花も嵐も踏み越えろ






「…貴方たちは死ぬのが恐くないの?」

 作戦の最中。
 楽しそうに時折笑い声を上げながらパソコンを弄っている二人に、ジョディはどこか疲れた声で聞いた。

 実際、とても疲弊していた。
 組織との戦いは日に日に激化してゆくし、当然怪我を負う者もいる。
 ジョディにしても無傷を貫くことはできず、つい三日前に負った怪我のおかげで頭に包帯を巻いている始末だ。
 だと言うのに、目の前の子供≠スちときたら、そんな切羽詰まった状況にも拘わらず冗談を飛ばしては笑い合ったり小突き合ったり。まるで緊張感と言うものがない。
 その手元で行われている操作が、実は各種機関への不正なアクセスだと知っているジョディは、ただただ複雑な溜息を零すばかりだ。

 別に、この二人が危険な任務をジョディや他の捜査官に任せっきりにしているわけではない。どころか、彼らは誰より危険な任務を率先して行っている。
 現に、彼らの腕や顔にも包帯やらガーゼやらがあちこち貼られていた。ジョディが怪我を負った日、彼らも同様に怪我を負ったのだ。
 それは、下手をすれば銃弾が飛び交うような。それどころか、下手をすれば手榴弾でも飛び交うような。最悪――下手をすれば命を落としかねないような。それほど危険な作戦だったのだ。

 その死地を潜り抜けてまだ三日目の今日。
 目の前で屈託なく笑う彼らが、ジョディにはとても信じられなかった。
 彼らは死が恐くないのか。
 さもなければ、死が彼らを恐れているのか。

 彼女の問いに、彼らは対極に立つ者でありながら、同じ笑みを浮かべて言った。

「僕らが恐れているのは死≠ナはありません」

 白尽くめの怪盗と、黒尽くめの探偵。
 彼女には、彼らがまるで双子の悪魔のように思えた。















chapter 08 : ポーカーフェイス

















 それから一週間後、ジョディはジェイムズと赤井とともに新一に呼び出されていた。
 次の作戦までは暫く間が空くからと、相方の怪盗は本業に勤しんでいるらしい。アメリカが誇る法執行機関を相手に何とも太々しいことだが、その目的が例の組織と関わる以上、実質彼の犯罪行為は黙認するしかないのが現状だ。
 従って、次の作戦の打ち合わせのために新一に呼び出された三人だったが…

 現れたのは、かつてキッドが扮していた架空の人物、ルイス・バーナードだった。
 勿論、新一の変装である。別に今日に限ったことではなく、新一はいつも外に出掛ける時には変装をしていた。
 それも当然だ。彼は組織の人間には死んでいると思われていなければならないのだから。

「お忙しい中、ご足労頂いて有り難うございます」
「なに。こう言うのも情けないが、君たちほどじゃあない」

 にこりと微笑む彼はどこから見ても品の良い英国紳士にしか見えず、その中身がまだ高校生の少年とはとても思えなかった。

「それで、進展したのか?」

 無駄話に付き合う気はないとばかりに先を促す赤井に気を悪くするでもなく、新一はこくりと頷いた。

「ジョディ先生のおかげで、大分」
「…やめて頂戴。あたしは何もしてないわ」

 していたことと言えば、ただ楽しそうにじゃれ合いながら見事な腕前でセキュリティの穴を潜り抜け違法行為に勤しむ二人が、必要以上の行為を犯さないよう見張っていただけ。彼女では絶対にああも見事にハッキングを行うことはできなかっただろう。
 これも超法規的措置と言うやつだ。
 かつて日本警察の許可なしに日本での捜査を強行したことのあるFBIなので、今更と言えば今更なのだが。

「それでも、僕らにとってはとても大事なことです」

 思ったよりもずっと真剣な声でそう返した新一は、くるりと背を向けるとどこかへ歩き出した。
 ついてこい、と言うことだろう。
 三人は何も言わず新一の後へ続いた。

 最終作戦に取りかかるのを機に、彼とその相棒は、作戦の拠点をこのワシントンに置くためにこちらへと住処を移した。
 と言ってもジョディはもちろんジェイムズでさえその拠点がどこかは知らされていない。彼の相棒たる怪盗がこちらに教えることを拒否したのだ。
 当然と言えば当然のことだ。いくら一時的にとは言え手を組んだ相手だとしても、本来犯罪者である怪盗が自らの塒を明かすような真似はしないだろう。
 実際は、万が一にも情報が洩れて、全ての作戦の要とも言うべき探偵の身を危険に曝すわけにはいかないからと言う怪盗の思惑があったからなのだが、生憎当人である新一を含め、その事実を知るものはいなかった。

「ここにMOがあります」

 四人の足が公園に差し掛かった時、新一が言った。

「先日手に入れた情報と我らが優秀なる科学者二名の情報を照らし合わせた結果、導き出された組織の息の掛かった人物のリストと、その証拠となりうる情報、及び逮捕に踏み切るだけの罪状など、その他諸々の情報が書き込まれています」

 思わず足を止めてしまったジェイムズを振り返り、新一はMOを彼に差し出した。

「目には目を、歯には歯を、ってやつですよ。腕の力に物を言わせて悪事を行う者には腕の力で、法の力を笠に着て悪事を行う者には法の力で。こちらも対処すべきだとは思いませんか?」

 にっ、と吊り上げられた口角にぎくりとする。
 もっとも、と新一は続けた。

「たとえ彼らがそのどちらで立ち向かってきたところで、容赦する気は毛頭ありませんが」

 要するに、銃だの爆弾だのを持ち出そうという相手は、それ相応の武力でもってねじ伏せ。法律を盾に悪足掻きを見せる相手は、足掻く隙もないほど完璧な罪状で監獄に送り込めばいい。
 そして、そうするだけの力が自分たちにはあるのだ、と。
 差し出されたMOをジェイムズが呆然と受け取る。
 新一は頷いた。

「僕は、彼らの研究施設の潜入捜査に当たります。ですから、そちらの件はFBIの方々にお願いしたい」

 当然、紙の上での捜査よりも、実際に現場に踏み込む潜入捜査の方がずっと危険度が高い。
 しかも相手は黒の組織だ。拳と拳のぶつかり合いならまだマシだが、鉛やら火薬やらが飛び交うことは目に見えている。
 そんな危険な場所にこんな子供を送り込むなんて、とても許されることではない。
 ――けれど。

「…どうせ、断ったところで聞かないんだろう?」

 溜息混じりの言葉になるのは仕方ないだろう。
 それが証拠に、目の前の少年は悪びれもなく微笑みながら頷くのだ。

 ふと、思う。
 彼らが恐れるものとは何だろう。
 人が誰しも恐れる死よりも、彼らには恐いものがあるのだという。
 けれど、ジョディには、彼らには恐いものなど何もないのではないかと思えた。

 長年捜査官として危険と隣り合わせの生活をしてきたジョディでも、死ぬかも知れないと言う任務の前には怯まずにはいられない。
 それが悪いとは思わないし、それでいいと思う。
 臆病と慎重は別物だ。そして、無謀と大胆も別物だ。

 彼らは今、命を落とすかも知れないという危険に、確実に足を踏み入れようとしている。
 同じ危険に足を踏み入れようとしているジョディが死を恐れるのは臆病だからではない。命がひとつしかないことを知り、その尊さを知っているからこその慎重さゆえだ。
 そして彼らが死を恐れないのは無謀だからではなく、大胆だからだ。彼らもまた、命の尊さはよく理解していた。

 その彼らが恐れるものとはいったい何なのか。
 死を前にしてさえ、或いは死ぬ瞬間までも、微笑んでいそうなこの双子の悪魔が恐れるものとは…

「…?工藤君、どうかしたの?」

 ふらり、と。新一の体が傾ぐ。
 何とか自力で堪えたものの、気付けば呼吸も浅く速い。
 変装のせいで分からなかったが、マスクで覆われていない首筋や手首にはうっすらと汗が浮かんでいた。

「やだ…具合悪いんじゃないの?大丈夫?」

 ふらつく体を支えようと手を差し伸べたジョディを笑顔で拒むものの、マスク越しにも分かるほど新一の表情は硬い。
 慌てるジョディを余所に、ジェイムズは冷静だった。

「ジョディ、すぐにタクシーを止めろ。赤井君、彼を運んでやってくれ」

 戸惑いつつも上司の指示に従ってジョディはタクシーを止めに公園の外へと走る。同じくジェイムズの指示通り新一を抱き上げた赤井は、ジョディの止めたタクシーに素早く乗り込んだ。
 見た目は大の大人でも中身は高校生なので大した重さはない。むしろ軽すぎるくらいだと、赤井は眉をひそめた。

 どうやら発熱も引き起こしているらしい新一の襟元をくつろげ、呼吸が楽になるようにシートに横たえる。
 仕切があるとは言え、タクシーの中でいきなりマスクを外すわけにもいかず、マスクはつけたままにする外なかった。

「工藤君。例の発作だね?」

 どこかにコールを入れたジェイムズは相手と言葉を交わすことなく携帯を仕舞う。おそらく相手は彼の相棒の怪盗だろう。
 後部座席を振り返ったジェイムズに、新一は言葉を返すのも億劫なのか、ただ力無く頷きを返すことしかできなかったが、どこからか取り出したカプセルを飲み下すのを見守り、ジェイムズは軽く頷いた。

「ジェイムズ。発作って何なんですか?」

 堪えきれず尋ねれば、運転手への警戒か、ジェイムズはいきなり日本語に切り替えた。

「彼が言ってただろう?薬のせいで小さくなったと。これはその解毒剤を飲んだ副作用らしい」
「副作用!?」

 そんなものを抱えているなんて聞いていなかった。それは赤井も同様で、そのことにあからさまに機嫌を下降させた。
 今まで何度となく作戦をともにしてきたというのに、彼はそんな素振りを一切見せなかった。
 なぜ気づけなかったのかとか、どうして教えてくれなかったのかと思う気持ちよりも、発作が起こる今の今まで完璧に隠し通してきた、そのことにジョディは驚きを隠せなかった。

「発作なんでしょう?病院じゃなくていいんですか?」
「病院はまずい。それに、必要な処置はもうした」

 それは今彼が飲んだカプセルのことだろう。
 しかし、新一の容態は治まるどころか更にひどくなっていく。

「彼が発作を起こした時は、病院ではなくどこか安全な場所で彼を休ませ、薬を飲ませること。いつもの発作ならそれで徐々に治まってくるそうだ。もし、それで治まらない時は――」

 それは判決の時だ、と。

「彼がもとの姿を取り戻せるのか。それとも――死ぬのか」

 そんな、と。呟きが漏れていた。

 徐々に呼吸の乱れていく新一。引かない汗。定まらない視点。
 とても発作が治まってきているようには見えなかった。
 と言うことは、もしかせずとも、今がその判決の時なのではないか。

「…へい、き…ですよ…」

 ふと。
 ジョディの膝に頭を預け、赤井の膝に足を預けるように横たわっていた新一が、真っ直ぐジョディを見上げている。
 荒い呼吸の合間に言葉を紡ぐ。

「僕は…死なない…こんなことで…」

 新一は笑っていた。
 ジョディは込み上げてくるものをぐっと堪えた。

 やがてタクシーは公園から一番近かった赤井の家の前で止まった。
 家に上がり、マスクもスーツも脱いでベッドに横になった新一は、けれど症状がひどくなるばかりで発作は治まる気配を見せなかった。
 今や熱は四十度近く上がり、呼吸は秒を刻む時計の針よりも小刻みに繰り返されている。額どころか全身から汗が滲んでいて、濡れた髪が頬や額に張り付いていた。
 そして時折呻き声を上げながら痛みを堪えるようにシーツの上でのたうち回る。普段クールな彼しか見てこなかったために、その姿はひどくショックだった。
 発作を起こす度に、彼はこんな激痛に耐えてきたのだろうか。

「あ、ぐ、うぅ…っ」

 新一が呻く度、ジョディの肩がびくりと跳ねる。ジェイムズが痛ましそうに眉を寄せる。赤井が苦々しげに視線を逸らす。
 ただ見守ることしかできないのがひどくもどかしい。
 それでも、この場から立ち去ろうとする者はいない。

「う、あ、あああああ――――っ」

 一際高く上がった絶叫に、思わずジョディが耳を塞いだ、その瞬間。



「新一!!!」



 扉を蹴破って入ってきた少年が、ベッドに横たわる新一へと飛びついた。
 飛びつき、暴れる体を押さえ込み、強引に抱き締める。無理矢理、新一の手を自分の背中へと回す。
 新一は殆ど無意識に、背中へ回した手に力を込めてしがみついた。

「新一!俺だ、分かるか!?しっかりしろ!」
「…、と…?」
「そうだ、俺だ、遅くなってごめん、新一!」
「ああ、あ、…ぃ、と…!」

 苦しい、と。
 そこで初めて痛みを訴えた新一は、堰を切ったように叫び始めた。

「痛い、苦しい、熱いっ。死んじまう、きっど…!」

 キッド、と新一が名前を呼んだことで、その見知らぬ少年がキッドであることに三人は漸く気付いた。
 どこか新一と似た顔。年齢もまるで変わらない。唯一違いを挙げるなら、その収まりの悪い奔放な髪ぐらいだろう。

 怪盗キッドは、子供だった。
 いや、変装の得意な彼の素顔がこの少年とは限らない。普通に考えて、怪盗キッドが初めて現れた年を逆算すれば、その正体がこんな子供であるはずがない。
 けれど、なぜかジョディには、この少年こそが怪盗キッドの偽りない真の姿であるように思えた。

 怪盗が探偵を、まるで宝物のように大事にしていることをジョディは知っていた。そして探偵もまた、怪盗を宝物のように大事にしていることを知っていた。
 その相手が苦しんでいる時に、自らの保身を打算する余裕があったとはとても思えない。
 何より――不思議な繋がりを持った彼らがこうして同じ顔を持つことは、いっそ自然なことのように思えた。

「ばかやろうっ、死ぬなんて冗談でも言うんじゃねえ!」

 キッドの怒鳴り声に新一が肩を震わせる。
 あまりの声量にジョディは鼓膜を潰されるかと思った。

「約束したじゃねえか…絶対、独りにしないって…!」

 ジョディは唐突に理解した。
 彼らが最も恐れるもの。
 それは、互いの存在を失って独りになることだったのだ。
 何のことはない、彼らも普通に死を恐れる普通の人間だった。ただ自分の死ではなく、半身とも呼ぶべきこの唯一無二の存在を失うことを恐れていた。
 彼らの笑みは言うなれば戦闘装束なのだ。
 彼らが死を前にして笑っていられるのは、死を恐れないからではない。
 たとえ死ぬほど危険な場面でも、常に互いの存在が隣に在ったから。

「きっど…」

 気付けば、新一の体から煙のような蒸気のようなものが上がっている。
 ――有り得ない。
 人の体から蒸気が立ち上るなど、有り得るわけがない。
 だが、新一の体温は既に四十度を超していた。
 それは人が生きていられるぎりぎりの温度だ。
 すぐに異常に気付いたキッドが目を瞠りながら小刻みに首を振る。
 その唇が戦慄いている。
 その肩が震えている。

「新一、新一、俺を置いて行くな、新一、」

 戯言のように何度も名前を呟きながら、まるで身の内から溶けてゆくかのように立ち上る蒸気を必死に留めようとする。
 しかし蒸気はそんなキッドを嘲笑うように指の隙間をいとも容易くすり抜けてゆく。

 そうして新一の手が――落ちた。

「しん…、」

 不自然に途切れた声を飲み込むように静寂が落ちた。
 その中に、自分の息を呑む声がやけに大きく響いたようにジョディには感じられた。
 今や新一はぴくりとも動かない。
 力無く仰け反った頭。だらりとシーツに落ちた手。硬く閉じられた双眸。薄く開いた口。

 彼に意識がないのは明白だった。
 否、もしかしたら既に――呼吸さえないかも知れない。

 静寂は一瞬だった。

 カチリ、と。
 聞き慣れた撃鉄を起こす音に首を巡らせれば、腰の後ろから小型の拳銃を取り出したキッドが、自らのこめかみにそれを押しつけようとしていた。

「な――っ、キッド!?」

 やめなさい!と叫ぶ間もなく、彼は引き金を引いた。
 ジョディだけでなく、ジェイムズや赤井でさえ止める暇もないほどの迷いのなさで、彼は引き金を引いた。
 消音器の付いた拳銃は独特の音を響かせ、冷たい鉛玉がキッドの額に打ち込まれた。
 ――はず、だった。

「ばーろ…早とちりすんじゃねえよ」

 すんでのところで銃口を逸らしたのは、新一の手だった。
 荒い呼吸をそのままに、流れる汗もそのままに。それでもしっかりと体を起こし、見つめる双眸には確かな強い光が宿っている。その口元には、あの、いつもの、不敵な笑み。

 怪盗キッドは――泣いていた。

「しんいち…?」
「何だよ、もっと喜べよ」
「俺…てっきり…」
「ばーか。こんな危ねーもん持った奴の前で誰が死ねるかってんだ」

 そう言った新一の手にはキッドから取り上げた拳銃が収められている。
 キッドの背を抱き締めている時に拳銃の存在に気付いた新一は、それが何のために持ち込まれたものかも気付いていた。
 だからこそ、絶対に死んで堪るかと思ったのだ。
 この、どうしようもなく寂しがり屋の半身を残して死ぬわけにはいかない、と。

「よかった…これで漸く、ほんとに自由になれたんだな…」

 キッドは頬に宛われた新一の手に擦り寄りながら静かに涙を流す。
 新一は困ったように、それでも嬉しそうに微笑みながらキッドの涙を拭う。
 そこにいるのは自信に満ちた稀代の天才児たちではなく、ただのふたりの子供だった。



* * *



 絶対に新一の傍を離れない、と駄々をこねる怪盗を無理矢理先に車へと押し込め、新一はひとりFBIの面々と向き合っていた。
 玄関先と言うことで、車に乗っているキッドからもしっかり新一の姿が見えているため、キッドは渋々大人しく運転席に治まっている。

「あなた方にひとつ、お願いがあります」

 新一はキッドに背を向けるようにして立っている。こうしておけば、唇を読める彼にも知られずに済むからだ。
 今回の件で図らずも怪盗の素顔を、FBIの、それも非常に手強い面々に知られてしまう結果となった。
 キッドにとっては素顔を知られたぐらい何と言うこともないのだが、自分を思ってくれてのことだと知る新一は、それをキッドの至らなさゆえだと片づけることはできなかった。

「僕らはふたりでひとつなんです。どちらが欠けても生きていけない。そのことを、どうか忘れないで下さい」
「…それは言外に我々を脅しているのかな?」

 つい先ほど見せつけられたように。
 新一が死んだと思った途端、躊躇いもなく命を絶ちきろうとした怪盗の姿は、ひどく衝撃的だった。
 彼らがこのプロジェクトを軽んじているというわけではない。それを上回る強さで互いを必要としているだけなのだ。
 そしてそれは自分にも言えることなのだと告げる新一の言葉は、言外に自分の命を盾にした脅しのように聞こえる。
 けれど難しい表情で問い返したジェイムズに、まさか、と新一は首を振った。

「僕らはとっくに覚悟している。あいつが裁きを受けるなら、同じ裁きを俺も受けるだけです」

 そうしてにこりと笑う顔は、普段と変わらない彼らの戦闘装束――ポーカーフェイスだった。

「…全く。君には敵わんな」

 言葉通りに両手を上げて降参を示し、ジェイムズは苦笑を漏らした。

「今この瞬間、我々は手を取り合った仲間だ。その仲間が危険な情報を仕入れるために、多少奇抜な格好で敵地に潜入しているからと言って、その正体が誰であるかは大した問題ではない」

 驚いたように目を見開く新一に悪戯な笑みを向ける。

「ただし、その後のことはまた別の話だがね」
「っ、有り難うございます!」

 思わず、と言ったように新一が破顔した。
 不意打ちのように満面の笑みをまともに食らってしまったジェイムズは、深く頭を下げて彼の半身のもとへと駆けていく新一を呆然と見送った。
 助手席に乗り込んだ彼が今一度ぺこりと頭を下げるのへ、反射で片手を上げる。
 車が走り去って後、ジェイムズが緩く首を振りながら言った。

「…全く。全て計算尽くの彼が、あれは計算でやっていないと言うのだから。本当に、敵わんな」





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