ああ。俺は顔割れてるからな。」 「そゆこと。それに天下のキッド様の素顔がバレる訳にもいかないしねー。」 目の前の探偵であるこの俺にはバレても良いのか、と新一は心の中で突っ込んだ。 まあおかげで結構楽しめたりもするんだけど…。 迷惑もかなりかけられるれど…… ……迷惑の方が多いかも知れない………。 「で、今回はここでバケてくから。」 「何時に出る?」 「まだわかんない。」 「…は?」 詳しい情報が入ったから、今日、行動を起こそうと言うのではないのか? 思わず気の抜けた声をあげた新一に、ちょいちょいと自分の耳を指し示してみせる。 そこにはイヤホンのようなものが付けられ、何かを聞いているらしかった。 「情報は常時更新中、てこと。Okay?」 つまり、何かの盗聴器の類らしい。 新一は眉を寄せ、声を潜めて尋ねた。 「お前、相手は組織だろ?いつ仕掛けたんだよ、ンなもん。」 「正確に言えばね、片方は組織だけど、情報会社の職員の方は末端もいいとこの奴でさ。仕事帰りにそっちに仕掛けたv」 あっさりにっこりそう告げた怪盗に、新一は脱力する。 仕事帰りに。 まるでついでのように。 (ほんとに組織を相手にしてるって自覚、あんのかよ…。) まるで軽いのりの快斗は、けれどすぐに顔つきを改める。 それにつられ新一も表情を改めた。 ほんとはちゃんとわかってる。 やるときはやる奴だと言うことは、誰よりもきっと。 命を張ってる者の余裕と危うさを、いつだって見せつけられているから。 「名探偵に捕まえて欲しいのは組織の方。こっちも下っ端なんだけど、油断は出来ないね。」 当たり前だと返す。 下っ端だからと甘く見ていれば、足下を掬われる。 組織を相手に、警戒しすぎる、ということは有り得ないのだから。 「で、実を言うと……組織の逮捕も、出来なければそれでも良いんだ。」 「え?どういうことだ?」 「奴らは危険だからね、俺たちふたりだけでどうにかなると思うほど自惚れちゃいない。奴らを相手にするなら、もっと綿密な準備が必要だ。」 それは確かにその通りだと、新一は頷いてみせる。 だからこそ、今まで易々と手を出さかったのだから。 「問題は取引相手だ。彼は組織を抜けたがってる。きっと今夜の取引で無茶をやらかす。そうすれば確実に死ぬ。」 「……俺にそいつをどうにかしろって…?」 「そう。」 「……奴らを捕まえるより難しいじゃねーか…。」 彼らに正体を明かさず、その上でその男を救って欲しいなど。 そんな無理難題…… 「やってやろうじゃねーか。」 ニッ、と笑って瞳で睨む。 快斗もそれを楽しげに受けた。 そう、無茶は承知なのだ。 けれどやめられない……だって、彼は探偵だから。 殺人を予告されながらそれを阻止しないのは、同罪だから。 (それに、お前だったら絶対出来るって自信があるしね。) そう、これは彼にしかできないこと。 作った心ではなく、本物をぶつけてくれる、彼だからこそ出来ること。 本当にその組織を抜け出したいと思うなら……名探偵に認められなければ、俺に助けるつもりはない。 * * * 22時が過ぎた頃、快斗と新一はマスターに代金を払ってトイレへと消えた。 取引の時間が指定されたのだ。 得意のマジックで快斗は素早く変装することが出来るが、新一はそうはいかない。 ふたりして個室に入って、快斗が予め用意していたスーツとマスクをつける。 一見して、青年実業家風の男がふたり。 仕事帰りに疲れを癒しに飲みに来た、といった感じだ。 あとは奥歯につける型の変声器を取り付けて…… 「準備は?」 「Okay!」 ニッ、と笑みを交わしあって、ふたりは店を後にした。 「名探偵、車の運転は出来るか?」 イヤホンの音に集中していた快斗が不意にそう告げた。 険しい表情をしている。 「無免だけどな。」 「この際無免許なんて言ってらんねー。大急ぎで移動すっぞ!」 「ええ??」 快斗は新一の手を掴むなり、夜の繁華街を全速力で走り出す。 その俊足さに新一は唖然とした。 サッカーでかなり鍛えられた足をもってしても、追いつくことが出来ない。 まるで引きずられているような状況だった。 ぐいぐい引かれる腕が多少痛んだが、それでも何も言わず走り抜ける。 追い越していく人が怪訝そうに眺めていたが、そんなものはふたりの意識の外だった。 理由はわからないけれど、快斗は急いでいる。 多分、間に合わないかも知れないギリギリの状況にあるのだろう。 それなら自分の出来る限りで、ぶつかるだけ。 やがて辿り着いたのは繁華街のハズレにある駐車場。 そこには一台の車が止まっていた。 「オートマの四輪だ、全速力で飛ばしてくれっ」 引きずり込まれるようにして車に乗り、快斗は助手席に乗り込んだ。 わけもわからずアクセルを踏み込んで発進させる。 新一は快斗の指示に従って車を走らせた。 「どうなってる?」 ダッシュボードの中から小型の携帯パソコンを取りだして、快斗は何かを調べ上げていく。 それを横目に捉えながら、新一は遠慮がちに聞いた。 何か鬼気迫っているのだとしたら、こんな質問は邪魔なだけだろうから。 けれど。 「奴ら、思ったより慎重だ。直前で場所を変えやがった…。俺の読みがハズレたらしい。」 カタカタとキーを打ち込みながらそう答えた。 新一は暫く沈黙した後…… 「運転、変われ。」 「へ?」 「良いから変われって。」 道路を滑らせたまま、素早く座席を交換した。 快斗の変わりに新一がパソコンに向かい、カタカタとキーを打ち出す。 「お、おい!?」 「平気、別にコレ暴こうとしてるわけじゃないから。」 怪盗キッドの秘密を探る訳じゃない。 そう言った新一に、そう言うつもりで言ったんじゃないんだけど…と快斗は苦笑する。 どこまでもフィフティ・フィフティで居てくれるつもりらしい、この名探偵は。 「俺は探偵だ。推理は俺の分野だろ。大丈夫、時間までに場所を割り出してやるから………絶対、な。」 だからお前は運転に集中していろと言われ、快斗は笑って了承した。 これはふたりで始めたシゴトだ。 何もひとりで焦る必要はない。 何もかもを、話を持ち出したのがお前だからと言って、お前ひとりで抱え込むことはない。 俺には俺の出来ることが、お前にはお前に出来ることがある。 だから。 「キッド、違う、Uターンして!逆方向だ!」 言われて、快斗は思い切りハンドルを切ると、素早くUターンした。 その反動で思わずパソコンを振り落としそうになり、新一が慌てて抱え込む。 が、パソコンを庇って自分の頭を窓に強か打ち付けた。 「……ってぇ…。」 「名探偵、大丈夫か!?」 「平気、壊れてない。」 「………………お前の頭のこと聞いたんだけど。」 「へ?」 パソコンのことだと思っていた新一は、思わずキョトンとする。 と、伸びてきた快斗の腕に反応するのが遅れてしまった。 ぐい、と引き寄せられる。 快斗は運転をしたままだ。 運転席の快斗の胸に顔を埋めるような形で、左側頭部をゆっくりとさすられた。 「……痛くない?」 心配そうな快斗の声が、頭のすぐ上から響く。 新一は一瞬にして、ぼっ、と赤くなった。 快斗が、少し晴れた部分に息を吹きかけるようにして看てくれている。 その行為が、なぜか無性に恥ずかしかった。 「だだだいじょうぶだ…、…っ!」 赤いだろう自分の顔を見たくなくて、見られたくなくて、新一は顔を上げることが出来ずに快斗のスーツを握りしめる。 顔が燃えるくらい恥ずかしいのに……それが気持ちいい、なんて。 新一は信じられず、ぎゅうぎゅうとスーツを握りしめる。 「名探偵、マジで平気か?左耳赤いぜ?」 「…平、気っ。」 もちろん左耳だけじゃなく、右耳もばっちり赤いのだが。 顔を快斗の胸に押し付けているため、左耳しか快斗には見えないのだった。 新一は渾身の力で快斗からべりっと剥がれると、そっぽを向きながら言った。 「次、高速乗るから!」 「あ?ああ、オーケイ。」 ギュギュ、とハンドルを切る。 カーブに入ったために余所見をすることが出来ない快斗は…新一の顔が赤かったことには、気付けなかった。 取引時刻まで、あと、38分。 向かう先は……東京に建てられた、帝国ホテル。 BACK TOP NEXT |
恋愛…して下さいよ。。 なかなか思うように行かない…。 まぁこの話は共犯者チックだからね。微妙にらぶらぶでいくのかー? 新一って事件となったら、法律違反なんて軽くしちゃいそう(笑) そんな新一さんは許せませんか、そうですか… |